第29話 別行動2
エリザとギランが洞窟の中を進んで行く。中は窮屈だ。人が2人通れるだけの狭さで、高さは2メートルしか無い。岩の壁には数メートルおきに蝋燭が灯されているだけなので仄暗い。魔法の光で辺りを照らす必要があった。岩壁や足元は凸凹で、地面に時折ある水溜まりが異臭を放っている。閉塞感があり酸が薄い。
洞窟は、緩やかな下り坂になっていた。徐々に地下へと下っていく。進むだけ周囲の気温は下がった。
「エリザ様」
ギランが前を行くエリザに話し掛ける。
「なんですか」
「小僧のこと、どうなさるおつもりですか」
2人の足音が響く。
「どう、とは?」
「小僧と、一緒になるおつもりですか」
「……」
ギランは2人の関係を知っている。付き合いが長くなる程2人の関係が強固になっていることにも気付いている。
ギランは疑惧していた。
エリザはジュベル、そしてラントの守護者だ。危機に陥った場合、まず民を護らなければならない。民を誘導し、災難から遠ざけ、授かった癒しの力で人々を平和に導く。それが精霊の務めだった。
しかし今のエリザを見ていると、不安になる。
ヤマトとの関係が深くなる余り、エリザが己の使命を疎かにしてしまうのではないか。民の運命より、ヤマトとの未来を選んでしまうのではないか。そんな恐れが浮かんでしまう。
もしヤマトが世界を滅ぼす使者だったとして、世界に歯向いた時、エリザは正しい決断を下せるだろうか。ギランの中でその懸念が膨らんでいた。
「それは分かりません。現時点で不明瞭な点が多過ぎますから。グラウンド・オルタナスがこの先どうなるのか、彼の正体は何なのか。彼次第でしょうね、彼の想いと、立場と」
「……」
だからギランは恐れているのだ。
エリザの父・アーノルドと母・リレアは、同じ方向を向き、結束し、互いの存在が相乗効果を生んでいた。しかし今のエリザは、未来の決断をヤマトに委ねてしまっている。ヤマト次第でエリザの決断が変わってしまう。
それはジュベルの精霊として健全ではない。ではもしヤマトが敵側だったとすれば、どうするつもりなのか。
エリザはヤマトに着いて行くのか? 自らの使命を捨て、ラントを見捨て、我々から離れて行くのか。
もしそうなるならば、その場合はこの手で2人を――。
「ギラン」
「はい」
「心配しないで下さい。私は判断を誤りません」
「――はい」
ギランもまた、己の使命を真っ当する為に自問自答を繰り返していた。
洞窟は奥に進むほど空間が広がっていた。入ってから1時間。現在は幅が5メートル近くになっており、徐々に魔物が現れ始めていた。
ブロックモンスターは四角形の岩の集合体で、自信の形状を変形させながら攻撃してくる。シャドウナイトは影から生まれる。物理攻撃が効かず、影の中に隠れるので倒しづらい。ブラッドバッドは尖った歯で敵の血を吸う。同時に相手の体内に毒を送り込む。その毒は眩暈・気分の低下・脱力を促す。2人は魔法を駆使して、敵を葬る。随時リキームで魔力を回復した。
直接攻撃が弱い2人は魔法に頼らざるを得ない。ギランは杖、エリザはクリティアのエネルギーを詰めたレールガンを所持しているが、攻撃力は高くない。普段前衛の2人にどれだけ助けられていたかを、エリザは痛感していた。
「私ももっと強くならないと」
奥へ進む2人。気温の低下が顕著だった。吐く息が白くなっている。
一定の場所から、壁が青白く光るようになった。エリザは氷かと思い触れてみが、それはクリスタルだった。プラチナ並の硬度で、光を反射させている。
開けた場所が現れ、明らかに雰囲気が変わる。巨大な空間で、物々しい雰囲気だった。ドームくらいの広さで全体がクリスタルの空間。
エリザは、何か大きな魔力を感じていた。だが、魔物は一匹も居なかった。
「ギラン。……何かが近付いています」
空間の中央まで来たところで、洞窟内が振動し始めた。地震か? いや、違う。それが何によるものか不明で、2人は身体を硬くした。振動は止むどころかどんどん大きくなる。魔法無しでは立って居られなくなるほどの激震になった。
何かが迫っている。この巨大な空間を揺るがす、未知数の何かが。
その「何か」は、2人に語り掛けてきた。
《誰だ、こんな所までやって来たのは。侵入者は直ちに立ち去れ――》
