第3話 今夜は赤色のきつね
「おや、落ち葉の音がすると思ったら。いらっしゃい」
「ぬおおおっ!……頼むからいきなり後ろから声かけるのやめてくれ」
驚かせて来るのが毎度のことながら、いつもタイミングをずらしてくるから未だに慣れなかった。
「境内の落ち葉掃除なんてしなくていいのに」
持っている竹箒を見ながら
「でも、掃除しないと溜まる一方だろ」
いくら人が来ないからといって落ち葉が舞い散ったままなのはよくないだろうし、何より
「まあそれもあるけど。今は枯れてしまった命を意識しない方がいい。気持ちは嬉しいけどね」
「……そっか」
「ほら、箒ちょーだい。私がやるから。それにやったらご褒美があるんでしょ?」
この神社に訪れるようになって1週間が経った。毎日来るようにと言われたものの、することといえば拝殿前の石段に並んで腰かけて駄弁ること。神様と人間が並んで座るのはどうかを思うが、
「これだけ買ってきておいていうのもあれだけど。油揚げ単品がいいのか?」
浮いた話から逃れるべく、今日はあらかじめ考えておいた話題を振ってみると、
「いや、油揚げって普通何かに添えられてるか、炒め物とか煮物に使われてるかだし。単体で食べるにしても薬味とつゆをかけて食べるものかと」
「またまたそんな。私を化かそうったってそうはいかないよ」
化かすも何も、油揚げで狐の神様を出し抜こうとしてどうする。それを目で伝えると、
「え、嘘……ほんとうに?」
「もしかして知らなかった?」
「い、いいや!私だって知ってるよ?うーんと……中にお餅が入ってるやつ!何回か食べたことあるよ!」
「餅巾着か。じゃあおでんは食べたことあるんだな」
「おでんとしては数百年生きてきて数えるほどだけどね……大抵はその餅巾着だけ」
がっくりと肩を落とすのと同時に耳と尻尾がへなへなと下がる。たぶん
「じゃあ明日、油揚げを使った食べ物を持ってくるよ」
「ええ?いいのに~そんな気を遣わなくても~」
そう言いつつも
翌日。暗さで足元が見づらい中、両手のバランスを取りながら急いで階段を上るのは中々堪えた。息を切らしながら境内を見渡すと、ポンと音を立てて
「やや、いらっしゃ……」
「丁度いいところに。急いで食べよう。もうすぐ5分経っちゃうんだ」
挨拶もそこそこにいつもの石段へ向かう。
「え?どゆこと……その両手の丼ぶりのこと?」
「そう。昨日話したろ?きつねうどん買ってきたんだ……はい、熱いから気を付けて」
並んで腰かけたところでカップ麺と箸を
「おお~!これ、昔見たことあるよ。お湯がなくて中身がかっさかさだったけど!」
これを供えるのにお湯は用意できなかったんだな……まあ仕方ない。
「とにかく食べよう。いただきます」
「いっただきまーす!……お、油揚げ~」
いつもはうどんからいただくところだが、俺も
「うーん、お出汁が染みてておいしい~♪」
カップ麺ひとつでこうも喜べる?……いや、喜べるんだろうな。温かい食べ物はあまり食べられなかったようだし。
それに俺だって。誰かと食べるご飯ってこんなにいいものだったのだと改めて実感できた。
思えば最近はあまりご飯を味わっていなかったな……。昼食は学校の友達と一緒だからまだしも、朝晩の一人きりの食事はどこか空虚で、それを誤魔化したくてつい急いで食べてしまっていた。
「それにしてもうどんとは。
「ん、なんで?」
視線を隣へ移すと、熱さで火照った
「うどんって、太くて長いでしょう?だから昔から『太く長く生きる』ことを表しているといって、縁起が良いとされているのだよ」
じわりと、身体が芯から温まっていくのがわかる。沸き上がってくる感情は今すぐに言葉にできそうもなくて、代わりに身体の熱を空に向かってほっと吐いてみた。その温かさは、11月の冷え切っていない空を嬉しそうに舞っていく。
「わっ!息が白ーい!私もやろーっと」
きゃっきゃとはしゃぎながら
まったく、男子高校生と齢数百年の神様がやることじゃないな……。冬場、小学生が登下校中に息を吐いて汽車ごっこしている光景といったところか。しかし、屈託のない白い吐息は、たしかにこの寂れた境内と色味のない高校生の心に彩りを与えてくれていた。
「……ありがとう」
「うん。きっと大丈夫」
ほっほっほと、楽し気に
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