第38話 二成の神、目覚める
「あの餓鬼ぃいいい゛!!」
私は、激情のままに、持っていたマウスを地面へと叩きつける。
続けて、両手に握りこぶしを作り、それを何度もデスクへと振り下ろす。
『ちょ、ちょっと
唯一の友人にして同志、アリスちゃんの萌声が、怒れる私を落ち着かせようと、ヘッドホンから聞こえてくる。
普段は別に何とも思わないその声も、今聞くと若作りしてる感じがしてとても耳障りだ。
思わず「黙ってろばばぁッ」なんて暴言が口から飛び出そうになる、が、耐えた。
せっかくできた友達。
ここで失うには、まだ活用しきれていない。
縁をkillには早すぎる。
「……うぎぎぎぎぎぃい」
今すぐにでも失言が飛び出そうになるその口を、思いっきり歯ぎしりすることで無理やり閉じる。
歯ぎしりだけでは我慢できそうにないので、指や腕を噛んで、痛みで何とか誤魔化す。
痛い、けど、徐々に怒りが収まってくる、気がする。
落ち着け私。
冷静になるのよ、ピリカ。
「ふぅー…ふぅ゛……茜様のリアル妹だから優しくしてやったのに……調子のんじゃねぇよ、クソがッ」
私とのコラボ話を断って、クソ生意気な態度をとってきたケロぺロス何とかというメス餓鬼。
そいつに少しばかり社会の厳しさを教えてやろうと思って始めたスクリムでの
最初の一日は、上手く
だけど、二日目からメス餓鬼チームの動きが唐突に変化し、気が付けばスクリム最終日である今日まで、謎にこちらが狩られ続けるという展開が続いた。
接敵すれば常に戦闘。
別ッチと交戦している時も、どこからともなく現れて敗北。
狙わなくていいだろっていう時でも、積極的にメス餓鬼はピリカのチームであるPASを、「やられたらやり返す、倍返しだッ!!」って言わんばかりに襲ってきた。
正直言ってマジでウザい。
ピリカより、五つも年下のくせに生意気。
将来、碌な大人になんねぇぞあのメス餓鬼しねよ。
どうせドブスのくせに調子のんじゃねぇよ、餓鬼がッ。
茜様と違って、キモい顔してるから絵で誤魔化してんだろ。
あーあ、可哀想。
優秀な兄と違って、顔隠さないとアイドル目指せない妹ちゃん。
あーあ、可哀想、可哀想しねよ。
死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ。
クソが。
「…ぜってぇ殺す、ぜってぇ殺してやんかんな!!餓鬼がよぉ!!」
痛みで荒ぶる心を鎮めたのも束の間。
これまでのスクリムの内容を思い出し、怒りの炎が再点火。
壊れない程度に、再び台パンを繰り返す。
「初めて会った時から気に入らない餓鬼だとは思ってたんだよッ!!」
『き、気持ちわわかるけど、ピリリカちゃん…落ち着いて?少し冷静になろ?』
「こんなチャンスもうないのに、ぽっと出の餓鬼につぶされてたまるかッ!!」
訳も分からないうちに知名度が爆上がりした個人V最協エベ祭り。
最初は茜様から招待されたからという理由で、仕方なく参加を決めてたけど、出場者リストが公開された途端、その低い意識も消え失せた。
日本屈指のeスポーツチーム。
日本一のVと名高い二成琉琉。
非公式の大会の広告塔としてはこれ以上にないほど超優秀。
特に後者に関しては、今もっとも日本で名前を聞く人物として、最近テレビにも名前が多々あがるほど、世間一般からも注目されている。
そんな超有名人が出る大会。
当然にして注目されないなんてことは無い。
あれよあれよという間にイベントの宣伝がなされ、気が付けばABEX運営が公式に開く大会並の認知度となった個人V最協エベ祭り。
