第19話 大いなる陰謀の力(前編)
~同日 16:26 港区内道路~
下駄箱で靴を履き替えた歩と沙貴は、そこで蒼井と合流し、無言で同行する。そして、校門から少し離れた位置に停められた、白い車のそばまで小走りで移動した。
特務三課のキャラバンは、ごく一般的な白い車両だった。警察が所有する車両ではあるが、覆面パトカーのように警察であるとわからないようにしているか、あるいは存在を秘匿するまでもなくドマイナーな部署の車であるからか、外装に手を加えているなんてことは無かった。
「よし、いくぜ」
歩と沙貴は後部座席、蒼井は助手席に乗り込んだ。
車内には、特務三課所属の秀真、白峰、フラガ、そして外部の協力者という扱いの伊織が先に乗り込んでいた。制服があるとは聞いていなかったが、全員が黒いジャケットを羽織っている。蒼井の服装は青のジャージだったが、運転席のフラガから自身のジャケットを受け取り、すぐに袖を通す。
「帳君。君にも」
「あ、ありがとう……」
「原理は不明ですが、白峰さんの御助力を得て作った特殊なジャケットです。これを着た状態で妖力を発揮すれば、妖力を持たない一般人の目には、襟に仕込んだ記憶媒体のプレートに入れられた情報――とりあえずは全員鉄鋼鬼にしていますが、それに見えるよう、変装の術のようなものが施されるようです。戦鬼の方には、着用をお願いしています」
「すごいね、そりゃ」
歩は、ジャケットの襟元に貼り付けられた、虹色に煌めく板ガム程の大きさのプレートを指でなぞり、羽織った。
「よっ! やっぱ沙貴も来たんだ?」
「お、お邪魔しまーす……」
伊織が大仰に声を張り上げ、沙貴もばつの悪そうな笑みを浮かべる。
車内で待機していたフラガ、白峰、秀真、秀真の三人も、大なり小なり戸惑いを示した。
「事前に共有しただろ? こいつが歩の選択だ」
蒼井の一言を受け、特務三課の面々は呼吸を整え、頷いた。
戦鬼になりたての歩は、まだまだ精神的に未熟で、気持ちにムラが大き過ぎる。それを少しでも安定させるために、彼の戦う理由に直結する沙貴を連れてくる可能性が大きいことは、充分に想定できることだった。
故に、どんな些細な事情があったとしても、歩が沙貴を同行させる選択を取るならば、皆がそれを受け入れるよう尽力する――そういう取り決めをしていた。
「まぁ、歩が決めたことなら、それは良いけんど……」
フラガは、眉をしかめながらため息をついた。
「や、やっぱりマズい、ですか……?」
「今回の相手が、な……」
運転席の真後ろに座っていた白峰が、木製の孫の手を使って車のラジオを点けた。
『現在、東京湾に謎の未確認生物が姿を現しております!』
「「えぇ!?」」
まだ詳細を確かめていなかった歩と沙貴は、ニュースキャスターの若い男性の声を聴いた途端、目を丸くした。
『海蛇、でしょうか? 海面から出た全長は、おおよそ四十メートルと推測されております。怪物は、周辺の小型船を消化液らしき液体を吐き出して破壊する以外は、今のところ目立った行動はとっておりませんが、依然として町を睨んでおります!』
「海蛇、ねぇ……」
スマホでニュースの情報を見ながら、蒼井がつぶやく。歩たちも、各々が情報を調べ、そして発見した画像を見て、驚愕していた。
「ちょ、コレ……CGかなんかじゃないの?」
沙貴は思わず呟いたが、誰も同じ気持ちにも関わらず、否定出来なかった。
本当に、海から巨大な蛇が姿を現していたのだ。一部、動画サイトに投稿された現場の様子を見ると、紫と灰色のまだら模様の蛇は、辺りをキョロキョロとしながら、何かを待つようにそこから動かずにいる。
歩は思わず、数年前に視聴した、怪獣を題材にした特撮映画のプロローグを思い出した。画面に出てきた蛇も、文字通りの意味で恐竜的な進化を遂げるのだろうか?
