第3話
3羽のスズメがベージュやブラウンの
石畳の上で仲睦まじく、
チュンチュンと鳴きながら、
移動していた。
学校の生徒たちが昇降口に向かうと
同時に、バタバタと屋上の方まで
飛び交って行く。
スズメはカラスと違って警戒心が
強すぎる。
少しでも人間の気配を感じると、
逃げ飛んでいく。
食べやしないのにと思いながら、
白いポロシャツと黒いズボンを履いた
白狼龍弥の妹でもあり、
白狼雪菜の叔母でもある白狼いろはが、
渡り廊下を歩いた。
S高校の弓道部顧問でもある。
インターハイで準優勝した経験もある
いろはは、高校教師で、担当科目は国語を
担当していた。
今日は朝練習を見に、弓道場の脇の通路を
歩いていた。
部員たちが、射場に3名が立ち並んで、
順番に的場に狙って打っていた。
とても集中していて、
静かだった。
的に刺さる矢の音が響いていた。
ちょうど打ち終わったところに、
いろはが部員たちに声をかけた。
「おはようございます。
みんな、今朝の調子はどうかな?」
「おはようございます。…ぼちぼちですね。」
弓道部 副部長の平澤凛汰郎が、
ため息をついて言う。
「もうすぐ、定期戦があるから、
気合い入れていかないと。
副部長!ファイト。
あれ、それはそうと部長はどうした?」
「それが…。」
遠くからバタバタと走ってくる音が
聞こえてきた。着たばかりの
道着が乱れている。
「すいませーーん。
寝坊しました。」
ドタバタと息を荒くして、
荷物を床にドサっと置いた。
「おはよー。」
叔母でもあるいろはは、白狼雪菜の前に
顔を近づけた。
急いできたせいか、息が上がっていた。
目をつぶっていた顔を上に上げると
いろはがいた。
「わぁ!!」
後ろに体を倒してしまう。
「先生、顔近すぎ〜。
食べられるかと思った…。」
「雪菜、遅いよ。
食べる訳ないでしょう。
部長なんだから、
後輩に見本見せないと…。」
「先生、そんなこと言わないでください。
白狼先輩はドジだけど、
やることはしっかりやってますから!!」
後輩である高校2年の
雪菜をフォローした。
「紗矢ちゃん…。ドジって。
フォローしてるようでしてないよ。」
「あ、ごめんなさい。
とにかく、部長を任せられるくらいの
成績をのこしてるんですから、
遅刻の1つや2つで
怒らないでください。」
「菊地さん、フォローするのは
いいんだけどね。
この子のためにならないのよ。
え、雪菜。ちょっと待って、
遅刻の1つや2つって。
もしかして、遅刻の常習犯?」
「あ、あ、あ。
えっと、荷物ロッカーに
置いてきまーす!」
雪菜は慌てて、
荷物をロッカーに運び入れて
その場からごまかすように逃げてった。
「まったくもう。
ごめんね、姪っ子ながら、
部長させてもらってるのに、
部員たちのご迷惑になってないかな。」
「迷惑だなんてそんなこと誰も
思ってません。
遅刻は…
10回中、5回早く来れれば
良い方ですから。
白狼先輩は優しくて面倒見がいいですよ。
みんなから慕われていますし。
尊敬します。」
「え!? 10回中、5回って。
ほぼ、半分は遅刻してるじゃない。
それは、部長たるものよろしくないわね。
あとで、家族で起こしてもらうよう
指導しておくから。
まぁ、みんなから慕われてるなら
問題ないけど…。
私も、朝練習はどうしても、たまにしか
顔出せてないんだけど、
しっかり者の後輩がいてくれて
助かるわね!!
ね!平澤くん。君、副部長でしょ?」
「…あぁ、まぁ、そうですけど。」
「雪菜のフォロー、頼んだわよ?
