学校のマドンナさまは俺のセフレ!?

さかもと標

第1話

「あ、藍田くん……だめ、だ、よッ……」

「全然だめそうじゃないけど?」


 足の間に座っている松本美月(みづき)は、藍田昴(すばる)の左腕を震える手で掴んでいた。




 遡ること五時間前。昴は行きつけの古着屋を物色していた。アルバイト代の半分を古着に溶かすほどの古着好きだが、先月定食チェーン店のバイトを飛んでしまったので財布が軽い。


(良いジャケットないな……)


 時間潰しにピアスでも見ようと軋む階段を上り二階のアクセサリーコーナーを目指す。古着屋で有名な街の中でも品揃えが充実しているこの店は、暇つぶしに丁度いい。


 目当ての場所には先客がいた。ビンテージのデニムジャケットにショートパンツ、厚底のスニーカーという古着を取り入れたコーディネート。大学にはいない系統の女子に、少し緊張してしまう。そもそも昴は女性との関わりが得意ではないので、条件反射で緊張してしまうのだが。

 先客が移動するまで別のものを見て待とうと決め、キャップコーナーへ向かう。彼女の横をすれ違うとき、顔をちらりと覗く。


「え、松本さん?」


 思わず声が出ていた。午前中、学校で顔を合わせたのだから間違えるはずがない。

 

 陽キャ。松本美月を一言で表すならこれが最適である。学部外に沢山の友人を抱える彼女と昴の関係は、友達の友達だった。何度か話したことがあるので向こうは友達と認識しているかもしれない。しかし昴には、「向こうが友達だと思っている確証がないから友達とは言えない」という拗らせた持論があるので知人程度に捉えているが友達とは思えないのだ。


(インスタ繋がってる程度で友達だなんておこがましい)

 

 ふわっとした素材の小花柄ワンピースに身を包んだ美月は、性格の良さも相まって学内の男子から支持を得ていた。不純な理由から彼女との交流を持ちたいと嘆く人間は数知れず。公言はしていないだけで、昴もその一人だ。


 しかし、目の前にいる彼女は学校にいる時と似てもつかない。臍にはきらりと輝くピアスが揺れているし、ショートパンツから伸びる太腿は初めて見るものだった。


「藍田くん……どうして……」

「首のほくろが同じ位置だったから、顔見たら似てるし……キモくてすんません」


 以前美月と話した時、彼女と目を合わせられなかった昴が目を向けた先にあったのが首のほくろだった。珍しい場所にあるのだなと思ったと同時に、エロいなとも思ったので記憶していた。


「珍しいもんね、ここにあるの」


 気持ち悪がられるかと思ったが、美月は恥ずかしそうにほくろを手で隠すだけだった。お互い黙ってしまったので、昴が先に口を開く。


「松本さんってこういう店来るんっすね……意外」

「そうっすね……あはは……」


 動揺しているようで、普段の彼女からは想像も出来ないほどぎこちない喋り方をしている。まるで女性と話すときの昴そっくりだ。


「あ、藍田くん……今日見たことは誰にも言わないで……」


 言いませんよ、と昴が返事をする前に美月は言葉を付け加えた。


「何でもするから……!」


 何でもする、この言葉の重さを美月は理解しているのだろうか。いくら目の前にいるのが女性緊張病の患者だとしても大学二年生の男に言うべきではない。昴もまた、蓋を開けてみれば性欲に塗れた雄でしかないのだ。


「言いませんよ……でも」

「でも?」


 流石にこんな機会を逃す訳にはいかない。


「何でもしてくれるんっすよね、これから飲みません?」

「それぐらいいよ……?」


 昴の精一杯の言葉だったが、意味が伝わっていないのか快諾された。女性と1対1で飲むのは初めてだったが、酒が入れば日常会話ぐらいできるだろうと昴は楽観的に考えていた。

 それに至る流れなど何も分からない。しかし、この機会を逃すほど臆病ではないのだ。



 

 近所のスーパーで酒やつまみを買い、昴は美月を部屋に入れた。1K八畳の部屋はある程度片付けてられている。


「結構綺麗なんだね」

「……あざっす」


 男友達を部屋に呼んでも褒められることはなく、むしろ散らかされるので、昴はこそばゆい気持ちになった。


「あー、なんか適当に座ってもらって大丈夫だから」


 そう言うと美月はソファに腰掛けた。ソファと言っても冬用の布団を入れ込んでつくる、足がない大きめの背もたれ付きクッションのようなものだ。母親から送られてきたもので、昴は律儀に布団を入れている。一人だと使わないが、今日のように人を招いた時、重宝するのだ。


