交わり合えば紅染に

桂花陳酒

交わり合えば紅染に

 私の好きなもの。寂れた神社と骨董屋。

 特に神社は大好き。澄んだ空気と石畳。木々のざわめき、鈴の音。

 そして、うら若き巫女の緋の袴。

 あの朱がたまらない。

 あの袴の中に永住したい。

 同じく朱い鳥居を見ただけでも興奮する。

「あー……」

「よく神域でそんな不埒な視線を送れるね」

「巫女さんが好きなの、私」

「知ってる」

「誰が変態だ」

「言ってないけど」

 私の背を箒で小突きながらため息をついているこの子は浦戸 比女ひめ。この神社の一人娘。

 容姿端麗、才色兼備、良妻賢母と謳い文句に事欠かない。

 ……最後は違う?

 そんな彼女にお熱な私は、幼馴染で本屋の娘。

 館倉たてくら 弥生。17歳。

 巫女好き性癖というよりは、赤くてひらひらしたものが好きなので、きっと前世は闘牛か何かだったと思う。

「今日もお客さん来ないね」

「こんな閑古鳥が鳴いてる神社にわざわざ来る人なんて、変態だけだもの」

「酷くない?」

 秋晴れの空の下、落ち葉を箒で掃いている比女と他愛もない話。

 ここ比女の実家の神社にはお正月とかお祭りとかでもない限り、人は滅多に来ない。

 だからこうして、のんびりできるというわけだ。

「そういえば比女ってさ、来週誕生日じゃん? 何か欲しいものないの?」

「何でもいいよ」

 このやり取りはもう十年くらい続いている。毎年私が欲しいものを聞き、毎回比女が何でもいいと言う。だから私はいつも困る。

 ちなみに去年は私の趣味で木彫りの熊をあげたら渋い顔をされた。

「えー。何でもって何さ。そういうの一番困るんだけど!」

「なら、私の誕生日を祝う気持ちで充分だよ。今度の弥生の誕生日に何もあげなくて済むし」

「それはなんだか負けた気がする」

「何に?」

 こう……白線の内側だけを絶対に歩くと決めるように、毎年誕生日プレゼントを渡すという自分の中のルールみたいなものがあり、逸脱すると気分が悪い。

「とにかく、もう少し具体的にしてよね!」

「んー……実用的なものかな」

 その言葉の裏に、木彫りの熊みたいなのはやめろと含まれているような気がした。

 それにしても、実用的なものとは一体何を贈ればいいのか。文房具、化粧品、アクセサリー、エトセトラ……。

 そういえば、比女がお洒落しているところを見たことがない。というか、最近は巫女装束と制服だけで私服姿を見ていない。

 この前の夏休みも遊びに誘ったけど、彼女は一度も乗ってくれなかった。

 比女はいつも放課後は実家の神社の手伝いばかり。そんな頑張り屋の彼女に、ほんの少しばかり華を添えよう。

「じゃあ、服とかどう?」

「服、ね。いいんじゃない」

 また微妙な顔をされた。せっかくなら喜ばしたいのだが、比女はいつも嬉しそうな顔をしてくれない。あまり態度に出ないタイプだから、尚更分かりづらい。

「でも、あんまり変なのはやめて。弥生のセンスは変だから」

 そう言われて反論したい気持ちと、木彫りの熊を贈った事実がぶつかり合って何も言えない。

「変って……。そんなに言うなら絶対、比女に似合うの買ってくるから!」

「期待しないで待ってるよ」

 私のセンスが火を噴くぜ、とでも言いたいくらいの意気込みを胸に、私は比女にどんな服を贈るか真剣に考え始めた。

 家に帰ってから一晩、寝ずに考えた。

 脳内のイマジナリー比女の巫女装束を脱がせようと、私は奮闘した。

 けれど私の想像力か妄想力が欠如しているのか、どんなにイマジナリー比女が素敵な服を身にまとっても、最終的に巫女装束に回帰してしまう。

 それはそうだ。だって、私は比女の巫女装束が大好きなのだから。

 そしてイマジナリー比女を満足いくまで弄ぶだけ弄んだ挙句、翌日は睡眠不足で授業中に寝てしまうという事態が発生した。

 私はプレゼントを考えるつもりが、比女に眠れない夜をプレゼントされたのである。……なんて。


「うわー。眠いわー」

「そうは見えないけどね」

 今日も今日とて、比女と神社で二人きり。

 私は石段に腰掛けて、比女はおみくじか何かの管理をしている。

「比女が寝かせてくれなかったせいで、寝不足なんだよ」

「私何もしてないんだけど」

 してましたとも。それはそれは濃密で、素晴らしい一夜をありがとうございました。

「それで、プレゼントはどうすることにしたの?」

「んー。何も決めてない」

 そう、何も決まっていない。昨夜のイマジナリー比女との夜遊びは、プレゼントの選定に全くの無意味だった。

「だから今日は形から入ることにしました」

 そう言って、私は鞄からあるものを取り出した。

 あるものとは、今朝に押し入れをひっくり返して見つけた裁縫箱からくすねてきた巻き尺である。

「……なにそれ」

「測るためのもの!」

「いや、何を」

「スリーサイズ!」

 言いながら私はスカートについた砂埃をはらいつつ、比女の背後へと回る。

「測らして」

「やだよ恥ずかしい。というか何で測る必要が」

「いや、だってサイズが分からないと服選べないし、そもそも比女のスリーサイズは知っておきたい」

「変態じゃん」

「大丈夫! 太ってたりしても私は気にしないから!」

「絶対嫌だ」

 私が巻き尺を構えると比女は全力で私から距離を取り、蔑むような目で私を見てくる。

「いーじゃん!減るもんじゃないし! というか逆にウエストは減った方がありがたくない?」

「意味わかんないし、私はそんなに太ってない」

 私がにじり寄ると、比女は距離を取る。また私が迫ると彼女は逃げる。そんな問答と鬼ごっこをしていたら、比女が石畳に躓いてよろけた。

「わっ」

 咄嗟に手を掴もうにも、両手で巻き尺を持っているので手が出せない。だから、私はほとんど反射的に抱きつくようにして彼女を支えようとした。けれど、勢いを殺し切れずに二人とも倒れ込む。

