第36話 精霊への挨拶

 意外に疲労していたらしく、リデルもレヴィンも爆睡していたようだ。

 先に目覚めたリデルは、慌てて飛び起きる。

 

 あらら、いつの間にか眠ってしまったですねぇ。

 ぼんやりと思考を巡らせるものの、ちゃんと寝台で眠っている。ふたりで取り敢えず眠ることに決めたのだと思うが、記憶が曖昧だ。

 

「レヴィンさま、そろそろ起きましょうぅぅ」

 

 揺り起こしたくなるのを必死で留め、リデルは少し離れたところから声を掛ける。

 間近で覗き込むのは危険だ。寝ぼけて雷攻撃を受けてはレヴィンが気の毒すぎる。

 

「おっ、あ、朝か! 随分長く眠っちまったな」

「いつ、眠ることに決めましたですかぁ? 記憶がないですぅ」

「ああ。軽い昼寝のつもりだったんだが」

 

 ふたりとも魔法を思い切り使い、城へと戻ってからはセラルドの料理をたらふく食べた。思ったより空腹で、遠慮もせずに随分と食べたように思う。リデルは、そこまでは記憶があるが、ふつっ、と、記憶が途絶えている。

 

「お前、食べた後、その場で眠っちまったからな」

 

 レヴィンは愉しそうに笑みを浮かべ、寝台から立ち上がる。

 リデルは、レヴィンの衣装を領主らしいものへと無意識に魔法で整えていた。

 

「ひぇぇ、ゎゎゎゎたしぃ、どうやって、ここに?」

 

 魔法は冷静に使っているのに、動揺したままリデルは訊く。レヴィンが抱きかかえることはできないから、他の者が運んでくれたのだろうか?

 

「オレの魔道具のなかに、転移の魔法が入ってたぜ? とはいえ短距離のみだ」

 

 随分と嬉しそうな表情でレヴィンは教えてくれた。

 食事をするため、階下へと並んで降りて行きながら会話は続く。

 

「ゎゎゎゎぁぁ、す、凄いですぅ。レヴィンさま、すっかり魔法使いにおなりですねぇ」

「お前の魔道具が使いやすいだけだと思うぜ? 違和感なく使えてる」

 

 レヴィンの合体した魔道具は、豪華な宝飾品のような最初の腕輪に全部入っている。個々で取り出すことも可能だろうが、合体したまま使うほうが便利だ。武器のような杖にも勿論変えられるので気分で使い分ければいい。

 

「改良の魔法で、更に追加できる魔道具ができるかもしれないですぅ」

「まだ追加可能なのか? それは有り難いが、こんなに楽に魔法が使えていいのか?」

「レヴィンさまの使える魔法が増えるのは、安心できて良いですぅ」

 

 

 

 たっぷり食べた後で、リデルはレヴィンを連れ精霊の棲む神殿へと転移した。

 神殿の前に、精霊ランベールとフィリシエンが現れる。

 レヴィンは、優雅な礼をした。隣で、リデルはへこへこ気味に礼をする。

 

「見事な手際でした」

 

 精霊ランベールは、感心した響きの言葉をかけてきた。

 

「ランベールは、あなたの魔石の進化に、協力してくれるそうなのよ」

 

 フィリシエンが笑みながらリデルに告げる。

 

「ひゃあ、なんて畏れ多いことでしょぅぅ!」

 

 協力がどのようなものかは謎ながら、とても有り難い。魔石の進化には、失敗魔法を繰り返すしかないと思っていたが、精霊であれば何か協力可能なのかもしれない。

 

「お前にゃあ、領地を守ってはぐくんでもらわねぇとだからな。ありがたいぜ!」

 

 何よりレヴィンがとても嬉しそうだ。

 

「都は守りますが、ソジュマ家は滅びます。小国の存続は謎ですが。とはいえ滅びはゆっくりです。ですが、テシエンの街は加護します。とても栄えるでしょう」

「だから、ずっと、ここに住まわせてね?」

 

 ランベールの言葉に続き、フィリシエンは優しい笑みで懇願する。

 

「めめめ滅相もない! 姫さま、畏れ多すぎですよぉぉぉ!」

 

 こんな気安く話をして良い相手ではないのだ。

 ここはレヴィンの領地だけれど、元より小国としてのソジュマ家の領地内。ソジュマの者であれば、どこに住んでも問題ない。

 

「穢れた森ごと交換するとは、素晴らしい解決策でした」

 

 ランベールは褒めてくれているが、ぎりぎり魔石の進化待ちでヒヤヒヤの連続だった。進化が間に合い本当に良かった。それに、口にはしなかったが、森ごと交換すると最初から計画していたわけではない。

 

 失敗魔道具は司祭と狂気の森と霊草などの対策として造った。全部失敗するので、同じ効果のものを繰り返し造る羽目になる。それが却って良かったのかもしれない。

 大量に改良され、融合した結果、森ごとの交換という形の魔法を造りだしていた。

 

 

 

 和やかな会話を続け、精霊からの加護を受け、リデルとレヴィンは城へと戻る。

 

「ようやく、これで領地の仕事に専念できるぜ」

 

 レヴィンはかなり安堵した様子だ。

 司祭ザクタートにわずらわされることは、もう有り得ないはず。

 たとえ何らかの手段でレヴィンに近づいたとしても、合体魔道具で対抗可能だ。

 

「ああ、もっと、たくさん魔法の使用を命じてくださぃぃ!」

 

 リデルは魔法の失敗が減ったし、魔法使い放題が嬉しい。だが、魔法を使うこと、さまざまな事を命じてほしい。

 もちろん魔石の進化には失敗魔法は必要だ。一段階上の魔道具を造って失敗する必要がある。

 けれど、それとは別に、レヴィンからの命令がほしい。

 

「ん? 普段は、お前の好きに魔法を使えば良いだろう? 領地に関する魔法は失敗するなよ。とは、命じておくぜ?」

 

 レヴィンは不思議そうにしながらリデルに命じてくれた。失敗魔法が必要なことも、レヴィンは理解してくれている。魔石の進化は、レヴィンにとっても価値が高いようだ。

 

「はぅぅ、それは、何と破格な!」

 

 ですが、命じられながら魔法を使いたいのですぅ、と、リデルはボソボソ呟き足した。

 何故だか、どうにも分からないのだが、それが心地好い。とはいえ終身雇用され、常に領主命令に包まれリデルは心底幸せだった。

 

 だが、何かが心に引っかかっている。

 

「まあ、オレの呪いを解け! これは継続した命令だぞ?」

 

 魔法を使うように命令されたいらしきリデルへと、レヴィンは確認するように再度命じる。

 

「そう、そうですとも! レヴィンさまの呪いを解く、それが至上命令でしたぁぁぁ!」

 

 レヴィンは、否定しない。命令は有効だ。そして今は、リデルに呪いを解く力があることを疑っていないとわかる。

 司祭ザクタートに翻弄され必死になっている間は、失念しがちだったが命令続行中だ。

 

「オレの溜まっちまった用事をこなしたら、また絵の中に入って手がかりを探そうぜ?」

「はいぃ! 嬉しいです!」

 

 絵画の部屋、その絵のなかに、レヴィンに掛かっている呪いを解く手段は潜んでいる。代々の当主が、他の者に押しつける以外の方法では誰も解けなかったテシエン領主の呪い。

 リデルは改めて気合いを入れ、一日も早くレヴィンの呪いを解くべく努力しようと決意していた。

 

 

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