男の娘な俺、可愛すぎて人生つらたん

馬面八米

第1話「豪傑のラッシュ」爆誕

「兄貴、いい加減元気出しなよ。五月蠅くて眠れないんだが…」


 ベッドの上で毛布をかぶり、すすり泣いている兄に向って、小五の弟――雪美ゆきみが可愛げのない台詞を口にした。


 ちょっと前までは一緒にお風呂に入るほど仲が良かったというのに、今では小生意気な物言いを偉大なる兄に向けてするようになってしまっている。


 今日起きてしまった出来事と言い、今と言い、俺の悲しみは膨れるばかりだ。


「男に告られただけで、そんな泣くもんかねぇ」


 雪美がため息交じりにそう口にした。


 俺は思わず被っていた毛布から頭だけを出し、生意気な弟を睨みつける。


「お前には分からんだろうなッ!!親友だと思っていた奴にまで告白される俺の気持ちがッ!!分からないんだッ!!ションベン小僧にはッ!!」


「なっ!!?いつのあだ名を持ってきてんだよッ!!それもう口にしない約束だろ!?」


 弟が今よりもずっと幼かった頃、友達の家や、何処かに合宿する際、必ずと言っていいほどお寝しょをしていたことでついた、「ションベン小僧」というあだ名。


 偉大な兄である俺は、弟の黒歴史をこの場に召喚し、心の痛みを思い出させてやる。


「約束っていうのはな、お互いの意思を持って交わされるものなんだよッ!!俺は約束するなんて一言も言ったことない!!ばーかッ!!」


「『うん、わかった』って言ってたじゃんかよ!クソ兄貴!!」


「だから約束するなんて言ってないだろっ!!バーカっバーカッ!!」


「このクソ兄貴ーーー!!」


「この愚弟がぁああ!!」


 俺達は泣きっ面を晒しながら、取っ組み合いの喧嘩をし始める。


 しかし、悲しいかな。


 俺の、この小柄、且つ貧弱な体では、小五であるはずの弟にすら敵わない。


 弟の方が既に体がでかいというのもあるが、それ以上に、俺の体が小柄過ぎるのだ。まるで女の子のそれであるかのように…。


「どりゃあぁああっ!!」


「ぎゃあああっ!!」


 俺は盛大に悲鳴を上げ乍ら、ベッドの上で弟に投げ飛ばされ、そのまま眠る様にブラックアウトした。


 投げ飛ばされる瞬間、母親の「こらぁーーッ!!」という怒声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。そう思いたい。


 俺はその後、夢の中で母親に怒られた後、現実世界でも怒られるのであった。最悪である。


====


 俺の名は榊美春さかきみはる。何処にでもいる、中学一年生のちょっと内気な少年だ。


「ミーちゃん、おはよっ!」


 通学路の途中、大変ユーモラスなあだ名でそう声をかけてくるのは、始業式で初めて俺に声をかけてくれた女の子、草田花子くさだはなこ


 大きな瞳が特徴的で、とても人懐っこく、まるで小動物のようで可愛い子である。


 話題をどんどん振ってくれるので、内気な俺としては毎度ながら助かっている。


「ミーちゃん、今日、愛ちゃんの家に遊びに行くんだけどくるー?」


「今日はジャンピの発売日だからいかない」


「えー、なんでーー?」


 なんでと言われても困る。

 ジャンピは少年の事典ともいえる書物。


 男子中学生でこれを手にしていない者など、男子にあらず。


 王道なバトル漫画から、ちょっとエッチな恋愛漫画まで、そのジャンルは幅広い。


 内気であるはずの俺でも、ジャンピを手にすれば勝気な俺へと変貌を遂げる。


 ジャンピの購入は、何よりも優先されるべき案件だ。

 