名前を売るには又とない
宣伝力抜群なその大会で優勝すれば、基礎スペックの高いピリカなら一躍大人気VTuberへと昇り詰めることもきっと夢ではない。
底辺をさ迷って数年。
これほどのチャンスを見逃すほど、ピリカは落ちぶれてなんかいない。
色々と考えを同じくする他の参加者と
ぽっと出の新人糞生意気V にこのチャンスを台無しにされてたまるか。
社会の厳しさもろくに知らないで、調子づいてんじゃねぇよックソがッ。
優勝賞品であるちゃっちいトロフィーなんか裏でくれてやるから、大人しくピリカに轢き殺されとけッってんだよ!。
『せっかくカワイイ声してるのに、台無しだね、ピリカ』
暴言を吐き、物に当たり散らしてストレスを発散することしばし。
男の優し気な声が、外れかけているヘッドホンから聞こえてきた。
茜様の声を二番…いや、三番煎じしたようなイケボって感じの声。
チームメンバーの名前の頭文字をとって、ピリカが名付けたPASのSこと
「……なに?」
ピリカはやや口調を荒くしながらもそう返す。
『君の声は荒げるに非ず』
「はい?」
『小鳥が囀る様に、
六花くんは、続けて『因みにcuteとcriticalをかけてキューティカル、ね?』と説明し、カッコつけるように「っふ」と鼻で笑った。
そのナルシストな態度にイラっとくるも、声を褒められたことに、ピリカは少しだけ機嫌を直す。
三番煎じだけど存外悪くない声ね、と思いながら。
『ピリカ、少しは落ち着いたかい?』
「……まぁ」
『ふふふ、そうか、いい子だ』
何がいい子なのか分からないけど、こうやって何でもかんでも褒めてくれるとこが、チームリーダーとして彼を選んだ理由の一つ。
六花くんは褒め上手くんだ。
底辺Vにしては悪くないキャラである。
『そんな可愛くていい子には、一つアドバイスを授けよう』
上から目線なのが玉に傷。
だけど、素直に聞く姿勢をとる。
ピリカはとっても可愛くていい子だから。
『外からがダメなら
「…どういうこと?」
とっくに匙を投げ、ボイスチャットから退散した
ピリカは一人、その悪だくみしてそうな彼の声音に耳を傾ける。
『あのチームには、足手まといが一人いるよね?』
メス餓鬼がいるチーム。
足手まといといったら誰しもがピンッとくる人物。
ピリカは脳裏に、古風な狐の面をした
「うん、いるね、だから?」
『彼を味方につけよう』
「……やめた方がいいんじゃ」
雑魚そうで、ちょっと変人気質が強そうな少年。
一度、戦力を測るためにラッシュを名乗るあの少年のアーカイブを見たことがある。
メス餓鬼と一緒にエベをプレイするその少年は、いかにもポンコツって言葉が当てはまっていた。
ゲームスキルは勿論のこと、トークスキルもない。
ただただ味方の足を引っ張るだけのポンコツ。
そのポンコツ具合は、メス餓鬼が哀れに見えるほどだ。
真に恐るべきは有能な敵ではなく無能な味方である、とはどこぞの軍人で革命家で皇帝であった人の言葉。
その実例を垣間見たピリカは、ナポリタンな格言に倣って、無能少年の味方入りを断固として拒否。
味方に引き入れてる時間もないと、適当なことを言って話を切り上げることに努める。
「あの子…ラッシュさん引き入れても意味なくない?」
『ん?どうして?』
「いや、どうしてって、ラッシュさんめっちゃエベ弱いよ?、今のままでも十分足ひっぱってくれてるから余計なリスク負う必要なんかないって」
