生環
雅
本文
Ⅰ、蟷螂はカマを掲げていた。
昨日まで道路に転がっていた筈の、あの潰れた虫の死骸は、今日来てみると綺麗さっぱり、どこを探したって見つからない。
代わりにいたのは、僕に向かってカマをめいいっぱい掲げ、威嚇する蟷螂だった。身体の大きな蟷螂だ。きっとオスを食らったメスなのだ。そんな彼女は羽根が少し、もげていて、どうにもその野性的な在り方をありありと見せつけられているように思える。
して、彼女はその小さな命を精一杯、煌めかせるが如く、自身の十数倍もある僕に向かって、その身体を大きく見せようと躍起になっている。
彼女は知らないのだ。僕がその気になれば、呆気なく己が道路の染みの一つになることを。
しかし、同時に彼女は知っているのだ。この世界では戦わずして、生きてはいけない事を。
『逃げてしまえばいいのにね』
確かに。けれども、生きていれば、いつか逃げられない時が巡ってくる。
そんな時、逃げてばかりだった者はその途方もない困難に打ち勝てるだろうか。
僕には分からない。分かるのはいつだって、終わってしまったあとの事だけなのだから。
彼女は道路脇からゆっくりと真ん中へとじりじり後退していく。
僕は心の中で「やめておけ」と呟く。しかし、虫風情には人の心を慮ることは出来ないらしい。
ため息を吐く。つくづく、自分が嫌になる。
クラクションの音が鳴り、「馬鹿野郎」と下品な罵声が響き、僕は「すいません」と頭を下げる。
車が去ったあと、足元を見るが彼女はお礼も言わずに何処かへと行ってしまったらしい。
Ⅱ、鹿の死体を見た
幼少の砌、鹿の死体を見た。僕の地元は山に囲まれた場所だったから、野生動物が山から下りてくるなんてしょっちゅうだったのだ。
普通の軽自動車程度ではああはならないだろう。だから、きっとトラックとぶつかったんだろうなぁ、なんて子どもながらに思っていた。
身体が半分に千切れて、断面からは臓器が丸見え。けれども頭だけは妙に綺麗なまま残っていて、それがちょうど通学路の方を向いていた。
臓物と獣特有の匂いが織り混ざった死臭は朝に食べたトーストが胃から逆流してきそうなほど強烈なものだった。
みんなが鼻を摘みながら、その場所を通り抜ける中、僕らは立ち止まって、最早鳴き声の一つも上げることがない鹿の、その目を見ていた。
『なんだか、怖いよね』
そう、それはなんだか恐ろしいものだった。その目は生の輝きを失いながらも未だ潤いを保ち、少しくらいならまだ動くんじゃないかという妄想に駆られるほど生々しかった。
そして、それは死というものが当時の自分には不確定的で非常に曖昧なものだったことの証左でもあった。
放課後、同じ道を通ったところでもう鹿の死体はどこにもなくて、けれどもあの酷い臭いと血だけは数日の間、取れることなく、その存在があった事を主張し続けていた。それが無性に名も生前の姿さえも知らない、鹿の死を感じさせるようだった。
Ⅲ、植物は始まり
多くの生物の死が終わりを感じさせる中、植物の死は始まりを感じさせる。
季節の終わり目、それぞれの木々はその美しく着飾った衣を地に落とし、その衣は多くの生き物たちにとって苗床となる。
勿論、彼らは毎年その衣を脱ぎ捨てるだけで、死ぬ訳じゃない。けれども、例え、木々が死に、横倒しになろうともそこを棲家とする生き物たちがいる。
草花にしてもそうだ。草食動物たちの糧となり、その命を散らせる彼らはそこで終わりなんかじゃない。
なれど、同じ原理で喰わるる虫や草食動物たちはやはり、そこで終わりなのだ、とそんなことを感じるのは不合理と言えるだろうか。