「センセー、もしかしてコレ新種の蛇?」
義兄でもあるので、伊織の蒼井に対する口調はいつも通りフランクなものだった。
「そうなるな」
「自然の?」
蒼井は「馬鹿言え」と吐き捨てる。
「残念ながら、戦鬼絡みの新種だな。前に見た、あのヤマタノオロチの頭とそっくりそのまんまじゃねえか」
「八個も頭無いけど?」
「分離して、そこから独立した進化を遂げた……そう考えるべきだろうな。消えた勾玉が、どんな形でああなったかは知らんがね。こんなケースは初めて見たぜ。とりあえず、単一の蛇だから、まんまオロチって呼ぶことにするぞ」
「となると、今回の、そのオロチの登場……裏で誰かが糸を引いていると見るべきですか?」
秀真が尋ねる。
「当然だな。警察ならば、あらゆる可能性を疑わなきゃならん。だからこそ、いいかお前ら。あそこで戦う相手が、あの蛇だけとは限らないってことだけは、今の内に覚悟しておけ」
「特にお主らはな」
白峰が、歩と沙貴の顔を交互に見る。
「ぼくらが……?」
「年末からやたらとちょっかい出されておるじゃろ? 目をつけられてることは確かじゃ」
「正確に言えば、帳君の中のレガが……ということでしょうが」
窓から周辺の確認を行なっていた秀真も、同意した。
「まぁ、その時はこっちもそれなりにメンドクサイことにはなったがの」
「んだな。おかげで年末年始、ヤな意味で退屈しなかったもんな」
歩は、年末の事件で、白黒姉弟が別の事件の対応に追われたことを思い出した。
「戦鬼が狙われとる……人気者のお前さんは特にな」
白峰はからかうように笑う。
しかし、歩が見た彼女の目は、ちっとも笑っていなかった。
「ぼくが……」
「ゆーて、勾玉を引っこ抜けたおかげで、相手の興味が移った可能性はあるがの」
白峰が言及した通り、年末年始を境に、歩が戦いに関わることは無くなっていた。
彼女が、レガである歩が狙われた理由に、勾玉を奪うことを挙げた理由はよくわかる。とてもシンプルな予測と言える。
「ですが、ここに来て急に大物が出てきましたね」
「三橋君……」
「加えて、凶報です」
手にしたスマホの画面に視線を落とした秀真は、思い切り眉間に皺を寄せ、そこを親指で揉み始めた。
「おいおい、不吉なこと言うなよな」
「緑の戦鬼の勾玉が、何者かに奪われたそうです」
車内の空気が、完全に冷えた。
「秀真……本当か、それ?」
前を向きながらも、硬い声で尋ねる蒼井に、秀真は「間違いありません」と答えた。
「課長から専用のネットワークに支障を確認したとの報告がありました。それぞれの戦鬼の現状を把握するための妖力探知機能が……緑の戦鬼のものが追跡不可能になったそうです。装置が正常に作動しているにも関わらず、ですよ」
「それで、やられたって踏んだわけか」
「そう見るべきかと。しかし、温厚な性格をしていたとはいえ、緑の戦鬼の戦闘力は衰えたわけではありません。戦鬼の力も求める、何者かの犯行と見るべきでしょう」
秀真が、歩と沙貴を交互に見る。
「帳君の予感は、当たっていた……そう考えて行動した方が良さそうです」
「それって――」
「緑の戦鬼の勾玉が奪われたということは、敵は織部さんを人質に、帳君の中にあるレガの勾玉――ではなく、三鈷剣を要求してくることは、充分考えられるでしょう」
歩は息を呑み、沙貴はわずかに震え出す。そんな彼女の両肩を、伊織はそっと抱いた。
「センセー、とりあえずこの後の予定は変わんないよね?」
「そうだな。オロチはオロチでなんとかせにゃならん」
「なら、その間はアタシが沙貴の護衛に回るよ」
伊織が、視線で歩に判断を委ねる。
