第67話 変革の時期

 不変の世界で生きる孤独の騎士。


 背にした扉の前に佇み、彼は自らの在り方について疑問を浮かべていた。


 何故、己はここにいるのか。

 何故、己は背後の扉を守るのか。

 何故、己はやってくる者と戦うのか。


 ものを考える以前から繰り返してきた己の行動。


 ふとかえりみれば疑問だけが後に残る。


 己は一体何者なのか。

 騎士は常々と思う。


――守らねば――


 いとまに無心となれば、すかさず騎士の頭の中で響くその台詞。


 一体、何を守るというのか。

 背後にはただの扉しかないというのに。


 騎士には、なぜ扉を守るのかが分からなかった。


 わからない事だらけで嫌気が差す常。


 そんな中でも、騎士には楽しみがあった。


―――コツン、コツン、コツン。


 足音を立て、石像が立ち並ぶホールの入口からやってくる褐色の巨躯を持った男。


 それと出合うたび、胸の中で何かが弾けたような感覚を、騎士は唯一の楽しみとしていた。


 会うたびに殺し合い。

 何度、死合おうと、胸中で弾ける何か。


 唯一、語り合うことのできる男。

 唯一、不変の世界で躍動する男。

 唯一、「守らねば」という己の意思を役立たせる男。


 危機を齎す者であるにも関わらず。


 騎士は敵の来訪を心待ちにしていた。


『ここより先は弱き者の世界』


 今日もまた、男がやってきた。

 巨大な剣を担いでやってきた。


 騎士は不変の台詞で迎え討つ。


『この場は零度の世界――甘さはない』


 全身に力を満たし、騎士は台詞の直後に石像が立ち並ぶホールを氷の世界と変える。


 そして、間髪入れず男へ氷の魔法を見舞う。


 本命の攻撃を隠すため、躱される前提で放った魔法。


 男はそれに釣られる形で騎士へと迫る。


―――カッ、カッ、カッ。


 迫る巨漢。

 構える騎士。


 また終わりが見えてくる。


 振り上げられた鉄の塊にカウンター。


 一撃、首元に短槍。

 二撃、鳩尾に長剣。


 それで男は絶命。

 娯楽の時は毎回それで幕を下ろす。


――さらばだ――


 近づく男へ、内心で騎士は呟いた。


 だがしかし――…、


ッ!!』


 男は騎士の横をすり抜け、守らねばならない扉へと向かっていった。


 いつもと違う男の行動。

 

 咄嗟に出た新しい台詞。


 騎士はまた新たな変化に胸の中を弾けさせ、守るための行動をとる。


 一撃、首元に短槍。

 二撃、鳩尾に長剣。


 扉へ向かったと思った男。

 振り返り反転、攻撃に出た。


 そしておなじみの最後で散っていった。


『……』


 地面へと沈みゆく男の亡骸。


 それを眺め終えた後、名無しの騎士は再び扉の前へと戻る。


『……』


 また何時もの如く佇むばかり。


 男が再び現れるまで、騎士は退屈で不毛な時間を過ごす。


『……』


 ふと、騎士は後ろを見た。


 先ほど己の口から出た、新しい台詞。


 それを思い出しながら扉を観察。


『……』


 騎士は何を思ったのか、扉の取っ手に手を掛け――…、辞めた。


 自我が芽生える以前から守護していた扉。


 開けば何かが崩れ堕ちる。


 己の存在か、はたまた別のなにかか。


『……』


 騎士は変わることを恐れた。


 故に定められた運命に従おうと再び背を向けた。


 退屈で不毛な時間が過ぎ去る。


 だけれど楽しみはある。


 それを心の支えに、騎士は扉を守る。


 いつの日か、この地より離れる自分を夢想しながら。


 彼の男を待つ。


 不思議なを身に纏う、褐色の巨漢を。


== 視点は二成の神 自室 ==


「つらぬきの騎士はな、お姫様やその使用人の家族を守るために、主人公と戦ってるんだぞ」


「……」


「ラスボス以上にラスボスって感じの力を持ってるんだけど、世界に殺戮と恐怖を振りまく主人公の卑劣な手によって、最後はやられちゃうんだ」


「……」


「それでそれで、つらぬきの騎士がやられたが最後、守護者を失った女子供、そしてお姫様たちを主人公が蹂躙する展開が始まって、とてつもない経験値カルマを得られるんだッ!」


