第33話 進化する匡正の魔石

 リデルとレヴィンは狂気の森で、ふしだらな礼拝堂の破壊工作を続けていた。レヴィンは蝕火の魔法で、大穴の縁から礼拝堂を壊している。蝕火が穴を腐食させ壁を崩して行くのを、火炎風で煽って延焼させている。なかなか、上手に魔道具をつかいこなしていてリデルは感心していた。

 

「いいぞ、どんどん失敗しろ!」

 

 レヴィンがリデルに声を掛けているところに、司祭ザクタートは息を切らして戻ってきた。

 自動で爆発してることに気づき、森中びしょ濡れにしたようだ。

 司祭ザクタートへと浴びせるリデルの魔法は全く効かない。それゆえに、失敗効率が良い。

 

「君たちは、一体、何をしに来たのだね?」

 

 司祭は、リデルのポンコツ魔法に呆れ顔で訊いてきた。

 

「森を焼きに来たのさ!」

「霊草の悪用、ダメですぅ!」

 

 リデルは、応えながらもドンドンとゴミを増やし、司祭へも魔法を浴びせて失敗数を稼いだ。

 

「呆れるような酷い魔法ですが。ただ興味深い魔道具を造るのですね。『蹉跌の知識』の賜物でしょう。ぜひとも、リデル、君を捕らえなくてはいけません」

 

 司祭ザクタートは、森でゴミが爆発する寸前に魔道具に変わるのを目撃したに違いない。役に立たない魔法をかけられるのには不服そうな表情だが、『蹉跌の知識』に関しては完全に目の色が変わってしまう。

 

「リデルは、渡さんぞ?」

 

 失敗魔法をガンガン続けるリデルと司祭ザクタートの間へと立ちはだかり、レヴィンは主張した。

 

「レヴィン君に、何ができるのです?」

 

 そう言いながら、司祭ザクタートはレヴィンへの特製幽霊を仕掛けてきた。

 レヴィンは顔色は優れないが、怯えはしなかった。

 

「そんなもんが、いつまで効くと思ってやがんだ」

 

 取り巻いてくる特性幽霊へと、焔の矢を打ち込みながらレヴィンは言い放つ。特性幽霊たちは、次々と消滅していった。

 

(もうすぐです! 頑張って、リデル様! もう少しで進化です!)

 

 え? 魔石がそんなこと教えていいの?

 レヴィンの魔道具を使いこなす様子にれていたリデルは、頭の中に響く匡正きょうせいの魔石の声に、吃驚仰天びっくりぎょうてんだ!

 

 本来、魔石は進化に対する助言はしない。魔石を進化させたい者たちは皆、その助言をどれほど切望していることだろう。魔石進化のは、喉から手がでるほどほしいはずなのだ。

 

(前回、『蹉跌の知識』で進化いたしましたから。助言可能になったのです!)

 

 匡正の魔石は、誇らしげな声で言い放った。

 

 ああ、なんて有難いんでしょうぅぅ!

 リデルは、意気揚々と、ゴミのような代物をドンドン礼拝堂に放り込む。それと同時に、司祭対策の魔道具も沢山造って失敗させた。

 

 司祭ザクタートにはさわれない魔道具に変わるはず。今は、ひたすらゴミが積み上がっている。

 

「何を企んでいる?」

 

 最初こそ戦力不足と侮ってくれていたが、ゴミが厄介な魔道具に変わるのを目撃した後は、反応が違っていた。

積み上がるゴミは全て、やがて延焼する魔道具に変わると思っているのかもしれない。勿論、自動爆発の魔道具も礼拝堂の周囲には山ほど仕掛けた。

 だが、改良される魔道具は、同じようなゴミに見えても全く違うものばかりだ。

 

 司祭ザクタートは、用心深くなり攻撃を、レヴィンとリデルの両方に仕掛けてきていた。

 

 レヴィンの防御は手薄のようで完璧。司祭ザクタートの攻撃を、すべて弾いている。

 リデルへと向かう司祭からの攻撃も、レヴィンは炎舞の攻撃魔法を放つ形で弾いてくれていた。領主権限も相俟あいまって終身雇用者を護る力は増大している。

 

