第90話 家族会議+α

 リエルノから受け取れる記憶。


 例えるならそれは、一人称視点の無音ゲームをバグ有りで見ているかのよう。


 印象に残る濃い記憶は神力を多めに使えばグリッチ的な感じで音まで拾えたりする。


 しかし、薄い記憶のものは時間を置くごとに霞がかり、最終的にいくら観ようと思ってもみられない。


 ほとんどが無音で飛び飛びの映像。


 状況を正しく把握するのは困難。


 だから夕食を食べ終えたあと。

 一度、今の状況を整理するために話し合いの場を設けてもらうことにした。


 なるべくこれまで見ようと、知らせようとしてこなかった現実。


 流石に不思議が渋滞状態。

 もはや封鎖できましぇん状態。


 観て見ぬふりをすることもここいらが限界。


 周りもそれに気が付いている。


 なら、仕方なし、だ。


 お前のせいでこんな不思議に遭遇したッ、と責められることだけはどうかありませんように。


 俺は一抹の不安を抱えながらも、久しぶりの美味しい夕食にがっついた。


 == もぐもぐパクパクげぼぉッごほッ夕食後 ==


ごちそうさまでしたおふふぉうふぁふぁんん


 最後の一口を掻き込み、合唱。


 食器を片付け、綺麗にしたダイニングでそれぞれいつも通りの席に座る。


 正面に雪美。

 右隣にSK。

 左隣に零さん。

 進行役として上座的ポジションに霞さん。


 因みにコマ君は俺の足元。


 榊家第一回家族会議、開幕である。


「話し合いをする前に二つ程、よろしいですか?」


 こっちをじっと見つめて霞さん。


 俺はコクリと頷き、先を促す。


「美春様、今後、本家には二度と立ち入らないとお誓いくださいませ」


 話し合う前に多少の事前知識は入れておいた。


 霞さんがいう本家というのは母方の実家。


 つまりは親戚の家のこと。


 俺がさっき神輿でワッショイされていたあそこだ。


 もう行けないらしい。


 存外、神輿で担がれるというのは楽しめただけにちょっと残念。


 まぁ、芸能事務所じゃないみたいだしいいか。


 全肯定の霞さんがそういうなら仕方ない。


 でも一応、理由ぐらいは聞いておこうかな。


 母方の実家。


 もしかしたら両親が何処にいて、いつ帰ってくるかが分かるかもだし…。


「なんでもう行っちゃだめ?」


「美春様の母君、白帆様がそれをお望みで御座います、ご理解くださいませ」


 母の望みとあらば仕方なし。


 マザコンはいい子を遂行するとしよう。


 俺は「あぃ」っと返事をした。


 というか今更だけど、大分リエルノはSKと打ち解けたようだ。


 彼女がすぐ横にいるというのに言葉がすんなりと出てくる。


 俺が居ない間の結果。


 嬉しいような嬉しくないような。


 なんだかモヤモヤする。

 

 脳裏に「のじゃ」とか過ってイラっと来る。


 SKは俺の友達だぞ。

 勝手に取るな。

 腹立たしい。

 泥棒猫め。

 うんこ。

 