物言わぬ生は永遠であるように思える。死して尚、その在り方が変わろうともその本質は誰にも侵せない絶対の聖域のように誰かの中に在り続けるように思える。
病院からの帰り道、道路に増えた染みに目を落とす。よくよく見るとそれは羽のもげたウスバカマキリのようだった。身体の大きさからしてメスだろう。
「ハハッ」と短い笑い声が漏れて、今日は帰ったら気分転換に一杯やろうかと考える。
それでも唯一、救いがあるとしたらその蟷螂の腹が普通サイズに戻っていた事だろうか。
――夫殺しの罪を負ってまで次に繋げなければならない世界で、彼女は生を全うしたのだ。
そう思うと幾らか気が晴れるような思いだった。
家に帰った時分。夕食や風呂の用意等一日の中で忙しさが加速する時間帯に買い忘れに気付く。
いつも忘れ物というやつはどうにもならなくなった頃に思い出すものだ。脳も僕の一部なら、もっと融通を効かせてくれても良いものを。
冷蔵庫に予備の支度はない。レトルト食品類も昨日、底をついた。
幸いにして、スーパーまでは三十分もかからない。僕は風呂と出来る限りの仕込みを済ませ、近所のスーパーに走った。
Ⅳ、死ってなんですか。
『共食いってね、虫の世界や昔の時代にはよく行われていた事らしくてね、精神の永久化とかなんとか言う話があって――』
彼女はよく、そんな話をしていた。曰く、食べるというのはそのまま、生命を取り込むことに直結していて、人間の場合だと魂を自分の内に取り入れる事にもなる、だとかいう眉唾物だ。
魂なんてものがあるか如何かはともかくとして、命というものが身体に宿るものなのだとしたら、その身体を消化し、自らの血肉とする行為は確かに、見方を変えれば、生命を取り込むと言えないことはないのかもしれない。
そして、彼女はこうも続けた。
『それで私たちはこの地球上で死ぬじゃない?文化によって火葬したり、土葬したり、水葬したり。色々だけど、この地球をね、大きな生命だって考えたら、私たちは死んでもまた、この地球に取り込まれて、それで別の生命としてこの地球で生まれるんじゃないかな?』
"だからね、きっと私たちは死んで終わりなんかじゃないんだよ"
そう続けた彼女は僕があんまり、黙り込んでいたものだから、急に恥ずかしくなったのか、慌てて両手を胸の前で振り、少し顔を赤らめながら、
『ち、違うの。なんだか、その……落ち込んでいるように見えたから。それで、励ましたくて……』
そんな彼女に僕はなんて返したんだっけ。上手く微笑んで礼を言えたのだろうか。言えていたら、いいなぁ。
そういえば、あれは中学時代だったか。
当時、国語の担当教師に「死ってなんですか」と無邪気に質問したことがあった。教師はその似合ってもいない額縁メガネのアー厶を人差し指と中指で意味もなく持ち上げ――それが考えるときの彼の癖だったのだろう――、「難しい質問ですね」と前置きしてから、いかにも国語教師らしい詩的な事を言っていた。
『人は忘れ、忘れられた時、本当の意味で死ぬんだと思います』
当時、クラスの大半に鼻で笑われていたその言葉が二十代になった今、やけに心に響く。
けれども、"人は"という限定的な生について話してほしかった訳ではないというのは当時でも今でも思っていることだ。
もっと生物としての生について話してほしくて"死"について訊ねたのだから。
Ⅴ、蝶の水遊び
散歩の最中。今までは気にもかけなかった路傍の花が今日は僕の心を掴んで離してくれなかった。
