お姉ちゃんがヒモインじゃダメですか!?

スギモトトオル

1. 姉ちゃんがヒモ

第1話 ガチャとゴミ出し(1)

「お〜か〜ね〜!ちょ〜〜お〜〜だ〜〜い〜〜〜〜!!」


突然、寝ていたところを頭を揺さぶられながら叩き起こされた。


「うるせぇ……」


「ね~~え~~!お~~、か~~、ね~~~~!!」


喚く声が耳の奥に響く。

高音のうえ、やたら通る声だから、キンキンと頭の中にひどく反響するんだよ。

そのうえ、言っていることも不穏だし。

平和な一般家庭に響いていいセリフじゃないだろ。


眩しい中で薄目を開ければ、よく見知った人影が俺の腕を掴んでいた。


目をこすって見直すと、だんだんその顔がはっきり見えてくる。


まつ毛の長い、丸々と大きな目。

困った形に下がった眉。

駄々だだのようにすぼめられた唇。


姉ちゃんだ。

俺はともかく状況が訳わからないから、手の平を持ち上げて制止させようとする。


「姉ちゃん、一旦ちょっと静かに……」


「ねぇ〜え〜〜!ソウくん〜〜!」


聞いちゃいねえ。

重たげに呟かれた抗議の声も耳に入らない様子で、姉ちゃんは俺の腕をぶんぶんと上下に振りまくっている。


揺れる。

寝起きの耳元で騒がれているから、余計に頭がぐわんぐわんしてる。

おまけに勝手に明かりを点けられていて眩しい。

世界が揺れている。

あと、腕が上に振り上げられたときに電灯の紐に当たってペチペチと地味に痛い。


つーか眠たい。

今何時だ……


「……おい、まだ四時過ぎじゃねーか。なんつー時間に高校生の弟を起こしてんだよ」


「そうなの!もうすぐ五時なの!イベントの更新が入っちゃうの!!なのに推しのガチャが当てられてないの〜〜……」


布団の上で女の子座りのまま器用にピョンピョン跳ねたかと思うと、そのまま崩れ落ちて嘆く姉ちゃん。

俺にすがるようにまとわりついて来て、正直鬱陶しい。


見ると、傍らには姉ちゃんのスマホが転がっていて、画面にはキラキラと明滅するキャラクターのイラストが見える。

少しずつ、寝起きの俺にも状況が見えてくる。

が、まだよく分からん。


俺は姉ちゃんをうながす。


「つまり、どういうことなんだよ」


「悲しいし、焦ってるの~~」


「ちゃんと説明をしろ」


姉ちゃんの頭をゲンコツで軽くノックしてやる。


「いった!殴った~~!ソウタがなぐった~~!警察に言いつけてやる~~!」


知るか。

っていうか姉ちゃんに腕をブンブン振り回されてた方がよっぽど痛かったわ。


「暴力弟!」


「暴力じゃない。ツッコみだ」


「これも立派なDVだよ~!」


「そうだな、警察呼んでみるか」


「んん~~!ソウくんが冷たい~~!」


そりゃ朝の四時に突然起こされれば、こういう対応にもなる。

大体、こんなことで警察呼んでたら、そっちからの方が冷たい対応受けかねないぞ。


「で、結局どういうことなんだよ」


「悲しくて!焦ってて!今はもう一度悲しいよお姉ちゃんは~!」


* * * *


つまり、こういうことだ。


「推しキャラのイベント限定着せ替えのガチャが今日まで……つうかあと一時間ないうちに終わってしまう、と」


フンフン、と姉ちゃんが首を縦に振る。


姉ちゃんは、今は俺と向き合って大人しく座っている。

だぼっとしたロンTにショートパンツ丈のスウェットを穿いていて、無造作に後ろ髪を束ねた、完全なる『おうちモード』だ。

というか、この人にはお出掛けモードというものがほぼ存在していないのだが。まあそれは余談。


そんなラフな格好でも、どこかスタイリッシュでになるのは、この我が姉が、正真正銘のモデルだからだろう。

いや、本人曰く、元モデル、か。


「で、このときのために貯めてきた無料ガチャ券をありったけ投入してガチャを引きまくった、と」


姉ちゃんのフンフンは止まらない。

なんか神妙な顔をして頷いているのがウザいな。


「ところが、目当てのものが一向に当たらなかった、と。コツコツとデイリーミッションで稼いで単発ガチャを引いてみても、全然当たらない。で、そうこうしているうちに、もうすぐイベントの終了時間が迫っている、というわけだ」


絶望を顔に浮かべて、もはや黒いオーラを纏っている姉ちゃん。

「何十連引いたんだ?」と訊いてやると、右手をパーの形に、左手をチョキの形にした。


「七十回も引いてダメだったんなら縁が無かったんだな。あきらめろ。どうせ十や二十追加で引いたところで変わらん」


「ねぇえーーっ!違うのおーーっ!七十じゃなくて百七十なのぉ!もはやむしろ天井が近いの~~!」


「うるせーーっ!そんなことで高校生の弟を明け方に叩き起こしてんじゃねえ!」


だいたい、何がガチャだ!

