第12話 特務三課

 ~12月12日 8時49分 オリックスマンション103号室・帳家~


 翌日。学校が休校になったため、家で大人しくゲームをしようとした歩は、慌てて着替えをしていた。

 少し前、蒼井から電話を受け、警察署を訪れることになったからだ。なんでも、今後の活動について、具体的な指針を示すためだという。

 電話を切った後、すぐに赤紫のTシャツの上に紫のジップパーカーを羽織り、寝巻代わりのハーフパンツから七分丈のジーンズに履き替える。黒のソックスを履き、赤いコンバースのシューズを履く。これの組み合わせは、歩の中でお馴染みのファッション――出で立ちとなっている。ただし、今は冬になるため、さらに赤いジャンパーを着ることにした。



 ~12月12日 9時13分 港警察署~


 自宅から徒歩で二十分分程度。警察署の玄関で待っていた、昨日と同じ服装の蒼井に出迎えられ、そのまま署内を歩く。


「昨日はよく眠れたか?」

「まぁ、それなりに疲れましたんで……」

「結構結構。寝る子は育つって言うからな」

「でも、あの後大変だったんですよ? なんか、部屋に沙貴ちゃんがいて、あれこれ問い詰められちゃったんですから。なんと言って良いやらってカンジで……」

「だから、今日は彼女も連れてこいって話にしたんだろうが」


 蒼井の言う通り、歩の後ろには、ブラウンのダッフルコートを着た沙貴が、物珍しそうに辺りをキョロキョロと眺めていた。余程の非行を犯さなければ、基本的に警察署は中学生には無縁の場所である。スリルと好奇心を感じ取るべく、集中して警官の動きを出来る限りまぶたに焼き付けようとしているようだ。前を歩く歩の腕にしがみつきながら、引っ張ってもらおうとしている辺り、その集中力の高さが窺える。


「確かに助かったけど……ホントに良いんですか? 巻き込むんじゃ――」

「いずれ、巻き込むことにはなる。お前を狙っているヤツがいることが判明した以上、何も知らせないのは、これからの判断を正しいものにする上で危険なんじゃねえのって思ってな。あんまり秘密主義を貫くのも、お前には厳しそうだしな」

「そうそう。なんかよくわかんないけど、先生の言う通りだと思いまぁーす」


 前門の教師に後門の幼馴染

 貴重な指導役になり得る人物と護衛対象から同時にこう言われたら、歩はもう反論できない。


「俺が連れてこいって言われなきゃ、たぶん足止めされてたろ?」

「それは、まぁ……」


 昨日の鋼の鬼のこともあり、沙貴は歩が単独行動を取ることを不安視している様子が見受けられた。歩には想像できないが、しつけの厳しい親のようにスケジュール管理するような問答を続けたこともあり、こうして同行を指示されなければ、確かに家から出してもらえなかった可能性はあるだろう。


「あの~、ところで先生……?」

「んだぁ?」

「今さらだけど、なんで先生、我が物顔で警察を歩けてるんですか?」


 歩は、今朝からずっと気になっていた質問を口にする。


「俺はここの所属だ」

「へっ?」


 歩は、目を丸くする。


「先生、同じ公務員という肩書きなら、教師と警察が兼任できるもんなの?」

 