 月曜日という大事な日に、女の子に現を抜かしている余裕は俺にはない。


「あ、花ちゃん、おはよう」


「花っち、おっはー」


「花子、おはよー」


 花子を起点とし、続々と彼女のお友達が集まってくる。


 ジャンピに連載されているハーレム系主人公は、大体にして平凡な少年だ。


 だから、昔から俺の周りには女の子が集まりやすい。


 っふ、俺も罪な男だぜ。


「ミーちゃんもおはよ」


「美春ちゃん、今日も可愛いい~」


「美春っちの髪、ほんときめ細かくて気持ちいい~」


「お肌もぷにぷにできもちいぃ」


 ほんと…俺って、罪な男。


 朝から女子に囲まれ、ハーレムを築いているというのに、俺の心は浮つくどころか、冷め切っている。


 何故だろう。何故こうも、虚しいのだろう。


 不思議でしょうがない。

 

== 女子に囲まれ、そのまま教室へ ==


「よ、よう、ハル」


「おお、おはよ…連」


 女子の輪から何とか抜け出し、窓際にある自分の席で一息ついていると、親友の藤ノ原連ふじのはられんが俺へと声をかけてきた。


 俺は昨日の事を思い出し、気まずげに朝の挨拶を交わす。


 てか、こいつよく昨日の今日で俺に声かけてこれたな。今までとはちょっと違うパターンだ。もしかしたらまた友達に――…、


「俺…、諦めねぇから」


 はい?


「俺、絶対ッ!!お前のこと諦めねぇからッ!!」


 叫ぶように何かを宣言し、走り去っていく親友。


 俺は茫然とそれを見つめ、ふと視線を感じ、周りを見渡す。


 他クラスから遊びに来ている奴らも含め、クラス中の視線が俺へと注がれていた。


 花子たち女子グループは、「きゃぁーー」などという黄色い悲鳴を上げて、なんだか盛り上がっている。


 しまいには、一部始終を見ていた友達が数名やってきて、先程の蓮と同じような台詞を吐いて立ち去って行った。


 なんだ?これは?…一体、何が起きている?。


 俺は体中の血の気が引いていく感覚を覚え、冷や汗が止まらなくなる。


 同性から立て続けに告白。

 そんな世にも奇妙な出来事に、俺の頭の中は真っ白だ。


「み、美春ちゃん」


「…へ?」


 丸眼鏡をかけた冴えない男の同級生が、謎な空気感の中で声をかけてきた。


 お前誰だよ。てか、なに気安くちゃん付けで呼んでんだよ。ふざけんなよ。


「ぼ、僕も美春ちゃんの事、ずっと前から好きでしたッ!!」


 は?…何言ってんのこいつ。

 きめぇんだよ、止めろ。

 俺は男だぞ?。

 お前も男だろ?。

 頭、大丈夫か?。


「おいっ!、お前!、なに抜け駆けしてんだよ!、おれだって美春のこと――」


「美春ちゃん!ぼぼ、僕も――」


 へ?なんなの?何が起きてんの?


