【完結】私の友達を彼女にしようとする人が現れたので、盗られる前に彼女にします

下等練入

第1話:澪央の災難

「ねえ澪央みおさん。私、かなでと付き合っていい?」


 その女は私の席に来るなり、突然話しかけてきた。

 誰だっけ、この人?

 なんかどこかで見たことある気がするんだけど。

 てかなんで奏のこと呼び捨てにしてるの?

 そんなに親しいわけ?


「あのさ、無視しないでくれない? 付き合ってもいいか聞いてるんだけど?」

「えっ、なんで私に言うの?」


 私の問いに対し彼女はさらりと返した。

 

「奏に聞いたら澪央さんがいいって言ったら付き合ってくれるって話だから」


 奏が?

 なんで!?


「意味わかんないんだけど。なんで私がいいって言わなきゃならないわけ?」

「さー?」


 彼女はとぼけるように返事をし、続けた。


「まあ止めないなら付き合っていいってことで奏に言おうと思うんだけど――。ねえこの手放してくれない?」

 

 彼女が指差した先では、私の手がしっかりと彼女の制服のすそを掴んでいた。

 別に奏は私の彼女じゃないし、止める権利なんかないのに。

 ただ奏は私以外の誰とも付き合ってほしくない。

 そのせいか、どんなに放そうと思っても私の固く閉じた手が開くことはなかった。

 さっきまで感情がこもってなかった彼女の声からもいらだちが混ざり始める。


「あのさ、早くしてくれない?」

「ごめんやっぱり嫌だっ」


 しっかりと握った制服の端をさらにきつく握ると私は言った。

 手を離さないと悟ったのか、彼女はあきれたような声を出す。

 

「ならなに、二人は付き合ってるの? なら諦めるけど」

「いや付き合ってるわけじゃ――」


 付き合えたらいいけど告白する勇気なんかないし。

 今の名前のない関係が決して心地いいわけじゃない。

 たまに恋人だったらと思うことはある。

 ただ私が奏に釣り合うとも思えないし、下手に告白して今の関係を私の身勝手で壊したくない。

 彼女は大きなため息を吐きながら言った。


「なら友達?」

「友達じゃ、ない」

 

 友達としてくくられるのはなんか嫌だ。

 それだと奏の周りにいる有象無象と同じ感じがするし。

 友達なんか数が増えたら一人一人に恋人以上の価値なんてない。

 だからせめてその関係でくくられたくなかった。

 

「ならなんなの? はっきりしてほしいんだけどっ」


 彼女は大分イラついているのか語気を強めた。

 

「恋人でもない。ただ奏が誰かも知らない人と付き合うのは嫌だ」

「誰かも知らない人ね。私一応クラスメイトなんだけど」


 あれそうだったっけ?

 こんな人いたっけ?

 そういえば奏以外の同じクラスの人知らないかもしれない。

 彼女のことを知らないのがバレたのか、彼女は開いている席の1つを指さしながら言った。

 

「あれ、私の席だから。結菜ゆうなっていうの覚えて。貴女と同じクラス」

「わかった、覚えておく」


 正直あれだけ慣れなれしく奏のことを呼んだんだ。

 絶対忘れないし、これ以上親しくなってほしくない。

 

「で、どうしたら付き合っていい?」


 どうしたら、か。

 どうしよう。

 私以外と付き合ってほしくないし。

 私以外いらない。


「いやに決まってるじゃん、付き合わないで」

「は? さっき付き合ってないって言ったよね? なのになんで付き合わないでとか言えるの?」

「それは――」


 てか本当に私の返事によっては付き合うって言ったとも限らないし。

 反応見て遊ばれてるって可能性もあるよね。


「黙ってないで何とか言えば?」

「ごめん、本人に確認しないとなにも言えない」

「確認、ね。どうぞご自由に」

 

 鼻で笑いながら彼女は言った。

 

 ◇


「ねえ奏、私が許可したら結菜と付き合うってほんと?」


 私がバンっと音がするぐらいの勢いで机をたたくと、彼女はゆっくりと本から顔を上げる。

 初めのうちはきょとんとしていたが、しばらくすると私がなにを言ったか理解が追いついたらしい。

 少し笑いながら彼女は言った。

 

「ほんとだよ」

「そう、なんだ」


 奏と結菜が一緒に居るところ見たことないし、私以外の誰かと話してるなんて知らなかった。

 いつの間にか仲良くなってたりしたのかな。

 考えただけで胸の中がざわざわとしてくる。

 私とだけ関わってくれると思っていたのに。


「あのさっ」

「ん?」


 私が軽く尋ねるだけでも、奏はアイドル顔負けの笑顔を惜しげもなく私に向けてくれる。

 笑顔に見とれて一瞬さっきをことを忘れかけたが、慌てて頭を振って正気を取り戻すと訊いた。

 

「ねぇ、結菜のこと好きなの?」


 私の質問に対し、彼女は小さく笑う。

 

「結菜? ううん、全然!」


 彼女からはなにか隠したりごまかしている様子は見られない。

 相変わらず屈託のない笑顔を私に向け続けていた。

 

「じゃあ、なんでっ」


 奏は好きじゃなくても付き合えるの?

 私が特別でずっとあこがれていたものはどうでもいいことなの?

 言いたいことはいっぱいある。

 けど、これを口に出してはいけないことぐらいは私にもわかる。

 それに言ったところで困らせるだけでもなにも改善しないことも。

 

「ほかに付き合いたいって自分から言ってくれた人いなかったし」

「そう、なんだ」

 

 たったそれだけの理由で?

 なら私が今言えば付き合えるのかな。

 

「ねぇ」

「ん? なぁに?」


 いざ言おうとしても言葉は出ない。

 やっぱり私がダメっていえば済む話だし、告白なんてできない。

 

「ごめん。なんでもない。本読むの邪魔してごめん」

「大丈夫だよ」


 彼女はそう言うと、また視線を本へと落とした。

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