⑤
悪魔がいる。そして悪魔を狩る者もいる。
民間で請け負い悪魔を始末することによって生計を立てている者がいる。それとは別に政府直属の機関として法的な庇護を受けつつ、狩りに臨む者もいる。
この世界には悪魔が増えすぎてしまった。
その理由が金だろうが、使命だろうが、狩る者が少なすぎるということはない。
早川アキは公的機関に勤めるデビルハンターだ。
『デビルハンター東京支部』
名前の重さはその活動内容が決める。
何の変哲もない洒落っ気もない普通のよくある名だが殆どの一般人はその名を聞いただけでビビる。
そこでは死の匂いが常に途絶えないからだ。誰々が死んだ、などという報告が部署ごとの朝礼で毎日のよう告げられていた。そして昨日それを一緒に聞いていた筈の隣りの仲間が翌日にはそのリスト入りだ。アキは最初、衝撃を受けたが、いつの間にか慣れてしまった。
組織というのは一般常識から離脱した法を持っていて、そこに長く浸っているとどのような異常な状況下であったとしても感覚は麻痺し、何もかもが平常運転のよう思えて来るのだった。
アキが周囲の反対を押し切ってここへ来たのには理由がある。だがそれを誰かに語ろうだとか、共に想いを分かち合おう、などという気はさらさら無かった。ただ自分だけが胸の内に抱いていれば良いのだ。そしてその火をけして絶やさないようにしていればそれで良いのだ。
アキはその日の朝礼のあとマキマさんから呼び出された。
「………マキマさん? 珍しいなあの人から直接、呼び出されるなんて」
マキマさんはおれたちの上司だ。末端の駒とは違い、もっと複雑な仕事をしている。それが一体どのような内容なのかはおれたちにはわからないし、知る必要も無い。おれたちはただ彼女の指示通り動けばそれで良いのだ。マキマさんにはおれたち駒を適材適所に配置し動かす頭脳がある。内閣総理大臣、直属のデビルハンター。おれたちは皆、彼女のことを信頼していた。それに何より彼女はおれの………。
そこまで思ったところで後ろから背中に飛び乗るようにして姫野先輩が声を掛けて来た。
「ちょっとちょっとおー、アキ君、顔が綻んでるよお」
「………重た」
つい本音が漏れてしまった。
「アキ君、楽しそうだね!」
「そんなことありませんよ」
鉄壁の無表情で答えた。姫野はその表情をじろじろと観察する。アキは溜息をついた。
「なんなんですか、先輩まだ昨日の酒、抜けてないんですか?」
姫野はアキのバディだった。
悪魔を狩る際の相棒、二人一組。姫野は悪魔を狩るために片目を失っていて眼帯を付けていた。だが残された左目はまだ幼さを残している。まあ………おれよりずっと年上なのだが。姫野は言った。
「ちがうよー、アキ君がさ、デレデレしてるから」
他の隊員たちは朝礼が終わってそれぞれの仕事へと向かって行った。じゃれる二人を見て誰も何も言わない。姫野はいつもこんな感じなのだ。そしておれたちはそれぞれ複雑な理由を抱えここへ来ている。馬鹿っぽい挙動をしなくてはならないような理由もなんとなく察せられるので皆、放置しているのだ。やることをやっていればそれで良い。やること、それはもちろん悪魔を狩ることだ。姫野は優秀なデビルハンターだった。
「別にデレデレなんてしてませんって………いい加減、降りてくださいよ」
「えーっ」
しがみついてアキの頭のてっぺんのちょんまげをさすりさすりする。
仕方なく降りると姫野は急に真面目な表情に変わり言った。
「なんなんだろうね、マキマさんの要件」
「………え? ああ」
スーツの乱れを直しながらアキは言った。
「なん………なんでしょうね?」
全くわからない。
マキマさんと顔を合せることは殆どなかった。組織の中では雲の上の存在なのだ。おれたち隊員の中にはマキマさんの顔を写真でしか知らない者も多数いる。直接、呼び出されるとなれば尚更だ。
「早川アキ、入ります」
開けた大きな扉の先にぽつんと彼女の姿があった。広大なこの一室、全てが彼女の専用フロアだった。
「よく来たね」
「はい」
アキはゆっくりと誘われるよう彼女へと近付いて行った。歩みを止め、一礼した。
「楽にしてていいよ」
マキマはくるりと背を向け、自分の全身より高い窓から外を見下ろした。
「………アキ君、最近はどう?」
アキはやや緊張しながら答えた。
「最近ですか? まあ順調です、例年よりずっと早いペースで悪魔を駆除しています」
マキマはその答えには興味を示さず、表を見つめたままだった。敷地内に植わった樹々の枝に小鳥が止まっている。マキマと目が合うと何処かへ飛び立って行った。
「実は最近ちょっと気になることがあってね」
マキマはアキの方へ振り向くと続けた。
「知ってるとは思うけど、悪魔が殺されればそれは例え民間でも当然わたしたちの方へ報告がされる。でもそこから漏れているものもある」
「闇の売買ですか?」
聞いたことはある。法的にはもちろんアウトだ。
「まあ、そこまでならよくある話しだよね。でも最近この付近で悪魔が頻繁に出現していることはアキ君も知ってると思う」
「はい」
アキは答えた。
「確かに尋常じゃありません………何か理由があるんですか?」
マキマは首を左右に振った。
「わからない。ただ先日、興味深い証言を得たの。悪魔出現の一報を受けて二課の班が現場へ向かうと、もうそこに悪魔はいなかった………死体もね。そして現場にいた証言者は『若い少年が悪魔を斬った』って言ったの」
アキは少し考え言った。
「民間………じゃあないのか、未成年?」
「問題はね『どうしてその少年が我々よりも先に現場に到着していたのか?』ってこと」
「偶然じゃあないんですか?」
アキは言った。この広い東京でたまたまデビルハンター同士がかち合うことはよくある。
「かもね」
マキマは言った。だがそれだけの疑惑でマキマさんはおれを呼んだりしないだろう。
「そいつの倒した悪魔は?」
「じゃがいも」
「は?」
アキは思わず聞き返した。
「近隣住民の話しによると多分じゃがいもの悪魔なんじゃないかって」
「はあ………」
アキは溜息とも取れる返答をした。
「その少年を調べれば良いんですか?」
マキマはアキの方をじいっと見つめた。
「いい、アキ君。この件は極秘で進めてほしいの。その少年に倒されたと思わしき悪魔は皆、同じ手段で殺されている。何か鋭利な刃物で一刀両断。そしていつもわたしたちより先に現れて、いなくなる」
アキは一礼し、部屋を出た。長い廊下を歩きながら呟いた。
「まいったな、マキマさんもそんな仕事なら諜報にでも回してくれればいいのに」
おれには他にやるべきことがあった。雑魚の悪魔を狩って小遣い稼ぎをしているガキなんかに関わってる暇は無い。だがマキマさんが言うのだ、何か理由があるのかもしれない。
生と死が常に隣り合わせの職場。じゃがいもの悪魔だって? バディの姫野が廊下の向こうから近付いて来る。
「アキ君、マキマさん、なんだって?」
「しらん、とっとと巡回、行くぞ」
最近この周辺で悪魔が増えているのは事実だ。
何かが起ころうとしている。それはただの勘違いではない。マキマさんは追って指示をすると言った。彼女の言う通りにしていれば間違いないのだ。
アキは姫野と共にその日の巡回へと向かった。
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