十章 体育祭
第61話 体育祭に向けて
「えっ、本当においしかったんだから。ね、太一くん?」
教室に着くなり鈴音ちゃんとお土産の話を始めた渚。GWにバイトに行ったキャンプ場はもともと半分以上が牧場だった場所だった――とは渚のお母さんの話だけど、昔の伝手で近くの養豚場とも付き合いがあるらしい。オーナーの濱田さんはキャンプ場と並行して、そこの豚肉を加工してお土産にしたりしてる。
「うん、朝食で食べたけど旨かったよ。スーパーで売ってるベーコンとはまるで別物」
濱田さんが言ってたけど、ちゃんと燻製で作ったベーコンなので香りがいいらしい。
僕もバイトに慣れ、渚と和解した三日目の朝、ようやくそういう話ができるようになった。
「そうじゃなくて。仮にも女子へのお土産が肉ってどうなのよ」
後でうちに寄ってと言った渚は、仁科さんと鈴音ちゃんへのお土産にベーコンやソーセージを選んでいた。まあ、お金を出したのはお母さんなんだけど。そして鈴音ちゃんは――最近の渚はすっかり肉食系に変わってしまった――と嘆いた。
――そこ嘆くところなの? 別に太ったわけじゃないのに。
「――で、渚。この写真は何? 盗撮?」
「あっ、それはね、百合ちゃんが送ってくれたの」
ん?――鈴音ちゃんの言い草では山咲さんの撮った写真の話かと思っていたけど…………百合ちゃん?――奥村さんの写真って?
さりげなく鈴音ちゃんの背後に回ってスマホを覗き見ると、そこには暗闇の中、寄り添う二人、白く浮かびあがる口づけする二人の顔。全体が白黒っぽく、どう見ても普通に撮った写真じゃない。
「ちょっと!? 渚、この写真は何!?」
「えっ、まだ見てなかった? 今朝送ったの」
「なんかSNSの共有ドライブにたくさん写真が入ってたのは知ってるけど全部は……。てかこの写真、誰が撮ったの!?」
「えっと……百合ちゃん。なんか夜中でも昼間のように撮れる高いカメラで……」
「いや、なんでそんなの許可したの!?」
「ちょっと幸せのワンシーン記念が欲しかったので……」
既に登校してきて席に座っている奥村さんを見やると、渚に向かって親指を立ててウインクをしていた。両目瞑ってるけど……。渚も親指を立てている。この二人は……。
「(幸せのワンシーンっていうより、変態っぽい盗撮にしか見えないわよこれ)」
鈴音ちゃんが声を潜めて放った言葉に渚は開いた口を閉じられないでいた。
「どうしたんだい太一? 鈴代さんが手に負えないようなら僕が引き取ってあげるけど?」
「渚はやらない」
「やだなあ。鈴代さんじゃなくて太一を引き取ってあげるんだよ」
「太一くんはあげない!!」
「お前ら朝から痴話喧嘩してないで席付け。SHR始めるぞ」
担任に言われて着席を促される。
うちの担任、最近、曽根先生に何か吹き込まれたらしくて、まるで僕がいつでも女性問題の中心に居るみたいに思われてるんだよな……。
◇◇◇◇◇
「じゃあここからは体育祭実行委員の宮地さんと大村くんにお願いしますね」
その日の午後、
――いや、お前委員長じゃないのかよ。
黒葛川は最近、星川さんの補佐みたいな状態だ。皆がうっかり星川さんを委員長と呼んでしまうのも理由だったが、星川さんも言われて堂々としているからか、あるいは本人もその気なのか、黒葛川に指示を出すような関係に慣れつつある。黒葛川、あれで意外と真面目で字も綺麗だからいいんだけどさ……。
「ではでは出場競技を決めていきましょう! あ! 綱引きは競技の時に人数調整するだけで基本全員参加だからね!」
宮地さんの言葉に黒葛川が――綱引き:全員――と書く。いや、大村が書けばいいじゃん。
ちなみに大村は星川さんの彼氏なんだそうだ。二人とも卓球部。
現在、2-Aには運動部でレギュラー張るくらいに部活に力を入れてる生徒は渡辺さんくらいしかいない。例えばバスケ部で頑張ってるらしい要注意人物糸井は成績が落ちたのか2-B。