「私サワーがいいな、梅のやつ」

「分かりました」

「敬語じゃなくていいのに。同級生だし……」

「慣れなくて……松本さんこそ、いつもより会話ぎこちないっすよ」


 スーパーから帰宅するまでの時間で少しぬるくなった梅サワーを美月に渡す。昴は机の上に適当に選んだ惣菜やスナック菓子を並べ、ベッドに腰掛けた。


「だって、この格好してるのを知ってる人に気付かれたの、初めてなんだよ……」


 あぁ……と先程の事を思い出して頭を抱える美月。そんな彼女を知っているのは自分だけなのだ。昴が学部のマドンナ的存在と秘密を共有しているなんて、友人たちが知ったらどう思うのだろうか。きっといい気はしないだろう。

 一人、優越感に浸っていたがそろそろ喉に潤いが欲しくなってきた。


「そろそろ飲む……?」

「そうだね、飲みたくなってきちゃった」


 プルタブを持ち上げるとカシュ、と心地の良い音が鳴る。昴はちょっと迷ってそのまま飲まず、美月と缶を近づけて乾杯をした。

 缶を傾け、液体を勢いよく体に流し込む。ビールは一口目が一番美味いのだ。美月の方に目をやると彼女はちびちび梅サワーを飲んでいる。女性と二人だけ、しかも宅飲み。


(本当に勢いだけでここまで来てしまったのか)


 冷静になった昴は、今の状況が信じられなかった。アルコールを入れてしまえば会話程度どうにかなるだろう、なんて楽観的に考えていたが、そんなことにはなっていない。時間が経ち酔いが少しずつまわり始めれば、きっとどうにかなる。そう思うことにして、心配事を揉み消す。


「あ、これ好きなやつ!開けちゃっていい?」

「どうぞ……」


 美月が指さしたのはポテトチップス。酒には塩辛いものだろう、ということで黒胡椒の味付けを選んだ。

 近所に住む友人にスーパーで出くわしたりなんてあったら、昴が女を連れてた!と言いふらされる。想定される面倒事が起こらないよう、美月が酒を選んでる間に急いでつまみをカゴに入れたので、彼女に好みを聞く余裕などなかった。運良く彼女好みの商品を買っていたことに安堵する。


「松本さんってポテチとか食うんだ」

「えっ、普通に食べるよ?私のことなんだと思ってるんだい!」


 美月は少し眉をひそめつつ口角を上げる。怒っているのか笑っているのか微妙な、周りにいじられた時に彼女がよくする表情だ。昴が前々から可愛いと思っていた表情でもある。

 まさか自分だけに向けられる日が来るとは思ってもいなかった。昴は自分の鼓動が早くなるのを感じ、目を逸らす。


「なんとなくお嬢様っぽいと思ってました。マカロンとか食ってそう」

「お嬢様かぁ、照れるねえ」


 ひそめた眉を元に戻した美月は少し照れたような顔をして、マカロンはあんま食べないかな、と付け加えた。ころころと表情が変わる彼女が面白くて、それ以上に可愛らしくて、少しからかってみたくなった。


「まぁ昼間の松本さん見たから、もうお嬢様とは思わないっすね」

「あーーーーーー聞こえない聞こえない!」


 さっきのちびちびした飲み方と同一人物とは思えないスピードで梅サワーを飲み干し、別のつまみを開封して食べ始めた。彼女なりの現実逃避だろうか。からかいがいのある人だ。

 つまみにほとんど手をつけていなかった昴は、空腹を埋めるように稲荷寿司を口に頬張る。ビールと稲荷寿司の組み合わせは昴のお気に入りなのだ。稲荷寿司の甘さとビールの苦味は意外と合う。

 冷蔵庫から勝手に酒を取り出したのか、美月の手には乳酸菌飲料系のチューハイが握られていた。


「松本さんって一人だと古着系っていうか、露出多めなんすか?」


 目の前にいる美月は昴の知っているイメージとかけ離れ過ぎているのだ。まさか臍にピアスを開けているなんて思ってもみなかった。


「本当はこういう服装の方が好きなんだけどね。でも遊んでそうとか思われたら嫌だし」

「なるほど……」


 昴ならそう思われることはないだろう。むしろ遊んでそう、というのは時としてルックスやファッションを褒める言葉として使われることもある。しかし女性の場合、そうはいかないようだ。細かいことはよく分からないし、だからといって詮索するのも好ましくない。遊んでそう、は女性に対する褒め言葉にならないと解釈した。


