第42話 親友と彼女

 祐里は昨日、遅くまでうちに居た。母が泊っていけばと言ったけれど、彼はまだ部屋が片付いていないからと帰っていった。駅までの道程が心配だったので送っていった。彼には過保護すぎると笑われたが、――ありがとう――と感謝もされた。


 転校生と言うのは歓迎されたりされなかったりでいろいろだけど、うちのクラスは元からの和気藹藹わきあいあいとした雰囲気もあって歓迎されていた。周囲のクラスメイトと楽しそうに話す彼は、中学のころに見た彼とはまた違って見えた。


 中学一年のころ、僕と祐里はクラスから孤立していた。ひと月もするとそれは徐々にイジメに変わった。だけど彼は、居場所さえあれば怖いものなんてないよと、僕が学校での居場所になってあげるよと言ってくれた。何度も自信を失いかけた僕は、その度に彼の言葉に助けられた。


 二学期も半ば、とても中途半端な時期に父と母は急かすように僕を転校させた。それはイジメから守ってくれたゆえのことなのかもしれない。けれど、祐里にはゆっくり別れを告げることもできず、確か――ごめん――というメッセージを最後に、お互いに連絡が途絶えてしまったように思う。



 ◇◇◇◇◇



 朝はいつものように渚と駅で待ち合わせをして一緒に登校する。


「そういえば昨日、ずいぶんと長電話してたみたいだったけど――」


「ああうん。ちょっとその……お母さんと……」


「あれ? また実家の方に行ってるの?」


「ううん、そういう訳じゃないんだけど、ちょっとね。メッセージしか送れなくてごめんね」


 渚は何か話したくないような雰囲気だった。

 珍しいけれど、喧嘩くらいするのかななんて思っていた。



 ◇◇◇◇◇



「あれ? 瀬川、鈴代さんは?」


 昼の休み時間、ノノちゃんと渡り廊下で弁当を食べていたらしい相馬が教室に戻ってきて僕に聞いた。


「あっ……っと、祐里が頼んでたから校舎を案内してると思うよ?」


「……瀬川お前、傍に居なくていいのか?」


「え、なんで?」


「いや、その……鈴代さんが他の男と二人きりなんて心配じゃないのか?」


「いや、相手は祐里だぞ。そんな心配は無いよ」


「親友なら瀬川が案内してやればよかったんじゃないのか?」


「あ……」


 確かにそうだった。親友だったのなら、誰も知り合いがいないこの学校で、校舎を案内するなら自分が最適だとは思った。けれど何だろう。その考えには至らなかったし、何故か別にそれでもいいと思った。


「――僕にばかりというのはよくないと言うか、皆と仲良くなって欲しいと言うか……」


「それにしたって……」


 祐里が渚と一緒に戻ってきた。祐里は相変わらず笑顔を絶やさない。渚も打ち解けてくれているようだった。



 ◇◇◇◇◇



 放課後、渚と帰ろうとすると傍に居た祐里が声をかけてくる。


「今日も太一の家、行っていいかな。実家からいろいろ送ってきたんだけど、お土産になりそうなものもあったから持ってきたんだ。昨日は手ぶらで行ったのに夕飯までご馳走になっちゃったしさ」


「ん、ああ、いいけど――」


「悪いね。太一借りるね、鈴代さん」


「あっ、いい、いい。全然大丈夫だから」


 渚も一緒に――と言おうとしたけれど言いそびれてしまった。まあ、祐里がそう望んでるならいいか。渚もああ言ってるし。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、渚と登校してきて席に着く。

