第50話 日本

 崩れ折れた見た事もない文明。

 建物は岩のようであり、その岩の所々にガラスが嵌め込まれている。

 乗り物らしき四角い物があちこちに激突して破壊されている。

 人の気配はないようだと剣の武帝ツイフォンは見渡す。


「なぁ、レインボーこの文明は」


「そうです。勇者イルカスがいたとされる地球、日本という国であり、滅びた場所です。まぁ地球自体が滅びてますが」


「そうか、文明密度は高いが」


「そうですね、文明密度が高いからこそ、勇者イルカスのような存在を認める訳にはいかず。ひどい事をしたのでしょうね」


「そうか、あれだけ狂っているのだからな」


「さて、ここのどこかに勇者イルカスの本体がいるでしょう」


 ツイフォンは空を見上げる。灰色がかった空。雲1つなく、朝なのか夜なのか分からない。


 宇宙と呼ばれる場所まで灰色だった。


 太陽その物が無い様な雰囲気に包まれている。

 きっと勇者イルカスが全人類を抹殺してこの世界の人間の死体は風土と化したのだろうか。


 勇者イルカスはこの地球と呼ばれる世界が消滅してほっとしていたのだろうか。

 それはどこまで経っても分からない事なのだろうが。


 風がひんやりと吹いた。

 灰のような物が宙を舞った。

 気付くと地面そのものが灰であった。


「これは」


 ツイフォンの左手に握りしめられているレインボーの剣は頷いた。


「はい、人間達の成れの果てです」


「そうか」


 ツイフォンはゆっくりと辺りを見回し。


 ある地点に到着すると、地面が震えた。

 灰が人の形を取りとめると、1体また1体と増えていく。

 灰の人形の姿は勇者イルカスの姿そのものであった。


 1体1体高速で襲い掛かってくる。


「こ、これは」


「はい、100億以上いますね」


「これが、本体なのですか?」


「きっと全部が本体です。ツイフォンやるしかありません」


「何をです?」


「惑星斬りです」


「はああああああ」


「まずは斬って斬って斬りまくってください」


「お、おう、魔法族であるレインボーが滅茶苦茶な事を言ったと思ったよ」


「時には滅茶苦茶になる必要があるのですよ」


 右手にカガクの剣、左手にレインボーの剣を握りしめるツイフォンは地面を蹴り上げて前進する。右に左にと抜き打ちざま空間事両断していく。

 体をくの字に折り曲げて、遠心力で回転すると四方の灰色人形を両断する。


 それでも次から次へと灰色人形が迫り来る。


「ちょっと無理ですよ」


「いったん逃げますか」


 ツイフォンは地面を蹴り上げて建物の壁を走り出す。そのまま屋上まで上り詰めると。


「この惑星の人間は壁を走って屋上まで登ったのでしょうか」


「いえ、ツイフォンあなた限定です」


「ふふ、そうですかってまじですか」


 灰色人形が次から次へと融合を果たし、巨大な灰色人形へと変貌する。


 無言であり無表情。

 真っ直ぐ獲物を見つけたかのように拳を振り上げる。


「今分かりました。勇者イルカスはこの世界で誰一人生きて残すつもりはないようです」


「今分からなくても前に気付いて欲しかったぞレインボー」


「はは、奇遇ですね、逃げましょう」


 ツイフォンは巨大な四角い建物からジャンプした。


 15m以上の建物から落下し、地面を斬り上げる事で衝撃を和らげる。

 地面にゆっくりと着地する。


「この惑星の人間はあの高さから飛び降りても大丈夫なんでしょうか」


「いえ、死にますね、ツイフォンあなた限定です」


 後ろの群青色の建物が崩壊し、巨大灰色人形が迫りくる。

 こちらが小さいと認識したのか口から等身大の灰色人形がツイフォンに向かってくる。


「あれ見てると気持ち悪いですね」


「奇遇ですね、それは同意見です」


 ツイフォンと左手に握られた剣のレインボーは一心不乱に走り続ける。


「昔、こうして逃げていた時があった」


「そうですか?」


「子供の頃、自分の心から逃げていた。ひたすら逃げて逃げて逃げ続けていた。ある時倒そうと剣を抜いた。だが自分の心は斬る事が出来ない。なら大きな物をさらに大きな物を斬り続けてきた。最後に斬ったのは山だった。レインボー決めたぞ、惑星斬ってやる」


