第28話 別行動

「では行きましょうか」


「はい」


 時は少し遡り、惑星オラキュレスにて。


ヤマトとウォードがラントを発った数時間後、エリザとギランはジュベルを飛び立った。2人が到着した惑星オラキュレスは、別名「運命の星」。面積は小さく、ケイマン諸島くらいの大きさしか無い。


あまり存在自体を知られておらず、惑星の中には島が1つしか無い。その中には祠(ほこら)が1つあるだけで、惑星オラキュレスには人間が住んでいない。


 気温は非常に低く、年間平均気温は10℃以下。冬はマイナス25℃まで下がることがあり、稀に島周辺の海が凍りフロストフラワーが咲く。


この美麗な自然の花は人間の命を奪う猛毒を吐く。少しその毒を吸っただけで、人体の呼吸器官が破壊される。美しい花には毒があった。


海中にはリタンシャートという海中生物の王が潜んでいる。リタンシャートは湖に侵入してきた生物を、種族関係なく食い殺す。竜と鯨を合わせた見た目で、体長が2キロを超え、水流をコントロールする。海中で渦巻きを起こして津波を起こす。ノコギリみたいな歯が着いた口からは、水の抵抗をもろともしないレーザー砲を吐く。


 エリザ達は、島でたった1つの祠を目指す。湖の中央にある祠までは、幅1・5メートルの石橋が架かっていた。橋を作ったのはオラキュレスに遥か昔から住んでいる妖精だ。妖精はとても小柄で、成熟しても身長が130センチにも満たない。背中から羽根が生え、青磁色のオカリナを持っている。そのオカリナを吹くと水中からリタンシャートが現れ、妖精を脅かす生物を抹消する。


 エリザとギランは、水面から僅か15センチの石橋の上を歩く。湖の水面は硝子のようで、小石の波紋ですら目立ってしまう。


人間が珍しいのか、海中から多くの生物が2人を見上げていた。雪色のアザラシ、尻尾が生えた水縹色のカエル、紺碧の胴体を持つ水鳥。一際エリザ達に興味を持ったのは、シザーペンの子供だ。シザーペンとは湖の怪物と呼ばれる恐竜だった。


「ねえ、何処から来たの」


 エリザはシザーペンの子に話し掛けられる。子供と言っても体長10メートル以上で、水面から長い首が出ている。


「惑星ジュベルよ。知っているかしら」


「ううん、知らない。僕はまだ生まれて9か月しか経っていないから」


 シザーペンの子はエリザの隣を着いてくる。シザーペンの子の背中にはジュエリータートルが乗っている。ジュエリータートルの甲羅は、加工して宝石として売られている。その価値は数十億に上ることもあり、グラウンド・オルタナス内で人気がある。 


「世界には沢山の惑星があるって本当。前にリタンシャート様に教わったんだ」


「本当よ。人間もいっぱい居るし、鳥も動物も植物も沢山よ。いつか行けると良いわね」


 エリザが答えるとシザーペンの子はつぶらな瞳を輝かせた。


「ねえエリザ様。じゃあ僕を外の世界に連れ出してくれない。もう此処には飽きたんだ、毎日会うのも同じ仲間ばっかりだし、もっと色んな世界が見たいんだ」


 ギランが入って来る。


「これ、エリザ様に迷惑を掛けるでない。大人になってから主張せい」


「お爺さんに言ってないよ」


「小僧、ワシを舐めるなっ」


 ギランの煽り耐性はジュベル1低かった。


「ねえエリザ様。お願いだよ、僕を連れ出してよ」


 シザーペンの子が嘆願する。エリザの胸の高さまで頭を下げた。


「ゴメンね、連れて行ってあげられないの。それに貴方が居なくなると、お父さんやお母さんが悲しむわ。それは嫌でしょう」


 エリザが頭を撫でると、シザーペンの子は視線を下げた。


「うん、そうだね……。父さんと母さんを悲しませたくないな」


 エリザが微笑む。


「良い子ね。貴方が大人になったら、その時は一緒に何処かの世界に行きましょう」


 シザーペンの子供の目に輝きが戻った。


「分かった、じゃあそれまで待ってるね。またね、エルザ様、爺ちゃん」


「ワシにはギランという名前があってだなっ」


 シザーペンの子は高い声で鳴き、湖中に潜って行った。


「全く……」


不満を漏らすギラン。それからすぐに2人は祠の前に辿り着いた。


「此処ですね」


 祠はかまくらみたいなドーム型で、石で出来ている。入口前の左右に台座があり、その上に蝋燭が2本立っている。この蝋燭は「不滅の灯火」で途絶えたことが無い。火は雨に濡れても風に吹かれても消えない。妖術によって結界が張られているからだ。