 後ろの入り口から入ってきた奥村さんが席に着くと――。


「……おはよう」


「奥村さん、おはよう」


「……瀬川くんは今日、体調悪い?」


「えっ? いや、別に悪くはないかな」


 挨拶以外で話しかけられてちょっとドキッとしてしまう。


「……そう?」



 ◇◇◇◇◇



「今日は気のせいかクラスが静かだったなあ」


 四時間目の体育を終え、更衣室で山崎がそんな話をしていた。


「そうか? 変わんないようだったけれど」


「いや、静かだって。な、田代?」


「光、お前もまだまだ見る目が無いな」

「なにっ?」


「今日静かだったのは七虹香ちゃんにいつもの元気が無かったせいだ。わかるか?」

「なるほど。で、何でだ?」


「ん?」

「いや、だから何で七虹香ちゃんが静かだったんだ?」


「バカ、お前わかるだろ? 女の子にはいろいろあんだよ」

「なるほど?」


 山崎と田代のバカ話は置いといて、確かに笹島のあのうるさい声を聞いていないな。



 更衣室を出ると、広い廊下の方で渚を待つ。さすがに女子更衣室のすぐ前で待つわけにもいかない。うっかり中が見えたりすると申し訳ないし。


 待っていると更衣室の方から渚とそれから祐里が連れ立ってやってくる。


「太一くん、お茶買いに行こ」


「ああ、うん」


「僕も総菜パンを買いに行くから行こう。太一」


「ああ」



 ◇◇◇◇◇



 渚とお茶を買い、それぞれの席で弁当を食べる。鈴音ちゃんと姫野は渚の近くの席を借りて一緒に食べていた。僕はというと、相馬、それからノノちゃんと一緒に食べている。僕としては――お二人でご遠慮なく――といいたいところだけど、相馬は――ノノちゃんの手作り弁当を食べるときは甘えてるから大丈夫だ――と。


「それよりも親友が一人なのを放っておけるかよ」


 確かに、田代と山崎は窓際の席で悠々自適な生活をしている。となると相馬くらいしか弁当に付き合ってくれる友達は居ない。そもそもうちのクラスには春休みの間に仲良くなったカップルが多い。多少仲が良くなったとはいえ、男子の友達よりも今は恋人を優先するだろうし、周りにカップルが増えたら女子に声をかけようと頑張る男子も増える。


「まあ、ありがたいけどね」



 弁当を食べ終えると笹島がやってくる。

 笹島は珍しく何か言い淀み、やっとのことで口を開く。


「……ちょっと太一、あれはどういうこと?」


 何を言い淀んでいたかはわかった。今ちょうど、祐里と渚が教室を出て行くところだったからだ。


「どういうことって、渚が祐里に校内を案内してるんだよ?」


「……だよ? って、太一は何も言わないの?」


「いや、言ったよ。祐里が渚に頼みたいって言うから。渚にもいいんじゃない? って」


「あんたもっと独占欲強くなかった? 渚の話だと独占欲強そうって思ったんだけど!?」


「いや、そんなに怒るほどのことじゃないでしょ? だって祐里だよ?」


「そこがちょっとおかしいのよ! あれ本当に親友?」


「それは間違いない。中学のころ、僕の居場所になってくれた親友」


「あたしが見る限り、親友って感じじゃないのよね。あんたとあいつ」


「そんなこと言われても、陽キャの笹島にはわかんないよ。僕ら、昔はクラスで孤立してたもん」


「んぐ……」


 笹島は言葉を詰まらせて、怒ったように廊下に去って行った。

 まあ、三村が後を追っていったから大丈夫だろう。


 ただ、傍に居る相馬も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



 ◇◇◇◇◇



 放課後、渚と一緒に帰ろうとすると祐里が声をかけてくる。


「太一、買い物付き合ってくれないかな。この辺のお店とかよくわからなくてさ、足りないものが多いんだ」


「ああ、うん。構わないよ。一人暮らしとか大変だろうし――」


 その話を聞いていた渚と目が合った。


「あ、大丈夫だよ。私もちょっと買い物に行きたかったし、鈴音ちゃんとお出かけするね」


 じゃあ――と言って、渚は鈴音ちゃんの方に行った。



 ◇◇◇◇◇



 結局、昨日は配送しなかった分の荷物を二人で持って、祐里のアパートに行った。ついでに料理の練習台になってくれと言われ、お礼に夕飯をご馳走になった。まだ習いたてのレシピサイトを見ながらの肉じゃがではあったけれど、及第点は取れていたと思う。