「伊織がそうしてくれるんなら、確かに心強いけど……いいの?」
「レガの力が強いことは認めるけど、それでも戦鬼としての年季はアタシのが上だってこと、忘れんなよなー」
伊織の言う通り、戦鬼としての活動は彼女に一日の長がある。故に、妖力の扱いや戦い方だって、歩より洗練されている。今までの戦いは、条件が合っていたため歩の出動を優先したが、本来ならば伊織の方が、歩以上に活躍で出来る可能性は高いのだ。
そして、伊織は沙貴の親友でもある。
歩の視点から見て、彼女以上の適任はいなかった。
「……ありがとう、伊織」
「気にすんなって。な、沙貴?」
「アユくん、わたしは大丈夫だから、がんばって!」
「そゆこと!」
「ということで、先生。話はまとまったようです」
「結構結構」
蒼井は、少しだけ安心したように息を吐いた。
「あのデカブツとの戦いは、歩。お前がいた方が何かと楽だろうしな」
「海にいるんだから、伊織の雷の術の方が効率良さそうな気はしますけどね」
「出来ることなら、他の野生生物を傷つけるような真似はするなってのが、
「なんかいい響き~!」
「ちょっと伊織……空気読もうよ」
「おっし! みんな、もうすぐ着くどぉ!」
フラガの発破を受け、歩は窓の外を見る。
海から飛び出したオロチは、既にこちらを凝視していた。
~3月2日 16:48 お台場ビーチ~
3月となり、風は冷たいが徐々に水温は上がっている海水。平日の夕方ではあるが、数名程度ならばサーファーが遊びに来ていてもおかしくない。
だが、今はこの砂浜に人はいない。
理由は、明々白々――海面から飛び出した巨大な蛇を見たら、誰だって近くには寄りたがらないだろう。
ビーチ近くにキャラバンを停車させた特務三課の面々は、これ幸いとすぐに臨戦態勢に入った。歩も、秀真の言葉を信じ、周囲の目を気にせずに戦鬼レガに変身する。
「来るぞ!」
蒼井が叫ぶのとほぼ同時に、オロチがキャラバンに向かって溶解液を吐き出した。弾丸のような速さで瞬時に迫る液体が迫る。
「作戦開始!」
蒼井の号令を受け、戦鬼たちは一斉に変身する。そして、キャラバンに溶解液が命中する前に、間一髪全員が回避することが出来た。しかし、緑色の液体に包まれたキャラバンは、たちまち溶解してしまい、跡形も無くなる。
「! 沙貴ちゃん……おぉ!」
戦鬼レガとなった歩は周囲を見渡すと、妖術で形成した筋斗雲のような雲にのった、戦鬼イオと沙貴の姿を見つけて安堵し、詰まった息を吐き出した。
「ふむ。また経費がかさむのぅ」
イオと同様に、妖術で形成した雲に乗った戦鬼ハクオウが、白くなった長髪を風にたなびかせながら笑った。
「言うな。今から頭痛くなる……」
蒼井が変身した戦鬼ルーガは、強面に似合わず顔に手を当て、うめく。戦鬼の能力も、金が絡む問題には何の意味を持たない。管理職は辛いのだ。
「これ以上、
全員が、ルーガに注目する。
「イオ以外は砂浜で戦え! これ以上の後退はするな!」
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
歩、ハクオウ、ブラッガの三人は目を見開き、愕然となる。
「しょ、正気ですか先生!?」
「なんで、わざぁざ足場のワリーとごで戦わにゃあならん!?」
「インベーダー(※ゲームのこと)の真似事はゴメンじゃぞ!!」
「うるせー! バカな政治家にバカスカ税金使わせることになったら、税がアップするに決まってんだろ!! そうなったらお前ら、給料カット! 連なって小遣いカットなんてことになりかねねーんだぞ! 政治が自分に無関係だと思ってる国民はバカだって気付けバカ!」
