第44話 決戦7

ギランが仰向けに倒れている。


「私の勝ちですね……、ギラン」


 最後に立っていたのはエリザだった。


「――エリザ様」


「何ですか」


「エリザ様は何故そちら側を選んだのですか」


「……」


 エリザはすぐに答えられない。


「正しい判断を下したつもりです。これが世界の為だと」


 ギランは手で顔を覆った。


「自らを犠牲にし過ぎです。もう少し自分の為の選択をしても良いのではありませんか」


「世界の為に、民の為に。そう教えてくれたのは、ギラン、貴方でしょう」


 ギランは静かに答えた。


「我々の存在が消えてしまうのですぞ? ヤマト達と違い、我々にはこの世界しか無いのですぞ?」


 エリザも小さく返す。


「ええ。知っていますよ」




「アイツらには戻る世界なんて無いんやぞ!」


「え……、そんな……」


ヤマトは膝から崩れ落ちる。ウォードから真実を聞かされた。エリザとギランはゲームの住人で、この世界でしか生きられない。


 現実世界が勝たなければ現実世界は衰退を辿る。でも現実世界が勝てば、エリザ達は――。


項垂れるヤマトにウォードが歩み寄る。胸倉を掴み顔を上げさせた。


「立て」


 ヤマトを力尽くで立たせる。


「エリザに会いに行け」


 ウォードは無言でテレポーテーションのクリティアを押し付けた。


「今行かなアカンやろ」


 ヤマトはウォードからクリティアを受け取る。


テレポーテーションを行う。全身が宇宙に飛ぶ。


 ヤマトは今、エリザの元へ。


 残された時間は少なかった。




《9》


闇が猛威を振るう世界。ヤマトの眼に飛び込んできたのは、絶望の景色だった。


「死ね、精霊」


 サルマの死神の鎌がエリザの肉体を貫いていた。


「エリザっ!」


 近付こうとするヤマトは弾き飛ばされる。ダークエネルギーではなかった。それ以上の脅威。グラウンド・オルタナスを創造した神々が、天に君臨していた。


炎神フェルダス。氷神レディア。雷神イエルディ。地神グライネス。風神スカーギャス。


サルマが禁断の術で神々を召喚していた。


「エリザ・ストレインよ。愚かな精霊よ。何故貴様はそちらを選んだ。


『愛』か? まさか『愛』などというくだらないものに触発されたのか。精霊であるお前が!」


悪の権化が嘲笑する。エリザの全身から真っ赤な血が流れている。


――な。


精霊は屈服する筈だった。が、狼狽えたのはサルマ自身だった。


エリザの双眸は、寸分も希望を失っていなかった。


「私を見くびらないで頂きたい」


エリザが言う。サルマの笑みが弱まった。


「確かに、私は精霊であるにも関わらず恋をした。ですが、ただの人間としてのその想いが、私を強くしたのです。


このエリザ・ストレインが、最も強い私です」


悪魔の瞳に映る、揺らぐことの無い恒久の光。


「私こそがグラウンド・オルタナスの守護者です」


 エリザは真の精霊となった。


「ふっ、勝手にするがいい。しかし! 私の邪魔はさせん。お前は、今、ここで死ぬのだ」


 もう片方の鎌をサルマが振り下ろす。エリザの肉体に深い傷が加わった。


 それでも、エリザはサルマから視線を逸らさない。


「貴方では私達に勝てません」


 エリザはギランの杖を手にしていた。最後の魔法を唱える。


「三大古代魔法、コラプティシオン」


宇宙に純白の光が生まれた。コラプティシオンは、術者の望むもの全てを吸い込んでいく。絶大な威力を誇るが故の、禁断の魔法だった。


 グラウンド・オルタナスの神々が一体ずつ吸い込まれていく。炎神フェルダス、氷陣レディア。雷神イエルディ……。


サルマは堪えていた。が、少しずつ聖なる光に引きずり込まれていく。


「精霊、貴様っ!」


 至近距離で向かい合うエリザとサルマ。正しく対照的な存在だった。天使と悪魔。神聖と邪悪。光と闇。  


「貴方はここで消えるのです。私と共に」


 コラプティシオンには代償があった。それは術者自身。エリザは自らの運命を知った上で、己を犠牲に勝利を掴む決断をした。


突き刺さる鎌はとうに身体を貫通している。全身から、血が溢れ出ていた。


にも関わらず、エリザは悪魔を掴んで離さない。


「エリザっ!」