 沙貴が質問する。


「そんなわけねえじゃん! つーか、国家公務員と地方公務員は違うからな。そこんとこヨロシク」

「へぇー」

「言っておくが、俺は元々警察で、学校にはある目的があったから潜入していただけに過ぎねえの」

「何ナニ? 先生、わたし気になります!」


 歩の肩越しに、沙貴は目を輝かせて蒼井に続きを催促する。

 しかし、蒼井は「やってられん」と言わんばかりに苦笑するだけだった。


「後で歩から聞け。昨日、全部話した」

「そうなんだ」


 丸投げされた。まぁ、許されるならきちんと事情は説明したいとは公言していたから、それは別にいいとして。


「どうした歩? いつも通りのアホ面して」

「いつも通りって……んーまぁ、それはともかく、先生」

「ん~?」

「ひょっとして、三橋君と知り合いだったりします?」

「教え子だろうが」

「そうじゃなくって……その、三橋君の、本業と言いますか……」


 秀真は、自らを警察官と明かした。

 そして、蒼井の本業もまた、警察官。

 同じ学校に、同じ境遇の人間が二人もいることは、さすがに不自然に思えた。


「お察しの通り。あいつから話を聞いてりゃ、わかるってもんだな」

「それじゃあ、三橋君が話してた、修行のプランっていうのは――」

「俺が作った。楽しみにしてろよな!」

「…………」


 次々と明らかになる情報に、歩は空いた口が塞がらなかった。

 おそらく、蒼井は秀真と同じ、特務三課のメンバーだ。


「ここ最近、剣道部に出ていないという幽霊部員の根性を叩き直してやるぜ。マンツーマンでな」

「う、うぅ……」


 得意げに笑う蒼井を前に、歩は渋面を浮かべた。

 彼のしごきの厳しさは、去年の合宿で痛い程思い知っている。しかも、今度は部活ではなく公務――社会を回すために必要な仕事だ。きっと、言うまでもなく、想像もできないような厳しい訓練が待ち受けているのだろう。


「お願いですから、戦鬼と戦う前に殺さないでくださいよ?」

「そうならないために、織部を連れてきたんだよ。愛は奇跡ミラクルって言うだろ? 体現して見せな」

「どこのアニメの主題歌ですか……」


 やがて、彼らはとある部屋のドアの前で立ち止まる。


「さぁ、着いたぜ」

「ここが、そうなんだ……」


 部署を示すプレートには、『特務三課』と記載されていた。

 クラスメイトである三橋秀真が所属する、戦鬼への対応を主にした部署。


「歩、心の準備はいいか?」

「……本音を言うなら、今すぐ逃げ帰りたいです」

「そっか。でも行っちゃう」

「あ、ちょと――」


 歩の制止も虚しく、蒼井はドアを全開にした。


「やらないか?」


 バタン。


「あ、閉めた」


 一瞬、歩の視界にこんがりと日焼けした裸の大男が、グラビアアイドルがとるようなセクシーポーズを披露していたように見えたが……。


「二人とも、今日はもう帰ろうか」


 一転して、蒼井は出口に向けて歩と沙貴の背を押し始める。


「あの、今一瞬デッカいおじさんが裸で――」

「えっ? アユくん、何が見えちゃったの?」

「歩、お前疲れてるのよ」

「あ、今のXファ○ルですか?」

「お前……並静へいせい生まれだよな?」


 並静とは、零破の前の年号の事である。


「知ってる人は知ってるかと。ところで、あれが先生の同僚ですか?」

「歩、お前はあんなのが警察の一員だと、本気で思ってるのか?」

「警察も人間ですから。罪は犯すのでは?」

「ヘンなトコで達観してるねお前は。違うの、あんなのが同僚とか、絶対に認めない」

「アユくん、先生が急に女々しくなっちゃってキモイんだけど」

「ごめん、ぼくにはどうすることも出来ないよ」

「とにかく、ここは今、一般開放されているらしい。スケジュールを伝えるためにもまずは場所を変え――」

「その必要は無い」


 スーツ姿の男が、特務三課の事務室から出てきた。七三に綺麗に分けた白髪の混じった髪と厳かな表情は、いかにも管理職といった風貌だった。顔の皺の本数を見るに、おそらくは五十代半ばといったところか。


「歩、間違っても「このおじさんも実は露出癖とかあるのかな?」とか思うなよ? 不当な権力で存在を無かったことにされるからな」

「まだ何も言ってないんですけど……」

「蒼井……つまらん冗談を言っている暇は無い」


 男が、蒼井の軽口を視線で諌める。


「その言葉は、部屋の中で放し飼いされてるゴリラにでも言ってくれや」

「既にT字帯は履かせた。ギリギリOKだ」

「T字帯って、要はふんどしじゃねぇか。フォローになってねぇよ」

「テレビ的表現に例えても、モザイクは取れるレベルだ。十分だろう」

「既に更生諦めてんだろうが」

「そんなことより、もっと他にやるべきことがあるのではないかね?」

「何勝手に諦めてんだテメェ」

「……あの~?」


 不毛な言い争いを続ける大人二人の間に、歩が割って入る。このまま傾聴していては、変態談義に花開きそうで怖かった。

 後ろで、頭の上に?マークを浮かべながら狼狽えている沙貴を、早く安心させてあげたい。


「あぁ、済まないね。ウチの愉快な仲間達が失礼した」

「歩。この男が特務三課の課長、酒井さかい正義まさよしだ」

「初めまして、帳君。それと織部さんだったね? 酒井だ」

「は、はい! よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 歩と沙貴は、順々に酒井が差し出した手を握り、握手を交わした。