「この中にあるのでしょうか」


「恐らく」


 エリザが答えた。


 1か月前、エリザは自宅の本棚を整理していた。グラウンド・オルタナスの世界について調べようとしていた。あとはヤマトについても何か手掛かりは無いかと。


 エリザはヤマトの変化に気付いていた。ヤマトが任務に同行する回数が減ったかと思うと、ウォードにも同様の変化が表れた。


 その理由をエリザは問い質さなかったが、不自然だと思っていた。ヤマトが理由を告げないのが初めてで、これまで不透明な部分が無かったからだ。


 そして発見した。他の惑星に行っている筈のヤマトが、深夜にラント郊外の荒野に居るのを。そこにはウォードも居た。


少し話した2人は宇宙船で何処かへ消えた。数日後エリザはヤマトにその日の話をそれとなく聞いてみたが、ヤマトは嘘を吐いた。それはウォードも同じで、彼らは口裏を合わせていた。


 彼らが隠し事をしていると知ったエリザは、その後も彼らが何処かに行くのを黙認している。彼らは何らかの理由で他の惑星に赴き、それを隠している。その理由は喜ばしくないだろうと考えられた。後ろめたい理由でなければ、隠す必要が無いからだ。


 やはりヤマト・アストラルはこの世界の破壊の使徒なのか? そしてウォード・フォーカスは加担している? ウォード・フォーカスは以前ラゾングラウドから寝返っている――。


グラウンド・オルタナスは、以前にも増して目まぐるしく変化している。異常とも言える速度で。爆発的に人口が増加したかと思うと、その分殺人事件が急増した。数か月前に出会ったものが、次に町に出向いた時に居なくなっている。そんなことが頻繁にあった。


ジュベルの統計では、殺人事件は前年比で2161%上昇という数字が出ている。これは誰の目にも異常な数値だった。


 エリザは世界について調べようと思い、その時見つけたのが予言についての本だった。その本には惑星オラキュレスと、「予言の泉」について書いてあった。


 予言の泉は精霊のみが立ち入ることができ、生涯で一度だけ未来を予言して貰えるという。予言された運命は変えられず、従うしかない。無理に予言を回避しようとすれば天変地異が起こり、世界は滅亡する。


洋書自体かなり古びていて、紙が黄ばんでいた。いつの時代の物かも分からず、信憑性は乏しい。よって予言の存在は半信半疑だったが、このまま流れに身を任せたままなのは良くないとエリザは考えた。それでは誰かの、世界を脅かす者の思うがままに未来が進む。


世界を切り開くには強い意志が必要だ。その意志だけが運命を変えられる。


そして、エリザはヤマトのことを信じたかった。予言を受ければもしかしたら彼の疑惑が晴れるかもしれない。エリザは惑星オラキュレスに赴くのを決意した。


「さあ、行きましょう」


「はい」


 惑星オラキュレスと聖なる祠は実在した。あとはこの祠の中にある、「予言の泉」まで進むだけだ。




 《3》


「お兄さん達、誰?」


 ヤマト達は双子と対峙していた。


 深夜まで待機し、双子が出歩くのを待った。人気が無い路地裏。赤茶色の煉瓦造りの建物に挟まれた路上でヤマト達は接触を試みた。


「小芝居はええねん。さっさと正体現せ」


 ウォードが躊躇わず少年に蹴りを放つ。双子の片割れは咄嗟に躱した。その動きを見てヤマトは確信した。工作員だ。


「お前達を消す」


 ヤマトが言う。右手に力を込めると手元が光る。剣を放出した。


「誰だよアンタら。ここいらの住民じゃないな?」


 双子の声色が変わった。


 ヤマトが切り掛かる。片方の少年目掛けて剣を振り抜いた。敵は横っ飛びしてヤマトの斬撃を躱す。


「こちらの身分を明かすつもりは無い。お前達を葬るだけだ」


 双子の1人が目を細め、それから冷笑した。


「は~ん、なるほどね。言わなくても分かったよ。アンタら最近増えてる『第三勢力』だろ」


 サルマ達のようにグラウンド・オルタナス内で生まれ、グラウンド・オルタナス第一主義とする組織は「第三勢力」と呼ばれる。


「お前達の質問には答えない」


 片割れは嘲笑している。


「答えなくても分かるよ。敵対する国の工作員なら僕らに情報が入ってる筈だからね。


おい、ケビン。コイツ等『第三勢力』だ、始末するぞ」


「分かった、ネビン。すぐに終わらせよう」


 双子がその場で跳躍する。足元が光ったかと思うと、そこにペニーが出現した。ペニーの下部が光り、エネルギーを放っている。変幻自在に宙を飛び交う。


 あはははは、と双子の笑い声が煉瓦造りの建物に反射する。


「返り討ちにしてやるよ」


「そうだ。この世界は既にお前達の物じゃないんだ」


双子は姿を眩ました。


「クソガキども、隠れよった」


 ウォードがキレる。双子の声が暗闇の中から返ってきた。


「誰だか知らないけど、僕らの邪魔をしないでよね」


「そうだ。僕達は世界の為に戦っているんだ」


 ヤマトが言い返す。


「お前達の戦いは現実世界でやれ。グラウンド・オルタナスを巻き込むな」


「そうや。じゃかあしいねんガキ共。子供は家に帰ってはよおねんねせい」


 ヤマト達が立っている場所に何かが飛んでくる。同時にそれを躱した。地面を爆発させたのは、数本の弓矢だった。


 戦闘が始まった。 


 敵の弓矢が連続で飛んでくる。放たれた矢が、次々に地面やビルの壁面に刺さっていく。さながらマシンガンのようだ。


ヤマトは動き続けて敵の攻撃を躱す。双子はどちらも弓使いだったがタイプが違った。一撃の攻撃力が高いネビンと、連射型のケビン。


 双子はペニーで空を飛び、空中から矢を放ってくる。ペニーは最速時速80キロまで出る上、上下左右が自由自在。双子は動き回りながら攻撃してくる、攻防一体の戦闘スタイルだ。


