第16話

 「ラフリィード嬢、お手を」


 そう言って手を差し出せば、ラフリィード子息が可憐な令嬢の姿で顔を真っ赤にし手を乗せる。照れてる。かわいい!

 何か言いたげな視線を向けてくるが、知らんぷりをする。


 私は、ロデの姿でラフリィード嬢に扮したラフリィード子息を連れまわすだけ。

 声を発せない彼は私について回るしかなく、その鬱憤は次の日の手合わせの時に発散している様子。


 世間では、ラフリィード嬢が帰国しある騎士にぞっこんだという噂が飛び交っていた。平民街でもロデが貴族と逢瀬を楽しんでいると噂されている。

 そろそろ仕掛ける潮時ね。

 明日は、カシュアン嬢のお誕生日会。一度もお呼ばれした事がない私にも招待状が来たのよね。うふふふ。明日が楽しみだわ。

 ふと、ラフリィード子息を見れば、心配そうな顔つきをしていた。


 「もうそんな顔をしなくても大丈夫よ」


 ラフリィード子息は私が仕掛け人として、一人乗り込む事を心配しているのだろうけど、相手はハルサッグ嬢の私など警戒していないわ。

 むしろ、情報を聞き出そうと安易に近づいてくるはず。ちょろいと思われているからね。



 「ねえ、ハルサッグ伯爵の職場の騎士がある令嬢と恋仲だと聞いたのだけど」


 普段会話を交わした事もない令嬢から、同じような事を聞かれる事なんと10件以上。色んな回答をして来ても惑わされない様にしているようだけど、同じように返しているわ。


 「お父様の職場の事はよく存じ上げませんの。失礼」


 触らないで頂戴と言う身振りでその場を去る。なにせ潔癖症で通っておりますの。

 それにしても精神的に疲れるわね。一部では、ロデと逢瀬をしているのが私というも流れているのだから。誰よ、そんな噂流したのは!


 「メロディーナ嬢。お久しぶり」


 っげ。カシュアン子息。


 「カシュアン嬢のお誕生おめでとうございます」

 「あははは。俺に言っても仕方ないって。それより向こうで語り合わないか」


 は? 嫌だけど。でもまだ、今日の目的を果たしてないから、ぶっ飛ばしておさらばってわけにもいかないのよね。困ったわ。


 「もうお兄様。私の誕生日にまで何をしておりますの?」


 おや、珍しく助けてくれるとは、槍が降って来るわね!


 「さあ、ハルサッグ嬢こちらへ」

 「あー、はいはい。俺は退散するよ」


 なるほど、これは私と仲良くなる作戦ね。こんなので仲良くなれるわけないでしょうに。でもここは、そうしておきましょう。


 「ごめんなさいね。兄がいつも」

 「いえ、ありがとうございます」


 いつも迷惑でしたよ。


 「ところで、騎士のロデ様ってご存じ?」


 直球ね! でもそれを待っていたのよ。


 「はい。お父様の職場の方ですわ。いつもよくして頂いてます」

 「もしかして、お慕いしておいででは?」

 「はい。優しくて頼もしくて、大変優秀な方とですわ」


 盛っておこう。自分の事だからちょっと恥ずかしい。


 「まあ、その方を奪われてしまったのですか? お可哀そうに」

 「え? 奪われたとは?」

 「聞きましてよ。その方とある令嬢が恋仲とか」

 「はい! そうなのです。私が愛のキューピットをしたのですよ」

 「え? キューピット?」


 予想外の言葉に目を丸くするカシュアン嬢。


 「あ、いけません。秘密でした」

 「まあ、私との仲ではありませんか。愛のキューピットという事は、成功したのですか?」


 あなたとの仲は険悪だと思っていたのですが。

 とりあえず、本当は言いたくてうずうずしていたという感じで私は言った。


 「絶対に内緒ですよ。二人は、教会でこっそりと結婚式をあげるのです。私がお願いしたらお父様が、お二人の為に手配して下さいましたの」

 「まあ素敵。どこの教会ですの?」

 「そこまでは存じませんわ。知りたければお父様にお聞きになって。あ、ダメでしたね。秘密ですもの」

 「そうね……それはいつですの」

 「明日ですわ。ロマンチックですわね。二人だけの結婚式」

 「もしかして、本当に二人だけですの?」

 「そう手配して下さったの。まあ牧師様はいるでしょうけど」

 「まあ、それは素敵ですわね」


 うふふ。凄く嬉しそうね。

 これでやっと帰れるわ。


 「あ、お兄様。私、ちょっとお父様の所に行ってきますわ。彼女のお相手お願いね」


 え? ちょっと待ってよ。何よそれ。


 「じゃ、上の部屋に行くか? ゆっくり休め……ぐわぁ」

 「きゃぁ。触らないで。あ~ごめんなさい」

 「ぐは」


 手を伸ばしてきたので手を払いのけ、それだけで仰向けに倒れ込んだ彼のお腹を踏みつつ、私は退場した。


 「きさま~~」


 また吠えてますわね。本当に懲りないのだから。ハイヒールではなかったのだから、そこまで痛くなかったはずよ。

 明日は、気を抜けないわね。私の腕にかかっているのだから。

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