第19話 大いなる陰謀の力(前編)

 ~同日 16:26 港区内道路~


 下駄箱で靴を履き替えた歩と沙貴は、そこで蒼井と合流し、無言で同行する。そして、校門から少し離れた位置に停められた、白い車のそばまで小走りで移動した。

 特務三課のキャラバンは、ごく一般的な白い車両だった。警察が所有する車両ではあるが、覆面パトカーのように警察であるとわからないようにしているか、あるいは存在を秘匿するまでもなくドマイナーな部署の車であるからか、外装に手を加えているなんてことは無かった。


「よし、いくぜ」


 歩と沙貴は後部座席、蒼井は助手席に乗り込んだ。

 車内には、特務三課所属の秀真、白峰、フラガ、そして外部の協力者という扱いの伊織が先に乗り込んでいた。制服があるとは聞いていなかったが、全員が黒いジャケットを羽織っている。蒼井の服装は青のジャージだったが、運転席のフラガから自身のジャケットを受け取り、すぐに袖を通す。


「帳君。君にも」

「あ、ありがとう……」

「原理は不明ですが、白峰さんの御助力を得て作った特殊なジャケットです。これを着た状態で妖力を発揮すれば、妖力を持たない一般人の目には、襟に仕込んだ記憶媒体のプレートに入れられた情報――とりあえずは全員鉄鋼鬼にしていますが、それに見えるよう、変装の術のようなものが施されるようです。戦鬼の方には、着用をお願いしています」

「すごいね、そりゃ」


 歩は、ジャケットの襟元に貼り付けられた、虹色に煌めく板ガム程の大きさのプレートを指でなぞり、羽織った。


「よっ! やっぱ沙貴も来たんだ?」

「お、お邪魔しまーす……」


 伊織が大仰に声を張り上げ、沙貴もばつの悪そうな笑みを浮かべる。

 車内で待機していたフラガ、白峰、秀真、秀真の三人も、大なり小なり戸惑いを示した。


「事前に共有しただろ? こいつが歩の選択だ」


 蒼井の一言を受け、特務三課の面々は呼吸を整え、頷いた。

 戦鬼になりたての歩は、まだまだ精神的に未熟で、気持ちにムラが大き過ぎる。それを少しでも安定させるために、彼の戦う理由に直結する沙貴を連れてくる可能性が大きいことは、充分に想定できることだった。

 故に、どんな些細な事情があったとしても、歩が沙貴を同行させる選択を取るならば、皆がそれを受け入れるよう尽力する――そういう取り決めをしていた。


「まぁ、歩が決めたことなら、それは良いけんど……」


 フラガは、眉をしかめながらため息をついた。


「や、やっぱりマズい、ですか……?」

「今回の相手が、な……」


 運転席の真後ろに座っていた白峰が、木製の孫の手を使って車のラジオを点けた。


『現在、東京湾に謎の未確認生物が姿を現しております!』

「「えぇ!?」」


 まだ詳細を確かめていなかった歩と沙貴は、ニュースキャスターの若い男性の声を聴いた途端、目を丸くした。


『海蛇、でしょうか? 海面から出た全長は、おおよそ四十メートルと推測されております。怪物は、周辺の小型船を消化液らしき液体を吐き出して破壊する以外は、今のところ目立った行動はとっておりませんが、依然として町を睨んでおります!』

「海蛇、ねぇ……」

 

 スマホでニュースの情報を見ながら、蒼井がつぶやく。歩たちも、各々が情報を調べ、そして発見した画像を見て、驚愕していた。


「ちょ、コレ……CGかなんかじゃないの?」


 沙貴は思わず呟いたが、誰も同じ気持ちにも関わらず、否定出来なかった。

 本当に、海から巨大な蛇が姿を現していたのだ。一部、動画サイトに投稿された現場の様子を見ると、紫と灰色のまだら模様の蛇は、辺りをキョロキョロとしながら、何かを待つようにそこから動かずにいる。

 歩は思わず、数年前に視聴した、怪獣を題材にした特撮映画のプロローグを思い出した。画面に出てきた蛇も、文字通りの意味で恐竜的な進化を遂げるのだろうか?


