第59話 キャンプ 1
「疲れたぁ~、もう無理ぃ~」
そう言いながら渚は僕に抱きついてこようとする。慌てて彼女の両胸――を躱して両肩を抑え、辛うじてハグを回避した。
「ストーップ! 渚……食堂でご飯食べてるお客さんも多いんだからさ……」
「……ワワワワワタシモ……」
お喋りゲージが尽きてオーバーフローを起こしているのはノノちゃん。実は、僕らと同じくデート代で金欠気味な相馬たちも誘って四人でバイトに来ていたのだ。ノノちゃんを心配し、相馬は二人の世界でお話を始める。
実はノノちゃん、今朝まで親にお泊りを心配されていた。迎えに行った際、――テントで相馬と二人ではなく、ちゃんと寮で男女別の部屋だから――と説得してきたところ。ただ、ノノちゃんの家に寄ったら寄ったで、渚のお母さんに初めて会ったノノちゃんのお父さんが鼻の下を伸ばしたおかげで奥さんに怒られ、心配されるどころじゃなかったけど……。
渚とノノちゃんは売店兼受付の手伝いをしていた。
二人とも目立ってかわいいのでお客さんに話しかけられまくったようだ。
「ナンパとかされなかった? 渚」
「それは大丈夫……山田さんが助けてくれてたから」
渚はそう言うんだけれど、その山田さんというのはアルバイトの大学生。女の子に慣れた感じのイケメンなのが僕の心をざわつかせていた。ここでのアルバイトにも慣れているらしくてレンタル品の貸し出しを渚たちに教えてくれている。普段は初心者キャンパーに指導やアドバイスなんかもしてるそうなのだけれど、今日はずっと渚とノノちゃんの面倒をみているっぽいのがちょっとだけモヤモヤしていた。
ただ、それを心配する余裕がないほどに僕らも僕らでへとへとだった。
僕と相馬は着いてすぐに力仕事に駆り出され、草刈り機で刈った草を傾斜のあるキャンプ場で登ったり降りたりしながら運んだところ。昼からは見回りが主だと言われてるけれど、ただ歩き回るだけでも太腿がパンパンになりそうだった。
◇◇◇◇◇
「じゃ、そろそろ行こうかー?」
食事後、休憩室での長めの休憩を終えると吉田さんという大学生のアルバイトの人に声を掛けられる。僕と相馬を引き連れて外の仕事を行う、教育係とも言える人なんだけど、この人がまた健脚でついて回るのが大変。
「たっ、太一くん……その……大丈夫?」
「ん……昼寝したから」
休憩室では渚との会話もあまりなく、僕もいつの間にか眠っていた。
渚は何か言いたげだったけれど、そのままそれぞれの仕事に戻った。
昼からは相馬と二人、見回りの仕事を教わった。川の方は従業員のだれかが見てくれているらしいので、それ以外の場所でお客さんが禁止されてることをしていないかとか、危ない所はないかとか見て回ったりゴミを拾ったり。
夕方になると薪や炭を運ぶ力仕事にも駆り出され、夕飯の頃になると二人してへとへとだった。ただそれでも、男なんだからこのくらいこなせるような体力付けないとななんて相馬と話していた。
夕食後、四人とも疲れていたのもあってか食堂での会話も少なく、風呂に入った後はすぐに部屋に戻って寝てしまった。
◇◇◇◇◇
翌日の朝、従業員さんや臨時のアルバイトの人たちに合わせて早い時間に起こされる。ちゃんとバイト代に還元してくれるからと、怪我の無いように準備運動としてラジオ体操。僕と相馬、それからノノちゃんは寝ぼけ眼なのに比べて渚は元気。毎朝早い時間に走ってるもんね。ただ――。
「ふーんだ」
――渚はなんだか機嫌が悪かった……。
「瀬川、スマホ見てない?」
そう言ってきたのは相馬。
相馬はノノちゃんと何やらアイコンタクトで意思疎通していた。
朝ごはんに食堂へ向かう途中、スマホを開いてみると――。