「伊織、先生って政治家に恨みでもあんの?」
「そういや、新聞読みながらよく愚痴ってるトコみるね」
安全圏での待機を指示されている沙貴と伊織の会話は、場違いな程に朗らかだった。
「周囲の警戒は僕と杜若さんで行ないます。皆さんは周りを気にせず、目の前の化け物に集中してください」
秀真がスマホを操作すると、どこから出てきたのか、三体の鉄鋼鬼が出てきて、周辺地域の哨戒を始めた。ビルの死角に潜んだ、スマホや自撮り棒をもった動画配信者らしき若者が数名程度、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「そう言えば、もう鉄鋼鬼って世間の目に晒しても良いんですか?」
歩が素朴な疑問を口にすると、ルーガは「問題ない」と答えた。
「ちょうど機会がダブったが、どのみちもうすぐお披露目ってことになってたんだ。せっかくだ、目撃者には警察の実力を堪能してもらうことにしようぜ」
もっとも、彼らの目に映る鉄鋼鬼の中身は、
「しかし奴さん、ほとんど動かんのお」
「あぁ、そう言えば……」
ハクオウの言う通りだった。歩の記憶が正しければ、オロチはニュースを見た時と比較しても、ほとんど移動はしていない様に見受けられた。接近してくる小型船を鎮める、周辺の建物に軽く被害をもたらしたくらいだ。あの巨体で暴れられたら、甚大な被害が出ていても不思議ではないが、何が目的でそこを陣取っているのだろうか?
「理由はどうあれ、あれがオロチであることに違いはねえ! 慈悲も遠慮も無しだ!」
「んじゃ、いくど!」
ブラッガは両手を合わせると、背部の四本の角が変形し、棒状になる。さらに、それらは三分の一くらいの長さを起点に折れ曲がり、先端をオロチの方に向ける。
「
ブラッガが吠えると、左端の角の先端から、何か球状のものが発射された。
「大砲!?」
ブラッガの思いも寄らぬ行動に、歩は面食らった。
歩が形容した通り、ブラッガは肉体の形状を変化させ、角を大砲に変えていた。
ブラッガは限定的だが、『鉄を操る』能力をもっている。それをもって、己の肉体の形状を変え、大砲と同じ仕組みに作り変え、体内の豊富な鉄分を利用して弾丸を生む出す。言葉通りの意味で、己の体を武器にして戦うことを得意としていた。
「!」
ブラッガの弾丸は。オロチの左目に直撃した。しかし、
「なぬっ?」
オロチの眼前で、弾丸は消えた。
「歩、消えたと思うか?」
「いえ」
ルーガの問いを、歩は即座に否定した。
「消える直前、何かが蒸発するような音が響いてました」
「さすがはオロチ。戦鬼の大元。鬼火も余裕で扱えるってか」
鬼火は、戦鬼の力を宿した炎。全ての戦鬼が扱える力となっている。練習はしていないが、今の歩でも扱える。
それを、オロチも使って見せた。歩たちの目に留まらない、ごく小さな、しかし反比例するように高い火力を。
「おもしれえ。どんだけやれるか見ものだな」
「なら、今度は連射じゃい! 弾弾弾弾弾弾弾弾!!」
ブラッガは全ての砲門から、次々と弾丸を発射した。リズミカルに、絶え間なく打ち出される弾丸は、最初の一発以外は全てオロチの身体に命中した。しかし、柔軟かつ丈夫なオロチの外皮は、ブラッガの弾丸を全て弾き飛ばした。
それでも、まったく効いていないわけではなく、何発目かを受けたところで、明らかによろめきだした。
「すごい……けど」
「あぁ。全然動かん」
歩は呆然となり、ブラッガは憮然と鼻を鳴らす。
「これ以外にもやれることはあるけんど……」
ブラッガは、頭上を浮かぶ姉のハクオウを見る。
「うむ! ならば妾の出番といこうか!」