「センセー、もしかしてコレ新種の蛇?」


 義兄でもあるので、伊織の蒼井に対する口調はいつも通りフランクなものだった。


「そうなるな」

「自然の?」


 蒼井は「馬鹿言え」と吐き捨てる。


「残念ながら、戦鬼絡みの新種だな。前に見た、あのヤマタノオロチの頭とそっくりそのまんまじゃねえか」

「八個も頭無いけど?」

「分離して、そこから独立した進化を遂げた……そう考えるべきだろうな。消えた勾玉が、どんな形でああなったかは知らんがね。こんなケースは初めて見たぜ。とりあえず、単一の蛇だから、まんまオロチって呼ぶことにするぞ」

「となると、今回の、そのオロチの登場……裏で誰かが糸を引いていると見るべきですか?」


 秀真が尋ねる。


「当然だな。警察ならば、あらゆる可能性を疑わなきゃならん。だからこそ、いいかお前ら。あそこで戦う相手が、あの蛇だけとは限らないってことだけは、今の内に覚悟しておけ」

「特にお主らはな」


 白峰が、歩と沙貴の顔を交互に見る。


「ぼくらが……?」

「年末からやたらとちょっかい出されておるじゃろ? 目をつけられてることは確かじゃ」

「正確に言えば、帳君の中のレガが……ということでしょうが」


 窓から周辺の確認を行なっていた秀真も、同意した。


「まぁ、その時はこっちもそれなりにメンドクサイことにはなったがの」

「んだな。おかげで年末年始、ヤな意味で退屈しなかったもんな」


 歩は、年末の事件で、白黒姉弟が別の事件の対応に追われたことを思い出した。


「戦鬼が狙われとる……人気者のお前さんは特にな」


 白峰はからかうように笑う。

 しかし、歩が見た彼女の目は、ちっとも笑っていなかった。


「ぼくが……」

「ゆーて、勾玉を引っこ抜けたおかげで、相手の興味が移った可能性はあるがの」


 白峰が言及した通り、年末年始を境に、歩が戦いに関わることは無くなっていた。

 彼女が、レガである歩が狙われた理由に、勾玉を奪うことを挙げた理由はよくわかる。とてもシンプルな予測と言える。


「ですが、ここに来て急に大物が出てきましたね」

「三橋君……」

「加えて、凶報です」


 手にしたスマホの画面に視線を落とした秀真は、思い切り眉間に皺を寄せ、そこを親指で揉み始めた。


「おいおい、不吉なこと言うなよな」

「緑の戦鬼の勾玉が、何者かに奪われたそうです」


 車内の空気が、完全に冷えた。


「秀真……本当か、それ?」


 前を向きながらも、硬い声で尋ねる蒼井に、秀真は「間違いありません」と答えた。


「課長から専用のネットワークに支障を確認したとの報告がありました。それぞれの戦鬼の現状を把握するための妖力探知機能が……緑の戦鬼のものが追跡不可能になったそうです。装置が正常に作動しているにも関わらず、ですよ」