声は洞窟の奥深くから聞こえてきた。エリザが返答する。
「私は精霊の血を引く者です。予言をして貰いに参りました」
空洞に向かって声を放つ。声は大きな空間に吸い込まれた。着々と、「何か」が近付いていた。
《そなたが精霊だと? 精霊などもう半世紀見ていない。そなたが真に精霊だという証拠はあるのか》
「それは……」
《さては精霊の名を騙る偽物だな。許さん。私が葬ってやる》
揺れが一段と大きくなった。周囲のクリスタルが、地鳴りと共に揺れ動く。
奥の壁が爆発した。「何か」が穴から現れた。
クリスタルスネークだった。巨大な蛇。壁と同じ、青白く光る胴体。「予言の泉」の番人。
「エリザ様っ」
クリスタルスネークは出現と同時に高速の舌を伸ばしてくる。それをギランが防護魔法で防いだ。8つに分かれた舌はエリザに届く前に、氷の盾に阻まれた。蛇の口内へ戻っていく。
「ギラン。助かりました」
クリスタルスネークの舌は、最長200メートル伸びる。胴体の全長2・1キロで、クリスタルの鱗は防御力が滅法高い。舌で敵を捕らえ瞬時に体内に飲み込む。また、鱗の隙間から鋭利なクリスタルの破片を飛ばし、且つ毒素を噴出させる。口からはクリスタルレイを放ち、敵を消滅させる。
「エレンダ」
ギランが雷魔法を放つ。杖から複数の雷が飛び出し、クリスタルスネークに向かって飛んでいく。クリスタルスネークが大きく息を吸い込むと、胴体の一部がラクダのコブみたいに膨らむ。そして吐き出した。
クリスタルブレスだった。輝く息はギランの雷魔法を弾き、そのまま2人へと飛散していく。2人はそれぞれ魔法で防御した。周囲のクリスタルブレスが直撃した壁には、奥行き数メートルの穴が生まれる。この壁がクリスタルでなければ、ブレスはどこまでも貫通していた。
エリザは精霊魔法で応戦する。両手を合わせて念じる。数十の光る玉が生まれた。エリザはその光の玉を、クリスタルスネークに向けて飛ばす。光子でできたエレメントショットだ。クリスタルスネークは、長い尻尾を盾にエレメントショットから身を守った。
《目障りな。すぐに消滅させてやる》
「消えるのはお主の方じゃっ」
ギランは攻撃魔法を放ち続ける。雷魔法と氷魔法、炎魔法と風魔法、水魔法に闇魔法。同時に2つの魔法を合体できるのがギランの能力だ(三大古代魔法は覚醒能力)。
効果があったのは雷系と炎系、闇魔法だ。氷や水は属性からしてダメージが少なく、物理攻撃に近い風魔法は強力なクリスタルの鱗には効果が少なかった。
2人は武器での打撃を試す。エリザはレールガン、ギランは魔力をアスクレピオスの杖に乗せ攻撃する。しかし、元々の力が弱い2人の攻撃はあまり効かない。傷一つ着かなかった。
《精霊の力とはそんなものか。それではここより先には行かせられぬ――》
戦いが長引いて、2人は苦しくなってくる。
リキームの数は限られていて、クリスタルスネークの力の源であるクリスタルは、洞窟の壁から無尽蔵に蓄えられる。
「エリザ様、このままでは良くありません。我々の魔力だけが減っていく一方です」
「分かっています」
「私の最大魔法を放ちましょうか」
ギランがエリザに提案する。
「いえ、待って下さい」
エリザは敵の攻撃を避けながら、頭を回転させる。
ギランのメテオラは地上に居なければ威力が半減する。この深部まで届く彗星は少ないだろう。打撃は通じず、半端な魔法では大したダメージを与えられない。歴代の精霊様達はどうやってこのクリスタルスネークを倒したのか。
《逃げ回っていても効果は無いぞ――》
エリザはクリスタルスネークの胴体を観察する。光で見えづらかったが、しっかり傷付いている箇所があった。それは自らの精霊魔法が直撃した部分だった。
――そうか。
クリスタルの防御は、通常攻撃・通常魔法に強い。だが、聖霊の魔力には弱いのではないか。エリザはそう仮説を立てた。
「ギラン、少しだけ時間を稼いで貰えますか」
「お任せ下さい」
ギランはエリザを信じた。
エリザはギラン達から離れた場所で停止する。両手を合わせ、瞳を閉じた。
ストレイン家に伝わる、精霊魔法の最強術を創出する。
「精霊の神よ、世界を守護する力を与えたまえ――」