「……」


「可哀想だからってお姫様たちを逃がすなよ?、逃がせばラスボスの王様と共闘してほぼ無理ゲーになるからなッ……って、おい、みは…、ラッシュッ!!聞いてるのか!?」


 黙々とデモンズソフト配信をしている最中。


 先ほどベッドから急に起きだしたSKが、盛大なネタバレを口にしながら、絶賛配信中の俺の両頬をぐにっと引っ張った。いらひ。


「なんでさっきから黙ってる?、配信してるんだろ?、喋らないのか?」


 喋りたくともSKが邪魔で出来ないし、何よりも地声を聞かれたくないのでお口はチャック。


 俺は黙々とデモンズソフト配信をしなくてはならないのだ。


 あとネタバレふざけんな。


「ほらッ!!、ラッシュが喋らないからもっとアンチが頭にのってる!!、こいつらは弱気な態度を見せるとすぐ調子づくんだッ、病原菌と一緒なんだッ、まったくッ!!」


 娘達を病原菌と罵るSK。

 

 俺の愛娘達に何を言うかッ、と言いたいところだが、それも憚られる。


 ちょっとだけすっきりしたのは内緒である。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.9万人。

 現在のライブ視聴者数4.3万人。


≫娘達は病原菌はっきりわかんだね。

≫アタオカはなんで喋らんの?。

≫SKとお家デートってま?。

≫ワイの推しに手出したら56す。

≫声きもすぎどうにかしろ。

≫転生はよ。


「今日から私がチャット欄を監視するからなッ!!、お前たち、覚悟しろよッ!!、ラッシュを虐めるやつはすぐブロックだッ!!」


 そういって、何やら背後から俺に覆いかぶさり、PCを弄りだすSK。


 起きだしてからというもの自由が過ぎる。


 今はラッシュな時間なんだ。

 邪魔しないでいただきたい。

 あとイヤホンして隣の部屋にでも行っててほしい。

 お願いだから(切実)。


 というかなにを設定したの?。

 もしかしてボイチャ…は切ってないね、良し。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.9万人。

 現在のライブ視聴者数4.3万人。


≫[メッセージが削除されました]

≫[メッセージが削除されました]

≫SKによる言論統制はじまったw。

≫[メッセージが削除されました]。


「このこのこのこの、のこのこのこッ!!、病原菌は一匹残らず私が駆逐してやるッ!!」


 自身のスマホを忙しなく操作するSK。

 背後のそれとチャット欄を照らし合わせて見て、俺は成程と頷く。


 どうやらSKは勝手に俺のモデレーターとなったようだ。


 次々と娘達のコメントが彼女のスマホから削除されていっている。


 頼んでも無いのに余計なことを。

 ありがた迷惑が過ぎる。


 【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.9万人。

 現在のライブ視聴者数3.4万人。


≫純粋に配信楽しみたかったから助かる。

≫ないすSK。

≫のこのこかわいい。

≫つらぬきの騎士なんか動き変じゃなかった?気のせい?。

≫[メッセージが削除されました]