「それで、やられたって踏んだわけか」

「そう見るべきかと。しかし、温厚な性格をしていたとはいえ、緑の戦鬼の戦闘力は衰えたわけではありません。戦鬼の力も求める、何者かの犯行と見るべきでしょう」


 秀真が、歩と沙貴を交互に見る。


「帳君の予感は、当たっていた……そう考えて行動した方が良さそうです」

「それって――」

「緑の戦鬼の勾玉が奪われたということは、敵は織部さんを人質に、帳君の中にあるレガの勾玉――ではなく、三鈷剣を要求してくることは、充分考えられるでしょう」


 歩は息を呑み、沙貴はわずかに震え出す。そんな彼女の両肩を、伊織はそっと抱いた。


「センセー、とりあえずこの後の予定は変わんないよね?」

「そうだな。オロチはオロチでなんとかせにゃならん」

「なら、その間はアタシが沙貴の護衛に回るよ」


 伊織が、視線で歩に判断を委ねる。


「伊織がそうしてくれるんなら、確かに心強いけど……いいの?」

「レガの力が強いことは認めるけど、それでも戦鬼としての年季はアタシのが上だってこと、忘れんなよなー」


 伊織の言う通り、戦鬼としての活動は彼女に一日の長がある。故に、妖力の扱いや戦い方だって、歩より洗練されている。今までの戦いは、条件が合っていたため歩の出動を優先したが、本来ならば伊織の方が、歩以上に活躍で出来る可能性は高いのだ。

 そして、伊織は沙貴の親友でもある。

 歩の視点から見て、彼女以上の適任はいなかった。


「……ありがとう、伊織」

「気にすんなって。な、沙貴?」

「アユくん、わたしは大丈夫だから、がんばって!」

「そゆこと!」

「ということで、先生。話はまとまったようです」

「結構結構」


 蒼井は、少しだけ安心したように息を吐いた。


「あのデカブツとの戦いは、歩。お前がいた方が何かと楽だろうしな」

「海にいるんだから、伊織の雷の術の方が効率良さそうな気はしますけどね」

「出来ることなら、他の野生生物を傷つけるような真似はするなってのが、お上の方針だからな。無理そうなら白峰と交代で伊織を出す可能性はあるが、それはあくまで最終手段だ」

「なんかいい響き~!」

「ちょっと伊織……空気読もうよ」

「おっし! みんな、もうすぐ着くどぉ!」


 フラガの発破を受け、歩は窓の外を見る。

 海から飛び出したオロチは、既にこちらを凝視していた。




 ~3月2日 16:48 お台場ビーチ~


 3月となり、風は冷たいが徐々に水温は上がっている海水。平日の夕方ではあるが、数名程度ならばサーファーが遊びに来ていてもおかしくない。

 だが、今はこの砂浜に人はいない。

 理由は、明々白々――海面から飛び出した巨大な蛇を見たら、誰だって近くには寄りたがらないだろう。

 ビーチ近くにキャラバンを停車させた特務三課の面々は、これ幸いとすぐに臨戦態勢に入った。歩も、秀真の言葉を信じ、周囲の目を気にせずに戦鬼レガに変身する。


「来るぞ!」


 蒼井が叫ぶのとほぼ同時に、オロチがキャラバンに向かって溶解液を吐き出した。弾丸のような速さで瞬時に迫る液体が迫る。


「作戦開始!」


 蒼井の号令を受け、戦鬼たちは一斉に変身する。そして、キャラバンに溶解液が命中する前に、間一髪全員が回避することが出来た。しかし、緑色の液体に包まれたキャラバンは、たちまち溶解してしまい、跡形も無くなる。


「! 沙貴ちゃん……おぉ!」


 戦鬼レガとなった歩は周囲を見渡すと、妖術で形成した筋斗雲のような雲にのった、戦鬼イオと沙貴の姿を見つけて安堵し、詰まった息を吐き出した。


「ふむ。また経費がかさむのぅ」

 

 イオと同様に、妖術で形成した雲に乗った戦鬼ハクオウが、白くなった長髪を風にたなびかせながら笑った。


「言うな。今から頭痛くなる……」


 蒼井が変身した戦鬼ルーガは、強面に似合わず顔に手を当て、うめく。戦鬼の能力も、金が絡む問題には何の意味を持たない。管理職は辛いのだ。


「これ以上、道路インフラとかまで破壊されて無駄に税金使われることは避けてぇ……お前ら!」


 全員が、ルーガに注目する。


「イオ以外は砂浜で戦え! これ以上の後退はするな!」

「「「えぇぇぇぇ!?」」」


 歩、ハクオウ、ブラッガの三人は目を見開き、愕然となる。


「しょ、正気ですか先生!?」

「なんで、わざぁざ足場のワリーとごで戦わにゃあならん!?」

「インベーダー(※ゲームのこと)の真似事はゴメンじゃぞ!!」

「うるせー! バカな政治家にバカスカ税金使わせることになったら、税がアップするに決まってんだろ!! そうなったらお前ら、給料カット! 連なって小遣いカットなんてことになりかねねーんだぞ! 政治が自分に無関係だと思ってる国民はバカだって気付けバカ!」