そっと、その葉の、網状に広がっていく葉脈に指を沿わせ、次に花びらが一枚一枚離れているのを見る。他に自分の知識でこの花を分類する事はできないか、と観察してみるが如何にもそれは難しいらしい。
名前も何の種類なのかも分からない、名無し花。
ただ美しかった。赤く凛と咲くその花が僕の心に感動の雫を落としたのだ。名を知らないことさえ、この一輪に心奪われる原因なのだろう。
その花を手折り持って帰ろうか、持って帰って押し花にでもしようかと勘案する内、その花に蝶が止まる。
その様がまるで花を守るかのようで、僕は伸ばしかけた手を引っ込め、その場を後にした。
次に足を止めたのは昨日降った雨が残していった、水溜まりの前だった。その水溜りには誰のイタズラか、蝶が溺れかけていた。
先にあの花を守っていた蝶とは別種であったようだが、それも近くにもがれ、打ち捨てられた蝶の羽がこの溺れている蝶のものであった場合だ。
羽根をもがれた蝶はもう生きていけない。助けた所で溺れて死ぬか、食われて死ぬか、飢えて死ぬか。それくらいの違いだ。
それでも蝶は足をばたつかせ、必死に生きようとしている。
せめて、その勇姿だけはこの目に刻みつけようとその姿が力ないものへと変わり果てるまで、僕は実に五分程度その場に蹲っていた。
僕は溺れ死んだ儚い命にそっと手を合わせ、また歩き出した。
今日はいつもより遠くに行こうと思っているのだ。
Ⅵ、丁度いい日だった。
電車を乗り継ぎ、港町に着くと電車を降りた。右も左も分からない未知の場所ではあったが、夜道を歩く高揚も相まって不思議と不安はなく、興奮が僕の心に広がっていくのを感じていた。
そうして、防波堤までやってくると釣りをする親子やお爺さん、ロマンチックな雰囲気を醸し出すカップルにあと何人かの何をしにきたのかもどんな関係性かもわからないような人たちが各々、関わることもなく、それぞれの目的を達成していた。防波堤は地元にはなかった潮の匂いと波の音がした。
それらを味わうのに視覚は不要だった。元より、夜の海などほとんど見えないのだ。潔く目を瞑り、それらを全力で感じることは心の解放に等しかった。
僕の心は波にさらわれ、この世界の七割をも包む海へと還っていく。そして、更にそこから空へと昇り、ありとあらゆる土地を駆け巡って行く……そんな想像が頭の中で繰り広げられ、微笑を浮かべながら目を開けたとき、僕の身体は突然吹いた風に晒された。
それなりに強い風だったが、ギリギリの所を歩いていたなら兎も角、僕がいたのは端からは十分に離れていた所で―――
「誰かー!誰かー!!!」
―――夜の防波堤に叫び声が響き渡る。
持ってきたライトを叫び声がした方に向け、そして、そこに浮かび上がった女性が照らす海中を見る。
するとそこには男の子が必死に手足をばたつかせて、纏わり付く水を払おうとしていた。
「誰か助けて!お願い!」
自分では助けないのか、とそんなことを思ってしまう自分は醜いだろうか。それとも、"生きてさえいれば"の呪いはここにもあるのだろうか。
もう一度、海面でジタバタとめちゃくちゃに暴れている男の子を見る。
それが昼に見た蝶と重なり、次には蟷螂に、そして鹿に変わって、また一周して男の子に戻る。
蝶は助けなかった。蟷螂だって、助けたとしてもすぐに死んでしまった。鹿に至っては死体をチラッと見ただけ。皆一緒じゃないか。
――無駄なのではないか?ここで助けたところで、生きる限り、何れ死んでしまう。彼の命はここで吹き消されるのが運命なのではないか?
