流浪の癒し手 〜とある家族の悲劇と奇跡〜
U0
第1話
アムナリア王国に広がる魔の大森林。それに接するハイナドという街から、馬車で一日ほどの所にある小さな集落。
森の側の一軒家にその家族は住んでいた。
両親と娘二人の仲睦まじい四人家族。
ハイナドへと続く街道沿いにある集落だったから、専ら
そうして、ささやかな日々の幸せとともに、その家族は平穏な日常を送っていた。
唯一懸念があるとすれば、長女アヤノの病のことであった。
アヤノは生まれつき肺が弱く、薬なしでは生きていくことができなかった。その上、すぐに体調を崩すから、基本的に家からは出ず、ベッドの上で一日の大半を過ごしていた。
それは、日の光が差し込む明るい部屋の中。アヤノがいつものように、窓の外で下手な踊りを繰り広げる二羽の小鳥を、ぼんやりと眺めていた時だった。
突然、ガシャン、と大きな音が部屋に響き渡った。驚いたアヤノがそちらに目を向けると、薬の入った小瓶が割れて、中の液体が床に広がってる。
「ごめん、アヤノちゃん。すぐ新しいの持ってくるから」
母のイチハは、慌てた様子で割れたガラスの破片を拾っている。
その時、ドタドタと階段を上がる騒がしい音が聞こえてきて、部屋の扉がバタンッと大きな音を立てながら開いた。
「アイリ、部屋の扉は静かに開けてって、いつも言ってるでしょ?」
アヤノが騒がしい妹に注意すると、妹のアイリはまったく反省していなさそうな、キラキラとした笑顔を見せる。
「ごめんごめんっ。それよりお姉ちゃん聞いた? 朝に会った商人の人が言ってたんだけど、ハイナドの街でね、すっごいカワイイ人形が……」
そのまま足元を気にせず姉に近づこうとする不用心なアイリに、イチハは急いで注意を促した。
「アイリちゃん! ガラス飛び散ってるから気をつけて!」
「え?」
アイリはガラスの破片を踏む直前で足を止めると、そのまま片足で器用にバランスをとりながら飛び跳ねて、安全地帯に着地した。
「おっとっと危ない危ない。お母さんもっと早く言ってよ」
「アイリちゃんも、アヤノちゃんみたいに少しは落ち着きを持って……」
「私はいいの。それでお姉ちゃん、その人形がウサギの形をしているらしくてね……」
兎のように身軽な足取りでベッドの側まで跳んでくる妹に、アヤノは優しく微笑む。
アイリはアヤノとは対照的に、健康そのもので、元気いっぱいな明るい性格をしていた。
そんなアイリのことを、アヤノは羨ましく、そして何より愛おしく思っていた。
アヤノも、私もアイリみたいに健康だったら、と思うことはあった。しかし、姉妹として一緒に過ごすうちに、アヤノの心情はいつしか、私の分もアイリには元気でいて欲しい、と願う方向へと変わっていた。
「って、お姉ちゃん話聞いてる?」
アイリの少しふくれたような表情に、アヤノは微笑みながら言う。
「ちゃんと聞いてるよ」
「そうなの。だからね……」
そこでアイリは振り返り、割れた小瓶をちょうど片付け終えた母親に向かって言う。
「私、ハイナドの街に行きたいの!」
「そんなこと言われても……、お父さんに聞いてみないと……」
困ったような顔をするイチハに、アイリは手を合わせ、あざとい笑顔でねだるのだった。
◇
結局、アイリのしつこさが功を奏したのか、父はアイリを連れてハイナドの街に行くこととなった。
とはいっても、今回ハイナドに行く一番の目的は、アヤノの薬を手に入れるためだ。元々残りは少なかったのだが、イチハが薬の小瓶を割ってしまったことで、いよいよ残りが無くなってしまったのだ。
「ちゃんとお姉ちゃんの分の人形も買ってくるからね!」
そう言って笑顔で手を振りながら、アイリは父の馬車に乗り込んだ。
この時は、アヤノも玄関まで出て二人を見送ったのだが、まさかこれがアイリとの永遠の別れになるとはつゆとも知らず、去りゆくアイリの眩しい背中を、僅かな寂しさとともに眺めるばかりであった。
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