労働搾取

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労働搾取

一体、これはいつまでかかるのか。

一体、これが何の役に立っているのか。

そんなことを考えながら、毎日作業している。


この工場には、毎晩大量の広告チラシが届く。

数百とか数千というレベルじゃない。

何万枚あるのかわからない程届く。

どこの派遣会社から来たのかもわからないオッサンが、チラシを指定されたようにパレットに積み重ねていく。


そして社員である俺と同僚が、有象無象のチラシが積み上がっているパレットをフォークリフトでひたすらに運ぶ。

オッサンの動きがトロいので、同僚が「早くしろよ!使えねえな」と怒号を飛ばす。

使えないのは同僚も変わらんのだが、ストレスが溜まっているんだよ。

オッサン、ごめんな。


まあでも、同僚の言うことには一部同意できる。

具体的には「早くしろ」という部分だ。

なぜこの部分に同意できるかと言うと、残業代が出ないからだ。

2017年D社の社員が過労死で亡くなったことをキッカケとして、日本の労働環境は一気に改善へと向かった。


これでウチの会社もマトモになると思ったが、何も変わらなかった。

いくら煙でゴキブリを燻しても、全てを駆除することはできないらしい。

だから、とにかく俺も早く作業してほしいと思っているのだが、怒鳴ったところでスピードが上がるわけではない。


むしろ逆に萎縮してしまい、作業効率が落ちるだけだ。

怒鳴ってストレスを解消するか、それとも静観を貫いて効率を維持してもらうか。

俺は両者を天秤にかけて、合理的な判断を選択した。いや、選択できたのだ。

つまり俺は、まだギリギリ正気を保てているらしい。


***


「いやー、1ヶ月ぶりの休みだよ。お前、最近どうだ?」


全く休めていないことをなぜか自慢げに語るこの男は、中学時代からの友人だ。

俺らは明らかに生活レベルに差があるし、大した用もないのに、こうしてカフェに集まることが度々ある。

理由はよくわからない。だけど、なぜか定期的に会ってしまう。そんな関係だ。


俺は教育の機会を与えられなかった。だから、中学を卒業したら掃き溜めとなっている高校へ行き、高校を卒業した後は今の工場へと堕ちたわけだ。

なんてことはない。自然の摂理だ。


一方コイツは、教育の機会を与えに与えられた。

コイツは中学を卒業後、当たり前のように地元の新学校へ行き、当たり前のように有名私立大に進学し、大学卒業後はIT系のベンチャー企業へ就職した。

「自動運転や自動配送を駆使したモビリティインフラを構築する事業を展開している」とお高くまとまったことを言っていたが、まあ聞いてもよくわからなかった。


「俺は、仕事を辞めようと思ってるよ」


「えー?なんで?」


「いつまでやればいいのかわからん作業を延々とやらされるし、残業代も出ないからな。こんなクソ仕事、もうやってられないよ。で、お前の調子はどうよ?」


「そっか、大変だな。俺も毎日毎日働いているし、残業代は出るっちゃ出るけどマトモな額は出ないよ。家で勝手に作業している時間は計測されないからな。でも、俺はまだまだ頑張るよ!」


「・・・なんで辞めないの?」


「うーん・・・より良い未来に向けて頑張ることが楽しいからかな?大変だけど、やりがいはあるんだ」


「・・・そっか」


もしかしたらコイツは、もう正気を失っているのかもしれない。

表面的な部分では、俺もコイツも立場は一緒だと思う。

延々と続く作業をひたすらにこなし、雀の涙ほどの報酬を得て生命を維持している。

「労働搾取されている」という点では、同類と言っていいだろう。


ただ、決定的に違う部分もある。

それは、洗脳されているか否かということだ。

人は何のために働くのか?それは、生きるためだ。

したがって、労働に対する対価を最大化できるよう考えを巡らせることが、人として正しい判断となる。


精神を蝕む単純作業のせいで行動を遅らされたが、最終的に俺は仕事を辞めるという正当な判断を下すことに成功した。

しかし、もうコイツは手遅れだ。


「やりがい」とかいう犬も食わないキャチフレーズを精神的支柱として、労働搾取されている自分を正当化しているのだからな。

下には下がいることを再認識し安心した俺は、テキトーな要件を友人に伝え店をあとにした。




俺らはなぜ定期的に会うのか。

その理由が、わかったかもしれない。

俺らはお互いを見下し合い、安心したいのだ。

アイツもおそらく、落ちぶれた俺を見て安心しているに違いない。

「休みが無くて大変だけど、不平不満を垂れているアイツよりはマシだな」ってな感じで、俺を見ているんだろ?