 渚と登校し、自分の席に着いていると後ろの入り口から人が入ってきた気配。

 ただ、その気配は通り過ぎて僕の左側からは現れない。


 ん?――と思って振り返ると、そこには中腰で僕の方を覗き込んでいた奥村さんが居た。


 思わぬ距離で顔を見合わせてしまった僕は――ガタッ――と椅子を鳴らして腰を浮かせた。それなのに奥村さんは落ち着いたようすで腰を伸ばし、僕の顔をじっと見降ろしている。


「えっと、何でしょう?」


「瀬川くん、体調悪いでしょう。なに? ストレス?」


「いや、何で? 別に普通だけど」


「だってにお…………いえ、何かいつもと違うもの」


「普通だから大丈夫。奥村さんが心配するようなことは何もないよ」


「瀬川くんが体調悪いと私の平和が乱されるのよ」


「へ?」


「百合さん百合さん、ちょっとストップね。瀬川くんは気にしないで」


 山咲さんは教室に入るなり奥村さんにそそくさと歩み寄った。

 彼女は荷物を奥村さんの席に置くと、奥村さんを連れて廊下に出て行った。


 やがて戻ってきた二人。


「百合はね、なんていうかそのぉ……そういうの見分けるのが得意なの」


「カウンセラとかセラピストみたいな?」


「そうそう、そんな感じのね。――それで瀬川くんがすごくストレス感じてるって言うのよ。百合も優しいから他人が辛そうなの放っておけないのよね」


 なんだかいつもの山咲さんと違って歯切れが悪い。


「マジで!? 俺も体調悪くてストレスかも」


「帰って寝てろ……」


「えっ……」


 何故か横から自身のストレスを訴えてきた田代が無残にも奥村さんの言の刃で斬り捨てられた。

 よかったな、田代……。


「まあでも、何もないんで……ほんとに」


「わかりました。そこまで仰るのなら、お昼休み。少し付き合っていただけませんか?」


「えと何を……」


「何でも構いません。お昼を召し上がったあと、空けておいてください」


「はい……」



 ◇◇◇◇◇



 昼の休み時間、いつものように渚とお茶を買いに行き、祐里がパンを買うのについてくる。ただ、今日は山咲さんと奥村さんも一緒についてきていた。山咲さんはれいのフルーツ飲料を買い、奥村さんは自販機で買えない銘柄のお茶を買っていた。


 渚と彼らを待ち、また東館の四階まで戻ってくる。


「鈴代さん、今日も案内の続きをお願いできる?」


「あ、えっと……太一くん?」


「うん、お願いできる? なぎ――」


 ゴン――突然後頭部に痛みが走る!


「えっ」

「痛ったあ…………何?」

「百合さん、あなた……」


「ごめんなさい……よそ見してました」

「気を付けて……」


 ただ、謝った奥村さんは僕を見ながら少しだけ顔をしかめていたように思う。


「大丈夫!?」――と渚が看るのは僕の後頭部ではなく奥村さんのおでこ。


 うん……まあ女の子の顔に傷が付いたら困るからね。



 ◇◇◇◇◇



 教室に戻り、いつものように相馬、それからノノちゃんと弁当を食べる。

 渚はよく見えないけど鈴音ちゃんや姫野が一緒。


 食事を終えると言っていた通り、山咲さんがやってくる。


「百合さん、参りましょうか。――瀬川くんもよろしくて?」


「あ、ああ」


 山咲さんが相馬たちを見て?――頷くと、相馬とノノちゃんも頷いた。

 ん?――何か違和感を覚える。


 立ち上がると、教室内に居た新崎さんと宮地さんもこっちを見ている。

 笹島は顔を伏せているが、三村もこっちを見ていた。

 渚の席の近くに居た鈴音ちゃんと姫野も。


 何だろう。疎外感ではないけれど、複雑な表情でみんなが僕を見ていた。

 少なくとも中学一年のあのときのような感じではない。

 クラスメイト達には温かさがあったから。



 ◇◇◇◇◇



 僕は山咲さんに先導され、奥村さんと一緒に今しがた教室を出た渚と祐里のあとをつけていた。彼らは中央の渡り廊下を通り、北校舎へと向かう。北校舎の西棟は職員室を始め、音楽室や大き目のちょっと特殊な教室がいくつもあった。