 酒井は沙貴との握手を終えると、歩の目を見据える。


「……なるほど。報告通りだ」

「えっ?」

「幼いながらも、なかなか力強い目をしている」

「そ、そんなことは……」

「謙遜することは無い。戦鬼レガの憑代にされた状態で未だ己を保っていられることが、何よりの証拠だ」

「そ、それこそ偶然ですよ。ぼくなんか、つい最近までいじめを受けてたんだし……」


 酒井の表情が一瞬強張った。


「……そうなのか?」

「は、はい……」


 空気が張りつめる。しかし、歩は別の要因で言葉を失っていた。

 何故、この男が自分のいじめに関して、ここまで憤る?


「だが、君は今日まで生き延び、蒼井の報告も受けたが、〈鉄鋼鬼てっこうき〉相手に初陣も飾ったそうじゃないか。くどいようだが、それは誰にも出来ることじゃないんだぞ?」

「テッコウキ……?」


 とぼけて見せる歩だったが、見当は一つしか思い当たらなかった。

 おそらくは、昨日襲い掛かって来た、レガによく似たロボット―ー鋼の鬼のことだろう。


「それも含めて、改めて君に説明したいことがある。まずは、我々の事務室に来てくれたまえ」


 酒井がドアを開く。

 そこには、こちらに尻を向けながら四つんばいになる、大男の姿があった。


 バタンッ!


