Day31「遠くまで」(伊勢美灯子)

 始まったばかりだと思っていた7月も、もう終わりだ。まだ8月があるけれど、惰性に過ごしていたとしても、1カ月なんてあっという間に過ぎてしまうだろう。

 隣を歩く言葉ちゃんを見つめる。ただ校門まで歩いているだけだというのに、その頬は緩みっぱなしだ。大方、夏休みに何をするか、などとでも考えているのだろう。この人は、いつも、どんな状況でも、楽しそうだ。


「……何ですか」

「……べっつにー?」


 そんな楽しそうな顔で見られたら、嫌でも気になる。しかし言葉ちゃんはカラッと笑うと、そう言って私から目を逸らした。別に、いいんだけど。


 こうして少し歩いているだけでも、太陽は容赦なくこちらの肌を焼いて来て暑い。蝉はうるさく鳴いているし、全身から汗が止まらない。

 休みが長いのは嬉しいが、夏は早く終わってほしい。


「ねぇ、今からどっか行かない?」

「……は?」


 横から突拍子もない提案が出てきて、思わず低い声で聞き返してしまう。お~、こわ~、なんて言葉ちゃんはゲラゲラ笑ってから。


「だって、夏休み中とかほとんど会えなそうじゃん?」

「……会うつもりだったんですか」

「え~会おうよ僕と君の仲でしょ~?」

「くっつかないでくださいただでさえ暑苦しいんですから……」

「ケチ!! ……まあそれはともかく。8月はきっともっとずっと暑くなるんだから、今からどっか行こうよぉ。たぶん今日の暑さのピークの時間は過ぎたよ!!」

「なんで分かるんですか……」

「勘!!!!」

「……知ってました」


 ため息を吐く。もはや断る方が面倒だった。


「で、どこ行くんですか」


 私の言葉に彼女は瞳を輝かせると、私の手を取って。


「そうだなぁ……どこか、遠くまで!!」


 そして心底嬉しそうに、そう告げた。だから私は、顔をしかめる。


「アバウト……」

「いいじゃん!! ……だって夏は長いんだよ。時間が許す限り、どこまでも行こ!!」


 めちゃくちゃな言い分にもう、反論する気も失せる。……いつもこうだ。私は彼女のマイペースさに振り回されて。……でもそれを、悪くないと思っている自分もいるのが少し、いや、かなり癪だった。


 私たちは駆け出す。繋いだ手が離れないよう、しっかりと握って。

 一緒に、遠くまで。

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