『だからこそだよ』
「え、どういうこと?意味わかんない」
『すでに足を引っ張っているということは、多少、意識的にミスを犯したとしても、わざとやったとは周りから思われにくい。ここぞという場面で、ラッシュさんにはミスをしてほしいんだ」
「…あぁ、そういう。…でも、ここぞっていうタイミングがそうそう来るわけじゃないんだから、やっぱりやめとこうよ」
『…ふむ』
「それに、あのポンコツ具合もついてくるんだよ? 何かしらやらかして、うち等の
『…ふむ、まぁ、一理あるけど……しかし』
空気読めよ三番煎じ。
ピリカは嫌だつってんだよ。
脳タリンな頭でも分かるだろ?察しろよ。
てか、そもそも考える余地なんかねぇんだよカス。
碌な弱みも握れない、やる気の度合いも測れない奴を味方に引き入れたって、不正行為のことを吐かれて終わり。
炎上商法としてはそれもいい手かもしれないけど、ピリカだってまともに売れたい願望は持ってるんだよ。
出来る限り正統派でいきたいんだよ。
今更遅いかもしれないけど。
お願いだから、余計なことはしないで。
絶対やらかすって、ラッシュさん。
なんか色々とやらかして炎上してたってアリスちゃんもこの前いってたし。
『それでも可能性の芽は摘みたいな』
空気を読まず、六花くん。
ピリカは思わずため息を漏らす。
『僕らがSKちゃんに敗北し続ける起点を作ったのは、紛れもなくラッシュたんだ。
それらしいことを適当に語るナルシスト。
中身のない内容だと、きいていてすぐわかった。
茜様とは台詞の重さがまるで違う。
流石は三番煎じ。
うっすい男である。
…というか、敗北し続けてねぇし。
ちゃんと返り討ちにした時もあったろ。※(数十回の内、二、三回)。
適当なこと言ってんじゃねぇよカス。
てか今ラッシュさんのこと「たん」って呼んだ?…聞き間違い?。
『ダメで元々、こちら側に誘ってみよう』
「だからリスクが…」
『大丈夫、他の同志と違ってリスクを冒す分、メッセージの内容が世間に出回っても、しらを切れるようしておくからさ』
何が大丈夫だ、何も大丈夫じゃねぇだろ。
ふざけんなナルシスト野郎。
『ま、僕に任せといてよ、ピリカ☆』
最後に色声でそう口にした後、六花くんはボイスチャットから退出していった。
「……どうか不正がバレず、穏やか、且つ大人気VTuber人生を歩めますように」
ピリカは一人でに神頼みした後。
明日の大会本番に向けて、しっかりと休息タイムへと移行するのであった。
「…はぁ、……ハードモード過ぎて人生つらたん」
ベッドへ横になりながら、ピリカは最後に、ぼそりと愚痴をこぼした。
== 視点は変わり、天井裏の
僕の名前は
性別はよく女と間違えられるけど、男だ。
好きなものは美しいもの。
嫌いなものは醜いもの。
趣味は人間観察。
特技は舞と歌。
特技に関しては、同族の中で僕の右に出る者はいない。
故に他の同族と違い、僕の名前はニ文字。
ご主人さまから与えられたこの神楽。
僕はとても気に入っている。
響きも見ためも大好きだ。
「わらら……むにゃ……かれびぃと……むにゃむにゃ」
大好きなものといえば、もう二つある。
一つは、僕の秘密部屋の壁に、今なお飾られている壊れたロボット君。
ご主人様に大任を任せられた僕は、少々にして浮かれていた。
浮かれた時が一番、失敗を犯しやすいと同族の馬鹿から注意を受けていたのに、僕は
仕方なかったんだ。
だって、誰もいないはずの暗い部屋の中、人影らしきものがあったら殺せ、とこれまで教えられてきたのだから。
