九人の眷属
龍星
序章 魔女
雨が強く降っている。
雨は地面をたたきつけ、独自の音楽を周囲に響かせていた。
都市ヴァロワ。城下町の中央にある広場は快晴の時、国内外から多くの商人や町民たちが集まり、活気あふれる場所になっているのだが、この雨のせいで広場にはほとんど人がいない。
唯一この場にいるのは十人の男女だった。
白銀の鎧を身にまとい、その右手には剣を左手には盾を持っている男を先頭に後ろに八人の信頼できる兵士が並行して並んでいる。
彼らはこの国を守るための騎士団である。白銀の騎士は騎士団の長であり、主君の近衛騎士でもある。
九人の騎士たちが城側に立ち、その向かい側には一人の女性が両手を地面についている。
お気に入りの黒いとんがり帽子や木製でできた杖が地面に転がっていた。
彼女は黒いローブを羽織っており、その姿は魔女を連想させた。
普段ならば毛先まで整えられている長い黒髪は背中を起点に左右に乱れ、汗腺から分泌された汗と頭を濡らす雨粒が一緒に顔を伝い顎から地面に落ちていく。
肩で大きく呼吸しながら彼女の視線は地面についている自分の両手に延びていた。
先程まで魔女と九人の騎士たちは争っていた。国の存亡をかけた戦いだ。
そしてこの戦いは彼女の敗北という結果で終了した。敗者が勝者に跪くのは当然のことである。
「魔女よ、もう終わりにしよう。お前は私たちに負けた。お前に戦う力は残されていないだろう。大人しく投降するのであれば悪いようにはしない。だが、少しでも抵抗を見せたときは命の保証はしない。」
九人の中のおそらくはまとめ役であろう彼が雨の音が強いため大きな声を張り上げる。
魔女と呼ばれた女性は声が聞こえたのか、それとも聞こえていないのか反応を示さなかった。
彼女はゆっくりと口角を上げた。そして近くに落ちている愛用の杖を拾い、それを支えにしてゆっくりではありながらも立ち上がった。
白銀の騎士以外の人たちは武器を構えた。
「私が、負けた……?いいえ。私はまだ負けていないわ」
そして彼女は今にも倒れそうであるにもかかわらず、魔法を使い自身の空間の中から一冊の書物を取り出した。九人の警戒がより一層強くなる。白銀の騎士も持っている剣を構え魔女の様子を窺った。
「レ トラン パレン!」
力強く、そして九人にはっきり聞こえるように叫ぶ。
白銀の騎士はそれを聞き、しまったと感じた。
なぜならそれは自身の姿を消す魔法であったからだ。魔女の姿が一瞬にして空気に溶けた。
視認できなくなった他の八人が驚きの声を上げる。
一早く気づいた白銀の騎士は駆け出し、先程までいた彼女の場所を剣で薙ぎ払うが手ごたえはない。
既に魔女はこの場から消えているがなにもワープしたわけではない。ただ姿を消しただけだ。
白銀の騎士はその場に伏せ地面に耳をつける。足音を聞いて彼女の後を追うために。
だが、残念なことにこの大雨で足音はおろか小さな雑音までかき消すこの音に男はいら立ちを覚えた。
完全に魔女の行方を失った騎士は直ちに城へ帰るよう部下に命令を下す。
男は自分の詰めの甘さを噛みしめ、主君への報告とこれからの対策のために部下に続いて城へ戻った。
☆★☆★☆★
あれからしばらく経過し、傷ついた体を無理やり動かして、杖を支えにしながらここまで歩き、やっとの思いで魔女はある場所へとたどり着いた。
そこは町から外れたある森の中、森林が伐採され一見何もないように思える少しスペースがある場所。そこは魔女の隠れ家だった。
中へ入るためには自身で仕掛けた魔法を解除しなければならない。もちろんそれは魔女にしかわからない。呪文を唱え、一軒の家が出現する。周囲の目を確認し、扉を開け、中に入る。
家の中は明かりがないため暗かった。だが魔女にとってそれは大きな問題ではない。
指に火を出現させ、家の壁に掛けてある蝋燭に火を灯す。
蝋燭の灯が部屋を照らし、辺りに散らばった書物が姿を見せる。
部屋の奥にある机と椅子。その机の引き出しを開け、中から一冊の本を取り出す。
それを両手で持ち不敵な笑みを浮かべ、魔法を唱えた後、机に置いた。
そこで力が尽きたのか片膝が落ち、その勢いで後ろへ転倒する。
背中を強く打ち悲鳴を上げるが、彼女はまた笑った。これでいいのだと自分に言い聞かる。
そして魔女は静かに目を閉じた。
開くことのない瞼。
しかし、彼女はそれでも笑みを崩さない。
まるで自分の勝利を確信したかのように
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