第4話 あやのん……?

「ごちそうさまです。美味しかった」


「そう言ってくれたらここに連れてきた甲斐があったわ」


 店から出て俺は奢ってもらったのでお礼を言った。


「あのさ……連絡先交換しない?」


「えっ?」


 まさか連絡先を交換しようなんて言われると思ってなくて俺は一瞬聞き間違いかと思ってしまった。


 いやいやいや、あのいつも男子が連絡先を交換したいって言ってもはぁ?とか言って返す唯川が俺に連絡先を交換しないかってこれは夢だろうか。


「か、勘違いしないでよね。別にあなたのことが気になるから連絡先を交換するとかじゃなくて、ただまぁ、連絡先知ってて損はないでしょ?」


 ツンデレなのはいいけどそれはもう隠せてないんだよなぁ。


 けど、連絡先を交換できることは俺にとっては嬉しいことなので断る選択肢はなかった。


「まぁ、またこうしてどっか行くかもしれないしな……」


 あっ、また何か言われるなこれ。勘違いしないでとか、またなんてないわよとか。


 自分の発言に後悔していたが、唯川は小さな声でボソッと呟いた。


「そ、そうね……はい、交換しましょ」


 スマホのQRコードを読み取ると『あやのん』という人が追加された。


「あやのん……?」


「ぬわっ! み、見なかったことにしなさい!」


 そう言われても書いてあったし。そう思い、もう一度確認すると名前が変わって『綾乃』となっていた。この瞬間で変えたな。


「さっきのは舞桜が勝手に変えてそのままになってただけ。言っとくけど自分のことあやのんって言ったりしてないからね!?」


「は、はぁ……」


 別にあやのんと自分のことをそう呼んでいても何とも思わないんだが……。むしろ可愛い。


「あなたは……良太のんにしてみない?」


「絶対しない。呼びずらいし」


「面白くていいと思うわよ」


 呼んでもいいって言ったらおそらく唯川はその名前でいじってくるだろう。だから絶対に却下だ。


「なんか、スタンプ送ってよ。もしかしたら送れないとかあり得るかもしれないから」


「わかった」


 最初だしよろしくねスタンプとかでいいか。無料スタンプのクマがよろしくクマとか言っているスタンプを押し、送信した。


「あっ、来た……よろしくクマ……あなた、こういうの好きなの?」


「いやいや、それ、無料スタンプだから。可愛い動物スタンプが好きとかないから!」


「そ、そう……」


 唯川は俺の話を聞きながら何かを打っており、数秒後、俺のところに彼女からのメッセージが来た。


『今日はありがとう。楽しい放課後を過ごせたわ』


 メッセージを見た後、すぐに彼女のことを見ると目をそらされた。


「な、何かしら?」


「いや……連絡先交換して良かったなと」


 口にはしてくれないけどこうやってメッセージで送られるのもいいな。


「そ、そう……そう言えばあなたの家、どっち?」


「俺は駅前通ってすぐのところ。唯川は駅の方か?」


 もし、同じ方向ならば途中まで一緒に帰ろうと誘うことができる。


「えぇ、私、電車で来てるから」


「そっか、なら駅まで一緒に────」

「却下。付き合ってるとか思われたくないし。どうするのよ、もしクラスメイトに見られたら」


「いや、そんときは偶然帰ることになって的な言い訳をしたらいいんじゃないか?」


 そう言うと唯川は何言ってんの?みたいな目で見てきた。


「カフェに寄って今は5時。たまたまにしても何かして一緒にいたんだなぁと相手は思うわ」


「そうだけど、お互い寄り道してたら偶然会ったみたいなシチュエーションも普通にあるだろ」


「あるかもしれないけど……」


「また昨日みたいなことが起きるかもしれないだろ? だから駅まで一緒に行かないか?」


「……そ、そうね。橘がいたら心強いし駅まで一緒に行ってあげるわよ」


 何で上から目線。まるで俺が寂しくて1人で帰れないと唯川に頼み、彼女がしょうがないわねと言う状況みたいだ。


 カフェから駅に向かって横に並んで歩く。それにしても話すときは話せるのになんでたまに無言で気まずくなるのだろうか。


「なんか、こうして歩いてたらカッ───」

「何? 今、何て?」


 こ、怖っ! 何てって言われましてもまだ最後まで言ってないんですけど!?


 彼女から昨日、絡んできた男達に向けたスマイルを今度は俺に向けられ、俺は何もないですと言って先ほどの言葉の続きは言わないことにした。


「じゃ、また明日。カバン空いてるわよ」


「えっ!?」


 手をヒラヒラとさせて駅の改札を通って行った唯川に言われて、俺はカバンを見たが、カバンはちゃんと閉まっていた。


(これは……なっ!)


 改札を通った唯川を見ると彼女は悪魔のような表情で笑って階段を上っていった。


「か、からかわれた……」







***







 夜11時。宿題を終え、そろそろ寝ようとしたその時、唯川からメッセージが来た。


『橘っていつも何時くらいに家出てるの?』


『7時50分くらいかな』


 なぜ何時に家を出ているのかと聞いてくるのかわからないが、聞いて何の意味があるのだろうか。


『そう……駅には何分?』


『ん~、8時くらい?』


 駅に何分に着くとかそんな情報いるのだろうか。


『ふ~ん。おやすみ』


『うん、おやすみ』


 おやすみ……って。聞きといてふ~んはないだろ。




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