「……あの、課長さん?」

「帳君、今日はもう疲れただろう? 織部さんも、車で送るからゆっくりお休み――」

「あの人、さっきふんどし履いてたって――」

「あれはただのゴリラだ。後で殺処分しとくから、心配しないでくれたまえ」

「……部下の人、なんですよね?」

「織部さん。世界広しといえど、警察犬ならぬ警察ゴリラを採用したという実例は過去に一度として確認されていない。失礼だが、マンガの読み過ぎではないかね?」

「狼狽え過ぎだろ、課長さんよ?」


 厳かな表情をそのままに、酒井は蒼井の顔を凝視する。


「蒼井」

「なんだ?」

「助けてくれ」

「職務放棄……」

「あれが何故再び全裸になったのか、私には理解に苦しむ。ふんどしも履かないゴリラなんて、ただのゴリラじゃないか」

「その理屈だと、履いたってゴリラになんぞ」

「なぜ晒す? なぜ風に当てて揺らそうとする? 今は冬なんだぞ……」

「あの、すみません。これ以上沙貴ちゃん《彼女》に汚い現実を見せたくないんで、帰って良いですか?」

「まぁ待て歩。もう一度だけチャンスをくれ。大人だって間違える生き物なんだ。それにな、裸になって何が悪い? 人は皆、生まれた時は裸だろう?」

「呼び出されてまで見せつけられるものではないと思うんですけど」

「気持ちはわかるが落ち着け! 人の数ほど存在する常識というものが、お前にあ合わない常識をぶつけてくるヤツが、ここにもいるみたいに思っとけ!」


 蒼井はほぼヤケクソ気味に、勢いよくドアを開いた。


「いい加減にしろ、フラガ! 警察の品位が疑われんだろうが!」

「ぬぅ! 聞いてくれ、蒼井の旦那。ふんどしが頑固なのだ」

「意味わからん!」


 巻いたT字帯が心地悪いのか、フラガと呼ばれた丸坊主の大男は、腰に巻いた紐を手で支えている。


「へ、へんた……!?」

「あ、沙貴ちゃん!?」


 フラガの姿を見た沙貴は、一瞬で気絶をしてしまった。慌てて抱き止めた歩は、眉間を指で揉む酒井に案内され、室内のソファに沙貴を寝かしつけた。


「なんてこった……」

「紹介しよう。この変質者は、特務三課所属の烏丸からすまフラガ。戦鬼ブラッガの依り代となった男だ」

「戦鬼……!?」


 歩は目を丸くした。

 課長が身内に変質者を抱えていることを認めた発言にも驚きだったが、歩としては、こうもあっさりと自分と同じ境遇の人間と出会えたことが意外だった。


「おう、初めましてだな少年!」

「おわわ!?」


 フラガは黒いメタリックボディの鬼の姿に代わり、歩の体を抱え上げた。体の大きさだけなら、レガよりもわずかに大柄かも知れない。


「どうじゃ、この体! 感想を求む!」

「すごく……大きいです」

「ウホッ!」


 フラガは歩を降ろすと、体をよじらせる。


「私達……良いパートナーになりそうだな?」

「せ、先生、この人なんか怖いよ!?」


 身の危険を感じた歩は蒼井に助け舟を求めるも、


「歩、今のはお前が悪いと思うぞ?」


 えんがちょと言わんばかりに表情を歪めた蒼井に、冷たく突き放された。


「な、なんで!? レガより大型だって言いたかっただけなのに――」

「オ~~~ケーオーケー! 知らないのなら、そのままでいろ。詮索するなググるないいな? お兄さんとの約束だぁ~」


 これ以上は言うなといわんばかりの形相で、蒼井が強く訴えかけてくるものだから、歩は黙って頷く他なかった。


「帳君、まずは適当なイスにかけてくれたまえ」

「は、はい」


 酒井の催促に甘える形で、歩は沙貴が眠るソファから最も近い位置にあるパイプ椅子に腰を掛けた。同僚から変質者と認められる男がいる空間なので、何が起こるかわからない。変質者を受け入れている大人が味方になるとは限らないので、歩は孤軍奮闘を覚悟しながら、身構える。

 ここからは、さすがに真面目な話になった。


「いらぬ誤解をさせてしまった直後に言うべきではないかも知れないが、まずは我が署の不手際を詫びさせてほしい。済まなかった」

「えっ? え、えっ……?」


 酒井が唐突に頭を下げるものだから、歩は狼狽してしまう。


「あの、えっと……どういうことですか?」

「先程説明した鉄鋼鬼……あれは、対戦鬼用に開発し自律型戦闘機なんだが」

「戦闘機……」

「レガに襲われ、蒼井やフラガと出会ったキミなら理解してくれるものと思う。戦鬼も生き物であるが故に、善悪の概念をもつのだと」

「そ、それは、まぁ……」


 歩は、伊織の手帳の内容を思い出す。

 レガについても物申したい気持ちにはなったが、なんとなくここでこの話題は出すべきではないと思い、口を噤む。

 というより、蒼井はレガの状態について、正しく仲間に説明しているのだろうか?

 彼の表情を見ると、誤魔化すように苦笑していた。

 よって、歩は自分の直感に従うことにする。


「君の中にいるレガのように、戦鬼には人間を食料と付け狙う輩も存在する。そんな人類に敵対する姿勢を見せる戦鬼を相手に、人類が抑止力として開発したのが、君に襲い掛かって来た鉄鋼鬼なんだ」

「俺も、昨日お前と別れた後に知らされてな。なんつーか、驚いたもんだよ」

「製作資料に目を通したのではなかったのか?」

「一か月前の話だぞ? まさか急に出来るとか思わねーっての。ここまで進んでたか、日本のロボット工学?」

「えぇ……どうしよう?」


 歩はある事実に気付き、青ざめる。


「どうかしたか、歩?」


 蒼井が、歩の表情を覗きこむ。


「警察の戦闘機ってことは、やっぱり開発費に相当な費用をかけてるんですよね? ぼく、壊しちゃいましたよ……?」


 蒼井が、「そんなことかよ」と言わんばかりに嘆息する。


「そんな心配しなくていい。むしろ、感謝したいくらいだ」

「そ、そうでしょうか?」

「というか、普通自分が襲われたことにキレるだろ……」

「そ、そうかな? 造った人達、ガッカリすると思うけど……」


 蒼井と酒井は、互いに視線を合わせ、苦笑する。


「……まぁ、そのくらい寛容でいてくれる方が助かるのも事実だが」

「そ、それで……何かあったんですか? 何か、トラブルが起きたとか」

「その通りだ」


 酒井は、こめかみを指でつついて見せる。


「鉄鋼鬼に搭載されていた人工知能が、どうやらまだ不完全だったらしくてな。そのせいで、テストのために試運転をさせたと同時に、暴走してしまったんだ」

「ぼ、暴走!?」

「鉄鋼鬼には、戦鬼がもつ妖力をサーチするレーダーが搭載されている。君が狙われたのは、そのサーチ機能でレガのもつあまりにも強大な妖力を探知されてしまったからだと思われる」