「では、もう一つ」


 沸々と腹の底から湧いてくる謎な嫉妬心。


 俺が苦い表情を浮かべている間にも世界は回る。


 霞さんはとある小瓶を懐から取り出し、それをSKの前へと勧めた。


 透明な液体が入ったそれ。


 一体なんだろか?。


「SK様、これをお受け取り下さいませ」


「え、私か?ありがと」


 いつの間にか我が家の暮らしぶりに板がついたSK。


 彼女は居候な面を遺憾なく発揮し、貰えるものは全て貰う図々しさを見せつけるように、小瓶を瞬きの間にズボンのポケットへと入れた。


 というかこの人いつまで俺の部屋に居座る気なんだろ。


 最早それを指摘する人すら記憶を見た限りいないんですけど。


 家族とか心配していないのだろうか?。


 もしかして育児放棄?。


 だからおにぃである龍宮寺茜が出張ってくる?。


 うーむ、謎である。


「つい受け取ったけどジュースか?」


「薬に御座います、飲み干せばたちまち貴方様の不調も和らぎ、いずれ原因不明と医者に匙を投げられた病も完治することでしょう」


「え、ほんとか?、……というか病気のことなんで知ってる?」


 こっちをチラ見してSK。


 どうやら俺に知られたくない系の話らしい。


 でも残念、俺は聞くよ?。


 友達のピンチを見過ごすほど人間味はまだ薄れていないんでね。


「雪美様を通じてある程度、夢野渉殿から話は伺っておりました」


「愚弟、余計なことするな、ばか」


 口が軽い我が弟。


 SKの責める視線もなんのその、いつもの仏頂面を晒してる。


 不意に目が逢う。


 何となく逸らしておいた。


「病を癒す薬、お飲みくださいませ」


「いま、ここで?」


「はい」


「ほんとに飲む…大丈夫か?、ほんとのほんとにこれで私も、……健常者?」


 瞳を瞬かせながらポケットから小瓶を取り出し、凝視するSK。


 信じられない、でもほんとなら嬉しいといった表情を浮かべている。

 

