ソネットフレージュに魅せられて

もちっぱち

第1話

暑い日差しが降り注ぐ。


蛇口から水がバチャバチャと落ちている。

額からの汗が止まらない。


ツーブロックの髪でも、

汗が滴り落ちるくらいだった。


頭から水をかぶった。

多少の涼しさを感じたが、

それでも、蛇口から出る水は生ぬるかった。



異常気象と言われるくらいの

最高気温34度を記録した。


今日も暑くて、熱中症と思われる症状が出て、

倒れる生徒もいるくらいだった。


ホイッスルが鳴った。


「そろそろ、今日は終わりにしようか。」


「確かに、いつもより暑いですしね。

 他の部活でも、途中で終わりにしている

 ところもあるみたいです。

 先生、野球部にも伝えて来た方が

 良いですか?」


「ああ。頼んでいいか。」


「大丈夫です。

 んじゃ、行ってきます。」


 サッカー部キャプテンの佐々木和哉ささきかずやは、

 部室にある気温と湿度計を外に出して

 警報並みの気温になっていることを

 確認した。


 隣で練習している野球部の部長に

 声掛けに行った。


 サッカー部顧問の白狼はホイッスルを

 鳴らして、部員を集めた。


「今日は、いつも以上に気温が半端なく

 高いから、練習はこの辺にしておこう。

 明日の朝練習に備えて、

 体調管理を整えておくように。

 熱中症でマネージャーの齋藤が

 早退したから、みんなも注意して

 塩分と糖分を多めに取るんだぞ。

 後藤、悪いけど、

 これ、みんなに配って。」


 白狼先生は、

 副キャプテンの後藤大貴ごとうたいき に塩分チャージ飴を部員全員分

 配るよう指示した。


「はい、わかりました。」


「お疲れ様でした!」


 部員全員の挨拶がコートに響くと早急に

 ボールとゼッケンの後片付け

 マネージャーも帰ってしまったため、

 部員15人で手分けして、

 掃除を行なっていた。


「んじゃ、先に帰るな。

 お疲れ様。」


 顧問である白狼龍弥は、

 数学担当の高校教師、

 サッカー部の顧問である。


 今年で43歳になった。


 外部コーチに頼むこともできるが、

 今日は、そのコーチが休みのため、

 日曜日でも出勤していた。


 部活の指導も入れると

 教師は公務員と思われているが、

 土日も部活指導すると、

 ほぼほぼ毎日が出勤になる。


 どうしても、用事があるときは

 コーチとバトンタッチで交代することも

 あるが、指導熱心なため、なるべく

 休まないようにしていた。


「先生!!待ってください。

 来週の練習試合は渡辺コーチですか?

 白狼先生来れないんですか?」


「ああ、悪いな。

 その日は予定が入ってて、

 申し訳ないんだけどさ。

 娘の部活動の県大会に見に行くんだよ。」


「あー、娘さん。

 あれ、俺たちと同じ高校生でしたっけ。

 何部入ってるんですか?

 すごいですね、県大会。」


「県大会って言っても、

 戦える学校が少ないからさ。

 すぐに県大会になってしまうんだよ。

 弓道部なんだよ。」


 校舎まで続く階段を登りながら、

 サッカー部の部長の佐々木と話す。

 生徒と話すのも嫌いじゃない。

 

 いろんな生徒がいるなと

 自分の若い頃と照らし合わせながら

 若さをもらってる気がした。


「弓道部、かっこいいですね。

 広瀬すずちゃんみたいな、それとも

 芦田愛菜ちゃんみたいな雰囲気

 ですかね。」


「テレビの見過ぎだろ?

 別に、全然似てないからな。

 娘は本当に普通の子だから。

 狙うなよ?」


「先生の娘さんと付き合うってなったら

 俺、生きられないかもしんねぇっす。」


「それどう言う意味?

 大丈夫、縁は無いから。

 職場の身内とは関わり持たないようにする

 からさ。」


「先生、ヤキモチ焼きっすね。

 彼氏が来たら、ちゃぶ台

 ひっくり返す派ですか?」


「いやー、我が家はダイニングテーブル

 だから無理だろ。」


「先生、そういう意味じゃないですけど。

 まぁ、いいや。

 その次の試合は来てくださいよ!