副なんだから。」
「……。」
雪菜とあまり関わりたくないのか、
無言を貫き通す。
雪菜の次に、弓道の成績は良い方の平澤は
どちらかといえば、人と関わるのが苦手が
タイプだった。
必要最低限の会話しかしない人だ。
改めて、部員みんなと先生に
お辞儀と挨拶をする雪菜は、
スイッチが入ったようで、
練習に真剣に取り組んだ。
呼吸を整えて、黙想し、
弓を片手に2本の矢を持った。
弦をぐいっと引っ張り、少し間を置いて、
的に目掛けて1本の矢を静かに放つ。
少し時間を置いてからもう1本の矢を
放った。
さすがは、部長である雪菜は、
どちらもど真ん中に当てることができた。
人間、どこか欠点がある。
雪菜にとって
それは、朝起きられないというところ
なんだろう。
それを見ていた副部長の平澤は
面白くない顔をした。
真面目に遅刻してない自分は
いつも成績が振るわない。
練習も何度も繰り返してるのだが、
なかなか真ん中の的に当てるのが、
2本を1セットとしてそれを10回やって
やっと2本が真ん中に当たる。
確率が低かった。
部長である雪菜に先を越されると焦りが
あるのかメンタルがブレる。
悔しくて、練習の後、
平澤はまともに話さない雪菜の横で
ボソッとつぶやく。
「お前に部長はつとまらない。」
睨むように通り過ぎる。
それを言われた瞬間、
雪菜は平澤が向かう方に体を向けた。
すでにこちらを見ていない。
部長と副部長の関係性は
弓道の因縁のライバルであった。
今まで、まともに会話が
成立したことがなかった2人、
必要なことだけしか話さない。
学年は同じ高校3年生。
距離が縮まった気がして、むしろ雪菜は
嬉しかった。
でも、言葉がチクチク突き刺さる。
平澤凛汰郎の
寝癖のぴょんと立った仕草とか、
不意に見せる矢が的に当たった時の笑顔。
ずっと前から、見ていて、飽きない。
高校1年の時からずっと同じ部活。
見ているだけで、満足していたのに
自分が嫉妬されてることに
驚きを隠せなかった。
かなり近くにいるのに、
話したこともない。
みんなでする挨拶時くらいだ。
部長、副部長という肩書きを持ってから
思いもよらず、急接近した気がした。
***
「おはよう!雪菜。
ちょっと、聴いてよ、
昨日のラインでさ。」
朝練習を終えて、
雪菜はざわつく教室の席に
着いていると、
親友の
登校してすぐに声をかけてきた。
「おはよう、心結。
どうしたの?」
「あのねぇ、部活の佐藤先輩、
OBなんだけど、ライン誤字ったの。
お母さんがお父さんに買い物頼んでって
『玉ねぎ買ってきて』ってそれを先輩に
送っちゃった。
なんて返ってきたと思う?」
「え、それは、困る内容だよね。
なんて返事来たの?」
「そう!!
『じゃがいもは入りますか?』だって。
ノリが良いよねぇ。
きっと佐藤先輩も本気にとっては
ないと思うんだけどさ。
カレーでも作るのかなって
思われたのかも。」
「じゃがいもって出てくるのはいいね。
間違いですって伝えたの?」
「もちろん言ったよ。
わかってて、返事したって言ってた。
でもでも、その後、今度遊びに行こうって
言われたんだ〜。
チャンス到来だよお、どうしよう雪菜。」
雪菜の両手を握って踊り出す。
「え、心結、佐藤先輩狙ってたんだ?」
「うん。実はそうなんだ。
なかなかね、でも逆にライン誤字って
良かったなって思ってる。
お母さん、玉ねぎありがとうだよ。」
「あ、うん。
よくわからない話になってるけど、
とりあえず、よかったね。」
ニコニコと笑って、心結を祝福した。
「雪菜はどうなのよ?」
「私は、まだまだ叶わない恋だから。」
「え!!白狼さん、好きな人いんの?」
近くで聞いていた
「え、ま、まぁ。
そうだけど。
ごめん、なんで、向井くん、
話に入ってくるの。」
「あー、いや、白狼さんは
クラスのアイドルだから。
好きな人の情報は男子のみんなが
気になるのよ。」
「え? は?」
「そうそう。隣のクラスでも言ってるよ。」
「いやいやいや。
それはないっしょ。」
「あるんだって。」
「だって、私はモテないよ。
告白されたことないし。」
「みんなの白狼雪菜だから告白なんて
恐れ多いのよ。高嶺の花で、届かない。」
「嘘っぽい。
付き合ってる人もいないのに。
冗談うまいんだから、向井くん。」
ニコッとはにかんで、
やり過ごそうとした。
「いいよ、俺。
その第1号の彼氏になっても。」
「あ、心結、消しゴム多く持ってない?
忘れて来てた。」
「持ってるよ。
はい、いちごの香りの消しゴム。」
「ありがとう。」
「俺の話は?」
向井の話は、うまい具合にスルーされた。
「え、向井くん、何か言ってた?
ごめんね、ほら、先生来ちゃったから、
前見た方がいいよ。」
雪菜の方に体を向けていた向井は姿勢を
正した。
「起立、注目、礼、着席。」
日直が号令をかけた。
「おはよう、今朝のホームルームは、
数学の小テストやるぞ。
そういや、
もうすぐ個人面談もあるから、
進路考えておくんだぞ。」
担任の小林は、先頭の座席から小テストを
配り始めた。
高校3年となると、
試験対策で小テストも難易度も
高くなっていた。
数学教師の親を持つ、
雪菜は、遺伝もあるのか、
数学を解くのは好きな方だった。
部活も勉強も忙しい時期だが、
雪菜なりに楽しんでる方だ。
悩みの種が次から次へと出てきたのは
事実だが、それが、
矢が的に当たらない邪念の一つだ。
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