「じゃ、じゃあ……レガの憑代になっちゃったからとか、そんな大層な理由じゃないんですね?」

「うむ。単なる動作不良――ではなく、設計ミスだ」


 歩は脱力し、机の上に突っ伏した。蒼井は歩の背後に回り、労わるように背中をポンポンと叩く。


「これは、明らかにこちらの過失だ。君に何かあったらと思うと、様々な意味で君のご親族や世間に申し訳が立たなくなるところだった」

「そんな、気にしないでください」


 若造である自分に対し酒井が頭を下げるものだから、歩は恐縮しきりで手を振る。


「先生にも話を聞けたし、結果オーライってことで」

「うんうん。今日の俺、九十五点!」

「お前は黙っていろ」


 酒井は、同僚に対して容赦がない性格らしい。


「だがしかし! ワシらが駆けつける前に片づけられるとは、たまげたもんよのぉ」


 フラガが両手を組みながら、大声で笑う。


「えっと、フラガさん、ですよね?」

「ブラッガでも構わんぞ。フラガってのと、響きが似りょるしのう」

「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします、フラガさん」

「ありゃりゃ。まあええけんど」


 礼を交わす歩とブラッガの様子を見ながら、酒井は頷く。


「では、このまま特務三課のメンバー紹介と行こうか。とはいえ、済まないが帳君。ここにいるメンバー以外は全員夜勤明けや有休消化で不在の為、口頭での紹介とさせてくれたまえ」