だから仕方なかったんだよ…。
なので、あの方が
お願い。
この事実、まだ誰にも言ってないんだ。
だって誰かに言ったら、僕、殺されちゃうかもだからさ…。
言わないでね?。
絶対にだよ?。
神楽はまだ死にとう在りませぬ。
もう一つ、大好きなもの教えてあげるから内緒ね。
「道化……むにゃむにゃ…はちしゃん……むにゃ」
大好きなものというか御方。
神楽をくれたご主人様よりも大事なその人。
神に触れる者であれば、誰もが大好きな存在。
いま、たった今、僕の下で可愛らしい寝言を溢す、その御方。
性は
榊の媛にして、巫覡の頂点。
白帆様の御息女で在らせられる美春様。
僕がこの世で一番大好きなのが、まさにその御方に候。
あぁ、今日も美春様はお美しい。
そのだらしなさが伺える、愛らしい寝顔を見る度に、冷え切った心を解れる思いだ。
心地いい。
「…み、美春様…うへへ…かわいいなぁ……うへへ」
天井裏、私は一人で、穴を見る。
心は
「もうドキドキが収まらないよぉ~…うへへ」
あぁ、これが温もりか。
あぁ、これが愛なのか。
「おっと、静かにしなきゃ、霞に怒られる……でも、うへへ…笑いがとまらないよぉ…うへへ」
今日も見惚れて潜む者。
許してたもれ人の者。
「僕がまたお役に立ちます…だからそれを知った時、…うへへ……褒めてほしいなぁ~…うへへ」
鈴を持ちたる我が名は神楽。
「客観的に見て僕ってきもいよね…うへへ…でも、こんな自分が嫌いじゃない…うへッ、うへへ」
我が名は神楽。
舞いし、歌いし、神楽鈴
月夜の度に鳴らしましょう。
貴方のために鳴らしましょう。
うへへへへへへへへへ。
「うへへへ……ん?…あれ、なんだか様子がおかしい…」
月明り一つない下の部屋。
空気が一気に冷気を帯びる。
エアコンのそれではない。
もっと別の何かだ。
「…っ!!?まさかッ!!」
潜み隠れることも忘れ、僕は天井の出入り口を開け、神楽鈴をもって下へと降り立つ。
そして、無礼も承知で、ベッドへと横になる美春様の額に左手で触れ、右手に持った鈴をめいいっぱい鳴らす。
―――チリーーンッ、チリーーンッ。
暗闇を照らすが如く、鈴の音が響く。
しかし、常世の冷気は祓われない。
「ダメだッ、間に合わない!!」
覚醒。
その言葉が脳裏を過ぎった瞬間、僕は気を
== 視点は変わり、白の領域 ==
「最早、語ラズ」
白の世界、白の鳥居、そして白の怪物さん。
花の蜜をひたすらに求める幸せな蜂さんとなって飛び回る夢を見ていたら、何故かここに召喚されていた。なんの脈絡もなく。
ぶーん、ぶーん、僕は蜂さん。
ぽわぽわとしたお花畑で幸せに飛び回るただの蜂さん。
どうしてここにいるの?。
さっきまでとっても幸せだったのに…。
まぁ、いっか。
僕は今、蜂さん。
甘い蜜を求める只の蜂さん。
余計なことは考えなくていい。
ぶーん、ぶーん、甘い蜜はどこ?。
ぶーん、ぶーん、一番きれいなお花はどこ?。
ぶーん、ぶーん。
「
蜂さんの口を動かし、
そして、巨大な鳥居の前で佇む白の怪物さんへと視線を向ける。
「
誰かが冷たくそう言い放った。
「古キ友、…約束」
白の怪物さんがとても眠たげに答えた。
二人は白の世界で互いに睨み合う。
なんだか喧嘩が始まりそうだ。
ぶーん、ぶーん、喧嘩は良くないよ?。
蜂さんになりながらも、心の中でそう呟く。
だけれど、二人は剣呑な雰囲気を纏ったまま。
どう考えても弟とする喧嘩の感じではない。