世界は毎日、毎秒。命が消えて生まれて、そんな事をずっと繰り返している。たった一つの命を助けたところで――
『世界はさ、続いていくんだよ。どんなに悲しいことがあったって、どんなに苦しくたって、世界は続いていくの。続いていく世界の中で私たちはほんの僅かな間、ちょっこっとだけ世界に私達の歴史を紡いでいく権利を与えられるの』
――じゃあ、今ここで僕が助ける義理なんて……。
『その歴史をね、どう紡ぎたいのか、どう紡ぐのか。人間なんてそれくらいの違いしかないんじゃないかな』
一瞬、風を切る音がしたかと思えば、次の瞬間には海中特有の静けさがあった。急いで、水面に出て力なく沈みかけている男の子を見つける。
波で幾らか流されていたが幸い、防波堤までの距離はそれ程、離れていない。
これなら僕の体力でも男の子を抱えながら近づくぐらいは出来るだろう。
男の子のもとまで泳ぎ、胸元に抱え、ホッと一息つく。そして、防波堤の上に向かって大きく手を振る。
すぐにその意図を察してくれたのか、上から救命用の浮き輪が振ってくる。そして、まずは気絶して意識のない男の子にそれを被せてから服にフックを掛け……。
「おい、波が来るぞ!急げー!」
上から声がするがそんな事を言われてもこちらは手一杯なのだ。いつだって、観客はそんな風に横槍を入れる。しかし、舞台の上の演者は必死なのだ。必死に生にしがみついて、それで……。
「出来たぞ!引っ張りあげろ!」
生まれてこの方、出したことのないぐらいの大声を上げ、男の子を引っ張り上げさせる。急拵えの不安定なものとは言っても先の突風は例外として、風の少ないここでなら、きっと。
「おい、あんたも――」
空を見上げれば、満点の星空に、満月。十分すぎるくらいに丁度いい。
上から降ってきた声は荒波に呑まれ、途中で聴こえなくなってしまった。
ぶくぶくと口や鼻から泡が出て、それが酷く笑える。
――嗚呼、なんで忘れてたんだろう。
でも、いいんだ。言いたいことは全部、あそこに書き遺してきたんだから。
ねぇ、届くかな。
僕は生きたんだ。僕は僕らしく生ききったんだ。
僕は最期まで――
◇◇◇
彼の葬儀は彼の身体無くして行われた。建前としては水葬という事になったけれども、本当は遺体が見つからなくて仕方なく、だった。
嘘だ、と。そんなことはあり得ない、と。
幾ら、自分を騙そうとしても現実は徐々に彼が居なくなった世界に変わっていく。
喪服に身を包み、此処に来た人々は皆最初、訝しげで。
彼の両親から聞かされる事実に泣き崩れる人、怒声を上げる人、自分を打った人……。色々だった。
それで言うと私は泣き崩れて、怒声を上げて、自分を打って、どうしょうもなくなった人だった。
あの日を何度忘れようと思っても忘れられなくて。
優しかった彼が一方的に別れを告げてきたあの冬、私の言葉が彼を傷つけたのだと思った。だから、もう彼には会わないとそう誓って。
苦しくて、辛くて、本当は……。
『練は若年性のアルツハイマーだったの』
彼のお母さんからその一言を告げられて、それでか、と納得し。それだけなのか、と憤り。何で気づかなかったのか、と自責に駆られ。
私は如何したら良かったのだ、と彼の葬儀の間、考えるのはずっとその事だった。
やがて、主役のいない葬儀は終わりを迎え、彼の両親に「雪香さん」と手招きを受ける。
そうして、差し出されたのは一冊のノートだった。
内容は大体想像がついた。読書家の彼らしい他愛もない発想で。
こんな事ができるなら、なんで……!
また溢れてきそうになる涙を必死になって押さえつけ、「ありがとうございます」といってそのノートを受け取る。
その場で開く事はできなかった。彼の文字で、彼の言葉で、その事実を知ることが怖かった。なにより、これを読んでしまえば、彼のいないこの現実を認めてしまうことになるような気がした。
けれども、同時にこれを読まないという選択は、彼の生を否定する事にもなるのだと頭の何処かで分かっていた。
だから、せめての抵抗に帰り道はいつもよりも少し遠回りをして歩く。いくら、時間を稼いだって意味がないことぐらい分かっていて、でもこの世界はシュレディンガーの猫だから。
彼は今も生きていて、そっと戻ってくるんじゃないかとそんな淡い期待をして……。
蹲り、眺めていた花の花弁がポタポタと落ちてきた雫で少し濡れる。
そんな比喩を使わなくたって、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる雫が雨なんかじゃないことぐらい分かっている。
だけど、今は雨がこの悲しみも洗い流してくれはしないかと願ってしまう。大雨の中なら、声を上げて泣き叫ぶことも許されるような気がするから。もう張り裂けてしまいそうなこの胸の苦しみを受け止めてくれるような気がするから。
だから、だから、と。
けれども、どこからともなくやってきた蝶が涙に濡れる花を守るようにとまる。
そうなれば、私がここで泣いていていい理由はない。
雨を願う私は濡れた目を拭い、家路を急いだ。
Ⅶ、生環
『拝啓 香山 雪香様。
お元気でしょうか。貴女には酷い事を言ってしまった。だから、貴女は僕のお葬式には出てくれないかもしれませんね。それどころか、これを受け取ってくれるかも分からない。でも、そうなのだとしても。僕は此処に貴女への想いを書き記そうと思います。
貴女は小さな頃から僕の前に立っては僕の知らない事を教えてくれましたね。貴女が教えてくれることは物の名前だけに留まらず、友情や幸せやそんな形のないものについても真剣に考えて、真剣に思って、真剣に教えてくれたのをよく覚えています。
そうして、大きくなると、「今度は君が私に教える番だよ」と貴女はそんなことを言っていたけれど、貴女が本当は僕に教わるまでもなく、勉強も料理も裁縫も、惜しみない努力を注ぎ、頑張っているのを知っていました。知っていて、けれども貴女が笑ってくれるからつい、調子に乗ってえらそうに教えてしまうのです。
えっ? 「昔の話はもういい」って?
