Middle management
@maison_color
1日目
あなたに決断できる?。
決断する場面はいくつかあったが、私は中々決断が下せなかった。俗にいう優柔不断だからだ。
今、目の前で恐ろしい場面に遭遇しているが、私はそれでも決断を下すことができなかった。思考が停止していたのだ。会社で言われた通りに仕事をしていた頃の方がよっぽど楽だったと思う。
動画配信サービスサイト「リンク」を運営する株式会社モンドは私の所属する会社の親会社だ。昨年にホールディンクス化して、子会社モンドソーシャル株式会社に私は所属している。たった今目の前に座っているのは上司の細田だ。
「お前のチームは仕事なかっただろ?本社からの依頼で坂枝チームに依頼したいとの事だ。よかったな」脂ぎった額をあぶらとり紙で拭いながら細田は話していた。取れた脂を確認しながら話している。どうやら私の顔を見る気はないらしい。
「しかし、私たちのチームはマーケティング業務を任された筈ですが」
「なんだよ、坂枝、びびってんのかよ。まぁあれだ、使ってない掲示板消してけばいいんだよ。黒板消しとして頑張れ」渡された資料を眺めながら、目の前にふんぞり返って座っている上司を見下した。
まず、親会社の株式会社モンドは最近大人気の動画配信サービス【リンク】を運営する会社だ。そのモンドから子会社がいくつか出来て、私の勤めるモンドソーシャルはweb制作会社として子会社化していた。
私のチームでは、アクセス数を伸ばして欲しい外部会社の手助けをしている。いわゆるマーケティング業務というやつだ。しかし今回の依頼は、親会社が運営する【リンク】内の使われなくなった掲示板サービスの精査といったところだろう。
親会社からモンドソーシャルに依頼が来て、その窓口を上司の細田が受け付けて、今私のチームに依頼が舞い込んだ。
「納期はいつまでですか?」
「月内でお願いしたいとのことだけど、まだ20日はあるよな。まぁ坂枝なら大丈夫だろう」
「掲示板の数によりますが、まずそこを精査してご相談させていただいていいですか?」
「さくっと消せばいいだけだろ?とりあえず頼むよ。」テカテカになったあぶらとり紙を確認しながら細田が言った。「今月も数字が芳しくないからな。ここで本社に存在感を見せつけてどーんといっちゃおう」根性論で押し通す気らしい。
この細田という男は元々、広告代理店の営業として勤務していた。年齢は43歳と働き盛りで脂が乗っている。という表現が最も当てはまった。広告代理店の業績も良く、親会社のモンドが目をつけて、モンドソーシャルに在籍させ、課長というポジションに落ち着いた。
モンドソーシャルは制作会社で営業職は別のオフィスにいるため、細田以外は全てエンジニアやマーケッターが多かった。細田の考えと社内の空気は一致することなく、細田は度々根性論で私達現場の意見をねじ伏せた。
「やる気が無いんだ!根性で納期を終わらせろ」
「お前らはいいよな。俺が頭を下げている間パソコンの前に座っているだけだろ」
こんな事をオフィス内で怒鳴ってしまったのだから社内の空気は最悪にもなってしまう。その最悪な上司の依頼を受けようとしている。
「頼むよ。俺は本社に打ち合わせで行かなきゃならない。あとは任せたよ」有無を言わさず、細田はあっちへ行けと言わんばかりに手で払ったので、私はデスクへ戻ることにした。
「リーダーなんすかあいつ、また無茶な依頼っすよね?」
席につくと隣席から体を乗り出して話しかけてきたのは鴨田だった。コソコソと私に話しかけてきた。
鴨田博士は私の部下だった。私の3つ下の25歳で、元ヤンキーという肩書を身につけていた。博士と言っても研究者として仕事をしているのではなく、博士と書いて、ひろしと読むらしい。元ヤンキーで博士号取得だったら、一目置かれるが、鴨田に賢さもなければ高校をケンカで中退したという肩書を持っている。
「リンクの掲示板サービス内の使われてない掲示板を精査して、削除して欲しいってさ。」私は鴨田を見ながら説明する。ふん、とため息をつきながら鴨田は聞いていた。
「坂枝さん、それって僕らがやるんですか?」
私の向かいのデスクに座る井川真実が不思議そうに私を尋ねていた。井川は私のチーム内で最も仕事が出来る男だった。鴨田とは違い理知的な印象を受ける爽やかな青年だ。
プログラミングの腕も一流と言っていい程で、彼も鴨田とは同じ25歳だ。
「本社の依頼みたいで、これは特別な仕事だからって細田が言ってたよ」
それを聞いた井川はそうなんだ…と言いだけに、そうなんですね。と言った。
「坂枝君、断れなかったんでしょ?」私の斜め右前の座席からだ。鴨田のデスクの前に座るのが、私のチームの紅一点の内海彩花で、彼女はふわふわした雰囲気で今時の女子だ。