 これまで色々とあったのだろう。


 背景を知らないので何とも言えないが、SKのコロコロと変わる表情を見ているとそう思って仕方がない。


 よかったね、SK。


 これで病気とはおさらばだ。


 霞さんがいうなら間違いないよ。


 すばらしい。


「お医者さんは不治の病だって、もう治らないって……、ほんとに、薬?、どこで手に入れた?」


「医の道を極めた者が多く潜む本家、雪美様がその地よりお持ち帰り下さりました、謝辞を述べるのであれば、私にではなく雪美様へお願い致しまする」


「愚弟……、雪美……」


 病気のことをバラされてムカつく。

 けど、それ以上に有難いと思う気持ち。


 そんな不器用な心の内を表す様に表情を作り、結果、SKはその口元を緩め、口を開い――…。


「霞、まだいうことある」


 みんなで病気直るね、よかったね、でお祝いしようとした場の流れ。


 零さんが水を差す様に口を開いた。


 ほんとこの人は空気読めない。


 感動の場を妨げることも然り。

 こんなシリアスな話の間、ずっと俺と恋人繋ぎしてくることも然り。


 本当に駄目な子である、零さんは。


「まだいうこと、ってなんだ?」


 SKの問いを皮切りに、みんなの視線がKYな零さんに注がれる。


 俺も恋人(仮)な彼女を見上げた。


「その薬を飲むということは、血を拒むということ」


「零」


 霞さんの静止するような態度。


 それを横目で流し、零さんは続ける。


「神血を中和するのがその液体、SK、それを飲むならもう、美春様に関わっちゃダメ」


「え?」


 お祝いモードが一変。


 謎にお通夜モードに。


 これだから空気の読めない子はほんとうに、もうっ。


「これ飲んだら美春と遊べないのか?」


「喋るのも会うのもダメ」


 一切の関係を絶つ。


 お薬を飲んで助かるだけで、何故そこまでのことをする必要があるのだろう。


 SKと遊ぶのも、会うのも、喋るのも。


 全部、俺の勝手じゃないのだろうか?。


 流石にそれは束縛が過ぎるよ、零さん。


 愛が重い。


 嫌いじゃないけど。


「しんけつ、ってなんだ?」


「神様の血、SKは今それに適応・・しつつある」


「神様の血に、適応?…なんだそれ」


「適応すれば長寿に加えて力を得る、二成とくれば、……次元が違う」


「…よく分からん、けど、薬を飲まなければ私は……長寿?、なら病気はお薬を飲まなくてもこのままで治る?」


「うまくいけば、ね」


「うまくいかなかったら?」


「死ぬだけ」


 いや死ぬだけって。


 そんなの一か八か過ぎんか?。


 零さんの戯言に付き合う必要なんてないぞSK。


 それを飲んでも俺は態度を変えないんだから、絶対に。


「なら、いいや」


 小瓶を霞さんにつき返す様にSK。


 どうやら薬は飲まないことにしたらしい。


 ……。


 え?。


「このままいけば長寿パワーッ、それに美春ともずっと一緒、ならいい」


「…SK、ほんとにいいの?、飲まなかったら死ぬかもなんだよ?」


 心配する俺に、SKはにっこりスマイルで返す。


「諦めてた未来、希望が見えた、それだけで私は満足だっ」


 SKは無い胸を張ってそう言うと、「だからって適応?するまでの間、病人扱いするなよッ」と釘を刺してきた。


 本当に、いいのだろうか。


 彼女の人生。


 どう歩もうが勿論自由。


 しかし、出来るのなら、危険を避けさせてあげたい。


 零さんが要らないことを言ったばかりにこうなった。


 一体どういうつもりなんだ、俺の彼女(仮)は。


 右に希望が持てたと喜ぶSK。

 左にそれを見て満足気な零さん(無表情)。

 

 俺は頭を悩ませる。


 いや、悩むまでも無く、無理やりにでもSKへ薬を飲ませるのが正解なのだが…。


「中和する際に形作られる免疫の様な何か、それが兄貴の神力を拒絶する」

 