ただ逆に運動が苦手と言うわけではなく、演劇部を運動部に含めるなら男子も女子も半分くらいは運動部で、それ以外でも運動は得意、或いは好きな相馬や新崎さんみたいなのがごろごろ居る。そんなわけで、100m走やスウェーデンリレー、男女混合リレーなんかは結構な希望者が居た。
「みんな知ってるかい?」
誰がやるか決めかねているところに声を掛けてきたのは鈴木。
「――A組ってね、他のクラスから見ると特別視されているんだ。彼らはこのクラスを凄いって思ってると同時に機会を見つけて追い落とそうとしてるんだよ。そんな彼らには体育祭ほど都合の良いイベントは無いんだ」
またそんな適当なことを言って煽って……。
クラスのほとんどは鈴木の言葉に首を
「うん、それはあると思う。それに少し前まではA組は怖いし気取ってるって思ってたし」
今はそんなことないよ――と姫野は笑顔を皆に向ける。
「確かにあるな。A組とB組、それ以外では対抗意識のようなものが根強いと思う」
板書していた黒葛川がそう言うと、他の女子も続く。
「同中の友達とか、そういうの心配してくれる子もいるよ」
「部活の友達、私にはそうじゃないけど、A組の他の子には余所余所しかったりするね」
なるほど。このクラスの中にカーストはなくても、学年全体ではハイカーストの位置付けなのか。そう考えると、あまり
「いいじゃない。もともとB組には一方的に対抗意識燃やされてるんだから、今年は優勝取りに行って学年全体に見せつけてあげましょう」
立ち上がってそう言ったのは新崎さん。
「――HR終わったら皆で着替えて運動場集合してタイム計るわよ。部活の子は別の日で」
おおー!――と、新崎さんにクラスの殆どが同調し、他の競技への割り振りも進んでいった。なんか無駄に仲がいいんだよな、このクラス。最終的にクラス内で選抜して勝てる布陣を組もうということになる。
ただ、当然運動が苦手なクラスメイトだって居るわけで、肩身の狭い思いをするはず。
例えば男子の場合は田代や山崎なんかはその手の仲間だったんだが……田代はなんだかんだ騒ぐのは好きで新崎さんのノリに合わせていた。山崎は渡辺さんがやる気なので体育祭も頑張るっぽい? 他の男子……いや、苦手そうなの僕だけ!?
そして女子。
ノノちゃん――なんと相馬と一緒にリレーを希望してたよ。ノノちゃん大丈夫なの?
姫野――もともと走り回るのは好きらしい。ええっ――て感じだけど、小さい頃からヒロ君と一緒にサッカーしてたとか。
七虹香――運動は得意じゃないらしいが、騒ぐの大好きでスタミナあるのでノリノリ。
後の女子も、文化部含めて運動は別に苦手じゃない。うちの演劇部とかパワー系だしなあ。
渚――渚は今回、頑張るって言ってた。運動好きな女子でも避けていた1500m走に立候補していた。
みんな教室の前の方に集まって、あーだこーだと話し合っていたが、その雰囲気に馴染めず、僕は教室の後ろで立ち尽くしていた。ただ、その雰囲気から取り残されているクラスメイトがもう一人居た。
――三村だ。
「……なんだよ、瀬川も運動音痴かよ」
「三村も意外だな」
「私は別に……高校デビューした陰キャが無理してただけだから」
三村は以前ほど七虹香や萌木たちと教室で馬鹿騒ぎしなくなったし、猥談もほとんどしなくなった。渚や姫野と大人しくしていることの方が多くて調子が狂う。
「――渚が走るのにいいのかよ」
「ああ、うん、一応誘われてるから立候補はするつもり」
「1500かー。しんどいわ」
「渚に誘われたりしてない?」
「誘われた――」
「じゃあ――」
「――けど、やめとくわ」
「――そうか」
教室の前がすこし静まったのを見計らって、僕も1500m走に立候補しておいた。