ハクオウは雲をさらに上昇させ、巫女服の裾から大量の紙札を取り出し、ばら撒いた。ミミズのような赤い字で何かが書かれた白い長方形の和紙が、風に運ばれてオロチの頭上を舞い落ちる。
「獣無勢が、人様の知性と技術に耐えられるか、試してやろうぞ」
ハクオウは両手を合わせ、目を伏せる。そして、何かを呟き、念じた。
すると、ヒラヒラと舞い落ちる紙札の赤い文字が輝き始め、オロチの身体に付着したと同時に、爆発した。
「おわっ! すごいですね……」
「まるで爆弾だろォ?」
ブラッガが愉快気に笑った。
「あんなものを使えるって、やっぱり白峰さんってすごいんですね」
「まぁ、ウチのナンバー2なだけあるわな」
ルーガは短く笑う。
「鬼火を限界まで凝縮して、文字にして札に保管する。んで、特定のタイミングで解除して、爆発させる……時限爆弾みてーな使い方も出来るってわけだ」
「罠にも使えるってことですね」
物は使いようというか、また一つ、歩は戦鬼の恐ろしさの一端を垣間見た気がした。
「つっても、相性ってのはどこにでもあるもんだなぁ」
「えっ? ……あぁ!?」
歩は愕然とした。
目の前が真っ黒になるくらい大きな爆発が起きたというのに、オロチはケロッとしていた。それどころか、何が起きたかも自覚できていないようですらあった。
「なんじゃとー!? ありったけをくれてやったっちゅーのにぃ!!」
頭上で、ハクオウがいきり立つ声が聞こえてきた。実際、あれだけの爆発が起きても無傷でいられるのは、規格外としか言いようがない。仮に、戦鬼レガがあの爆発を受けたら、死なないまでも大ダメージは受けていたはずだ。
歩の中で、戦鬼レガというアドバンテージの意味が、無くなろうとしていた。
「ハクオウの鬼火を受けてケロっとしてるってこたぁ、たぶん伊織にやらせても意味はねーだろーな」
「妖術そのものに耐性があるってことですか?」
「俺はそう判断した。現に、ブラッガの攻撃はちょっとでも怯んだってのに、威力だけならそれ以上のハクオウの妖術は物ともしねえ。そう考えるのが自然だろ」
「オラぁ、まだまだ全力じゃねーぞ!」
過小評価されて憤るのではなく、まだまだ戦い足りないと言わんばかりに、ブラッガは両腕を回して見せる。
「そうだな。んじゃ、続いては俺が行くかな」
戦鬼ルーガは、腰に巻いた綱にひっかけた刀の柄を手に取る。そして、大気から水分を吸収し、刃を模すように集束させる。それを、妖術による冷気で凍り付かせ、氷の刀を生み出した。
「ブラッガ、援護射撃は任せるぜ」
「応!」
ブラッガが先程と同様、四の砲門から弾丸を発射する。それらを受けたオロチは、やはり体で受け止め、よろめく。ダメージが通ったようには見えない。
ルーガはその間、脚から冷気を出し、瞬時に海水を凍り付かせ、氷の足場を作りながら走る。
三秒。たったそれだけの間に、ルーガはオロチに接近する。
「これで、終わぁぁぁっちぃー!!」
ルーガが氷の刃をオロチの皮膚に当てた瞬間、接触した箇所が突然爆発を起こした。それにより、ルーガの横薙ぎの一撃ははじき返される。それだけでなく、オロチは全身の鱗の裏側から、無数の何かを発射した。間一髪、ルーガは大きく後退して難を逃れたが、氷の刃には命中したようで、刀身が砕かれていた。
「先生、一体何が!?」
歩は慌ててルーガに駆け寄る。遠目から見た通り、負傷は見受けられず、ホッとする。
しかし、ルーガは恨めしいとばかりに舌打ちをした。
「めんどくせぇ……あいつ、鱗の下に水鉄砲を隠してやがった」
「みずでっぽう?」
