白い狐の神様
寒川サワラ
第1話 寂れた神社の主
「珍しいねぇ」
どこからともなく声が聞こえてきた。特徴に特徴を重ねた、独特で癖になりそうな……女の子の声。その声音は優しさが滲みつつも、どこか面白がっている様子だ。
急いで辺りを見渡すも、この神社には人ひとりいない。これだけ静かな空間なのだ、足音どころか人の気配すら容易に感じ取れる。他に誰かいるのならすぐに気づいていたはずだ。
秋の夕暮れ、ひゅうと吹く風に身体が冷えを覚えた。薄気味悪くなってきて、今日はもう帰ろうかと出口に向かったその時、背後からさっきの声がまた聞こえてきた。
「ちょっとちょっと!帰っちゃうの?学生さん」
「誰かいるのか……?」
振り返ってもやはり誰もいない。確かに声は聞こえているのだ。脳内に直接語りかける的なやつじゃなく、ちゃんと耳に届いている。
「ここにいるよ」
「うわっ⁉」
今度はすぐ右隣から声が聞こえてきた。耳がくすぐったく感じるのは、まさに耳打ちされたときのそれだ。なのに……人の姿はおろか、気配すらない。
「見えてないのは君に問題があると思うわけなのだよ」
今度は左耳からだ。慌ててのけぞると、声の主は優しく笑った。
「誰なんだ……?問題って、俺は別に何もしてないぞ」
「何もしてないからおかしくて、珍しいのだよ。もう4日連続でここに来てるでしょ?だのに私にお詣りもせず、ただ賽銭するだけ。数百年ここにいるけど、そういう人は君が初めてかな」
数百年⁉それに私にお詣りって……。
「まさか君、ここの神様?」
「左様。いかにも私がこの社の神様なのであーる!」
はしゃぐ声が俺の前方から聞こえてきた。この声が……神様?
ありがちな神様よりずっと若くて、ずっとフランクというか。言っちゃあ悪いが威厳がない。本当に神様なのだとしたら無礼極まりないけど、雰囲気からして神様かどうか疑わしいのだし仕方ない。
「……疲れてるのかな、俺」
「ううん?別に君は憑かれてる様子はないけど。幽霊とかも信じないタイプでしょ」
「そっちの『つかれてる』じゃないんだけど」
「まあまあ。とにかく私はここにいる。姿が見えないのは、君が神を信じきれてないからだね」
「……どうしてそんなこと言えるんですか」もう遅い気もするが、一応敬語を使っておく。
自称神様はくたくたと呆れたように笑った。
「霊体と同じ。信じていないと目には映らないのだよ。この4日間、私に何も話しかけてこなかったのがその証拠でしょ?
……ま、仮に神を信じていようが基本的に姿は見せないようにしてるんだけどね。人間達の習わしもあるみたいだし」
声はあっけらかんとして補足した。……おい、結局見えないんじゃないか。
「俺は今でも信じてないですよ。そんな都合よく神様がいるわけない」
「ふっふっふ~。私に嘘は良くないぞ」
声の主は自信たっぷりに間を取った後、再び続けた。
「声が聞こえるってことは、少なからず神の存在を意識し始めたってこと。昨日の君は、私の声が聞こえてなかったでしょ?」
「え、昨日から?」
昨日といえば、医者からあの話をされた後のことだ。あの時から俺に声をかけていたのか?
「……くく、化かされたね」
「え?」
「嘘ってこと。話しかけたのは今日が初めてだよ」
「うわ、神様名乗るくせに嘘つくんですか」
「逆に聞きたいけど、嘘つかない神様がいるの?立派過ぎな~いその神様?」
くすくすと、転がすような笑いが耳に響く。信仰によっては物議を醸しそうな発言だが、まあ神様にも色々いるってことなのだろう。
「私が君に話しかけたのはね、ただ物珍しいからだけじゃないわけなのだよ」
今度は声のトーンが少し低くなり、優しい声音に真剣さが灯る。
「何が言いたいんです」
答えはすぐには返ってこず、代わりにかさりと枯れ葉がひしゃげる音がした。
「……君の顔がね、段々と張りつめていくのを私は見ていたから」
声はさっきよりも近くから聞こえてきた。感覚からして、俺の2、3歩前からだ。
「神にすがりたいと思う何かが君にはあるんじゃないかってね。だから声をかけてみたの」
目の前をじっと見つめる。目に映るのは奥にある拝殿だが、声は確かに俺の目の前から聞こえている。
思いもよらぬ出来事に、いつの間にか呼吸が早まっていた。本当に神様がいるのなら、あの状況をなんとかしてくれるのでは……?
いや、だめだ。ここは初志貫徹。俺なりのルールというものがある。
「……俺、困った時だけ都合よく神様に頼るのは良くないと思うんです。俺みたいに今まで信じてこなかった奴は特に」
「うんうん」
「だからせめて毎日お賽銭して。しっかりと筋を通してからお願いをさせてもらおうと思ってます」
「おおぉ~。殊勝というか……見かけ通りのお堅さだね」
不思議なことに周りからも同じように評される。最近だと今年の3月、当時高校1年にも関わらず、上級生を差し置いて全校で模範的な生徒のウンタラカンタラ賞をもらっていた。興味なさ過ぎて賞の名前は忘れた。
「うん。ならそれで結構。無理に聞くものじゃないし、君のタイミングでいい。だけどね、抱えるくらいなら早めに吐き出してしまった方がいいよ。言うだけタダなんだし、何より私、今暇してるし」
この声の主が何者なのか断定できないが、随分と気さくな人だと思う。怪しいと疑ってかかる気にならないのは、声の主から感じる独特の雰囲気ゆえか。妙に落ち着くのだ。
「……ありがとうございます」
「じゃ、また明日ね」
「え?」
さっきまでの神妙さが一転、けろりとした様子で声の主は言った。
「明日また話そ?あ、そうそう。明日は賽銭じゃなくて油揚げだと嬉しいな~」
「油揚げ?お供え物がいいってことですか?」
「そ!好きなのだよ~油揚げ。久しぶりに食べたくなっちゃった。たしかに賽銭よりは高くつくかも知れないけど、その分ご利益あるかもよ~」
ひゅうと風が吹いて、木の葉が目の前でくるりと円を描き地面に落ちていった。たぶんそれは神様が社に帰ってしまったことを意味している気がして、とりあえず頭を下げた。
「……今日は早めに寝よう」
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