≫ラッシュ今日何時まで配信するん?。

≫ウイルスバスターSK。

≫【豪神王ラッシュ】そろそろ夕食。寝る前に配信ちょっとやる。

≫あいよ。

≫飯テロ配信しよーぜ。

≫【豪神王ラッシュ】家族の団欒、それもまたよし。また今度。


 大量のアンチコメで埋まっていた愛娘達の声。


 SKによる言論統制により、大分発掘しやすくなった。


 それに関しては我がモデレーターにまじ感謝感謝でりしゃーすかもしれない。


 ほかの娘達を差別しているようで僅かながらに抵抗はあれど…。


『ここより先は弱き者の世界』


 今日で十数回目のムービー。


 それを最後にして、配信を終わろう。


 俺はチャット欄を利用し、娘達にラスト宣言をしておく。


『この場は零度の世界――甘さはない』


 カッチョイイ決め台詞。

 それを最後にムービーが終了、からの大魔法からの氷柱攻撃。


 最早、欠伸が出るほどの展開だ。


 そろそろこの戦いにも飽きてきたころ合い。


 ここで決着と行かせてもらう。


「きぇええええいッ!!(勇ましい声)」


「うわッ!?びっくりしたッ!!」


 愛娘達の声援でやる気は十分。

 そしてラストチャンスの緊張感。


 俺は気合を入れ、心臓をバクバクと鳴らしながら、最後の戦いに臨む。


「きぇえええいッ!!(勇ましい声)……って、ん?」


 豪神王による裂帛の気合。

 それを受けてか、距離をとり始めるつらぬきの騎士。


 …ん?。


 大魔法からの氷柱攻撃。

 そしてその後はカウンター狙いの待ちの姿勢。


 今日まで決まり定められたその展開。


 それが何故だか狂った。


 こんな動きもするのか、と俺は少し様子を見るように距離を詰める。


 警戒しながら距離を詰める俺。

 警戒する様に距離をとるつらぬきの騎士。


 …なんぞこの動き。


 スリップダメージでdeadさせるための時間稼ぎか何か?。


「なんじゃこの動きッ!?」


 やけにデモンズソフトに詳しいSK。


 背後から俺の両肩をガシっと掴み、ゲーム画面を上から覗き込んでくる。重い。


「大魔法、氷柱、カウンター待ちは鉄則…のはず、こんな動き初めて見た」


 驚きの声を上げ、切れ長の愛くるしい瞳をしばたたかせるSK。


 彼女の体重で両肩を脱臼しかけている俺は、そんなレアな行動パターンなのか?と疑問に思い、その確認にチラリと右のモニターを見て娘達の反応を伺う。


 【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.9万人。

 現在のライブ視聴者数2.8万人。


≫俺も初めて見た。

≫なんぞこの動きww。

≫距離を詰めるたびに距離とってる。

≫まるで時間稼ぎしてるみたいだな。

≫未だに新しいモーションが発見されるとか流石は神ゲー。

≫新しいモーション追加されたんじゃね?。

≫既にオンラインサービス終了したゲームでか?。

≫アタオカの相手しすぎてつらぬきの騎士も疲れてるんよきっと。


 どうやらかなりレアな行動をつらぬきの騎士は取っているらしい。


 みんなが知らないケースに陥る。


「……っふ」


 なんだか特別感を得た俺は、不敵に笑ってみた。


 神ゲーの稀に見るレアケース。

 これで炎上の火も消せるといいな。


 まぁ、むりか。


「ラッシュ、とりあえず扉にむかってみてッ!はやくはやくッ!!」


 興奮気味に俺の肩をゆすりながらSK。


 ぐわんぐわんして操作どころじゃないからやめてほしい。


 盛大に画面を揺らしながらも、言われた通りつらぬきの騎士が必死に守る扉へ向かう。


―――ズゴンッ。


 大きな音がしたと同時、扉から生えた氷柱にラッシュな俺が貫かれる。


――YOU DEID――


 画面いっぱいにその文字。

 ラストチャンスな戦いがあっけなく幕を下ろした。


「扉から氷柱……これはいつも通り……ふむ」


 突然の死に想定内といった様子のSK。


 何やら探偵の様に口元に手を当てて考え耽っている。


「乙ラッシュ、またあとで(小声)」


 彼女の意識が別に向いている隙をみて、俺は小声で終わりの挨拶を娘達にした。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.9万人。