なんだか…とても、怖い喧嘩が始まりそう。
でも、まぁいっか。
今の僕は蜂さん。
甘い蜜を求めるだけの、只の蜂さん。
ぶーん、ぶーん。
僕は喧嘩の仲裁を諦め、他人事のようにぶんぶんする。
ぶーん、ぶーん。
あまいみちゅほちぃ。
どこ?どこにあるの?。
「ならばいつかの借り、ここで返すかのぅ」
沈黙を破り、誰かがため息交じりにそう呟いた。
同時になんかすっごいパワーが体の内側を駆け巡る感じがした。
蜂さんは全能感に包まれた。
そして、その刹那―――世界がブレた。
接近する白の怪物さんと誰か。
瞬きの間に、血糊が宙を舞う。
白の怪物さんの四つあるうち三つの腕が飛んだ。
とても痛そう、ぶーん、ぶーん。
「…ッ死」
左手に集められたなんか凄いパワー。
それを振りぬき、直接、触れることなく白の怪物さんを遥か彼方へ吹き飛ばす。
流れ星みたいに飛んでった。
僕も飛べるよ。
ぶーん、ぶーん。
「ヴォロォオオアァッ!!」
どこまでも続く白の世界。
その彼方から雄たけびと共に衝撃波。
空間が怯えるように歪んだ気がした。
飛んで行ったはずのお星様が戻ってくる。
それも異様な空気を纏って。
白い肌を黒に、白い髪を黒に、四つの緑眼を赤黒く染めた怪物さん。
さっきまでは知性あふれる清楚な感じの怪物さんだったのに、今では文字通り怪物だ。
恐怖で蜂さんの毒針が縮み上がる程の豹変ぶりだ。
再びの接近。
涎を滴らせ、血走った目が迫る。
とても怖い…けど、関係ない。
だって僕は蜂さんだから。
蜂さんには関係ないから、怖くない。
ぶーん、ぶーん。
「ヴォロオオオ゛ッ!!」
四つの緑眼を赤黒く変色させ、白の肌を黒くした怪物。
誰かをぶん殴ろうと必死に残された一本の腕を振るう。
切り飛ばされた腕の根元から大量の血が噴き出ていてもお構いなしだ。
「そんなに
誰かの問いに、怪物は暴力と雄叫びで返す。
もはや会話すらままならないらしい。
振る舞いは、紛うことなき怪物のそれだ。
怖すぎる。
僕と雪美の壮絶な喧嘩が可愛く見えるのは気のせいかな…ぶーん、ぶーん。
「裏切者同士、気が合うではないかッ!!のう、
「ヴォルルァア゛ッ!!」
「くかっかっかッ、あたらぬ、あたらぬわッばーか、ばーかッ!!」
引き締まった巨木の様な腕が、巨躯を支える両足が、その面長に生えている無数の牙が、誰かを襲う。
連撃に次ぐ連撃。
どれもこれもが死を予感させるもの。
傍観者な蜂さんでさえ、恐怖に駆られる程に凄まじい猛襲。
しかし、誰かは実に楽し気にそれを避け、払いを繰り返す。
圧倒的な巨躯から振るわれる暴力も、そのたびに降る赤い血も、一切を浴びることなく、誰かは軽やかな動きで徐々に怪物の懐へと近づいていく。
なんだか趣味の悪いサーカスを見せられている気分だ。
せっかくの楽しい気分が台無しである。
…みちゅほちぃ。
ぶーん…ぶーん…。
―――ズシンッ。
変わらず蜜の到来を待っていると、重々しい音をたてながら、怪物さんの最後の腕が地面へと落下した。
怪物さんは手無しになってしまった。
なんだかかわいそうである。
無邪気な子供に手足をもがれる虫さんに見えて。
さんざん蜂さんを怖がらせてきたけど、知った間柄なのだ。
ひどいことをされているところを見れば、感じるものはある。
ぶーん…、ぶーん…、怪物さん大丈夫かな…。
「はぁ…はぁ…、
地面へと倒れ伏し、体の端から徐々に霧のように消えていく怪物さんを見つめながら、誰かは口を開く。
「必ず殺しに行く、とな」