太一くん、遅い!――って言われたけど、渚も三村の様子を伺っていたようだった。
◇◇◇◇◇
「ああ、確かにそれはありますね。私も鈴代さんたちはともかく、他のA組の人ってちょっと構えてしまってました」
翌日、文芸部を訪れた時に学年カーストの話をすると、小岩さんがそう言った。
「……でも七虹香さんとか、最初は怖かったですけど優しいですよね。オタクに優しいギャルみたいな」
坂浪さんはニコニコしてそう言うけれど、本人とか一年の女子の認識ではギャルじゃないっぽいんだよね。
「それ、進学コース以外はクラス替えがあるのも理由じゃないスかね?」
「え、そうなの? 成績順じゃなくて?」
「そうじゃないとオレ、1-Cじゃなかったから。あと今年は2-Eッス」
「成績順でC組から一人ずつ順番に取ってるって噂だよ。だから西野の言うように一般コースだけの交流が深まるってのも確かにあるかも」――と相馬。
「えっ、じゃあ恋人同士でずっと同じクラスで居ようと思ったら進学コース維持がいいんですか?」
僕たちの会話に雫ちゃんが首を突っ込んできた。
「なになにー? 雫、好きな男でも居んのー?」
「1-Aはイケてる男多いよねー」
「お兄ちゃんっ子はやめたのかなー?」
十川さんたち三人にいじられる雫ちゃん。ただ――。
「そうだよ雫ちゃん。ラブコメには理想的な環境なんだよ。だから勉強頑張ろ」
「はいっ、鈴代先輩っ!」
「いや渚、コメディにしなくていいからさ……」
渚とずっと同じクラスなのは確かに嬉しいけどコメディは困る。七虹香とか奥村さんとか鈴音ちゃんとかを積極的に巻き込もうとする渚には困っている。逆に新崎さんとか山咲さんには警戒する渚の境界線が分からないでいた。
「そういえばですけど、由子ちゃんがまた浮気したらしいです」
「「「えっ!?」」」
「なるちゃんが? 誰と?」
ノノちゃんの問いかけに――う~ん――と首を捻る雫ちゃん。
成見さん本人は珍しく文芸部に顔を出していなかった。
「兄が言うには、新しいクラスで一緒になった男子
「らしい――って本当かなあ?」――と渚。頷くノノちゃんも同意見のようだ。
「またって、そもそも相馬の時は付き合ってなかったでしょ?」
成見さんとノノちゃんが相馬を追っかけて文芸部に入った頃、成見さんと雫ちゃんのお兄さん、つまり柏木祐希くんとは仲の良い幼馴染というだけで別に付き合っていたわけでは無いと聞いている。
「兄としてはそういうつもりじゃなかったと思うんです。だって、二人は小さい頃に結婚の約束をしたって言ってましたし」
「「「ええー!?」」」
「……こ、これが幼馴染力……」
「……それ、なるちゃんは――幼馴染ならみんなやるでしょ――って言ってたから本気じゃないと思う……。幼稚園に入る前の話って言ってたから」
ノノちゃんの話に――いや、皆はやらないでしょ――って思ったけど、どっちにしてもえらく昔の話だった。
「祐希くん、何かめちゃくちゃ拗らせてそうなんだけど……」
そんなことを言ったら――兄を瀬川先輩と一緒にしないでください――と雫ちゃんに言われてしまった。
――僕も人のことを言えないのは理解してるけどね……。
ただ――太一くんは拗らせてなんかないから!――と渚に言い返された雫ちゃんはしどろもどろになっていた。
――渚には守られてばかりで、もうちょっと何とかしないとなとは思った。
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新たなる波乱の幕開けです!
(波乱どこ……ここ……?)
ちなみに作者は1500m走とか走ったことないので1500m走警察の方、ご容赦ください。
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