ギランは1人クリスタルスネークを相手にしていた。
「ウェルディ」
風魔法がクリスタルスネークを襲う。無数のかまいたちが飛び、青く光る鱗に当たる。胴体を微かな傷を付ける。
《その魔法は効かないと学ばなかったのか》
切り刻まれた大蛇の胴体が、みるみる塞がっていく。
「やかましいっ。ダークレイ、フレイズ」
ギランは魔法攻撃を続ける。エリザの為に時間を稼ぐ。
闇エネルギーの光線、そして炎の龍8体がクリスタルスネークに飛んでいく。その幾つかはクリスタルブレスで掻き消され、ダークレイの一部とフレイズの3体は敵に当たった。クリスタルスネークの胴体から煙が生じる。けれど即座に傷は閉じる。
《貴様の力では私を倒せん。もういい。滅ぼしてやる》
クリスタルスネークは天井に向かって唸った。すると、壁のクリスタルがギランに集中砲火する。死角からの攻撃に、ギランは避けられない。クリスタルの欠片が老体に突き刺さる。
「ぐううっ……」
前方は防いだギランだったが、右肩と左の腰にクリスタルのナイフが刺さっていた。ギランが、その場に蹲る。
《これで終いだ》
クリスタルスネークがギランのすぐ手前まで寄って来た。ギランは立ち上がれない。反撃する余力が無かった。
「ギラン、お待たせしました」
「エリザ様」
ギラン達の後方で、エリザの全身が神々しく輝いていた。彼女の周辺を囲うように光子が放出されている。光・闇・空・大地・風・時のエレメント。合計12のエレメントの集合体が、エリザを中心に弧を描いている。それらは光の線で結ばれていた。
「あれは」
ギランは光がエリザを纏うその光景を見たことがあった。それはエリザの両親であるアーノルドとリレアが、2人で協力して唱えていた魔法。
エリザから凄まじい魔力が解き放たれる。精霊最強魔法・アマンダンテだった。
「蛇の神よ、我が攻撃を許したまえ。――アマンダンテ!」
エリザがクリスタルスネークに向けて放った。世界を創造するエレメントが、大蛇を襲う。
《これは、あの時の》
クリスタルスネークは正面からアマンダンテを受けた。エレメントの塊が空間を覆う。クリスタルは宝石のように煌めいて散布した。
轟音と共に光に包まれる。光のエネルギーが洞窟内を埋め尽くした。数十秒経ち、光が消えて行く。
「これで終わりですね」
エリザの視界に、横たわる大蛇が映し出された。クリスタルスネークの胴体から光沢が失われていた。クリスタルスネークの力は洞窟の空間と連動しており、洞窟内は光を失っていた。
クリスタルスネークが息絶えかけていた。
「エリザ様」
ギランが足を引き摺りながらエリザに近寄ってくる。足や腰から血を流していた。エリザは回復魔法で傷を癒した。
「何とか倒せました。ギラン、貴方のお陰です」
「とんでもございません、私は自らの役目を全うしただけです。大蛇を倒したのはエリザ様のお力です」
ギランは感激していた。エリザの両親が、力を合わせて唱えていたアマンダンテ。それをエリザは1人で再現した。
精霊としての才覚、潜在能力は歴代の精霊の中でも最上位だ。あとは精神さえ成熟すれば、エリザは世界をも守護者する存在となるだろう。
「エリザ様っ」
ギランの治癒が終わり、今度はエリザの身体が沈んだ。消耗が激しかった。アマンダンテによると回復魔法による魔力の放出。倒れ掛けたエリザをギランが支えた。
「少しばかり、力を使い過ぎました」
「リキームを。この先はもう戦闘は無いでしょう」
ギランが残り数量となったリキームをエリザに使う。クリスタルスネークは地面に横たわり、まだ絶命していない。ギランが杖を横たわる大蛇に向けた。
「しぶとい奴じゃ。私がとどめを」
「ギラン、待って下さい」
エリザの言葉の後に、クリスタルスネークが口を開いた。
《見事だ、精霊の使いよ。予言の泉はこの先だ。進むが良い。我はもうじき消滅するだろう》
エリザはクリスタルスネークに歩み寄る。回復魔法を唱えた。
「エリザ様」
ギランは動揺する。
「大丈夫ですギラン。この方はもう敵ではありません」
「しかし、」
クリスタルスネークは、素直にエリザの施術を受ける。慈悲深い精霊を見上げた。
《我を生かしておけばまた侵入者を葬るぞ》
「我々精霊は救える命を選びません。全ての生命を守護するのです」