「しかも、溶解液のな。口から吐き出したのと比べたら威力はガタ落ちしてっけど、やられたら痛いってのには変わりねーわな。しかも、ガソリン並みに引火すると来た。鬼火との相性は抜群だぜ」
「それじゃ、無敵要塞じゃないですか……」
「シャレに聞こえねーなぁ……」
ルーガは力なく笑った。歴戦の勇士であるルーガの口からこんな言葉が出てくるということは、やはりオロチという敵は伊達じゃないということか。
しかし、このままにはしておけない。今のところは大きな動きは見せないが、今度も同じという保証はどこにもない。
いや、既に『始まっていた』。
「みなさん! 急いでオロチを倒してください!!」
秀真が、緊迫感を滲ませた叫び声をあげる。
「どうした!? 何があった!?」
ルーガが怒鳴り返す。
「視聴率稼ぎで撮影を止めない愚かな人達が、次々と倒れています! 何か、中毒のようなものを起こしているようです!」
「何?」
「探知機を使って妖力の流れを追ってみた所、どうやらオロチから流れている……おそらくは毒霧のようなものかと思いますが、それに含まれている毒素は常人には効いてしまうようです!」
「三橋君は平気なの!?」
「他の人とは体のつくりが違います! 他の人は、まだ命に別状はありませんが、この後もそうだという保証はありません!」
「やれやれ、なんてこったい……!」
ルーガは二度目の舌打ちをし、オロチを睨む。
「いつだって、人間の嫌がることしかしやがらねえ……!」
「だったら……!」
ここで、歩は意を決して、両肩に意識を集中させる。円状の刃のような鉞が飛び出したのを空中で手に取り、力いっぱい放り投げた。
「!」
ここで、オロチは初めて回避運動を見せた。体をくねらせただけだが、初めて特務三課の攻撃に脅威を感じた瞬間だった。
一発目は避けられたが、二発目はわずかに切り傷を与えることに成功した。
しかし、歩はそれを喜ぶことが出来なかった。
「あれ? なんか、いかにもってカンジのが出てきてんですけど……?」
レガの鉞によってつけられた切り傷から、紫色の湯気のようなものが出てきた。
「おい! それ猛毒じゃぞ!!」
「何ぃ!?」
どうやら、体内で生成した毒が漏れてしまったようだ。歩には見えないし、効果も無いオロチの毒が、ここにきてより高い濃度で噴出してしまった。
「ふん!」
手出しできなかったハクオウが、ここで緑色の字を記した札を投げた。札を中心に極小の竜巻が発生し、オロチが出した毒霧を上空に舞い上げ、腕から金色の光を発生させ、掻き消した。
事前に聞いた話によると、これは妖力を消す能力らしい。力の源である妖力を対消滅させることで、毒霧の成分を無力化させたのだ。
「ナイスだぜ、ハクオウ!」
「しかし旦那! これじゃあその場しのぎにしかならんぞ! はよそのデカブツを消し飛ばさねばならん!!」
ハクオウの言う通り、オロチがここにいるだけで毒を振りまくのであれば、少なくとも近くの街の人々は危険に晒される。一見は何もしていないように見えても、しっかり人間を攻撃していたということだ。
目立った動きを見せないからと、知らず知らずの内に警戒心を解き始めていた特務三課の面々は、到着した時以上の緊迫感に襲われる結果となった。
「ど、どうすれば……」
焦燥感もあり、歩は頭の中が混乱していた。
いかに最強の戦鬼の力を預かっているとはいえ、今のままでは誰も守ることは出来ない。幸い、イオと共に上空にいる沙貴は守れるだろうが、このままお台場が死の街と化す様を見せつけられた彼女は、きっと大きく傷つくだろう。
「なんとかしなきゃ……!」
