第2話 ~覚醒~

僕の胸ぐらをつかみ、馬乗りになっている友の形相は、卑しみに満ちていた。

気を失いかけている僕の目の前には、黒雲が蠢きはじめ、視界は徐々に暗闇に覆われていく。

その時、振り降ろされたこぶしは、ゆっくり目の前で止まりかけ、そして、友の背後には幾重にも連なる鏡面が現われた。

まるで合わせ鏡の様に。

その一枚一枚に映し出されていたのは、時を重ね、成長し、伴侶を得て、子や孫たちに囲まれた幸せそうな友の未来の姿だった。


「ガッ…」


鈍い響きがした。

おそらく殴られたのだと思う。

けど、痛みという感覚はない。


僕の視線が右に振れると、連なる鏡も右に振れた。

そして、そこに映し出されていた友の姿が薄れていくのが分かった。

遠くに見えた子や孫たち、伴侶との姿も、成長し大人になった友の姿も消えていく。


気が付くと、僕は保健室のベッドにいた。

昼休み、体育館脇で倒れていた僕を、担任の先生が保健室まで運んでくれたという。


顔の左上あたりがズキズキする。

左目は開かない。

右目には、いつもの白い天井と、薄暗い蛍光灯が見えた。


保健室の先生が僕に気が付いた。


「何か、あった?」


「えぇ、あぁ、階段で躓きました」


上手く説明することが面倒で、気の利く子供を演じる忖度も働いて、友とのことについて口にすることはなかった。


その後、午後の授業は欠席して、僕は一人帰宅した。


翌朝、腫れた左目を眼帯で隠し、慣れない片目で学校に向かう。

玄関先、私道に出て左、借家の並びの前の細い砂利道を25m程歩くと少し広い道路にぶつかる。

それを左に曲がる。

またしばらく歩くと信号のない交差点があって、いつもなら、その右の方から友の呼ぶ声がして、一緒に学校へ向かっていた。


今日、1ヶ月ぶりに、そこに友はいた。

僕の右目と、友の目線が重なった。

何か言いたそうな友はその視線を振りきって、交差点の中へ走り出した。


「プァアアアーァ、キィーーー、ガゴンッ…」


車のドアを「バタンッ」と激しく投げ閉めて、運転手が飛び出してきた。


「おい!だいじょうか?おい!」


友は交差点の真ん中で両の目を開けたまま、その眼で未来を見ることなく、この世を去ってしまった。

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