 親友の連を始めとした、俺への告白ラッシュ(同性のみ)。


 何処か静けさが漂う、気持ちのいい朝の教室内が、いつの間にか愛の告白というイベントのラッシュにより、喧しさに包まれていく。


「…めろ」


「え?今、美春ちゃんもしかして――」


「やめろ…」


「美春ッ!!こいつより俺を選べってッ!!俺なら――」


「……もう、いやだ」


 俺の嘆きは誰にも拾われない。


 喧しい声という声が、俺を孤独にする。


 やめてくれ。


 これ以上、俺を、男である俺を…。


――否定しないでくれ――


 告白に次ぐ告白。


 俺はそれに耐え切れず、おもむろに席を立つ。


「え、美春ちゃん?…泣いて」


「うるせぇえ!どいつもこいつもうるせぇんだよッ!!うわーん!!」


 両手で泣き面を隠し、その場から逃げる様に走り去る。


 唐突に泣き叫びながら去っていく俺に、先程まで浮かれて声を上げていた花子たちが「美春ちゃん!!」と、心配げに声をあげた。


「俺を!ちゃん付でよぶんじゃねぇえ!!」


 俺は泣き叫びながら教室を飛び出し、学校を飛び出し、全力で自宅へと走った。


「美春ちゃん?!どえしたの?!」


「おい美春を泣かせたの誰だ!?」


「大丈夫?話聞くよ?」


 家を目指す途中で声をかけてくる男子共。


 俺が必死に走っている横で、まるで朝のジョギングをするかのようについてくる。


 こっちは全力で走って息も絶え絶えだというのに、どいつもこいつも息切れ一つ起こさない。


 ただでさえ惨めな思いをしているところへ、更に追い討ちをかけるんじゃない。


 ふざけんな。


「ちょっと男子!!ミーちゃんから離れなさいよ!!怖がって泣いちゃったじゃない!!」

 

「怖かったねぇ、ミーちゃん、私達がいるからもう大丈夫だよ?ね?」

 

 俺はその後、あとから余裕で追いつかれた花子たち女子に囲まれ、慰められつつ、そのまま帰宅した。


 もう、うんざりだ。


 もう、こんな現実はうんざりだ。


 もう、こんな自分はうんざりだ。


 無事、最後まで花子たちに見送られた俺は、すぐさま洗面所へと向かい、そこにある鏡へと視線をむけ、神々しいまでに美しく可愛らしい、少女の面を睨みつけた。


 親の趣向で伸びたきめ細かな髪の毛が、鬱陶しくてしょうがない。


 いっそのこと丸坊主にしてやろうかとも思ったが、それをすれば月のお小遣いが減るのでやめた。


「何睨みつけてんだよ!このクソ女!!ふざけんじゃねぇっ!!このこのこの!!」


 自分の意思や力では何も改善できない現状に、怒りは頂点へと達する。


 ぺちぺちと、鏡に映る女の顔を叩き、俺は泣きじゃくる。


 俺はその後、部屋へと引きこもり、両親や弟が帰ってきても、部屋から出ることをしなかった。


 次の日も、その次の日も、俺は部屋から出ようとしなかった。


 週一で俺の部屋を掃除する母親だけ、自室への入室許可を出し、他の誰も部屋へとはあげなかった。


 偶に母親の計らいで、部屋の前までやって来る花子、連、その他、といった奴らも部屋へとは上げず、俺はただただ口を噤んで、引きこもった。


「みー、髪のお手入れするからお風呂に入ってらっしゃい」


 極たまに母とだけ会話をし、可愛げのなくなった弟と、無駄にごつい親父とは一言も会話せずに、日々を過ごす。


 俺は引きこもり兼不登校者となった。


 そして、そうなってからある日の事。


 退屈しないようにと親父が買ってくれたPCを開き、いつものようにネットサーフィンをしていたとき、俺は運命の一文を目にする。


『何にでも成れる、バーチャルな世界で、夢を掴もう。今すぐVtuberに、君もならないか?』


 それを読んだ時、これだと思った。


 現実世界で生きるのが辛いなら、バーチャルな世界で生きればいいと、俺は本気で思った。


 俺はすぐさま行動に移した。


 父親に必要なものを手紙で用意させ、その間、俺は自分の理想に近い容姿をした、フリー素材のアバターを探した。


 見つけた。


 ガタイが良く、筋骨隆々のたくましい褐色肌の男の中の男を、俺は見つけた。


 色々と父親に手紙で機材を用意させ、母親に「なにかするの?」と言われながら、ひたすら準備に取り掛かる。バーチャルな世界で生きるための準備を。


 横部屋にいる弟に音が聞こえないよう、しっかりと防音設備を整え、俺はいざ高スペックとなった新たなる相棒のPCの電源を入れる。


 デスクに並べているモニターの一つに自身の顔と、用意したフリー素材のアバターが連動するように映っている様子を見て、俺は「よっし!」とガッツポーズを決める。


「豪傑のラッシュ!!いざまいるッ!!」


 俺は新たなる人生を歩むべく、その世界での名を口にする。


 何十億といるネットユーザー達との交流を求めて、俺は最も今熱い業界――Vtuberへの世界へと足を踏み入れた。

 

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