貴女は本当は誰よりも思い出を大切にして、誰よりも人に寄り添える人なのに、普段は意地になって、そんな事ばかり言っていましたね。
僕は貴女と共に人生を歩めた事が何よりの誇りです。貴女の人生の幾割かを貰えたことが何よりの勲章です。貴女に出逢えたことが何よりの幸せです。………―――僕は貴女に酷い事を言ってしまいました。本当はあんな事を言いたかったんじゃないんです。別れるにしてももっと貴女が前を向いていけるような、そんな言葉を贈るつもりでした。けれども、現実は上手くいかなくて。
僕は貴女に謝りたいのです』
「違う、そうじゃないの……私こそ謝らなきゃいけなくて……」 既にノートには涙の跡が点々と染みていて。
『ごめん。本当にごめん。僕は貴女を傷付けてしまった。貴女は励まそうとしてくれたのに。それに上手く笑って「ありがとう」を伝えれば良かったのに。僕はよりにもよってそんな時に貴女と別れなくちゃならないと思ってしまった。これ以上いたら、僕はもっと君を傷つける事になるだなんて、勝手な事を思ってしまった』
嗚呼、と漏れる吐息が遠く聞こえる。
『雪香、死は永遠の終わりじゃない。巡り廻る一つの命の形が終わっただけ。貴女に勇気を貰った。
だから、今度は僕から貴女に。
雪香、幸せになってください。この世界で貴女が幸せになり、そしてより多くの人間が笑顔で過ごせますように。貴女の生きる世界が明るいものでありますように。 敬具 宮田 練』
練が助けたという男の子とその両親が私の所を訪れたのは彼の遺書を読み終えて、数日が経った日のことだった。
練が助けた男の子は後遺症もなかったようだが、助けてもらった恩人が代わりに亡くなってしまったショックで、落ち込んでいる様子だった。
見るからに快活そうな少年は今はその鳴りを潜め、顔面蒼白といった面持ちだったのだ。
しかし、意外にも私や練の両親に会いに行きたいと最初に言い出したのはこの少年のようで、なんでも一言、ありがとうと言いたかったのだ、と。
助けてもらった本人は亡くなっていて、その両親にいきなり顔向け出来ず、結果的に親友兼彼女といった立ち位置の私に来たのだろう事は想像がついたが、両親の思惑は兎も角として、少年のその真っ直ぐな心は賞賛に値するものだ。
震えた声で両親と共に頭を下げ、お礼を言う彼に私は彼と同じ目線まで頭を下げ、ニコリと微笑み言う。
「貴方の生きる世界が明るいものでありますように」
練はきっとこの言葉を魔法の言葉だなんて思って私に贈ってくれた訳じゃないんだろう。だけど。
「貴方はこれから胸を張って生きるんだよ。挫けたとしてもまた立ち上がって、傷付いたとしても誰かに手を貸してもらいながら、不器用でも何でも生きたいように生きたらそれでいいんだよ」
誰かが生きることを肯定してくれたなら。生きていることを肯定していてくれるなら、世界はこんなにも明るく見えるものなんだ、これが魔法じゃなくて何だって言うんだろう。
生環 雅 @miyabi_toka
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