『太一くん』
『太一くん?』
『太一くん寝ちゃった?』
『ノノちゃんは相馬くんとお話してるのにー』
『太一くんのバカー』
メッセージがいっぱい来てた……。
「瀬川、寝ちゃってたからなあ」
「う~ん……僕が寝たあと、どうしてた?」
「和美に呼ばれて休憩室でしばらく話をしてたかな。和美も疲れてすぐに寝ちゃったけど鈴代さんはまだ起きてたみたい。俺とはほとんど話をしなかったし」
いや、疲れて寝てしまっていたのは悪かったけど、そんなに怒ることないのに……。
食堂で朝食を取る間も僕と渚は会話の無いまま。
食堂には僕ら以外にも従業員さんや他のアルバイトの人たちが居て、そちらでは楽しそうに話をしていた。
「渚ちゃ~ん、お隣がカレシ? そっちはノノちゃんのカレシ? 紹介して?」
さっきまで仲間内で話していた女の人が椅子をこっちに向けて話しかけてきた。渚は硬い口調で返す。
「こっちが……瀬川くんで、そっちがノノちゃんの彼の相馬くんです」
「初めまして、
僕と相馬が岸田さんに挨拶すると、三人の男の人が――。
「ね! マジ高校生!? レベル高くない!?」
「うちの大学でも見ないくらいの逸材じゃ?」
「連絡先交換しよ。オレの車で来てんだけど――」
――などと一斉に、渚たちに話しかけてきた。が――。
「ストップ、ストーップ! カレシ持ちの高校生に手を出さないお前ら!」
岸田さんが三人の前で両手を振り振り制止する。
「――ゴメンね、大学生ってだいたい出会いも求めてバイトに来てるから……」
「若い女の子は年上相手と付き合う方が失敗しないよ?」
「そうそ。年上の方が余裕あるし、色々リードしてあげられるから」
「デート代だって余裕あるから楽しめるしさ」
岸田さんが止めるのも聞かず、アルバイトらしいその三人は渚たち――というか渚に迫る。渚はちょっと困った顔で返答しかねていたけれど、やがて顔を伏せ気味に僕の方を上目遣いで見てくる。
「あの? 彼女に用があるなら僕を通してもらえますか?」
思わず立ち上がってそう言ってしまった。
僕が文句を言ってくるとは思わなかったのだろうか、呆気に取られる三人だった。
「高校生の方がよっぽどしっかりしてるじゃないの」
岸田さんは僕らを――オーナーさんの親戚だから手を出すなよ――と釘を刺しておいてくれた。
渚はと言うと、助け船を出してあげたのにまだちょっと機嫌が悪いみたい。
いつもなら喜んでくれるのに……。
その後、渚たちは一時間ほど自由時間。高校生だからか一日ぶっ通しでは予定を組まれてはいなかった。僕と相馬は吉田さんに連れられてキャンプ場の片付けなんかに駆り出される。そうして僕と相馬が長めの休憩に入ると、入れ替わるように今度は渚たちが忙しくなる。お客さんのチェックアウトやレンタル品の回収、地元のお土産の販売なんかで売店はごった返していて声を掛ける暇もない。
◇◇◇◇◇
「和美、おつかれさま」
お昼の休憩に入り、相馬がノノちゃんに声を掛ける。
ノノちゃんは――ふぎゅう――みたいな声を漏らしたかと思うと相馬に抱きついていった!
これには僕もびっくりした。食堂で人も居るのにノノちゃんの行動は意外だった。渚も驚いた様子。だけど渚は僕をしばらく見て、またそっぽを向く。
抱きつかれた相馬はと言うと、――瀬川どうしよう!?――みたいな顔でこっちを見てきた。ノノちゃん、相馬の胸に顔を埋めたはいいけれど、いつもは白い耳が真っ赤になっていた。相馬も同じく。
「ほ、ほら、いつまでも仲良くくっついてないでご飯食べよう」
二人を促して食事の席に着くが、ノノちゃんは顔が真っ赤なままだった。
――恥ずかしいクセに何やってんのノノちゃん!?