「アンタの相手は僕だよ」


 自然と1対1の構図が2つ生まれる。ヤマトの相手はネビンだった。


ネビンの矢をヤマトは剣の側面で受ける。ヤマトはファルシオン型の剣を出現させている。幅40センチ・長さ2メートルの巨剣だ。


 ネビンの矢は威力が大きく、プラチナのファルシオンでも衝撃を受けて弾かれる。体勢を崩されている間にまた次の矢が飛んでくる。


反撃したいヤマトは、ネビンの矢を受けずに躱す。ファルシオンを消し、ブーメランを出現させた。


 ヤマトはビルの3階の高さを飛んでいるネビンに向かいブーメランを放り投げる。ブーメランは直径2メートルで、遠心力を伴って回転して飛んでいく。


「邪魔だ」


ネビンはブーメランを矢で撃ち落とそうとするが、ブーメランは不規則な軌道で当たりづらい。1撃目は外れ、2発目はブーメランの回転が弾く。3発目でようやくブーメランを止めた。


「残念だったね」


 ネビンはヤマトが居た方に視線を戻す。そこにはヤマトは居ない。


ヤマトは赤煉瓦のビルの壁を走って上っていた。ブーメランは攻撃であり陽動だった。ビルの壁を蹴ったヤマトは、ネビンとの距離を縮めるのに成功した。グラディウス型の剣を出現させ、ネビンに対して剛剣を振り下ろした。


 斬撃はペニーの裏面に当たった。ネビンの小さな身体が宙に飛ぶ。ネビンは3回転し、空中でペニーに着地する。


「へえ、武器を変えられるのか。でもそれで僕に勝てると思ったら大間違いだよっ」


  *


 少し離れた場所で、ウォードとケビン。


 ケビンが高速で放つ矢にウォードは手こずっていた。自分より手数の多い相手と戦った経験が今まで無かった。ケビンはマシンガン超える速さで矢を放ってくる。その数は毎分1200発、1秒間に20発という速度だった。全てを弾くのは無理だと悟ったウォードは、動き続けて躱す。一か所に留まると蜂の巣にされてしまう。


「ほらほら。逃げてるだけじゃ僕には勝てないよ」


 ケビンがウォードを煽る。


「喋るな、クソガキ。すぐにやり返したるわ」


 ウォードは両足に「氣」を集中させる。脚力を上昇させ、スピードを上げた。矢を躱しながら、徐々にケビンとの間合いを詰める。マンションとマンションの壁を飛んで上がっていき、ケビンの高さに到達した。


「死に晒せ、クソガキっ」


ウォードは飛び蹴りを放つ。しかしその攻撃は直前で避けられてしまう。


「ちっ」


「狙いは悪くなかったけどね。でも攻撃の後ががら空きだよ」


 攻撃を躱したケビンが、下からウォードを狙い撃ちする。宙に居るウォードは身動きが取れない。ケビンの矢を受けるしかなかった。幾千の矢がウォードを襲う。


「はははは。めった刺しだあ」


 ――避けられん。


 ウォードは両手をクロスさせガードする。足に集中させていた「氣」を今度は身体の前方に集める。円形の「氣」の盾で矢を弾いた。


 防御に徹したウォードが落下していく。そのまま地面に落ちた。宙からケビンが降りてきて、やや浮いた場所からウォードを見下ろす。


「口喧嘩は強そうなのに実際の戦闘は大したことないねえ。その程度かい?


もしかしたら向こうももう終わってるかもね。速く済ませて見に行こうかな。――うわっ」


 ケビンがよそ見していると、青白い光が飛んできた。


ケビンは紙一重でそれを躱した。


「何だっ?!」


 眼下でウォードが立ち上がっていた。


「まあまあやるやんけクソガキ。でもこのウォード様を倒すのはなあ、1兆年早いわ。ワイはグラウンド・オルタナス最強の戦士。ワイを倒せるのは神だけやっ」


 ウォードの全身から、青白い光が膨出している。


ウォードが両手を前に押し出す。掌から、大量の青いソニックブームが噴出される。高速でケビンに向かって飛んでいく。


 ケビンはペニーで移動してウォードの攻撃を躱そうとした。が、ソニックブームは追跡型だった。何かに当たるまで標的に向かっていく。


数十枚の「氣」の刃が、ケビンを切り刻んだ。


「おい、ガキ。まだ技があるんやったらさっさと出せ。そうやないとすぐ終わらせてまうぞ」


 体に刺さった矢を抜きながら、ウォードは不敵に笑った。

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