 それじゃぁ。」


 佐々木は、階段を駆け降りて、

 部室に戻った。


 白狼は、手を振って別れを告げ、

 校舎の職員専用昇降口に

 向かった。



「部活、お疲れ様です。」


 職員室に着くと、隣の席の

 国語担当 熊谷充希くまがいみつき

 先生に話しかけられた。


「お疲れ様です。

 そろそろ退勤時間じゃないんですか?

 残業してたんですか?」


「そうなんです。

 クラスのテスト問題作ってました。

 朝のホームルームにやらせようと

 思いまして…。」


「仕事熱心ですね。

 しかも教科違いの数学じゃないですか。

 大丈夫ですか?」


「白狼先生に確認してもらおうと思って、

 待ってたんですよ。

 うちのクラス、数学がダントツで

 ワースト1なんです。」


「それは困りましたね。

 これがその問題ですか?」


白狼は熊谷が作った小テストを見た。


【次の数式の同類をまとめて整理せよ。】

 ①3xーx2+4x+5+2x2=

【次の分数を少数で表せ。】

 ②1/6=


「これ、高校1年生に出しても

 問題ないですよね?

 一応、ネットで調べて…。

 数学の教科書なかったので、

 白狼先生に最後チェックして

 もらおうと。」



「熊谷先生、なんでネットで…。

 生徒から教科書借りればいい

 じゃないですか。

 国語担当だからって。

 まぁ、チェックしましたが、

 大丈夫だと思いますよ?

 この解答ってちゃんと調べてますか?」


「あ、はい!!

 ……って、あれ。

 分からなくなりました。

 教えてもらえませんか?」


 スマホを取り出して、チェックしたが、

 どこを見たか分からなくなり、

 探すのも面倒になったようだ。


「ったく…。仕方ないですね。

 これは…。」


 白狼は、デスクに座り、

 ペン立てにあった鉛筆を取り出して、

 答えを書き始めた。


 スラスラと解いていく。


 ① 3xーx2+4x+5+2x2

 =(−1+2)x2+(3+4)x+5

 =x2+7x+5


 ② 1/6

 =0.16666

 =0.16


「これで良いと思いますよ。

 …あ、すいません。

 着信が鳴ったので。」


 白狼は、書いたプリントを熊谷の席に

 置くと慌てて、席を離れて、廊下に出た。


 バイブレーションがズボンのポケットで

 鳴っているのに気づく。


 着信の相手は妻の菜穂からだった。


「もしもし、菜穂?

 どうした?

 もうすぐ帰るところだけど、

 何かあった?」


『仕事中にごめんね。

 帰りにトイレットペーパー買ってきて

 欲しいの。

 すっかり無くなってるの気づかなくて。』


「あー、そう。

 はいはい。わかった。

 種類は何でもいいよね?

 シングルとかダブルとか。」


『何でもいいよ。

 高くなくて良いから適当に。』


「わかった。

 んじゃ、買って帰るよ。」


 スマホの通話終了ボタンをタップした。


 職員室の引き戸の影から、

 熊谷が覗いていた。


「奥さんからですか?」


「え……まぁ、そうですけど。

 聞いてたんですか?」


「羨ましいですね。

 電話かかってくるなんて。」


「何言ってるんですか。

 熊谷先生も結婚なさってる

 じゃないですか。」


「もう、我が家は

 熟年夫婦のような関係ですよ。

 お互いに干渉もしなければ興味もない。

 空気のような存在……。」


 何となく、愚痴が長くなりそうだと思った

 白狼は、そっとデスクに置いていた

 バックを取り、抜け出そうとした。


「白狼先生、お帰りですか?」


 背後霊のように、背中に現れる。


「…こわっ!

 いや、もう、買い物頼まれてるので、

 帰りますね。

 お先に失礼します……。」


 バックで顔を隠しながら、

 おどろおどろしい熊谷の横を

 通り過ぎた。

 夕方5時半を過ぎていたので、

 妖怪のように不気味に見えた。


 本当はろくろ首なんじゃないかと妄想を

 掻き立ててしまった。


 白狼は足早に校舎を出て、

 駐車場にとめていた車に乗りこんだ。


 ブツブツと忘れないように

 トイレットペーパーと繰り返し唱えながら

 車を運転して、

 ドラックストアで買って帰った。


 時々、仕事帰りに頼まれる買い物も

 気分転換になって良いなと感じていた。

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