服装はワンピースを着ることが多く、ネイルにも拘るほどオシャレには気をつけていて、私のチーム内で、唯一彩度がある服装で勤務をしている。年は28歳と私と同い年という事もあり、タメ口で話しかけてくる。彼女は本社からの出向で、1年前からモンドソーシャルに在籍している。
「あぁ、でもちょうど案件も落ち着いてきたし、いいんじゃないかな」
「坂枝君って、優柔不断だもんね。」内海がニヤニヤしながら鴨田を見た。
「中間管理職の辛いとこっすよね。リーダー」鴨田が内海を見てニヤニヤしながら私に話しかけてきた。鴨田は私の事をリーダーと呼んでいるが、社内でその呼び方をしているのは鴨田だけで、あだ名のようなものらしい。
「納期はいつまでなんですか?」
内海と鴨田はふざけているが、井川だけは真剣に私に確認していた。鴨田とは内海を無視して「今月内だってさ」と答えた。
「井川よ、俺にはもっとやらなければならない仕事があると思うんだ」鴨田が井川に突っかかる。
「それはどんな仕事なんだよ」井川は目の前のパソコンのモニタを見ながら話した。
「せっかくリンクに関わってるんだからさ、配信サービスで活躍したいんだよ。」
「配信したいってこと?」内海も話に交わる。
「姉さん違うんですよ。掲示板消すなんて割とすぐに出来るんですよ」鴨田は内海の事を姉さんと呼んでいる。「本社からの出向で内海には威厳があるから敬語は当たり前ですよ」と言っていた。
「俺は、世の中に認知されるサービスを作りたいんですよ」
「僕は、世の中に認知されるエンジニアになりたいんだよ」
鴨田とは井川が小競り合いをしている。
鴨田は有名なサービスを作りたいと考えており、井川はプログラミングを極めたいと考えているらしい。しかし、モンドソーシャルは、外部の企業のアクセスアップをサポートする業態だ。
「まぁ、掲示板を消すだけだし、さっさと片付けようか」私が2人をなだめる。
「天才エンジニアの井川1人で大丈夫なんじゃないんですか?」
「鴨田君、そんなこと言っちゃダメだよ。みんなで分担して終わらせよう。ね?」内海が細かに指示を出す。「まず、私と坂枝君とで現在の使われていない掲示板の洗い出し、井川君がその不要なら掲示板を削除する作業を進めていくこと。これでどう?」まさに今ここで完璧な指示が内海から下された。
「あの、姉さん、俺はどうなるんですか?」鴨田が不満そうに内海を見ている。
「鴨田君は、ちゃんと削除されているかのチェック係」内海はニヤニヤして鴨田に言い渡した。
「リーダーいいんすか?俺が削除していきたいですよ」
「うーん、鴨田はまだ勉強中だから仕方ないんじゃないかな?チェックだって難しい仕事なんだぞ?」私は鴨田を嗜めた。
坂枝チームと言われているが、チームの司令塔は内海が握っていた。私ははマネジメントという事をしてきたことがなく、どのように部下を動かすのかがわからなかった。
一年前に内海が加入して、坂枝チームは適材適所の人材を動かして仕事をこなしていった。外部の客のwebサイトのアクセスアップに貢献するために4人で力を合わせて業務を行ってきたが、鴨田だけはプログラミングのスキルが今ひとつで、元々営業職として入社してきたのだが、ある日突然細田に「世界中に認知されるようなサービスを作りたい」と直談判したものだから「マーケティングをやればその夢は叶うぞ」と確証のないアドバイスを鵜呑みにして鴨田は私のチームに加入した。
もちろんプログラミングのスキルはまだまだなので、業務中に私が教えている。
「鴨田にはお似合いだね。内海さんナイスです」井川が笑いながら内海に話しかけた。
「おい、井川言い過ぎだぞ」
井川のプログラミングスキルは素晴らしかった。学生時代から趣味でやっていただけだと、井川は言っていたが趣味の範囲を超えるほどの技術で、元々リンクの配信設計に携わる予定だったのだが、面接官の態度が気に入らなかったらしく、口論になってしまい、モンドソーシャルに内定が出てしまったのだ。井川の好きなプログラミングというほどの業務ではなく、webサイトのアクセス数を追いかける日々になった。
「喧嘩しない!さぁ、早く終わらせて今日飲みに行きましょうよ」内海が手を叩き合図を送るように号令を出した。
「俺と内海で不要な掲示板の洗い出しすから、リスト化して資料作成したら、井川君に任せるよ」
「わかりました。洗い出し中、僕はクライアントの数字追いかけてますね。」数字を追いかけるとは客先のWebサイトのアクセス数を計測し、そのデータを客先に渡す事だ。そんな作業を毎日行わなければならない。
「俺はまた勉強ですかねー」鴨田は不貞腐れながらも、私の作った資料に目を通しながらプログラミングの勉強を開始した。
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