「……藍田くんは私のことほくろで気付いたんだよね。隠そうかなーこれ」

「え、隠さなくていいっすよ」

「どうして?」

「エロいから……あ」


 美月を見ると、困惑の二文字が顔に浮かんでいた。酔いが回ってきたのか、つい口に出してしまった。その瞬間、昴は一気に体のアルコール分が抜ける感覚がしたと同時に平謝りする。


「……ほんとすみません。めちゃくちゃキモいこと言いましたよね、俺。申し訳ないです。酔った勢いでこんなこと言って」

「……初めて言われたからびっくりしたよ。フェチなの?」


 謝ったおかげか、驚きが勝ってしまったのかは分からないがとりあえず許されたようだ。


「いや、フェチではないと思うけど……なんか惹かれるものがあるっすね、そのほくろ」

「やっぱり隠そうかな、これ」


 美月は右の口角だけを上げて、小悪魔のように笑いながらほくろを手で隠す。


「今日見たこと、言いふらしますよ」

「うわーーーそれ言われたら困っちゃうなあ」


 目を潤ませて困った顔をしながら昴の顔をじっと覗き込む。美少女にこんな顔をされて、手を出したくならない男はいないだろう。昴も例に漏れず、どうしても体が動いてしまった。

 ベッドから腰を上げ、美月の座るソファの横へ移動した。床とソファとの差でちょうど目の高さにほくろが見える。


「……触ってもいい?」

「どうぞ……」


 やっぱりフェチじゃん、などと呟きながら美月は自身の首を昴に差し出す。白くて細い首にあるその黒点は、彼女の白さを際立たせていた。

 力加減が分からない昴は、優しくなぞるように美月の首に触れる。酒を飲んだからか、美月は少し熱を帯びていて、顔を見ると目がとろんとしていた。昴の視線に気づくと、とろけたまま眉をひそめて口角を上げる。本人的にはいつも通り微笑んでいるつもりなのだろう。しかし、昴には無防備な彼女が目に映っていた。

 今ここで美月を降伏させることは簡単だ。しかしなんとなく手を出しにくい。明らかに勝てる試合だからこそ、どう勝つべきかで迷ってしまうのだ。


 昴は頭を捻り回した結果、美月のほくろとその周辺を撫でることしか出来なかった。ここまで来て、結局臆病なままだなと溜息をつく。


「んッ……」


 息がかかってしまったのか、美月は小さく声を上げる。驚いた昴が手を止めて彼女を見ると、彼女は目を潤ませて顔を赤く染めていた。少々、呼吸が乱れている気もする。


「左耳、弱いから……えっと、びっくりしちゃって」


 唐突なカミングアウトに、思わず口が緩む。目の前の盛った雄に、簡単に自分の弱みを開示する美少女。こんなにも都合のいい展開になるだなんて、誰が思っただろう。


 昴は緩んだ口を開き、美月の耳を甘く噛んだ。驚く彼女に気づかないふりをして、耳の形に沿うように舌を這わす。


「ひゃうっ!?」


 先程よりも顔を赤く染めた美月は小動物のように震えていた。しかし、もっと欲しいと言わんばかりに見つめてくるのだ。昴は自分の鼓動が早くなるのを感じながら、舌を這わせていた。

 

 このまま最後までするにしても、体勢がキツいなと思った昴は美月を両腕に抱えた。肉付きは悪いものの、骨感を感じさせないほっそりした身体は見た目通りの軽さだ。じたばたと抵抗する美月をベッドに下ろし、昴の足の間に座らせる。

 何が起きたのか分からない、というような目で美月が振り向いた。


「急に……びっくりしちゃったよ……!?」


 美月は言葉がまとまらなかったのか、それだけ言ってそっぽを向く。少し見える輪郭は、冷めきっていないようで赤いままだ。


「盛った雄に弱み握られるなんて可哀想すっね」

「え?……んッ」


 美月の左耳にかぶりつく。自分のよりひと回りは小さい輪郭を、形を覚えるように舌でなぞった。

 全く抵抗していないのを見るに、美月は嫌がっていないようだ。荒い息遣いと、微かに鳴き声が聞こえる。


「あ、藍田くん……だめ、だ、よッ……」

「全然だめそうじゃないけど?」


 足の間に座っている美月は、昴の左腕を震える手で掴んでいた。

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