第2話 初配信

「あ、あー、テステス」


 俺は今、マイクに向かって喋り、声を作っていた。


 母親に内緒で、父親に買ってもらったボイスチェンジャーを使い、俺の女々しい声を、野太く、且つ渋い声へと加工していく。


 音楽をやっている弟から仮パクしているヘッドホン、それから理想の重低音が返ってくるまでひたすら調整を行う。


「ん~、もうちょい低い方がいいか?」


 豪傑のラッシュに相応しい声を作り始めてから、既に数時間が経過している。


 何かが足りない、そう思って、声を出すのを止めて、一度目を閉じ、深く思考すること数分。閃く。


「そうだ…、ここより先は、俺というピースが必要なんだ!!」


 俺は新品のゲーミングチェアの上に立ち、声を大にして叫ぶ。


 ただ声を加工するだけでは、俺の理想である豪傑のラッシュの声は完成しない。


 その名にふさわしき経験が、声主である俺に必要なのだ。


 幾多の戦場を超え、死地を超え、自然と研ぎ澄まされたその体と精神。


 それを持つからこそ、声一つで、有象無象をビビらせ、言葉の節々に重みを置くことが出来るのだ。


 どうやら俺は、色々と勘違いしていたらしい。


 声を加工すれば、豪傑のラッシュになれる。理想の自分になれる。そう思っていた、さっきまでの自分を、クラッシュさせてやりたい。


 豪傑の声を作る前に、色々とやらなければならないことがあるようだ。


「とうッ!!」


 俺は椅子から地面へと降りたち(足がしびれた)、とてとてと軽い足音を鳴らしながら、日差しが差し込むリビングへと向かう。


「おぉっ!!とうとう出てきてくれたか!!ミー君!!パパはうれ――」


 リビングのソファーでテレビを見ながらくつろいでいた親父を無視し、俺は座布団の上でお昼寝をしていた白の柴犬――コマ君をだっこして、そのまま自室へと持っていく。


 後ろから「ミー君~~」という情けない誰かの声が響いてきたが、無視だ。


「さぁ、やろうか?」


「くぅん?」


 コマ君に向かって挑発するように、手首を「ちょいちょい」させながら、俺は華麗なサイドステップを繰り出し、背後をとる。


「ふん、所詮は獣畜生。この程度か」


「ワンッ!」


「これは遊びではない、実践に近い戦闘訓練だッ!!」


 楽し気に尻尾を振り、足元をちょろちょろ駆け回るコマ君に、俺は喝を入れる。


「ワンッ!!ワンッ!!」


「あ、こら!!コマ君!!」


 遊んでくれていると勘違いしたのか、コマ君はテンションMAXで部屋中を駆け回り、しまいにはモニターやらマイクやらチューニング機やら色々と大事な機材が置いてあるデスクの上へと飛び乗ってしまった。


「こらーー!!俺の第二の人生をぶち壊す気かー!!」


「ワンッ!ワンッ!!」


 悪戯が過ぎるコマ君を叱ろうと、まずとっ捕まえようとするが、なかなかどうして捕まらない。


 股を抜け、頭を飛び越え、横をすり抜ける。お前は忍者か?。


「うぅ……こ、コマ君、いい加減、に……しろ、ヒック……バカ」


 ペットのコマ君にまで手も足も出ない自分が、急に情けなく感じ、俺は悔し涙を流す。


「くぅん」


「うる、…さい、どっかいけ」


 自分で連れてきておいてなんて物言いだろう。だが、そんなことを気にしている余裕は今の俺には無い。


 コマ君が出ていけるよう自室の扉を開け、俺はベットへと横になり、毛布を深々と被り、その中ですすり泣く。


 なんて滑稽な話だろう。


 豪傑のラッシュという自分の理想を思い描き、そう成ろうと頑張ったら、その過程でより一層己のか弱さを痛感してしまうなんて。


 俺は…、はずっとこのまま、何も変わることなんてできないんだろうか?。


――モゾモゾ。


 既に部屋から出ていったものだと思っていたコマ君が、ベットへと飛び乗ってきて、もぞもぞさせながら、俺がいる毛布の中へと入ってきた。


「わふ」


「…コマ君」


 犬畜生に慰められるなんて、男らしくない。


 そう思いながらも、そのやってきた温もりを無下には出来ず、抱きつく。


「まだ、何も手を付けてないのに……これじゃぁ、先が思いやられるね」


「わふッ」


「ふふ、肯定してどうするのさ」


 優しいコマ君に慰められながら、僕はそのまま眠りについた。


== 数日後 ==


 Wi tube。全世界に知れ渡るその有名なオンライン動画共有プラットフォームには、ありとあらゆる動画が毎日、数えきれないほど、それを利用している企業や個人によって投稿されている。


 世界規模で有名なwi tube。


 そのアクティブユーザー数は、現時点で三十億以上とも言われており、日本という島国でも、それを利用していないもの、知らない者は恐らく誰一人としていないと言えるほど、巨大なウェブサイトである。