何が期間限定だ!

そんなもの、どうせ数か月したら何かにかこつけて復刻するに決まってんだからおとなしく待ってろっての!

つーか十連ガチャを十七回も引いてダメだったんならマジでもうツキが無いとしか思えないからやめとけ。


って言ってやった。

そっくりそのまま。いや、それを四倍くらいにしてさ。

叩き起こされた仕返しとばかりに、耳元でひとしきりまくし立ててやったら、終わるころには姉ちゃんは目を白黒させながら頭の上にヒヨコを飛ばしていて、どうやらスタン状態に入ったみたいだ。

その隙に俺は布団を被り直す。眠い。


衝撃から立ち直った姉ちゃんが気が付いて、慌てて引き剥がそうとする。


「ねぇ~~!お願い~~!寝ようとしないで~~っ!」


「うるせぇ。寝かせろ」


「もう私には課金ガチャ券に頼るしか手段が残っていないのおーー!」


あんまり聞きたく無いセリフだな。

堂々と言いやがって。


「そういうことを大声で言わないでくれよ姉ちゃん。ご近所に聞かれる……」


「何言ってんの。こんな時間に起きてるのなんてウチくらいだよ?」


「そりゃそうだけど、なんかムカつくな」


俺はお前に起こされたんだからな?

一緒にするなよ?


「あ~!そんなこと言ってるうちに時間がどんどん過ぎていくよぉ~!ねえソウくん~!」


「だぁ~~、もう分かったから!布団を引っ張るな!間近で騒ぐな!俺を寝かせろ!」


「うぁ、いてっ!」


姉ちゃんの眉間に手刀を食らわせつつ、俺は渋々布団から出てやることにした。

だって、この話が終わらないと寝かしてくんねえもの、この人。


「その代わり、今月はゴミ出しと風呂掃除、姉ちゃんがやってくれよ」


「ぐぬっ!?」


「……なんだよその反応。まさかなんの対価もなしに金だけ貰おうとしてたんじゃないだろうな」


俺がギロ、と睨みながら追及すると、姉ちゃんはわかりやすく目を逸らした。


「いや、まあ、当然そりゃ何もせずに貰えるとは思ってないけどさ……」


「怪しいもんだ」


「ね、せめてゴミ出しは一日おきにしない?」


「ダメだ。自分に交渉できるだけの余地があると思ってんのか。というか、元から一日おきにゴミ出しするっていう約束だったよな。姉ちゃんがサボってやっていないだけで」


「うっ、そ、そうだったかもしれないわね……」


「だったら、ガチャ課金の代わりにゴミ当番を一日おきじゃおかしいだろ。毎日やれ、毎日」


「ぐぬぬ……」


姉ちゃんが悔しそうに歯噛みしながら、何か反撃の手立てはないかと焦って探している。

いや、そんだけ必死になるんだったら、推しのたにゴミ出し当番くらいやれよ素直に。


俺は、布団の上で眉根を寄せて考え込む姉ちゃんを放っておいて、姉ちゃんのスマホを拾った。

画面上を探して、ガチャ券ショップなる場所を見つける。


「あれ、課金許してくれるの?」


「ちゃんとゴミ出しと風呂掃除してくれよ」


「ぐぬ。はい……」


なんでもいいから、俺は寝たい。

今寝れば、まだ一時間半くらいは寝られるからな。

不毛な押し問答は避けて、さっさと可能な限りの睡眠を稼ぐほうがいい。

今日は一限から英語の授業だから、あくびしてるとドヤされかねないんだよ。


……まさか、そこまで読んだうえで今日のこの時間に押し掛けたんじゃないだろうな。


いや、まさかな。

イベントの期日が今日までなのは本当みたいだし、大体、英語の授業のことまで姉ちゃんが知ってるわけ、


「ありがとう、馬渡先生……」


「おい今なんか呟いたよな?」


忘れてた。

姉ちゃんも去年までは同じ高校だったんだった。

うちの学校の先生についてはちゃんと詳しいわけだ。

通っている時期が被らなかったから、つい忘れてしまう。


あと、俺の時間割もコピーして渡していたけど、こんなことに利用されるとは。

この姉、無駄に頭が回る。


とはいえ、まあ、これで一ヶ月は姉ちゃんがゴミ出しと風呂掃除をしてくれるから、ちょっとは家事の楽ができるだろうし。

ここは折れてやるか。


* * * *


というのが、俺の甘さがもたらした間違いだったということに、まあ、読者諸賢なら、もう気付かれているかもしれない。


そう。

この後も、俺はフリーダムな姉ちゃんにめちゃくちゃ振り回されることになる。


(続く)

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