「伊織、先生って政治家に恨みでもあんの?」

「そういや、新聞読みながらよく愚痴ってるトコみるね」


 安全圏での待機を指示されている沙貴と伊織の会話は、場違いな程に朗らかだった。


「周囲の警戒は僕と杜若さんで行ないます。皆さんは周りを気にせず、目の前の化け物に集中してください」


 秀真がスマホを操作すると、どこから出てきたのか、三体の鉄鋼鬼が出てきて、周辺地域の哨戒を始めた。ビルの死角に潜んだ、スマホや自撮り棒をもった動画配信者らしき若者が数名程度、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「そう言えば、もう鉄鋼鬼って世間の目に晒しても良いんですか?」


 歩が素朴な疑問を口にすると、ルーガは「問題ない」と答えた。


「ちょうど機会がダブったが、どのみちもうすぐお披露目ってことになってたんだ。せっかくだ、目撃者には警察の実力を堪能してもらうことにしようぜ」


 もっとも、彼らの目に映る鉄鋼鬼の中身は、自分たちということにはなるが。


「しかし奴さん、ほとんど動かんのお」

「あぁ、そう言えば……」


 ハクオウの言う通りだった。歩の記憶が正しければ、オロチはニュースを見た時と比較しても、ほとんど移動はしていない様に見受けられた。接近してくる小型船を鎮める、周辺の建物に軽く被害をもたらしたくらいだ。あの巨体で暴れられたら、甚大な被害が出ていても不思議ではないが、何が目的でそこを陣取っているのだろうか?


「理由はどうあれ、あれがオロチであることに違いはねえ! 慈悲も遠慮も無しだ!」

「んじゃ、いくど!」


 ブラッガは両手を合わせると、背部の四本の角が変形し、棒状になる。さらに、それらは三分の一くらいの長さを起点に折れ曲がり、先端をオロチの方に向ける。


だんッ!」


 ブラッガが吠えると、左端の角の先端から、何か球状のものが発射された。


「大砲!?」


 ブラッガの思いも寄らぬ行動に、歩は面食らった。

 歩が形容した通り、ブラッガは肉体の形状を変化させ、角を大砲に変えていた。

 ブラッガは限定的だが、『鉄を操る』能力をもっている。それをもって、己の肉体の形状を変え、大砲と同じ仕組みに作り変え、体内の豊富な鉄分を利用して弾丸を生む出す。言葉通りの意味で、己の体を武器にして戦うことを得意としていた。

 

「!」


 ブラッガの弾丸は。オロチの左目に直撃した。しかし、


「なぬっ?」


 オロチの眼前で、弾丸は消えた。


「歩、消えたと思うか?」

「いえ」


 ルーガの問いを、歩は即座に否定した。


「消える直前、何かが蒸発するような音が響いてました」

「さすがはオロチ。戦鬼の大元。鬼火も余裕で扱えるってか」


 鬼火は、戦鬼の力を宿した炎。全ての戦鬼が扱える力となっている。練習はしていないが、今の歩でも扱える。

 それを、オロチも使って見せた。歩たちの目に留まらない、ごく小さな、しかし反比例するように高い火力を。


「おもしれえ。どんだけやれるか見ものだな」

「なら、今度は連射じゃい! 弾弾弾弾弾弾弾弾!!」


 ブラッガは全ての砲門から、次々と弾丸を発射した。リズミカルに、絶え間なく打ち出される弾丸は、最初の一発以外は全てオロチの身体に命中した。しかし、柔軟かつ丈夫なオロチの外皮は、ブラッガの弾丸を全て弾き飛ばした。

