優しき天神は生贄を欲す 其の拾《じゅう》
誰かが助けが来たにしては、外が静かだ。
私は警戒して後退りすると、ゆっくりと開く扉を見つめる。
扉が開いて、眩しさに一瞬目を細めると、私を攫った男達がにやにやと笑いながら入ってくる。
「……」
笑っている男達の目には残忍さが色濃く出ており、どう考えても解放してくれる雰囲気ではなく、嫌な予感しかしない。
後ろ手に両腕を縛られているせいで、あまり激しい立ち回りは出来ないが、何とか隙をついて逃げるしかないと出入口に視線を送るが、三人のうちの一人がそれに気付いて、出入口を背にした。
「…殺しゃしねーよ」
「?」
まさか逃がしてくれるのかと顔を上げると、一人の男が私を床に押し倒す。
「…ぅぐ…」
だがそんな事は気にもせず、男は私に馬乗りになった。
「殺すなって言われてるからな。俺たちはただ、お前さんを連れの男から引き離せって命令されただけなんだよ」
「だ…誰…に…」
「そんな事はお嬢さんが知る必要はねぇな」
そう言いながら、男は私の身体を舐め回すように見下ろす。
その視線は絡みついてくるようで、
「…殺すなとは言われたが…、手ぇ出すなとは言われてねぇんだなー、これが…」
男の目に明らかな性的興奮の色が見え、ぞっとする。
乳房に熱い視線を感じ、恐怖に身体が震えだした。
「い…いや…」
「大丈夫、暴れなけりゃ怪我はさせねぇよ。終わったら解放してやっから…」
私の身体から視線を逸らさずにそう呟くと、男は着物の
「!!」
もう駄目だ、と強く目を閉じた瞬間。
出入口から大きな音がし、私は目を開けた。
すると、出入口の扉を蹴破って琥珀が中に入って来る。
「琥珀!」
「…全く、人間はお盛んだな」
ぼりぼりと頭を掻いて呆れたように言う琥珀に、男の一人が落ちていた木材を拾って殴りかかる。
「琥珀…!!」
悲鳴と共に名前を呼ぶが、琥珀はつまらなそうに身体を捻って木材を避けると、お返しと言わんばかりに男の
目を見開き、嗚咽と共に床に倒れ込んだ男の頭を踏み付けると、琥珀は残りの男二人を順に眺める。
「次はどっちだ?めんどくせーから、逃げるなら見逃すぞ」
琥珀がそう言うと、二人の男は顔を見合わせ、どちらかとも無く小屋から逃げ出した。
「…琥珀…」
乱れた着物の袷を引き寄せて、胸元を隠しながら名前を呼ぶと、琥珀はずいっと私に近付き、がしっと頭を掴んだ。
「てめぇは何で面倒事に巻き込まれるかね!!」
「え、あ…」
頭を掴むのは癖なのだろうか。
力強く頭を掴んでいた手を離すと、琥珀はふんっと鼻を鳴らしながら、乱れた私の着物を直していく。
「ったく、何処にいるのか探して回ったら、てめえの物らしき荷物しかねぇし…」
「…もしかして心配してくれ…」
「んなんけねーだろ!!誰がてめえの心配なんぞするか!食いもん買おうと思ったら金がなかったから探しただけだ!」
そう言って怒鳴る姿が照れ隠しのように見えてしまい、私は思わず笑ってしまう。
すると琥珀は再び、私の頭を
私が拐われたせいで時間を食ってしまい、いざ山へ帰ろうとする頃。辺りは既に夜の
琥珀一人ならば問題はないが、夜目のきかない私が一緒ということもあり、その晩は町で宿を取る事にした。
宿の倉庫へ荷物を運んで貰い、安いものの、きちんとした
久し振りの風呂で一日の疲れを癒し、宿の部屋へ戻ると、案の定琥珀は姿を消しており、部屋には私一人だ。
長湯で熱くなった身体を冷ます為、窓を開けて窓際へ腰掛けると、綺麗な夜空が広がっている。
強くも弱くもなく、柔らかく吹く風が火照った肌に心地良い。
(今日は色んな事があった…)
家族に会えた事。
山で採れた果物や野菜が高値で売れた事。
そして、見知らぬ男達に拐われた事…。
(あの人達…頼まれたって言ってた…)
一体どう言う事なのだろう。
連れの男というのは、間違いなく琥珀の事だろう。
男達の口振りは、私を拐う事ではなく琥珀から引き離す事が目的だったように聞こえる言い方だった。
(私と琥珀を引き離す理由は…?何かある?)
終わったら解放してやると言っていた。
と言う事は、男達に依頼をした人物が用があったのは、私ではなく琥珀という事だろうか。
だが琥珀は私以上に、人間達と関わりが薄い。
と言うより、知り合いなどいないだろう。
(意味が分からない…)
それに今頃、琥珀は何をしているのか。
もし本当に想像の通り、依頼主が用があるのが私ではなく琥珀なら、今頃一人でいるであろう琥珀は、もしかしたら危険なのではないか。
(それに私、助けてもらったお礼をちゃんと伝えてないわ…)
帰って来たら、ちゃんとお礼を言おう。
そう思いながら窓から辺りを見回すが、琥珀は勿論、他の誰の姿も見つけられず、私は息を深く吐いて夜空を仰いだ。
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