「はは、あれ冗談なんですけど」


「気にするな、我の心は斬れないが、我は惑星を斬る。なぜなら我が斬るのは空間であって物理ではないからだ」


「その意気ですよ」


「問題は斬ったら惑星爆発するから、瞬時に元の世界への出口を斬る。2本の剣同時に使うぞ」


「その意気です」


「ふぅぅぅぅ」


 ツイフォンは走りながら呼吸を整える。

 居合斬りをするかのように腰を低くし、思いっ切りジャンプする。

 空中を疾駆しているように見える。


 後ろからは無数の勇者イルカスの灰色人形が迫りくる。


「はぁあああああ」


 ツイフォンは地面を斬り上げる。

 ズシャリという音が響くと、地面が割れてくる。


 それと同時にレインボーの剣で異世界を両断し、元の世界へと繋ぐ。

 勇者イルカスの灰色人形が元の世界の勇者イルカスへと座標となってくれる。


 惑星が割れる音、それは何とも表現しがたく。

 惑星そのものが2つに分かたれる。

 まるで卵を割るように。

 その真ん中から溶岩の塊が噴出し。

 次の瞬間大爆発する。


「やばいぞ」


「はやく」


 異世界の割れ目。

 そこに手を突っ込むと吸い込まれ、後ろからとてつもない爆風が追い上げる。

 体が異世界ならぬ元の世界に戻った時。


 目の前にいる勇者イルカスは震えていた。


「嘘だ嘘だ! 心がない、心があああああああああ。無限転生がなくなる」


「なるほど、お主にとってあそこが心であったか、どうやら我は心を斬ってしまったようだ」


「何感慨深くなってるんですかツイフォン。皆さんノックアウトされてますよ」

 

 ボーン卿、ヴァンロード伯爵、ブレイク、グスタファーは撃沈してぶっ倒れている。

 だが勇者イルカスの元へ皇帝陛下が参上したのだが。


「嘘だろ」


「まったく、仮説は正しいようですね」


 レインボーの呟き。

 それは皇帝陛下が3人いた事だ。

 1人は子供、いつもの皇帝陛下。

 1人は大人。

 2人は老人。

 そのどれもが皇帝陛下の顔立ちをしている。


「あなたはとても大切な人です。死なせませんよ」

「勇者イルカス大儀であった」

「もう休むんじゃ、わしらも33人いたが今では3人だけじゃ」


「皇帝陛下、俺は俺は一杯殺しちまったんだ」


「わかってますよ、それがあなたの正しいと思った事です」


「思い出すことは大切だ」


「じゃが悔やむな」


「世界目とは他の世界にいる自分の目を使う事」

「本来のおいらはそうやって分岐した」

「それが1つになる時」


【神をも凌駕する】


 子供、大人、老人が融合していく。

 1人の赤ん坊が立っていた。


「さぁ、かかってきなさい」


「まじなのか」


「いえ、たぶん、まじかと」


 ツイフォンとレインボーが唖然としながら。


「そうやって舐め腐ると「死にますよ」「だから馬鹿なのじゃ」」


 赤ん坊は眼の前から消滅し、ツイフォンの顎を殴り上げていた。

 真上に飛ぶツイフォンに追撃とばかりに腹、腰、足と滅茶苦茶に攻撃を仕掛けてくる。

 

「かは、ぐは、なんだこの赤ん坊」


「全裸ですね」


「そこ重要じゃないよレインボー」


「何食わぬ顔で受け身取ってるあなたも凄いですが」


「まぁ、攻撃が単調で技術がない、凄い力を持った赤ん坊だな」


「その通りですね」


 ツイフォンはふむふむと考えながら建物に激突して土煙をあげていた。


 建物の前に立っているのは赤ん坊。

 見た目は皇帝陛下。

 

「さて、おむつでも探しにいきますか、ありましたありました。マフラーにしてたんですねー」


 そう言いながら赤ん坊はおむつを装着。


「さて、かかってきなさい、ツイフォン」


「なぁ、こいつは」


「殺しちゃダメですよ」


「わかってるさ」


「その為のワタクシですから」


 ツイフォンはふわりと布製の衣服を上半身脱ぐ。

 腰に紐でぐるりと縛り。


 カガクの剣を鞘に納める。


 レインボーの剣を構え。


「さぁいきますか、バトル続きで疲れましたよ」


「あともう少しですよ」


 レインボーの温かい囁きが耳に届いた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る