第33話 誕生

最初に気がついたのは股を滑る水のようなもの。


えっと思ったら真下には水溜まり。


「お、奥様、大変!クレハ様〜!!!」


私自身よりもアリアが慌ててドアを開けたまま廊下を走っていく。


「奥様、こちらへ」


ゆっくりとミリアに手を引かれてベットに向かう。








「おめでとうございます!男のお子様にござります!」


もう何時間経ったかも分からない。


気が遠くなるほどの痛み。


産婆やクレハの声も少し遠くで聞こえる。


自分でもどうしようもない痛みに逃げたいけど逃げられない。


言葉すらろくに話せず悲鳴のようなものしか出ない。


声も枯れてきたころ、スルッと身体から何か抜け出たような感覚があった後、聞こえたのは大きな鳴き声。


「奥様、お疲れ様でございました。


よく頑張られましたね」


クレハが近くでそう言ってくれる。


彼女は呻く私の手を握りしめてくれていた。


「ささ、奥様。お坊ちゃまですよ」


金色の髪色の赤ちゃんがそっと胸元に置かれる。


現代でいうところのカンガルーケアである。


そっと力の入らない手を伸ばせばバチっと目を開けてくれる。


綺麗な紫の目、ヴィーの目だ。


バタン!大きな音を立ててドアが開く。


ツカツカとベットの下までやってくるのはヴィー。


破水した後すぐに城にいるヴィーにも連絡がいき屋敷に帰ってくれた。


ただ部屋に入ろうと思った時にはもうお産が始まり部屋に入る前に止まられたのだ。


「旦那様!」


クレハの目尻が釣り上がる。


「今は許せ。


リコ、よく頑張ってくれた」


前半はクレハに、後半は私の耳元でそっと言ってくれた。


ローラの時はお産が始まっても仕事をしていて産まれてからしばらくは屋敷に帰ってこなかったとも聞いていた。


だからちょっと不安だったけど、早くから帰ってきてくれて止められたから入室は出来なかったけど時々名前を呼ぶ声がドアの向こうから聞こえていた。


「ヴィーやローラと同じ瞳の目をしてるの、抱っこしてあげて」


思わずギクッと固まったヴィーに苦笑しながらクレハが赤ちゃんを渡す。


「名前はリチャードだ」


ゲームと同じ名前をヴィーは言った。


名前をあらかじめ伝えて別のものに変えると言うのも考えなかったわけではない。


ただそれをするのはどうだろうかと思ってヴィーには何もつけずにいた。


同じ名前でも同じように育つわけではないのだ。


そうであって欲しいと願っている。




「初めましてリチャード、お姉さまですよ」


ふにゃと笑うのはローラ。


新しく産まれた弟の事がとても気になるようで合間合間でやってくる。


もちろんちゃんと勉強は終えてからくるあたりが優秀である。


ぎゅっとローラの手を握るリチャード。



貴族の女性は子育てをしないが、なるべく日中はリチャードの側でお世話している。


ただ夜だとか大変な時には乳母であるイリスや他の侍女たちの手を借りているので前世の友人たちよりも何倍も楽させて貰っている


そしてマダムが作ってくれた授乳服はとても良くて本当に便利である。


最初リチャードに母乳を与えている姿をヴィーやローラはとても不思議そうに見ていた。


おそらくそんな風景を見たこともないのだろう。


キャロラインだって見たことない。


莉子として出産済みの友人たちの話を聞いた事があって本当に良かった。


しかも侍女やイリスと言ったメンバーの助けを受けて育児ができる環境はとても恵まれているなと思う。


夜は週に何日かお願いしている。


本当は毎日夜もと思ったが、ヴィーが寝室を離すことを拒否、またクレハを始めとした経産婦たちに止められたのだ。


夜リチャードが泣くとヴィーも飽きてしまうので授乳期が終わるまで別室を提案したのだけれど。


あんな寂しそうな目をするのは反則だと思う。


あえなく撃沈した次第である。


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