「は、はい……」

「警察みてーな仕事してて休み取れってのも、なかなか耳が痛い話だわな」

「日の丸からの指示だ。無視は出来ん」


 これからお世話になる人達を紹介されるということで、自然と背筋が伸びる。


「まず、課長である私、酒井。次にそこの蒼井蓮司――戦鬼ルーガを課長補佐としている」

「そういや、ちゃんと見せたこと無かったっけな」


 そう言うなり、蒼井は戦鬼としての姿を晒す。

 レガと同質のメタリックボディをもつモノノフ型の戦鬼ルーガは、大柄ではあるが、その外観は人間のそれに近かった。


「戦鬼ルーガ。俺のもう一つの姿だ……てな」


 普段と変わらない声色で笑う蒼井は、すぐに元の人間態に戻った。


「次にそこのブラッガ。そして、ここにはいないが、彼の姉にあたる戦鬼ハクオウ――白峰しらみね加世子かよこだ。妖術の扱いに長けた、ヤシャ型の戦鬼だ」

「ねーぢゃんはワシと違って小5のがきんちょみたいな身長じゃけん。一目じゃ血の繋がりがあるとかわからんらしいのう」

「は、はぁ……」


 まだこの目で見たわけではないので、感想を求められても困る。


「そして、君のクラスメイトにあたる三橋秀真。彼は戦鬼ではないが、優秀な諜報員にあたる。以上の五名で、この特務三課は動いている」

「な、なんか、こうしてみると、結構戦鬼が集中してるんですね」


 自分と伊織、彼女の姉を含めて、少なくとも六人の電鬼の存在が明らかになった。


「警察の方で発見した戦鬼には、もれなくお誘いがかかるからな。後から見つかったヤツにも、かたっぱしから声かけてくつもりだろうぜ」

「そして、誘いに乗らなかった輩は、反逆者とみなされ、正義の鉄槌を下すんじゃ」

「ッ!」


 歩は思わず身構えてしまうも、


「な~んつってな! 冗談じゃ、冗談」

「ブラッガ……あんま俺の生徒をいじめんじゃねぇぞ?」


 蒼井が不気味な笑みを浮かべ、ブラッガを睨む。


「わ、悪がっただ。ほんのお茶目だべ……」


 ブラッガの異常な怯えようを見た歩は、蒼井の実力が、他のメンバーと一線を画していることを肌で感じた。


「心配しなくていい、帳君。君をこの課に誘ったのは、あくまで戦鬼レガの力を制御してもらうためだ」

「……レガみたいに強い力があるなら、利用したいと思うのが普通ってことですか?」


 秀真からの意見であることは、あえて伏せておく。


「否定はしないが、それを検討するのも、まずは君が己の存在を確立させてからだ。それが出来ないことには、交渉も何もないからな」

「それもそうですね」

「そのために、我々が出来る最高のサポートを提供したい。どうだ、悪い話ではないだろう?」

「はい……」

「歯切れが悪いな。何か、引っかかるところがあるのか?」

「そ、そういうわけじゃありませんけど……」


 人に頼ることに慣れていない歩には、このまま警察の世話になることが良いとは思えなかった。


「不安になる気持ちはわかるが、いつ君の精神がレガに消されるかわからない状況にある。矛盾するようだが、もう少し焦った方が良いと思う」

「精神面というか、力の使い方を学ばないと危険だって意味では、俺も同感だ」


 蒼井は、塩をつまむように親指と人差し指をくっつけるような手の形をして見せた。


「今のところ、お前がレガの力を制御できているのは、あくまで雀の涙程度の力しか使わなかったからだ」

「あ、あれでほんの少しなんですか!?」


 とてもじゃないが、信じられなかった。

 鉄鋼鬼は、自動車を破壊出来るパワーがあった。豊富な銃火器もあった。そんな相手をいとも容易く撃破できたのだから、レガの力は凄まじい。

 それなのに、あれが小手先だけの力でしかないという。当事者のはずなのに、現実味が湧かない。


「レガがその気になれば、アメリカの軍事組織をまとめて壊滅させるだろうな」

「うわぁ……」


 スケールがデカすぎて、逆にわけがわからなくなってきた。


「強過ぎる力に振り回されたら、いつ精神を揺さぶられるかわかったもんじゃない」


 蒼井が警戒しているのは、レガではなく、オロチの残留思念のことだろう。

 遠回しに、修行の必要性を強調されたようで、ただただ恐縮する歩。

 その様子を見たブラッガは、「それでいい」と言わんばかりに笑い出す。


「そういうこったら、早速修行を始めんべ」

「いや、まだ準備が出来ていない」

「あらら」


 課長に出鼻を挫かれ、ブラッガはがくりと項垂れる。


「だが、それも明日には完了する。帳くん、ご家族や学校の方には、蒼井を通して伝えておく。安心して修行に専念してくれたまえ」

「は、はい。そういうことでしたら」


 どんな話を振られるかはわからないが、ひとまずは安心することにした。


「では、意思確認が取れたところで、今日はこれでお開きとしよう」

「えっ? また先送りですか!?」


 わざわざ警察まで来たというのに、詳しい話は未だにされずに帰される。

 これには歩も、「大丈夫かこれ?」と思わずにはいられなかった。


「本当なら他に細々とした確認事項はあるのだが、肝心の織部さんの体調が思わしくないようだからな」

「それは、まぁ……」


 歩としても、このまま沙貴が安心して眠れない状態にある問題は、解消したかった。

 迫りくる影やら、無知からくる恐怖に対する備えも大切だが、歩にとって何より大事なのは、沙貴の安全なのだ。


「追って、三橋君にでも説明してもらうとしよう。……蒼井」

「わぁってる」


 蒼井は立ち上がると、歩にドアを指示しながら、起立を命じる。


「帰るぞ。家まで送るぜ」


 歩は頷き、沙貴の上半身を起こしてから背負い、蒼井の後に続いた。



 ~12月12日 10時14分 オリックスマンション前~


 沙貴を自宅に戻し、蒼井は乗ってきたタクシーで去っていった。

 それを見送りながら、歩はつぶやく。


「……レガ。ぼくは、これからどうすれば良いんだろう?」

 

 己の中の鬼に問いかける。


『負けなきゃ良い。それだけだ』

「……なんだよそれ」


 つい、苦笑が漏れてしまった。

 しかし、レガの言葉はシンプルが故にわかりやすかった。

 






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