別にいいぜ。


お互い様だからな。


***


俺は今、交差点に置かれた椅子に無表情で座っている。

座り始めて、もう3時間は経っただろう。

ただ、人生を捨てて投げやりになっているわけじゃない。

これでも、仕事中である。


工場でひたすらにチラシを運ぶ仕事は辞め、「看板持ち」というコスパの良い仕事に俺はたどり着いた。

俺はただ座っているわけではなく、1mほどの棒がついた看板を片手で支えている。

その看板には、「モデルハウス公開中 分譲開始」と書かれている。

「分譲」の意味が俺にはよくわからないが、まあそんなことはどうでもいい。


この看板を持って座っているだけで金が貰える。こっちから積極的に客を呼ぶ必要もない。

残業は絶対に発生しないし、不動産会社が発注している仕事ということもあり時給も高い。

座って看板を支えるだけだから、体は全く疲れない。まあ暇すぎて精神的に少し疲れるがな。

そう、つまり俺は、労働搾取から逃れることに成功したのだ。


***


「よし、今日も全く疲れなかったな・・・」


俺は看板持ちの仕事に従事するようになってから、心身の疲弊を感じることはなくなった。

残業が無くなったおかげで、趣味に興じる時間を捻出できるようにもなっている。

しかし、不思議と現状に全く満足できなかった。

あんなにも嫌だった労働搾取から逃れられたのに、なぜこんなにも心は乾いているのだろう?


「・・・また、アイツと話して安心を得るか」


ねじ曲がった欲望に操られている自分が、酷く滑稽だった。


***


「いやー、最近さらに忙しくなってきたよ。お前の調子はどう?」


コイツはどうやら、自分の忙しさをアピールしてからじゃないと喋り出せないらしい。


「俺、仕事辞めたよ。今は、住宅展示場に案内する看板を持つ仕事してる。」


自分で説明しといてアレだが、バカバカしくなった。これは仕事と呼べるのだろうか?


「そ、そっか。工場の仕事大変だって言ってたもんな」


「うん。コスパの良い仕事が見つかってホッとしてるよ」


自らを正当化する言葉を吐けば吐くほど、自己肯定感がすり減っていくのがわかった。


「そうか。実は前から言おうと思っていたんだけど、俺と一緒に働かないか?」


「え?お前と一緒に?」


「うん。実は会社の事業が起動に乗り始めてさ、人手が足りなくなってきたんだよ。だから、お前に手伝って欲しい。俺社長と仲良いからさ、友達だって言えば採用してくれるよ。あっ、ITに疎くても大丈夫だぞ。やってほしいのは総務部みたいな管理系の仕事だから、やる気さえあれば大丈夫!どうだ?やってみるか?」


「・・・いや、止めておくよ」


「・・・そっか。断る理由を聞いていいか?」


「・・・労働搾取されたくないからだ」


「え?労働搾取?」


「お前、会社に入ってから全く休めていないだろ。それ、搾取されてるんだぞ?気づいていないのか?」


「・・・?」


「それにお前、俺のこと見下してるだろ」


「・・・見下してる?」


「そうだ。お前と俺じゃ明らかに住んでいる世界が違いすぎる。

なのに、なぜこうして定期的に俺らは会うのか。それは、見下し合うためだろう。

お前は仕事で疲れた心を癒やすために、俺という落ちぶれた存在を定期的に見たいんだ。

一方俺も、きっとバカみたいに働くお前を見たかったんだ。

そう考えないと、辻褄が合わない。俺らに接点なんて何も無いんだからな」


「・・・お前、そんなことを思っていたのか。だけど残念、全くの見当違いだ」


「・・・じゃあ、なんで俺らは定期的に会っている?」


「それは、友達だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「・・・そんな答えじゃ、納得できねえよ」