 どうSKに薬を盛ろうかと思考しだした所で雪美。


 暗殺者染みた考えをしていた俺、兄貴と呼ばれ、思わずドキッとする。


「拒絶反応は神力の量次第で死に至る、…祈さんと縁を切りたくないなら、その薬は飲ませるべきじゃない、と俺は思う」


 薬を飲んでも飲まなくても、どのみちSKには死が付いて周る。


 そして本人は飲みたくないの一点張り。


 なら薬を盛ろうとせず、俺の気持ちを優先すれば?、と雪美は言いたいらしい。


 まったく流石は弟。


 暗殺者染みた俺の策略をこの段階で既に看破していたようだ。


 生意気である。


 てかこいつは見ないうちにまた一段と大きくなったな。


 玄関で抱き着かれた時も思ったが、一体どこまで成長するんだ。


 少しは兄である俺に配慮して成長期を止めろ?、ふざけんな?。


「……なんだよ」


「べつに」


 俺はジト目を雪美に送ったあと、思考を再びSKの方へと戻す。


「美春も私と一緒がいいだろ?」


 ニコニコ顔を近づけSK。


 うん、と即答するには少し気恥ずかしい。


 答えにどもっていると、「うんって言えッ」と怒鳴られ、強制的に言わされた。


 自分の言葉で言いたかったのに。


 まったくSKはせっかちさんなんだから、まったく。


 しかし、本当にいいのだろうか?。


 ここで俺の気持ちを優先しても。


 SKとはこれからも一緒に居たい。


 縁を切るなんて想像しただけで胸が張り裂けそうだ。


 でも彼女のことを本当に思うのなら、と考えるとどうにも決断をし辛い。


 俺はどうするのが一番いいのだろう。


 悩みに悩んだ結果。


 SKの意思を尊重することにあっさり決めた。


 もしこの決断に後悔したのなら、過去に戻せばいいのだ。


 俺にはそれが出来る。


 単純な話だったのだ。


「本当に飲まなくてよろしいのですか?」


「雪美には申し訳ないけどいらない、だって私は美春のお姉ちゃんだからなッ」


 お姉ちゃんだから何なのか分からないが、本人がいいというのだからとりあえず良しとしよう。


 いざとなったら俺が頑張るだけだ。


 縁を切りたくはないが、SKの命の方が大事。


 その時は仕方なしである。


「そう、ですか、わかりました」


 どこか渋る様にそう言葉を紡ぐと、霞さんは小瓶を再び懐へと戻し、本題へと口火を切った。


 念のため、後であの小瓶を貰おう。


 いつでもその時が来てもいいよう、準備は怠らない。


「では、本題へと移りましょう」


 霞さんは気を取り直す様にそう前振りをすると、今回の騒動について詳細を語りだした。


 大まかに要点をまとめたとはいえ、霞さんの話は長かった。


 人の話を聞くのが苦手な俺。


 満腹というのもあり、何度か意識が飛んだ。


 その都度、雪美やSKやコマ君に起こされ、なんとか最後まで聞けた。


 つまり今日、起きたことをまとめるとこうだ。


 俺のPCから顕現した「つらぬきのソフト」がSKの友達や雪美を襲い、それをリエルノが助けた。


 そして、その助けた場所が本家の敷地内で、いいようにリエルノはおびき寄せられ、何も知らずな俺と交代。


 その間、すぐ首を落とせるように、と処刑場に案内されていた雪美とSK。


 差別主義者が大半を占める本家。


 二人を嫌悪し、今すぐ首を切り落とせと、怒声に罵声が響き渡ったらしい。


 しかし、そんな中、二人を擁護する者たちが数名。


 母の友達だという彼らに二人は最終的に保護され、無事処刑場から脱出。


 それから客間に通され、そのタイミングで俺が竜神とやらと面会。


 結果、色々あって、何事も無く無事に皆帰宅。


 めでたしめでたし、と。


 ……。


 えっと、もしかしなくともさ。


 本家って、潰した方がいいのかな?。


 今すぐにでも?。


 俺は選択を誤ったかもしれない。


 最初につらぬきのソフトを吹き飛ばした時の次いででなくなっていた本家。


 過去に戻さなくてもそのままでよかったのかもしれない。


 いや、母の友達が居るし、なにより雪美とSKがその場にいたからその選択は誤りが過ぎる。


 ん?、いやいやちょっとまて。


 俺、その時、母の友達含めて二人を更地化してね?。


 今更だけど、俺、雪美とSKをやってね?。


 …あれ?。


「すぅー…ふぅ……すぅー……ふぅ」


 みんなに見守られながら深呼吸。


 大丈夫、過去は過去。


 今はちゃんと未来がある。


 あんな出来事はなにも無かった。


 それでいいじゃないか。

 

 もちつけ、俺。


「兄貴、大丈夫か?」


「美春?」


 何も知らない二人からの視線。


 流石に笑顔を返すことはできなかった。


 何も考えず力を振舞った結果、知らないうちにヤってしまっていたのだから。


 冗談がきついぜ、俺。


 未遂とはいえやってしまったことに変わりはない。


 なんとも言えぬ不快さが、頭の中を徐々に白く塗りつぶしていく。


 何も考えたくない、気分が悪い、吐きそうだ。


 今更こんなことに気づく自分が腹立たしい。


 お前は本当にどうしようもないな。


「ちょ、ちょっとお風呂入って、くるね」


 家族会議も終わりを見せた。


 俺は若干ふらつく足取りで、脱衣所へ向う。


 後ろから雪美とSKが心配げに声をかけてくる。


 適当に返事を返したあと、扉を閉め、衣服を脱いでいく。


 考えても考えても頭の中がまとまらない。


 自分が過去にしでかした情景だけが、ありありと浮かぶだけ。


 何もかも洗い流そうと、熱い湯をシャワーで頭から浴びる。


 モクモクと上がる湯煙り。


 そして映る風呂場の鏡。


 女々しい姿。


 いつも通り、気味が悪い。


 そしてそれ以上に、今は恐ろしく見えて仕方がない。


 気が赴くままに人を殺せる力。


 それを持ったことを、ようやく今になって、俺は自覚している。


 しばらく悪夢に魘されそうだ。


「ラッシュ…俺は、ラッシュ…ラッシュ、ラッシュ」


 少しでも罪悪感を無くそうと、楽しいことを妄想する。


 だけど変わらず鏡に映るのは己の姿。


 恐ろしい。


 この化け物め。

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