誰かは息を荒くして物騒なことを口にした。
蜂さんはそれに恐怖を感じるも、ぶんぶんと知らんぷり。
ぶーん、ぶーん。
「渇キ、未ダ、満タサレズ…」
「己を見失っておるのだから当然のこと」
「亡神デハ……、満タサレ、ヌ」
「満たされずとも、奴には届きよう」
何かを話す二人。
内容がまるで掴めない。
蜂さんは小首を傾げて「まぁいっか」とブンブン。
「似合イノ…
「……ふんッ」
誰かは盛大に鼻を鳴らし、霞みゆく怪物さんから視線を外す。
ぶーん、ぶーん。
「
ぶーん、ぶーん、…え、今呼んだ?。
「何を我関せずを貫いておる、この戯けめがッ」
蜂さんを羽虫呼ばわり。
それだけに飽き足らず、罵倒。
誰かさんはひどい人だ。
話を振るならふるで、もう少し優しく語りかけてほしい。
じゃないと、きいてあげない。
ぶーん、ぶーん。
「……この阿呆が此度の
「ヴォロロっ…、滑稽カナ」
白の地べたに背を付け、体の殆どを霧化させていく怪物さんが可笑しそうに笑った。
怪物さんも笑うこともあるのかと蜂さんは驚く。
ぶーん、ぶーん。
「…今のお主にだけは笑われとう無いのう」
口をとがらせ、誰かが返す。
怖い喧嘩はどうやら終わったらしい。
二人の間に、さっきまでの殺伐とした雰囲気がなくなっている。
蜂さんはそのことにホッとしながらも、ようやくゆっくりと蜜を探しに行けると喜ぶ。
ぶーん♪ぶーん♪。
「極限の状況に陥ると、道化を演じる癖、大概にせよ。……否、これもまた、歪みからくるそれなのか…」
誰かは白の鳥居へ歩を進めながら、蜂さんを叱責した後、ボソボソと独り言を呟いた。
せっかく蜜を探しに行けると思った矢先の行動。
蜂さんは驚き、慄く。
行きたくないと、頭をブンブンする。
しかし、蜂さんの意思とは関係なく、
巨大に佇む白の鳥居。
それに近づくたびに、あらゆる不快感が蜂さんを襲う。
体の中を何かが這いずる感覚。
頭痛や目の痛み。
吐き気と気怠さ。
そして、何かへ変わってしまう恐怖。
蜜を求めるだけの蜂さんが、何かに代わってしまう。
それがひたすらに怖くて仕方がない。
…まま。
ぶーん……ぶーん……。
「美春、これだけは言うておくぞ」
鳥居を潜る一歩手前、誰かが独り言のように囁いた。
蜂さんは女王蜂に助けを求めながらも、無意識に耳を傾ける。
「
思い出せ…、いったい何をだろう…。
というか、居座るって…どこに?。
「陰と陽を併せ持つ星の者ならば、女としての己を思い出せ」
女としての己?どゆこと?。
蜂さんは雄の子、なんですけど…。
「どちらか一つでは歪に育つ。世を救いたいのなら、愛する者たちを死なせたくないのなら、思い出すことだ」
誰かはどこか悲し気に微笑んだ後、蜂さんの胸に手を当てる。
「時が来るまでは見届けてやる」
――シセルを殺す、その時までは――
最後に誰かはそれを口にし、白の鳥居を潜った。
瞬間、不快感が飛散し、急速に意識が明瞭となっていく。
白の世界が遠ざかる。
== おはよう、世界 ==
カーテンから零れた朝日が部屋へと差し込む。
一人の存在が目を覚ました。
神秘を纏いしその白髪。
新たな世を定め、創造するはその瞳。
「…にぇむい……えーべっくしゅ、れんちゅうしぇないと」
二成の神、寝ぼけながらも世界に爆誕。
未だその神気、未熟なれど、唯一無二。
人が、神が、世界が。
二成に傅くその日は近し。
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