「何を、施したのです? いや、訊くまでもないですね。『蹉跌の知識』! 素晴らしい!」

 

 リデルの『蹉跌の知識』混じりの改良魔法からの魔道具は、レヴィンの領主権限を使用する魔法も強化していた。それをタップリ身につけているからレヴィンはなかなかの最強ぶりだ。

 

 

 

 しかし司祭ザクタートは、兇悪な力を保持している。

 悪魔の力なり、司祭の力なり、完全に解放されたら相当まずい。

 匡正の魔石は、もうすぐ進化する、とは言っているが、それまで持ち堪えられるものか謎だ。

 

 とにかく、失敗し続けなくちゃですぅぅ!

 

 心で叫びながら、失敗魔道具を造り続ける。

 

「仕方ないですね。余り使いたくはないのですが……」

 

 司祭ザクタートは、大きな司祭用の杖を取りだした。闇を纏うような黒い澱みが、神聖なはずの杖を包み込んで行く。限りなく悖徳はいとくで淫猥な冒瀆そのもののような力が渦巻いている。

 

「レヴィンさま、逃げてぇぇぇ!」

 

 司祭ザクタートが大きく杖を振り回す。空間を侵蝕して行くような卑猥な闇が、じわじわとレヴィンに迫っていた。

 魔女の術では弾けない。

 分かっているが、リデルはレヴィンを護るために魔女の最大の術をもって闇を叩く。

 

 だが、失敗だ。レヴィンは闇に包まれて行く。炎舞や爆炎を混ぜて防御壁を造っているが、レヴィンはじわじわと絡め取られようとしていた。

 

「ちっ、ちょっと、これはヤバいな」

 

 ダメダメダメダメ、レヴィンさまを失うのはダメぇぇぇぇぇ!

 

 リデルは恐慌しそうになりながら、魔女の力を振り絞る。まだまだ魔気量には余裕があった。レヴィンの領主の力のお陰で、魔気の回復は早い。

 完全にレヴィンが闇に取り込まれ、リデルのポンコツ魔法が、最大級に失敗して闇に弾かれた。

 

(進化しました!)

 

 匡正の魔石が、叫ぶようにリデルに告げた。

 

(ああっ、それなら、司祭を領地外の樹と交換する魔道具を改良して!)

 

 リデルの言葉に、しばしの魔石の沈黙。

 

(あ~それは、ダメですね)

(ひゃああ、ウソでしょ? もう一回、進化が要るのぉぉぉ?)

(いえいえ違います! 改良して行く順番があるのです)

(あ! そうなのね! 良かった。っていうか、良くないですぅぅ。レヴィンさまを助けなくては)

 

 こうして魔石と会話している間は、ほんの一瞬ではある。だが、その一瞬の間にレヴィンは闇に押し包まれ、身につけている魔道具衣装の防御力が尽きれば闇におかされる。悪魔の力が染みつくのは絶対ダメだ。

 

(レヴィンさまに持たせているガラクタを、まず改良しましょう!)

 

 あれ? 何か持たせましたでしょうかぁぁ?

 

 リデルは記憶になかったが、レヴィンが持っていったのかもしれない。

 

(すぐに改良してぇぇ!)

(お安い御用です!)

 

 改良の魔法が、レヴィンを包む闇を突き抜け、懐の魔道具擬きのゴミを改良する!

 次の瞬間には、光の爆発のようなものが、闇を弾いていた。

 

「ああ、危ないところだったぜ。リデル、ありがとうな!」

「はい! 進化しましたよ~!」

(ただ、改良には順番があるそうで、司祭さん対策のはまだ先ですぅぅぅ)

 

 進化を報告した後で、続きの言葉はレヴィンの心に直接届けた。

 

「いいぜ! どんどん改良しちまえ!」

「畏まりましたぁぁぁぁ!」

 

 リデルは歓喜めいて叫び、魔石は次々に改良を始めていた。

 

 

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