しかし、単純に接近戦を仕掛けるのも危険だということは、先程ルーガが実証して見せた通りだ。単純な膂力ならレガの方が上だろうが、接近した瞬間に溶かされてしまうのがオチだろう。
肌で感じて理解した。あれはレガでも耐えられない。
仮に、ここでレガの変身を解き、レガ刀を使ったとしても、あの巨体を斬ることは難しいだろう。やはり、名が示す通り、レガ刀は近接武器。いかに鬼火の力で刀身を伸ばしたとしても、ビームのように長距離を狙撃することは難しい。威力が落ちてしまうのだ。それなら、さっきの鉞を投擲する方がまだ利くだろう。最悪、接近戦もやむなしだが、すぐにその選択をしてしまうことは、歩の戦闘不能を意味する。
頭ではない――体の内側から、焦燥感のようなものが湧き上がってくる。
自分がここで倒れたら、最悪の結果につながるだろう――と。
迷いの袋小路に落とされる……。
「なあ、アユムぅ?」
後ろから、ブラッガが声をかけてきた。
「は、はい……?」
「オメエ、武器にレガの力をぶっこむことが出来んだよな?」
「は、はい。出来ますけど……」
「それっで、
「チャカ……拳銃ってことですか? ……いえ、無いです」
当然、あるはずがない。望んだこともないし、提案されたことも無かった。
いかに戦鬼関連で常識がマヒした特務三課でも、中学生に銃火器を触れさせる程、警察官として緩んでいるわけではない。
しかし、だ。
「……なるほど。ありかもしれねえな」
ブラッガの意図することを読み取ったルーガは、賛同するように頷いた。
「ブラッガ。お前の最強の武器はなんだ?」
「ごん
「よっしゃ。歩、レガの力で他の戦鬼の武器を変えることが出来るかどうか、ここで検証してみるぞ」
「はい」
「んじゃ、やってみんべ!」
ブラッガは下半身の形状を戦車のように変えた。そして、へそに当たる部位から、砲身が伸びる。これが、ブラッガの奥の手ということらしい。
「よし!」
歩は変身を解き、赤い三鈷剣を体内に戻し、代わりに赤い鍵を顕現させ、それをブラッガの砲身に当てる。
「………………あれ?」
赤い鍵は、ちっとも反応しなかった。
「変わんねえぞ?」
「あーあ、こんな時に、マジかよ……」
ルーガは盛大にため息をついた。
どうやら、それぞれの戦鬼が生み出す武器には、呼応しないらしい。
「つっても、拳銃程度であいつをどうにか出来るような気もしねえなぁ」
「ぼくもそう思います……」
なんとなく、イメージは出来る。
仮に、レガの赤い鍵をハンドガンタイプの銃に差し込んだら、きっと某機動戦士のアニメに出てくるビームライフルのようになるだろう。しかし、威力はあっても、オロチの息の根を止めるには至らないだろう。
現に、歩が与えた切り傷は、いつの間にか無くなっていた。自然治癒力も高いと見るべきだろう。
求められるのは、一撃必殺! それを成し遂げるためにも、戦車のような大砲が必要になるのだが――
「……ん? 大砲?」
「どうした、あゆ――あぁ!」
「そうだ! なんで思いつかなかったんだ!!」
歩とルーガは、互いに顔を見合わせ、ある方向に視線を写した。
――台場公園(第三台場)。
お台場の名称の由来ともされている砲台跡――そこには、復元された黒塗りの大砲のレプリカがあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※この物語はフィクションです。実際の人物・地名等とは、一切関係がありません。
よって、レプリカとはいえ、お台場にあるはずのない大砲があったりもするのです。
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