「いった……。比女、大丈夫?」

 比女に覆い被さらないように彼女の横に倒れ、腰に手を回したまま問いかける。

 なんだか、大型犬に戯れ付かれて転げる飼い主みたい。とか一瞬思ったけれど今はそんなことを考えている場合ではない。

「うん、大丈夫」

「ごめん、調子乗りすぎた。怪我はない?」

「大丈夫だって」

 起き上がりながら比女の怪我の有無を確認する。幸い、比女に傷や痣はないようだった。

 けれど、彼女を支えようとしてそのまま下敷きになった私の右腕の肘が痛む。石畳に打ち付けた上に擦り傷まで出来た。

「弥生、血が出てる」

「あー、大丈夫。すぐ治ると思うし」

 私のせいで転ばせてしまったのに、心配までかけさせたくないので強がる。

「駄目、とにかく向こうの手水で洗ってきて。私は絆創膏取ってくるから」

 私は比女の指示に従って、手水舎へ向かう。杓で水を汲んで腕を伝わせるように肘にかける。

「……っ。染みるー」

 手水は鉄分混じりの薄赤い水となって、砂利の下へと染み込んでいく。

 そういえば血は穢れとかいって神社ではあんまり良くないんじゃなかったっけ、とか思いながら比女を待った。

「はい、手出して」

「ありがとう」

 比女に消毒と絆創膏を貼ってもらい手当ては終了。

 高校生にもなって、はしゃぎすぎて転ぶとか恥ずかしい。そういえば、昔はよく周りから『本屋の娘のくせに活字を読まないで、活発な性格してるよね』と言われた。

 そんな私は今では、その活発さを巫女さんのお尻を追っかけるのに使っている。

 まさか私がこんな方向に成長するとは、あの頃の誰もが思うまい。

「もうふざけるの禁止ね。分かった?」

「重々承知してます」

「分かればよろしい。じゃあ、お詫びとして私の手伝いをすること」

「えー。私、怪我したんですけどー」

 そうして比女の手伝いで掃除をさせられ、陽が落ちきってから帰路についた。

 掃除中、何か忘れているような気がしたが思い出せず、帰りの自転車を漕いでいる最中にようやく比女のサイズを測り忘れたことに気が付いた。



 比女の誕生日当日。

 そんなおめでたい日に、私は何故か比女の自室で縛られて畳の上に転がされていた。

「どうしてこうなった」

 呟いた所で部屋には私一人なので、誰も答えてくれない。

 まずは今日の出来事を振り返る。

 いつも通り学校に行って授業を受けて、放課後に比女へのプレゼントを取りに一度家に帰り、神社へ。

 私が選んだ服は買った時にラッピングしてもらっており、それを紙袋の中に入れて持っていった。

 ちなみにサイズは私を基準になんとなく決めた。比女の方が少し背が高い。胸は多分私の方がある。

 神社で比女におめでとうの言葉と共に紙袋を手渡した。

 そうしたら、比女にいつもの調子でお礼を言われ、早速着てみたいから部屋に来ないかと誘われた。

 そして、比女の部屋へとやってきた私は……比女に縛られ放置されている。

「うーん……。なんで?」

 しかも、私の両手を縛っているのは私がこの前置いて帰った巻き尺である。2m程の長さをフルに使って片結びにされている。本来とは違う用途で使われて、巻き尺も可哀想。

 正直、こっちは頑張れば解けそうだけど、足の方は麻紐で硬く縛られているので逃げるのは無理そうだ。

 まあ、比女に限って私に危害を加えることないだろうと高をくくって、とりあえず大人しくしたまま待つ。

 それにしても、比女にこんな趣味があったとは。私よりも変態レベルが高いんじゃないか。とか悠長なことを考えていると、襖が開く音がして比女が入って来た。

「ごめん、お待たせ」

「待ったよほんと」

 私はなめくじみたいな動きで畳の上を這い、首を動かして比女を見上げる。

 私がプレゼントしたのは赤いチェックのスカートに白のニット。いつもの巫女装束と同じ色になってしまったのはご愛嬌。