 ヤマトが叫ぶ。それしか出来ない。


「ヤマト」


 抗えない魔力の中、小さく、でも確かにエリザの声が聞こえた。


「世界を頼みました」


 エリザとサルマが、宇宙に広がる光に吸い込まれる。


「エリザあああああぁっ!」


 さようなら――。


エリザがこの世から消滅した。






長い間、ヤマトはその場から動けなかった。


 周りには誰も居なくなった。兵士も魔物も、敵の勢力さえも。周囲で戦闘が起こっていても、動く気配すら無かった。


ヤマトは絶望の淵に居た。何も考えられない。動けない。思考が瞬時にエリザに回帰してしまう。


これまでの2人の歴史が追想される。初めて出会った日。エリザは微笑んでいた。誘導されたダンスパーティー。初めて気持ちが通じ合った。サルマによって拉致された夜。怒気と憂慮で胸を掻きむしった。それから、他愛のない、だが、愛しい日々の連なり。


本当に、何も持ち合わせていなかったのだ。愛も、希望も、夢も。そんな自分が、この世界にやって来て、彼女に出会った。


だから変われたのだ。意志を持ち、愛を覚え、未来を夢見られた。現実で礼子と暮らし、グラウンド・オルタナスでギランに叱られ、ウォードと競い合い、エリザと過ごす。それがヤマトの切望した未来だった。


その未来はもう何処にも無い。エリザが居ない現実は、ヤマトから愛や希望、あらゆる感情を奪っていた。


「ヤマト君」


 壊れたヤマトに、1人の人物が近付いていた。


「ヤマト君」


「――――っ」


 ヤマトは答えられない。


 そこに居るのが誰かは知らない。ただ、何も言わないで欲しかった。何も求めないで欲しかった。たった今失ったばかりなのだ、この世で最も大切なものを。


「私は君を誇りに思う」


 ロバート・アレンが言う。


「君は世界を救った。君が居なければ、現実世界は敗北していた。世界は崩壊していた。君のお陰だ」


 ヤマトは何も答えない。


「だから、私は君に約束する。グラウンド・オルタナスは一度リセットされる。ゲームのデータや記憶は全て消去される。これは避けられない」


 だったら何を?


「その代わり、エリザ・ストレインとギラン・ザハス。この両名の基本データをバックアップしよう。生まれ変わったグラウンド・オルタナスが始動する際、2人を復活させる。それを君に約束する」


「――そんなこと、許されるんですか」


「許して貰う。君は世界の救世主だ。世界を救ってくれたお礼に、私は自らの立場と権限を差し出そう。それで容認して貰う。言ったことは必ずやる。私を信じてくれ」


 まだヤマトは答えない。


「……君は、もう一度愛する人に会いたくないのか?」


 時が止まった。


「――もう一度エリザに?」


「そうだ」


 エリザが思い浮かぶ。涙が溢れてくる。


エリザ。


エリザ。


エリザ――。


会いたい。


会いたい。


会いたい。


エリザにもう一度会えるなら、それが叶うなら、俺は何でも――。


ロバートはヤマトの前に屈んだ。


「立ち上がるんだ、ヤマト君。君には分からないのか? どうして彼女がこの結末を選んだのか」


 ヤマトには分からなかった。


「信じたからじゃないのか?」


――――。


「もし記憶が失われて、全てを忘れてしまっても、君がまた見つけ出してくれる、きっとまた愛してくれる。彼女はそう信じたんじゃないのか?」


 ヤマトの頭にエリザの笑顔が広がる。


「彼女は記憶を失うだろう。何も覚えていないだろう。


だが、君の記憶は残る。


君が伝えてあげればいいんだ。以前の君達が、何を共有したのか、何を分かち合ったのか。何を想い、何を信じたのか。


生まれ変わった彼女ともう一度やり直すんだ。


それとも、この程度のものだったのか? 君と彼女の絆は」


これまでの2人を振り返る。自分達が築き上げてきたものは。


「違う……」


「何だって?」


「違う!」


 ロバートがヤマトの肩に手を置いた。


「ならば立ち上がるんだ。


 彼女が未来で待っている。君が、彼女を迎えに行くんだ」


ヤマトは涙を拭う。もう迷いは無かった。


そして、立ち上がった。



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