 彼らはいくつも並ぶたくさんの三階の部屋の前を巡り、西のさらに端の階段を通って下に降りる。二階は職員室があるので通り抜けできない。山咲さんは階段の踊り場で待つように言って、一人先に降り、様子を伺う。


 山咲さんが慌てて引き返してきて身を隠すと、渚たちが戻って来て一階に向かう。


 一階は西の端に保健室、相談室が並び、服飾室、準備室やミシン室なんかが並ぶ。


 終始ふたりは笑顔で楽しそうに話していた。


「瀬川くん、何とも感じませんの? お二人を見て」


「僕は…………僕にとっては二人とも大事な人だよ」


「校舎裏に向かうみたいですね。行きましょう」


 校舎裏の自販機や購買にはまだ生徒がいくらか居た。渚は既にここを案内していると思う。渚たちは講堂や更衣室の前を通り抜け、体育館の角を曲がると表の玄関側に向かった。


 体育館の玄関側には行事が無い日はよくベンチを出してあって運動部の部員なんかが休憩したりしている。風通しが良いのもあったし、日陰にもなっていた。


 渚と祐里はベンチに座って話し始めた。

 二人は楽しそうに話をしている。ただ、渚の笑顔にはちょっとだけ違和感を感じた。

 その違和感を確かめる前に、山咲さんは僕の顔を責めるように覗き込んできた。


 少し身を隠すと、山咲さんは――。


「瀬川くん、あれが校舎を案内しているように見えますか?」


「結構歩いたし、休憩してるんじゃないかな……」


「わざわざこんな人が来ない場所に来てまでですか?」


「う……」


 困惑する僕を尻目に、再び山咲さんが渚たちの方を覗き込む。

 僕も倣って渚たちの様子を見やると、祐里は渚に耳打ちを始めた。

 渚は笑顔こそ見せないが、その言葉を真剣に聞いているようだった。


 ――胸が苦しい。どうしてだろう。二人のことは誰よりも大事だし、誰よりも信頼しているのに。足元がふらつき、一歩、そして二歩後退ると、ふわりとした香りと共に優しく抱き止められた。僕を抱き止めたその人物は、僕のうなじに顔をうずめると深く息を吸った。


「つらいんだね。大丈夫。大丈夫だよ」


 彼女は僕の背中でそう言った。


「百合さ――」


 ペコ――山咲さんの言葉を遮るように僕のスマホが鳴った。


 背後の奥村さんに気を取られていた。

 顔を上げるとこちらを見た渚と目が合った。

 渚はすっと立ち上がる。


 僕は混乱した。


 何を――どうすればいい?――渚は?――なんて言い訳を――何をしていたの?――これは違うんだ――何があったの?――僕は――。


 逃げ出すこともできなかった。強くはないけれど、奥村さんに抱き止められていた。


 渚は迷うことなく僕の目の前までやってくると、奥村さんがそっと体を離した。


「太一くん、鈴木君は確かに太一くんを支えてくれたかもしれない。でも目を覚まして。太一くんはもう鈴木君を居場所にしなくてもいいの」







--

 ちょっと切れる場所がここしかなかったんです!

 ほんとうです!

 しんじてください!


 ちなみに太一には奥村の匂いフェチは新崎を通してバレてますが、極秘情報なので知ってるってことは伏せられてるはずです。片思いがバレてる状態ですね。


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