 それでも、まったく効いていないわけではなく、何発目かを受けたところで、明らかによろめきだした。


「すごい……けど」

「あぁ。全然動かん」


 歩は呆然となり、ブラッガは憮然と鼻を鳴らす。


「これ以外にもやれることはあるけんど……」


 ブラッガは、頭上を浮かぶ姉のハクオウを見る。


「うむ! ならば妾の出番といこうか!」


 ハクオウは雲をさらに上昇させ、巫女服の裾から大量の紙札を取り出し、ばら撒いた。ミミズのような赤い字で何かが書かれた白い長方形の和紙が、風に運ばれてオロチの頭上を舞い落ちる。


「獣無勢が、人様の知性と技術に耐えられるか、試してやろうぞ」


 ハクオウは両手を合わせ、目を伏せる。そして、何かを呟き、念じた。

 すると、ヒラヒラと舞い落ちる紙札の赤い文字が輝き始め、オロチの身体に付着したと同時に、爆発した。


「おわっ! すごいですね……」

「まるで爆弾だろォ?」


 ブラッガが愉快気に笑った。


「あんなものを使えるって、やっぱり白峰さんってすごいんですね」

「まぁ、ウチのナンバー2なだけあるわな」


 ルーガは短く笑う。


「鬼火を限界まで凝縮して、文字にして札に保管する。んで、特定のタイミングで解除して、爆発させる……時限爆弾みてーな使い方も出来るってわけだ」

「罠にも使えるってことですね」


 物は使いようというか、また一つ、歩は戦鬼の恐ろしさの一端を垣間見た気がした。


「つっても、相性ってのはどこにでもあるもんだなぁ」

「えっ? ……あぁ!?」


 歩は愕然とした。

 目の前が真っ黒になるくらい大きな爆発が起きたというのに、オロチはケロッとしていた。それどころか、何が起きたかも自覚できていないようですらあった。


「なんじゃとー!? ありったけをくれてやったっちゅーのにぃ!!」


 頭上で、ハクオウがいきり立つ声が聞こえてきた。実際、あれだけの爆発が起きても無傷でいられるのは、規格外としか言いようがない。仮に、戦鬼レガがあの爆発を受けたら、死なないまでも大ダメージは受けていたはずだ。

 歩の中で、戦鬼レガというアドバンテージの意味が、無くなろうとしていた。


「ハクオウの鬼火を受けてケロっとしてるってこたぁ、たぶん伊織にやらせても意味はねーだろーな」

「妖術そのものに耐性があるってことですか?」

「俺はそう判断した。現に、ブラッガの攻撃はちょっとでも怯んだってのに、威力だけならそれ以上のハクオウの妖術は物ともしねえ。そう考えるのが自然だろ」

「オラぁ、まだまだ全力じゃねーぞ!」


 過小評価されて憤るのではなく、まだまだ戦い足りないと言わんばかりに、ブラッガは両腕を回して見せる。


「そうだな。んじゃ、続いては俺が行くかな」


 戦鬼ルーガは、腰に巻いた綱にひっかけた刀の柄を手に取る。そして、大気から水分を吸収し、刃を模すように集束させる。それを、妖術による冷気で凍り付かせ、氷の刀を生み出した。


「ブラッガ、援護射撃は任せるぜ」

「応!」


 ブラッガが先程と同様、四の砲門から弾丸を発射する。それらを受けたオロチは、やはり体で受け止め、よろめく。ダメージが通ったようには見えない。

 ルーガはその間、脚から冷気を出し、瞬時に海水を凍り付かせ、氷の足場を作りながら走る。

 三秒。たったそれだけの間に、ルーガはオロチに接近する。


「これで、終わぁぁぁっちぃー!!」


 ルーガが氷の刃をオロチの皮膚に当てた瞬間、接触した箇所が突然爆発を起こした。それにより、ルーガの横薙ぎの一撃ははじき返される。それだけでなく、オロチは全身の鱗の裏側から、無数の何かを発射した。間一髪、ルーガは大きく後退して難を逃れたが、氷の刃には命中したようで、刀身が砕かれていた。


