文を巡る夏の明星

秋野凛花

Day1「傘」(小鳥遊言葉)

「あれ、どうしたの灯子ちゃん。帰らないの?」


 校舎の入り口で立ち尽くしている見慣れた姿に声を掛けると、彼女はこちらを振り返った。どうせ声で僕だと分かっていただろうに。そんなに露骨に嫌そうな顔をするくらいなら、振り返らなければ良かっただろう。

 すると彼女は僕から視線を外すと、空を見上げた。


「……雨、降ってるので」

「その傘は?」


 確かに雨は降っている。でも彼女の手には傘が握られていた。傘があるのなら、帰れるはずだ。彼女の家は、そこまで遠くもないはずだし。


「……傘を差すのが、面倒で」


 なんじゃそりゃ。思わず僕は笑った。彼女は面倒くさがりだ。それは知っている。

 でもまさか、ここまで来るとは。


 笑った僕に、彼女は不満げな表情を浮かべて。


「……それにどうせ、通り雨ですよ。これ。少し待てば、晴れます」

「だねー」


 強い雨脚。短時間で多く降る雨。地学で習ったことだ。


「じゃあ僕も待ってようかな」

「……勝手にしてください」


 その返事に、僕は頷く。邪険にする割に、僕を遠ざけないんだよな。変な子。


 そんなことを思いつつ、僕は持っていた折り畳み傘と、灯子ちゃんの持っている傘に、心の中で告げた。出番をあげられなくてごめんね、と。

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