そういえば50年前の精霊も同じことを言っていた。とクリスタルスネークが回想していた。
《よかろう。そなたを真の精霊と認め、「予言の泉」まで我が誘おう》
「ありがとうございます」
エリザとギランは、クリスタルスネークの背に乗る。鱗は気を抜けば滑り落ちる程滑らかだった。
「予言の泉」までの道中で、クリスタルスネークが問い掛ける。
《精霊の末裔よ、そなたは何故予言を授かるのだ》
エリザが答える。
「世界は今混沌に向かっています。その行き着く先を知りたいのです。私には使命があります。元来精霊は、人類も動物も、魔物も、共存する思想なのです。私は貴方や他の生命の力もお借りしたいのです」
《承知した。それでは運命がそなたをどう導くか、自らの目で確かめるといい》
クリスタルスネークの背に乗ること5分。
《此処が予言の泉だ》
「此処が?」
エリザが溢す。クリスタルスネークが着いたと言うが、奥には何も見えない。ただ暗闇がどこまでも広がり、泉どころか何も無い。下は崖になっていて底が見えない。
「貴様、どうなっておる。何も無いではないか」
ギランが憤慨する。
《我は真実を述べている。『予言の泉』はこの奥にある。歴代の精霊達はこの先に進み、予言を授かった》
「その言葉を信じろというのか」
ギランは信じようとしない。エリザがクリスタルスネークに問い質す。
「本当なのですね」
《真実だ。命を救った相手を騙すほど、我は没落していない》
大蛇の言葉を聞いたエリザ。静かに目を閉じる。
すると、空洞の奥から水のせせらぎが微かに聞こえた。
「本当みたいですね。何かの魔力で視界が遮られているだけで、奥から音が聞こえます」
「何ですと」
ギランがエリザに従う。同様に音が聞こえた。
「本当じゃ……」
クリスタルスネークが言う。
《事前に忠告しておく。この空間は強力な結界が張られていて、どんな魔法も使えない》
ギランが浮遊魔法を唱える。しかし何も起こらない。
「これも本当です」
「ではどうやってこの崖を渡るのか」
エリザの問いに、洞窟の主が答える。
《真の精霊ならばこの上を歩けるようになっている。そなたが正統な血を引いているなら、可能な筈だ》
だが、暗闇の上には何も見えない。
「エリザ様、お待ち下さい。これは罠です。どう見てもただの穴にしか見えません。此奴は我々を陥れようとしています」
ギランがエリザに訴える。
《我はどちらでも構わん。このまま引き返そうが、そなた達の自由だ。好きにするが良い》
エリザは暗闇の奥を見据えた。
「行きましょう」
「エリザ様っ」
ギランの叫声。
「半世紀前に此処を訪れたのは私の祖父と祖母です。2人は確かに予言を授かったと記録が残っています。その予言を聞き、世界を平和に導いたと。2人はこの試練を乗り越えたのでしょう」
エリザが一歩前に出た。崖の縁に立つ。
穴まではあと一歩。小石が穴の中に落ちていく。それらが地面にぶつかる音はしなかった。
「ですが、」
「ギラン。これは世界を導く為です。その為には私も命を賭さなければなりません。私は真の精霊です。私を信じるのです」
ギランの不安は拭えていない。だがこのお方なら。とギランは己の主を信じることにした。
もしエリザが穴に落ちようものなら、ギランは命を賭して飛び込む気だった。
エリザは両目を閉じ、小さく息を吐く。精神を整え、自らに言い聞かせるように呟いた。
「行きます」
エリザが、何も無い空間に足を踏み出す。
「くっ」
ギランの口から声が漏れた。すぐに動けるように身構えた。
エリザの右足が、空中で止まっていた。そこに見えない足場が存在していた。
「エリザ様」
ギランは嘆賞の声を出す。
「ふう」
エリザは、その状態で深呼吸した。心臓は強く脈打っている。身体はまだ緊張が続く。冷や汗を感じながら、次の一歩を踏み出す。
左足も空中で止まった。エリザの身体が、完全に宙に浮いた。
後方で、ギランが大きく息を吐きだした。
「もう大丈夫です。此処で待っていて下さい。私は先に進みます」
「はい。どうかお気を付けて」
エリザは、一歩ずつ予言の泉に進んで行った。
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