◇◇◇◇◇
「あら、こちらにいらっしゃいましたか」
食堂で、思わぬ声を掛けてきた女性に驚く。
いや、私服で一瞬誰だか分からなかったが、それは髪をアップにした山咲さんだった。彼女はパンプスだとか春ニットだとかアウトドアとは無縁そうな可愛らしい私服で現れた。
「ちょっと琴音、ひとりでうろうろしないで……ぁ……」
そう言いながらやってきたのは奥村さん。上はリネンっぽい長袖で下はゆったりめのパンツ。靴もヒールが無いので山咲さんと違ってまともだったけど、ゴロゴロといくらか場違いなスーツケースを引き摺ってきた……。
「ほんとに来たんだ……いや、予約入れてたとは聞いてたけど……」
「あら、瀬川くんたちがバイトするから来てあげたのに、そんな言い草はないわよね?」
奥村さんに続いて現れたのは新崎さん。相馬も苦笑いしている。
新崎さんはアウトドア用のブーツに下はスキニー、上はTシャツにデニムのジャケット。荷物もナイロンのバッグにまとめてあった。
「いやさ、バイト先に知り合い来られても困るんだけど……」
「休みに皆で遊びましょうって言ったのを、デート代? 稼ぐためにリゾートバイトするって断ったのは瀬川くんたちでしょう?」
「新崎と違って俺たち小遣い少ないんだよ……」
僕と相馬が新崎さんと話してる間、渚とノノちゃんは――百合ちゃん来てくれたんだ~――と、奥村さんと山咲さんの相手をしていた。
「渚ちゃんたち、せっかくだからテントまで案内してあげてくれる? 1時間くらい余分に休憩してきていいから」
ニコニコとした髭面で声を掛けてきたのはオーナーの濱田さん。
なんでも、新崎さんたちは『手ぶらでキャンプコース』を予約してきたらしい。彼女たちのテントは朝、山田さんたちが張っていた大型のテント。いや、手ぶらでキャンプって何だよ。キャンプする意味あるの?――みたいに思ったけど、雰囲気を楽しむための初心者向けに何から何まで準備してくれるグランピングと呼ばれるサービスは珍しくないとか。
まあ仕事なら――と、新崎さんたち三人を案内していく。宮地さんと鈴音ちゃんも誘ったらしいけど、宮地さんが彼氏とデートで鈴音ちゃんもパスしたらしい。
案内した先はでっかいテント。三人どころか六人くらい余裕で寝られるんじゃないかというテントで、中を覗くと地べたにシートなんてもんじゃなく、屋外へ設置したベッドみたいな分厚いマットにテントを被せたみたいになってる。
「ええ、なにこれすご……」
「大型のバッテリーまで置いてあるんだけど、新崎」
「ええ、だって電気が来てないと不便でしょ?」
思わず相馬と顔を見合わせる。金に余裕のあるやつはよくわからんな。
「えっ、これって百合ちゃんたちのテント? すごいね」
「外にベッドがあるみたいで不思議ですね……」
渚と奥村さんがそんな話をしながらスーツケースを上げてる。
「瀬川くんと鈴代さんをひと晩ここに放り込んでみたいですね」
うふふ――と冗談めかす山咲さんだが、渚と目が合うと、ツンとして向こうを向いてしまう。
テントや道具の使い方なんかは僕らに分かるはずもなかったので、すぐに山田さんがやってきてその辺を新崎さんたちに教えてくれる。焚き火台だとかコンロなんかの火の取り扱い方を説明すると、渚やノノちゃん、相馬も興味深そうに聞いていた。
まあ、僕が居る必要は無さそうだったので早めに切り上げて管理棟へと戻っていった。
◇◇◇◇◇
「あれっ? 友達は?」
管理棟へ戻ると声を掛けてきたのは吉田さん。
「あー、女子ばっかりの間に居るのって居づらくて……」
まあ、相馬も居たんだけど。
「そうなんだ。今日は体力余ってる? 暇なら薪割りとかやってみる?」
「はあ、じゃあせっかくですし」
吉田さんに連れられて建物の裏手で薪割りを体験させてもらった。
◇◇◇◇◇
そろそろ時間かなと思って昼からの見周りの仕事に戻る。すると――。
「あ、居た居た。――琴音、居たわよ」
――なんて寄ってきたのは新崎さん。
「瀬川くん、ちょっと鈴代さんに頼んでレンタルしてきたんだけど――」
「ハイハイ、何を運べばいいんですかね……」
新崎さんたちは重いものは運ばないだろうなと管理棟へ向かおうとすると、右に新崎さん、左に山咲さんに挟まれ、それぞれ腕を取られる。さらに反対方向へ。
「――ちょっ、ちょちょっと!」
「いいから来なさい」
「ふふふ、両手に花ですね、瀬川くん」
クスクス笑う山咲さんだが、こんなところを渚に見られるとマズい!
そのまま連行されてきたのは新崎さんたちのテント。
そこでは奥村さんが憮然とした顔で待っていた。その傍にはキャンプ場の客らしき男性が三人。
奥村さんは僕たちを見つけると少しだけ顔を綻ばせ、小さく手を振った。
「ほら、彼氏連れてきましたよ。ちゃんと居るでしょう?」
「あー、えっと、彼は誰の彼氏?」
僕を彼氏などと呼んだ新崎さんに、三人の男の一人が問いかける。
「私の」
「私のです」
「私も……」
――三人が自分の彼氏だと主張した。
「いやいやいやマジ? 彼、三股だっていうの?」
「高校生だよな?」
「三股はヤバない?」
ええ……。
呆気に取られて為すがままの僕は、そのまま三人にテントへと連れ込まれる。
「テントの周りで野暮はおやめになってくださいね。それでは」
外の三人にそう声を掛けて山咲さんはテントの入口を閉じた。
--
太一ピンチ!
それは置いといて2ヶ月以上も更新無くてスミマセン。2ヶ月以上前からこの話を書いたり消したりしてたんですが、何が面白いかわからなくなってしまっていました。面白くもないときはぜひハッキリ言ってください。前からこんな感じだったよ?――てならスミマセン。
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