 凄まじい数と知名度である。


 俺はこの時代に産まれてよかったと、しみじみ思う。


 中世なんて時代に産まれていたら、即ゲームオバーだったに違いない。


「あー、あー、テステス」


 俺は正しくこの時代に生まれてきたことを神に感謝しながら、ボイスチェンジャーを使って、自分の声の加工をしていく。


 未だ納得のいかない声ではあるものの、理想に限りなく近づいた。今はこれで満足しておくとする。


「さて、始めるか」


 父親が作ったwi tubeのアカウントを使用し、ライブ配信のボタンをクリックする。


 期待と好奇心により、俺は胸を高鳴らせ、豪傑のラッシュを動かし、声を出す。


「あ、あー、きこえてま…いるか?」

 

 たどたどしく、俺は声を出す。手元のスマホに俺のライブ配信の映像を乗せ、音や動きなどをチェックする。


 今のところ、何の事故も起きていない。俺の素顔や声が間違って配信されてることも無ければ、豪傑のラッシュが動いていないことも無い。


 上手くできている。それの事に俺は胸をなでおろし、ほっと息を吐く。


『お初っす』


『こんばんわ(^^♪』


『こんばんワンコ』


 おぉ…、おぉおお!!初配信で、いきなり三人もの視聴者が来てくれた!!SNSで一応宣伝しておいたかいがあった!。これは幸先が良いぞ!!


「『びっとビート』さん、『鬼婦人』さん、『パピー』さん、…ここ、今晩ラッシュ・・・・


 俺も今日、この日の為に、色々と勉強してきた。


 語尾とかあるVtuberは人気が出やすいことや、始めたばかりの時は、少しでも固定視聴者を増やすべく、名前を呼んでコメントに反応してあげることが大事だという事を、俺は知っている。


『語尾ラッシュは草』


『ちょっと緊張し過ぎね、もう少し楽にしたら?』


『もっかいパピーって呼んで』


 な、何かこの人達、馴れ馴れしい。


 ネットの人達ってこんなものなのかなぁ。


「きょ、今日は、俺様がずっとやりたかったゲームを実況しまッシュ」


 俺は何となく感じた違和感を切り捨て、用意した台本通り、配信を進めていく。


 豪傑のラッシュという俺を演じながら、まずは今日やるゲームの詳細を、視聴者たちに説明する。どこの会社で作られ、それに携わった人たちの情報を、事細かく。


 不意に、説明の途中で、コメント欄が流れた。


 俺はそれを見逃さず、すぐさま手元にあった台本から目をそらし、そこへと視線を向ける。


「びっとビートさん『話長い、さっさと始めろ』……はい、すみません。はじめます」


 初めての配信で緊張していたのもあり、俺は思わず豪傑のラッシュの設定を崩して、視聴者であるびっとビートさんに謝罪してしまった。


 いかんいかん、これは豪傑のラッシュのデビュー戦。著しく彼らしさ…というか俺らしさを損なうわけにはいかん。


 俺は気を取り直し、今後は謝罪を口にしないよう、硬く決心する。


「デモンズソフト、早速やっていくのでラッシュ」


 デーモンと呼ばれるソフトクリームの化け物を倒し、甘すぎる世界に殺戮と狂気を振りまく、死にゲーと呼ばれるホラー寄りのアクションRPG。


 俺はホラー系のゲームが苦手で、一人ではこのゲームが出来なかった。だから、視聴者の力を借りて、やろうと思った。


 内心ビビりながらも、俺はゲームをスタートさせる。


『なんかびびってね?』


 コメントが流れたが、スルーだ。


 絵畜生などとよく馬鹿にされるVtuberには、こういったスルースキルも重要だからな。


 視聴者が退屈しないよう、適当にキャラメイキングを終え、さっそくゲームをプレイしていく。


== 二時間後 ==


『豪傑のクラッシュで草』


 ボロ布を着た奴隷ソフトに、自爆テロを起こされ、木っ端みじんに吹き飛ばされたところで、びっとビートさんが小馬鹿にしてくるようにコメントした。


『センスなさすぎ、ヤメタラコノゲーム』


 かれこれ二時間、こういったコメントが流れ、その都度、鬼婦人さんやパピーさんが優しく俺をフォローしてくれる。


「う、…ひっく、っひ、ひっく」


 びっとビートによる辛辣なコメント、二人の優しくて暖かいコメント、どちらも豪傑のラッシュを見てくれているんだと、確認できて嬉しい。


 だけど、豪傑のラッシュが、…俺の理想とするそれが、序盤も序盤の雑魚的に手も足も出ないということが悔しくて、ムカついて、泣いてしまった。


 豪傑のラッシュが人前で泣く。


 そんなことはあってはならない。


 故に、俺はPCの電源を落とした。


 これ以上、俺の理想とする豪傑のラッシュが羞恥に晒されないよう、防ぐため。


「ひっく、…ズズぅ……ひっく、ひっく」


 PCの明かりが無くなって、真っ暗闇になった部屋をとぼとぼ歩き、ベットへと力尽きた様にダイブする。


「ぼ、ぼぼ、僕の豪傑のラッシュが…ヒック、…く、豪傑のクラッシュに、うぅ……なっちゃった」


 完全防音として作り替えた俺の部屋。誰にも情けない声を聞かれる心配もないため、俺は深夜にもかかわらず、荒ぶる感情のままに声を出し、泣いた。

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