 何故なら私はこの色の装いに身を包んだ比女が好きだから。

「どう? これ。なんか落ち着かないんだけど」

「うん、似合ってるよ。かわいい」

 私がそう言うと比女はいつものポーカーフェイスを崩して照れているみたいだった。

「うん似合ってる似合ってる」

 あともう少しで下着が見えそうなので私はなめくじ這いで比女の足元へ向かう。

 両手足の自由を奪われ、地を這うだけになっても人類に希望はある。

「そう?」

「うんうん、かわいいよー」

 あとちょっとでスカートの中が見えるというところで、比女は一歩後ろに下がった。

「……変態」

 比女の、靴下を履いた御御足が目の前まで迫る。

「いやー今回のは不可抗力ですよ。こんな状態、誰でも見ちゃうって」

「はぁ……弥生はもう少し情緒ってものを勉強した方がいいと思う」

 比女はいつもの呆れ顔に戻り、なめくじ状態の私に目線を合わせるように座った。

「それで、私はどうして縛られてるのかな?」

 もしかして『お前がプレゼントになるんだよ!』みたいなことを言われて、あんなことやこんなことをされてしまうのだろうか。

 そんな風に軽く考えていた私だったけど、比女は真剣な眼差しを向けながら口を開いた。

「もっと、私のこと見てほしい、から」

「……え?」

「私の格好だけじゃなくて、私の中身も。……弥生には、見て欲しい」

 そのまま顔を近づけられて、顎をクイってされる。顎をクイってされた!

 吐息が顔にかかるし、睫毛の長さだって意識する。

 そんないつもより積極的で真剣な比女に私は驚きつつも、彼女の言葉を心の中で噛み砕く。

 私の目に比女がどのように映っているか、分からないから不安、ということだろうか。

 改めて、私の中の感情を整理する。

 私は一体、何が好きで何を見ていたいのか。

 結論は、すぐに出る。

「私は巫女が好きだから比女を好きなんじゃなくて、比女だから好きなんだよ。比女の履いてる袴だから見てるし、比女のパンツだから覗きたいの」

 我ながらカッコつけておいて発言の中身が気持ち悪いな、と思う。でもこれがきっと、比女が求めている言葉であり、私の本音だと思ったから私はそのまま続けた。

「比女はどんな格好をしていてもかわいいし、どんな姿の比女も愛してる」

 私の言葉に比女は口をきゅっと結んで頬を赤らめた。

「隙あり!」

 身体全体を使ってどうにか首を伸ばし、そのきつく結ばれた唇を奪う。勢いつけすぎて少し歯をぶつけたけど、確かに柔らかい感触はした。

「へっへ〜。比女のファーストキス奪っちゃったー」

 不意をついてやろうという作戦が上手くいって私は浮かれていた。縛られていても主導権は私が握っている、そう思っていたのも束の間。

「初めてじゃないよ」

「へ?」

「さっき、したじゃん」

 比女の言葉が頭の中で回る。

「……あ」

 比女の唇の柔らかさとぬくもりを私の唇が思い出す。今の一瞬触れ合うだけよりも長い時間、キスをしていた記憶。

 この部屋に来た時に一度、私達は唇を触れ合わせていた。そして、その前後の記憶があまりおぼつかないのは、ドキドキしすぎて気絶でもしたのかもしれない。縛られたのも多分その時だろう。

「思い出した?」

 キスしただけで気絶するとか、どんだけ私はピュアなんだ。恥ずかしさでどうにかなりそう。それに、その事を忘れて浮かれてたのも羞恥心に追い打ちをかける。

「あー、うん。思い出した……ような気がします」

 私は恥ずかしさと照れで思わず顔を逸らす。

「その……誕生日おめでとう……」

 そんな言葉で濁すくらいが今の私には精一杯だった。

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