「先生、一体何が!?」


 歩は慌ててルーガに駆け寄る。遠目から見た通り、負傷は見受けられず、ホッとする。

 しかし、ルーガは恨めしいとばかりに舌打ちをした。


「めんどくせぇ……あいつ、鱗の下に水鉄砲を隠してやがった」

「みずでっぽう?」

「しかも、溶解液のな。口から吐き出したのと比べたら威力はガタ落ちしてっけど、やられたら痛いってのには変わりねーわな。しかも、ガソリン並みに引火すると来た。鬼火との相性は抜群だぜ」

「それじゃ、無敵要塞じゃないですか……」

「シャレに聞こえねーなぁ……」


 ルーガは力なく笑った。歴戦の勇士であるルーガの口からこんな言葉が出てくるということは、やはりオロチという敵は伊達じゃないということか。

 しかし、このままにはしておけない。今のところは大きな動きは見せないが、今度も同じという保証はどこにもない。

 いや、既に『始まっていた』。


「みなさん! 急いでオロチを倒してください!!」


 秀真が、緊迫感を滲ませた叫び声をあげる。


「どうした!? 何があった!?」


 ルーガが怒鳴り返す。


「視聴率稼ぎで撮影を止めない愚かな人達が、次々と倒れています! 何か、中毒のようなものを起こしているようです!」

「何?」

「探知機を使って妖力の流れを追ってみた所、どうやらオロチから流れている……おそらくは毒霧のようなものかと思いますが、それに含まれている毒素は常人には効いてしまうようです!」

「三橋君は平気なの!?」

「他の人とは体のつくりが違います! 他の人は、まだ命に別状はありませんが、この後もそうだという保証はありません!」

「やれやれ、なんてこったい……!」


 ルーガは二度目の舌打ちをし、オロチを睨む。


「いつだって、人間の嫌がることしかしやがらねえ……!」

「だったら……!」


 ここで、歩は意を決して、両肩に意識を集中させる。円状の刃のような鉞が飛び出したのを空中で手に取り、力いっぱい放り投げた。


「!」


 ここで、オロチは初めて回避運動を見せた。体をくねらせただけだが、初めて特務三課の攻撃に脅威を感じた瞬間だった。

 一発目は避けられたが、二発目はわずかに切り傷を与えることに成功した。

 しかし、歩はそれを喜ぶことが出来なかった。


「あれ? なんか、いかにもってカンジのが出てきてんですけど……?」


 レガの鉞によってつけられた切り傷から、紫色の湯気のようなものが出てきた。


「おい! それ猛毒じゃぞ!!」

「何ぃ!?」


 どうやら、体内で生成した毒が漏れてしまったようだ。歩には見えないし、効果も無いオロチの毒が、ここにきてより高い濃度で噴出してしまった。


「ふん!」


 手出しできなかったハクオウが、ここで緑色の字を記した札を投げた。札を中心に極小の竜巻が発生し、オロチが出した毒霧を上空に舞い上げ、腕から金色の光を発生させ、掻き消した。

 事前に聞いた話によると、これは妖力を消す能力らしい。力の源である妖力を対消滅させることで、毒霧の成分を無力化させたのだ。


「ナイスだぜ、ハクオウ!」

「しかし旦那! これじゃあその場しのぎにしかならんぞ! はよそのデカブツを消し飛ばさねばならん!!」


 ハクオウの言う通り、オロチがここにいるだけで毒を振りまくのであれば、少なくとも近くの街の人々は危険に晒される。一見は何もしていないように見えても、しっかり人間を攻撃していたということだ。

 目立った動きを見せないからと、知らず知らずの内に警戒心を解き始めていた特務三課の面々は、到着した時以上の緊迫感に襲われる結果となった。


「ど、どうすれば……」


 焦燥感もあり、歩は頭の中が混乱していた。

 いかに最強の戦鬼の力を預かっているとはいえ、今のままでは誰も守ることは出来ない。幸い、イオと共に上空にいる沙貴は守れるだろうが、このままお台場が死の街と化す様を見せつけられた彼女は、きっと大きく傷つくだろう。


