踏切の亡霊

ボウガ

第1話

 ある寂れた街の踏切でワンピースの女性の幽霊がでるという目撃談が絶えなかった。その踏切はかつてから人死に、つまり飛び込みが多かった。しかし、そのワンピースの女性こそ最初の飛び込み自殺の人。彼女は元来暗く、さらには精神病を患っていたので、やがて何十年ともいわずその人がその原因で彼女が寂しさに“人を引き込むのだ”という噂が流れていた。


  あるアルバイトで食料品の注文を配達する仕事を始めた配達員の青年。近くの大学に通う寮生活の学生。人嫌いで引っ込み思案。その性質もあって夜近くに配達をすることが多かった。

 そのおかげで、寮の近場であるその踏切、夜になりより一層雰囲気のある件の踏切を通ることが多い。配達をはじめてからしばらくは何事もなかったが、もともと霊感などといったものと無縁だと思っていた彼も、ある日に幽霊を目撃した。


 彼は何度も自分の目をこすった。だが、何度目をこすってもそれは姿を消したりはしなかった。踏切の向こうがわ、そこに佇むのは、ワンピースの悲しげな女性。容姿こそ美しいが、どこかニヒルな様子で、そのまなざしを彼に注いだ。

「本当にいたんだ……」

 彼は、初めて見る幽霊に寒気を覚え、すぐにそれから視線をそらして、見なかったことにして立ち去った。それからもしばらくその女性の影をみた。目撃するたび目線をずらした。肩、足、手、そうしたものに。


 それだけなら我慢ができたが、彼がそこを通るたびに徐々に姿の濃くなっていく幽霊。だが彼はその踏切の使い勝手の良さを優先した。だが、いつもではないが、雨の日にはよくその幽霊を見た。そしてついには、自分に話しかけてくるのを聞いた。

「よ~て、よく~……て」

 初めはよく聞こえなかったが、女性は何かをつぶやいているらしかった。それをはっきりと聞いてしまってはいけない気がして、女性の幽霊を見るたびに、足場やにその場所を通りさる。ある日の夜中、その踏切をつかっていたころ、幽霊の姿が見えないので安心しきっていた。バイクにまたがり、電車が通りすぎるのをまった。

「まだかなあ」

 そうつぶやいた瞬間、その声は彼の脳裏にはっきりと聞こえた。そして、焼き付いて離れない記憶となった。

「よく見て」

 その声が響いた次の瞬間。早い足音がきこえた。彼のうしろからきた別の女性が、何の迷いもなく踏切にとびこんだ。とそこに、丁度電車がやってきた。

「あぶない!!……」

 そういうのもむなしく、女性は電車に轢かれてしまった。あのワンピースの幽霊は、噂にたがわぬニヒルな顔で、奇妙な卑しい笑顔を向けてきた。彼は、耐えきれずその場をたちさった。通報などはしなかった。それからというもの、彼はいくら遠回りであろうとも、その踏切を通ることをさけるようになった。だが、あの声はどれだけ遠くにいても聞こえた。

「よく見て」

 その声が聞こえるときにはやはり人がひかれる音とけたたましい電車のブレーキ音をきいた。すぐに目を伏せ、そのたびに何もできずにたちさった。


 だがある日、酔っぱらって帰宅した彼は、配達員の仕事も関係なく、自分の家まで近いというので、その踏切を通ってしまった。そして、電車が来るのを、じっと踏切前でまっている。それでも目はさめなかったが、遮断機がおり“カン・カン・カン”と徐々に警報音が強まる。やがて、目の前を電車が通る寸前その踏切の向こう側に例のワンピースの女性の幽霊が立っていることに気づき、背筋が寒くなり鳥肌がたつと、急激に酔いがさめてきた。

「今度は、私の番だ、今度は」

 女性は徐々に自分に近づいてきている。

「よくみて、よくみていて」

 急いで周囲を見渡したところで、他に人や車の姿はない。この幽霊は間違いなく“自分をねらっている”しかし、青年はふと記憶をめぐった。自分はとても引っ込み思案でバカで、世間の情報にもうといし流行にも興味はない。このまま生きていたっていい事もあまりないだろう。そう思って、幽霊のほうをじっくりみると、いった。

「いいよ……」

 すると意外なことに幽霊は他のどんな感情をあらわにするでもなく単純に目を丸くして驚いた。次に幽霊は右手をのばし、ある場所を指さした。

「よく、みていて、よく、ちゃんとその目で!」

 すると、どこから現れたのか多くの人影が自分のすぐ横にあらわれた。

「うわあっ!!」

 驚いて後ろ向きにころんだ。人々がずんずんと前に進む。まだ踏切は閉じたままだ。

「だめですよ!!」

 一人の少女の腕を掴もうとした瞬間、手は少女の体をすりぬけていって、反動で横によろけた。

「これは……幽霊?」

「いいえ……」

 青年は、多くの人がいるのにその声が、やはりあのワンピースの幽霊のものであるとすぐに分かった。

「これは残像、あなたに託したいものがあるの、だから、よくみておいてほしい」

 そうすると、次によくみると残像の踏切はあいてそこにそびえたっており、そのふみきりにはいっていったものが、皆同時に、あるものに足をとられた。それは、電車の線路の切り替わる“分岐器”とよばれるものである、それが動いた瞬間、その分岐器のさびた端に足をとられ、すべての残像がそこに横たわった。

「カンカンカンカン」

 残像とも、現実とも思えるけたたましい警報音が流れると、電車が走りさり、残像は水でできたもののように霧散した。

「これで、わかった?あなたに、託したかったこと」

「でも、あなたは……これまで多くの人間をまきぞいに……」

「違う、違うわ、あなたにはずっと“残像”をみせてきた、あなたは怖がりで、それを本当かどうか確かめてこなかったじゃない、でももっとも、怖がりだからこそ“霊感”のチャンネルがあったのだけれど」

 そういうとしばらくして、まったくくったくのない笑顔をみせて、ワンピースの女性は消えた。青年は翌日、その線路の危険性を鉄道会社に訴えると、警察も伴い、その数日後に検証が行われることに。約束通り、その日に人形をもちいて実験が行われ

、危険性が確認されると、その線路は新しく作り直されることになった。

「誰も、自殺なんてしていなかったのか」

 その青年は、この地域の事を考え直すとともに、自分に備わった力をかてに、その後はなんとか明るく楽しい生活を送るようになったという。

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踏切の亡霊 ボウガ @yumieimaru

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