「いや、マジでそんなもんだと思うよ俺は。

なぜ俺らは定期的に会うのか?そんな疑問に、理屈をこねくり回したような答えが当てはまるとは思えない。

俺はお前に会う時に、理屈なんて考えたことは一度もない。

俺らはいつの間にか惹かれ合った。でも理由はわからない。それでいいじゃないか。

“見下し合うため”なんて絶対に嘘だ。そんな理由で会うほど人は愚かじゃない」


「・・・」


「それに、労働搾取が嫌だとお前は言ったが、俺は労働搾取されているなんてこれっぽっちも思っていない」


「いやいや、それは否定できないぞ。現に1ヶ月に一度しか休めていないんだからな」


「そうだな。客観的に見れば、俺は間違いなく労働搾取されているだろう。それは認める。でもな、重要なのは客観的な事実じゃなくて俺の気の持ちようなんだよ」


「・・・どういうことだ?」


「簡単に言えば、俺はこの仕事が好きなんだ。だから、休み無しに働くことが全く苦じゃないんだよ。

世の中の動きを見てると、長時間労働の根絶が幸福に直結するみたいな話になっているけど、そんなものは大嘘だ。

もちろん、望まない長時間労働で苦しんでいる人がたくさんいるのは知っている。

そういった環境は、改善されて然るべきだろう。

だけどな、いくら労働時間が短くなったからって、いくら労働が楽になったからって、人はそれだけじゃ幸せになれない。

つまらないことはな、短くなっても楽になってもつまらないままなんだ。

お前は看板持ちの仕事に従事しているみたいだが、どうだ?全く心は満たされていないはずだ。」


「・・・」


「なぜお前が労働搾取という言葉に囚われているのか、俺にはハッキリとわかる。

それは、単に運が悪かったからなんだ。お前はこれまで、ずっと流されてきたんだ。

高校選びも仕事選びも、流されるように選択させられてきたんだ。

そんな非主体的な選択肢に、熱くなれるわけがないよな。

そして俺が言いたいのは、そうなってしまったのはお前だけのせいじゃないということだ。

家庭の事情ってもんがあるし、たまたま努力するキッカケに巡り会えなかっただけとも言える。

一方俺は、たまたま裕福な家庭に生まれたし、たまたま親の仕事がIT関係だったから今の仕事に辿り着けただけなんだ。

だから、お前の現状を否定するつもりなんて一切ないし、俺の現状を鼻にかけるつもりもない。

ただ、今お前の目の前にはチャンスが転がっている。このチャンスを掴むも手放すも、お前次第だ。

この判断に関しては、今までの環境は言い訳にできないぞ。たった一言返事をするだけなんだからな。

絶対に後悔はさせない。お前が本当に求めているものはこの会社にあると約束する。だから、俺と一緒に働こう」


「・・・長えよ」


「ご、ごめん。つい喋り過ぎたわ」


「・・・忙しいアピールを止めるならいいぜ。忙しいことは別にカッコよくねえぞ。もっとスマートに働かねえとな」


「はは、わりぃ。今は皆法定時間なんてガン無視した働き方をしてるからな。これからはお前みたいな奴は絶対必要だよ。よろしくな」


***


入社後、俺は信じられないくらい働いた。

でも、自分でやると決めたことだからか、周りの人の熱意が高かったからか、それとも社会的意義が高いような気がしたからか、よくわからないが苦しくなかった。

ただ、俺らは働きすぎだ。こんなスーパーブラックな働き方はいつか身を滅ぼす。

だから、部外者だった俺が変えていかなきゃいけない。

でも、凝り固まった考えを変えていくのは時間が掛かりそうだ。


「ったく、一体、これはいつまでかかるのかな」


口角を上げつつ軽い愚痴を呟きながら、俺は仕事を続けた。

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労働搾取 TK @tk20220924

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