第37話 革命前夜
「母さん、俺母さんに言わなきゃならないことがある」
「何よ改まって。というよりこれ以上驚くことなんてあるのかしら」
現実世界。大和と礼子はリビングで団欒している。
ついさっき、グラウンド・オルタナスと現実世界、両世界の今後について大和は伝えた。礼子は未だに信じ切れない様子だったが、とりあえず信じることにしたようだ。
そして今、大和は別の告白をしようとしている。
「もう何でも来い、よ。思い切り言っちゃって」
先程の話が突飛過ぎて礼子の脳は飽和状態になっている。僅かに投げ槍だった。
「じゃあ言うけど」
「はい、どうぞ」
「俺」
「はいはい?」
「好きな人が居る」
礼子が大和の顔を見る。
「あら、そう。何よ、良かったじゃない。別に改めて言うことでもないわよ」
そう言いながら、礼子は内心喜んでいた。息子からそんな話をされるのは初めてだった。
「違うんだ」
「何が違うのよ」
「俺の好きな人は、グラウンド・オルタナスに居るんだ」
礼子は表情を止める。少し間を空け、返事した。
「でもグラウンド・オルタナスは消滅するんじゃないの。そうしたらもう会えないじゃない」
「そう。だから現実で会うことになると思う。それでどうなるかはまだ分からないんだけど」
礼子はお茶を口に運んだ。
「俺達は、メタバースの中で結婚したいと思ってるんだ」
大和が意を決する。
「だからもしこの戦いが終わって、全て片付いたら俺達の結婚を認めて欲しい。――本気なんだ」
礼子は向かいで正座する息子を見た。居住まいを正す。
「大和」
「はい」
「好きにしなさい」
「……母さん」
大和の口から零れた。
「貴方はまだ親になってないから分からないかもしれないけどね、親は絶対に子供の味方なのよ。周りから嫌われても、仕事が出来なくても、法律で認められていないことをしようとしていても。だから好きになさい」
「……ありがとう」
突如礼子が手を叩き、勢いよく立ち上がる。
「そうだ、メロンを買ってあるのよ。食べるでしょう?」
「うん、貰うよ」
「どんな味かしらねえ?」
礼子のご機嫌な声が聞こえてくる。
大和は、此処に帰ってきたいと思った。此処に帰って来て、もう一度礼子と平凡な毎日を過ごす。必ず。
「母さん」
「何?」
「お替わり」
「はいはい」
翌日、大和は礼子を安全な場所に避難させる。アメリカ国防総省の次官であるロバート・アレンがやって来て、礼子達をニューヨークに避難させる。
「大和君、ありがとうね。私達まで」
笹川家の桜子が言う。
「いえ、とんでもないです。母の話し相手になってやって下さい」
大和はロバートに頼み込んで、笹川家の3人の同行を許して貰った。
タワーマンションの前で大和は久々に笹川家の人達に会う。楓とは、実に15年以上振りの再会だった。
「大和君、お久しぶりです。私のこと覚えていますか」
「はい、覚えてます。よく遊んで貰いましたよね」
大人になった楓は素敵な女性になっていた。衣装は質素で化粧も薄いが、ナチュラル美人だった。話し方や雰囲気が誰かに似ている気がしたが、思い出す前に楓が次の言葉を発した。
「何か変な感じですね。昔は『やまちゃん』って呼んでいたのに」
楓と旦那との離婚は既に成立している。笹川家の実家に戻って親子3代で生活している。
「そういえばそうでしたね。懐かしいです」
大和の視界に子供が入ってきた。
「君が柊人君だね」
大和はしゃがんで視線を合わせる。
「こんにちは」
「こんにちはぁ」
柊人は今年小学校に入ったばかりの1年生だ、声が小さく目が泳いでいる。母親の楓に似て、くりくりの眼をしている。
「大和君に似ているでしょう?」
と、楓。
「え、どうでしょう。自分ではあまり分からないんですけど」
「いや、本当によく似てるわ、大和君に。ウチに来てた時とそっくりだもの」
桜子が会話に入ってきた。
「そうですか……。母さん、どう?」
「そうね、ちょっと気の弱そうな所が似ているかも」
大和はもう一度柊人を見る。微笑みかけるが、柊人は楓の足に隠れてしまう。
「あ、柊人。ごめんね大和君、また遊んであげてくれたら嬉しいな」
「はい、勿論です」
ぼんやりだが大和は柊人と遊ぶイメージが出来た。もし離婚して大変なら、代わりに遊んであげたい。自分が幼い頃、楓にそうして貰ったように。
「じゃあ皆さん、気を付けて」
出発の時がやって来る。
「大和もね。くれぐれも無理しないように」
「俺は大丈夫だよ。死んだってゲームの世界なんだから。こっちに戻ってくるだけだよ」
大和は礼子を安心させようとする。
「必ず帰ってくるから」
「じゃあ大和君、健闘を祈る」
アメリカ政府の車に乗せられ、ロバート達は去って行った。大和は母親が去った街を見る。住み慣れた街は閑散としていた。
このままグラウンド・オルタナスが成長を続けると、もっと人は減ってしまう。大和は決して現実世界が好きじゃなかった。寧ろ大人になるまでずっと生き辛さを感じていた。
だからグラウンド・オルタナスに感謝している。純粋にどちらの世界が好きか? と問われれば大和は即座に「グラウンド・オルタナス」と答える。
だが、どちらかしか選べないなら現実世界を選ぶしかなかった。自分で育てた世界を自分で壊す。グラウンド・オルタナスが壊滅する情景を思い浮かべると、胸が痛む。
それでもこの宿命は、避けられそうになかった。
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