「なんとかしなきゃ……!」


 しかし、単純に接近戦を仕掛けるのも危険だということは、先程ルーガが実証して見せた通りだ。単純な膂力ならレガの方が上だろうが、接近した瞬間に溶かされてしまうのがオチだろう。

 肌で感じて理解した。あれはレガでも耐えられない。

 仮に、ここでレガの変身を解き、レガ刀を使ったとしても、あの巨体を斬ることは難しいだろう。やはり、名が示す通り、レガ刀は近接武器。いかに鬼火の力で刀身を伸ばしたとしても、ビームのように長距離を狙撃することは難しい。威力が落ちてしまうのだ。それなら、さっきの鉞を投擲する方がまだ利くだろう。最悪、接近戦もやむなしだが、すぐにその選択をしてしまうことは、歩の戦闘不能を意味する。

 頭ではない――体の内側から、焦燥感のようなものが湧き上がってくる。

 自分がここで倒れたら、最悪の結果につながるだろう――と。

 迷いの袋小路に落とされる……。


「なあ、アユムぅ?」

 

 後ろから、ブラッガが声をかけてきた。


「は、はい……?」

「オメエ、武器にレガの力をぶっこむことが出来んだよな?」

「は、はい。出来ますけど……」

「それっで、チャカでも試してみだか?」

「チャカ……拳銃ってことですか? ……いえ、無いです」


 当然、あるはずがない。望んだこともないし、提案されたことも無かった。

 いかに戦鬼関連で常識がマヒした特務三課でも、中学生に銃火器を触れさせる程、警察官として緩んでいるわけではない。

 しかし、だ。


「……なるほど。ありかもしれねえな」


 ブラッガの意図することを読み取ったルーガは、賛同するように頷いた。


「ブラッガ。お前の最強の武器はなんだ?」

「ごんぶとのキャノン砲だ」

「よっしゃ。歩、レガの力で他の戦鬼の武器を変えることが出来るかどうか、ここで検証してみるぞ」

「はい」

「んじゃ、やってみんべ!」


 ブラッガは下半身の形状を戦車のように変えた。そして、へそに当たる部位から、砲身が伸びる。これが、ブラッガの奥の手ということらしい。


「よし!」


 歩は変身を解き、赤い三鈷剣を体内に戻し、代わりに赤い鍵を顕現させ、それをブラッガの砲身に当てる。


「………………あれ?」


 赤い鍵は、ちっとも反応しなかった。


「変わんねえぞ?」

「あーあ、こんな時に、マジかよ……」


 ルーガは盛大にため息をついた。

 どうやら、それぞれの戦鬼が生み出す武器には、呼応しないらしい。


「つっても、拳銃程度であいつをどうにか出来るような気もしねえなぁ」

「ぼくもそう思います……」


 なんとなく、イメージは出来る。

 仮に、レガの赤い鍵をハンドガンタイプの銃に差し込んだら、きっと某機動戦士のアニメに出てくるビームライフルのようになるだろう。しかし、威力はあっても、オロチの息の根を止めるには至らないだろう。

 現に、歩が与えた切り傷は、いつの間にか無くなっていた。自然治癒力も高いと見るべきだろう。

 求められるのは、一撃必殺! それを成し遂げるためにも、戦車のような大砲が必要になるのだが――


「……ん? 大砲?」

「どうした、あゆ――あぁ!」

「そうだ! なんで思いつかなかったんだ!!」


 歩とルーガは、互いに顔を見合わせ、ある方向に視線を写した。


 ――台場公園(第三台場)。


 お台場の名称の由来ともされている砲台跡――そこには、復元された黒塗りの大砲のレプリカがあった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


※この物語はフィクションです。実際の人物・地名等とは、一切関係がありません。

 よって、レプリカとはいえ、お台場にあるはずのない大砲があったりもするのです。

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