 現在のライブ視聴者数2.9万人。


≫そのボイスでささやくな。

≫ASMR炎上事件を忘れたか。

≫乙ラッシュ。

≫乙ラッシュ。

≫いや終わんなし、もっと検証しろ。

≫さっきの動き何気に世界初なんじゃ…。

≫RTA走者が言うなら間違いないな。


 盛り上がるチャット欄。

 それを十分に眺めたあと、配信を切る。


『ごはん食べる?』


 俺は軽く背伸びをしたあと、むむむむ、と考え込むSKに文字を見せる。


 時刻は19時を回ったところ。

 丁度、我が家は夕食の時間だ。


「…たべていいの?」


 お腹をさすりながら遠慮がちにSK。


 くぅ~、と可愛らしく鳴く腹の虫を飼うSKに、我が家自慢の味を堪能してもらおうと『OK』の文字を見せる。


 お子ちゃまな彼女の舌に合うか分からないが、今日は大人なエビちゃんフライ定食。


 霞さんも愚弟を連れて帰ってきてるし(REINで確認済み)、冷や飯、黒い物体、カップ麺、デリバリーな料理、等々が夕食に並ぶことは無い。


 遠慮なく馳走になりたまえ。

 そしてREINのメッセージの件はそれでチャラにしたまえ。


「たべるッ!!」


 満面の笑みで答えるSK。

 俺は大いに頷いて見せた。


 霞さんへSKの分も用意してもらおうと、メッセージを飛ばす。


 すぐに『ちょうち致しました』と返ってきた。


 一人分の食事が増えても我が家は問題ない。


 お代わりが沢山出来るぐらいに料理はいつも用意されているからな。


「普段おにぃに食事制限されてるから沢山たべていい?」


 うきうきルンルン。

 実に楽し気にSKはきいてくる。


 食文化を愛しすぎる日本人。

 食事制限とはこれ酷な。

 

 SKはおにぃとやらに虐待でもされているのだろうか?。可哀想。


『えんりょすることない、たくさんお食べ』


「ほんとか?やった!!…あ、これおにぃには内緒な?」


『承知した』


「約束だぞ!!」


『うむ』


 部屋から出て、階段を下りながらはしゃぐSK。


 一階から香ってくる食欲をそそる美味な匂い。


 今日は賑やかな夕食になりそうだ。


「じゅるり」


 背後ではしゃぐSKに感化された俺。


 口端から零れそうになった涎を右手で拭って、人の気配が大いにする・・・・・リビングへと姿を現す。


「メテオスマーッシュ!!、わーいッ!勝ったのですよーーッ!!」


「最弱王はユッキー決定、よわすぎうける~」


「…うっせぇ」


「わわ、私は全然つよかったとおもうよ?」

 

 リビングにある大きなテレビ。


 ソファーで寛ぎながら、シュマブラというゲームで遊ぶ男女四人。


 そして、ダイニングの方では、霞さんにしごかれ、いそいそと夕食の支度をする零さん。


 陰キャな俺とSKは、賑やかな光景を前にして、リビングの入り口付近でフリーズした。


「わふわふッ!!」


 雪美の足元で丸まっていたコマ君が吠えながらやってくる。


 それを追い、その場の視線が俺たち二人に集まる。


「…ただいま、兄貴」


 一週間ぶりの雪美。


 なんだか少し雰囲気が暗くなったような、大人びたような気がしなくもない。


 てか、その三人は一体だれなんだ。


 偉大なる兄は何も聞いてないぞ?。


「あわ、あわわ、あわわわ…」


 ゲームのBGMと夕食の支度をする音が坦々と流れる中、俺を指さして震える者が一人。


 俺より若干背が高く、黒髪ロングの愛嬌のある女の子。


 どこかで見覚えがあるような、ないような…。


 感じからして小学生だろうか?。


 他二人も多分そうだろう。


 雪美の友達か何かかな?。


「天使さんですよーーーッ!!」


 指さして叫ぶ黒髪ロングの女の子。


 俺はふと、右手で己の面に触れる。


 仮面が無い。


 配信で邪魔になるからと、仕方なく外していたので当然だ。


「あ、あれがユッキーの兄貴、……なんか想像してたんと違う」


「お、お兄…さん?……綺麗」


 俺を見て驚いた様子の雪美の友達?三人。


 みないでくだたい。


「こ、こいつらだれだ?」


 俺の背後に隠れながらSK。

 

 人見知りなのかよく分からないが、俺を盾にしないでくだたい。


 というか誰だと聞かれても困る。


 俺も知らん。


 この子たちは一体、なんなんだ?。


「わふわふッ!!」


 早くこいよッ!!、てな感じで俺をよぶコマ君。


 SKに盾として利用されながら、俺は素の状態で夕食の席に着いた。

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