幕間 打ち上げ
時系列的に順序が逆ですが、リアルタイムでは四章 第20話を先に投稿しました。
四章 第20話を先に読むのもおススメです。
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あの事件があった週の週末、演劇部の公民館での公演は無事成功した。
あれから演劇部部長は責任もって良い出来にすると誓ったが、渚が原作の部長派の舞台が好評だったのはもちろんのこと、副部長派の舞台もよかったし、そして元姉崎派の舞台も十分面白い出来だったと思う。
ただ、実のところ、先立って行われた校内向けの発表では元姉崎派の舞台がかなり混乱していた。また舞台だけでなく公演に必要な手続きや必要な道具、レンタル品なんかの手配も遅れに遅れ、演劇部を支援する学校側は大騒ぎだったらしい。曽根先生が人手が足りないと言っていたのも、その関係だったのかもしれない。
『ちょっと瀬川、今どこに居んの?』
スマホに皆川さんからの着信があり、出てみると居場所を問いただされる。
「駅に着くところだけど?」
僕は今、渚を演劇部の打ち上げに送り出してから帰路へと着いていた。
『瀬川の席、あるんだけど聞いてない?』
「えっ? 演劇部の人に聞いたけど渚だけ特別に招待されたって」
『伝えてって言ったのに……。あんたの席もあんのよ、私がねじ込んでおいたのが。鈴代ちゃんと違って自腹だけど。(――部長? 瀬川聞いてないって言ってますよー?)』
『――瀬川、さっさと戻っておいで。部長、あんたの席に座って鈴代ちゃんと楽しくお話ししてるわよ』
「はあ!?」
あの部長さん、やっぱり諦めてなかったか……。
まあ……ただそれは想定していた。渚なら大丈夫だろうと。
ただ、なんか腹が立つので戻ることにした。
「戻るからって言っといて!」
僕は渚にそっちに行くからとメッセージを入れて打ち上げ会場に向かった。
◇◇◇◇◇
打ち上げ会場はバイキングのお店を演劇部で借り切っていた。
公民館から近いのと、スイーツにも力を入れていることから女子部員の多い演劇部ではよく利用しているそうだ。それほど遅い時間でもないけれど、さすがに十一月ともなると暗くなるのは早い。店に引き返したころには店の照明が灯されていた。
店の入り口が見える所までくる。
照明でひときわ明るい入口のところに見覚えのある髪型とコートの彼女。
「渚!」
手を上げて駆け寄ろうとする。
しかし彼女はそのまま店を出ると、外に居た男性の方に小走りで駆け寄る。
そのまま二人は連れ立って店の建物に沿って歩いて行く。
渚? ――僕は不審に思いながらも二人を追って駆ける。
二人は店の角を曲がり、裏手の駐車場の方へ。
追っていく僕。
ぽふ――角を曲がると同時に目の前に現れた彼女が胸に顔を
いつものように抱きしめ――ようとして差し出した手を止める。
彼女のコート、彼女の髪型、彼女の歩き方――だけど。
「だれ?」
一歩下がる。すると彼女は――。
「太一くん?」
凄い。まるで彼女がもう一人居るかのよう。
「抱きしめてくれないの?」
彼女の声を真似、化粧なのか何なのか彼女の顔つきに似せているのがわかった。表情まで。
「えっ、いや……だって、知らない人だし」
「何でそんなこと言うの?」
「え、だって頭の匂いが違う」
「え?」
「頭の匂いが違う」
「え??」
「――シャンプーもコンディショナーもボディソープも化粧水も同じなのに?」
「うん。……えっと、部長さん?」
口元のほくろもない、眉や目の印象も違う。だけどたぶん部長さんだ。
「塩路……失敗。出てきていいわよ」
「嘘ぉ! 僕でも渚ちゃんと見分けがつかなかったのにぃ」
どこかで見たことのある男がスマホを構えたまま駐車場の車の陰から出てきた。
「いや、勝手に渚を名前で呼ばないでください。――てか部長さん、わざわざこんなことのために長い髪を切ったんですか?」
「ううん。これは鈴代さんとお揃いにしただけ」
にっこりと微笑む彼女。
絶対嘘だ。
「ああ、そうすか……あ、コート返してください。どうせ勝手に持ってきたんでしょ。あと写真? 動画ですか? 勝手に加工して渚に送らないでくださいよ」
部長さんは渋々コートを脱いで寄越した。
◇◇◇◇◇
お店に入ると渚を探し、声を掛ける。テーブルの向かいには皆川も居た。
ただ、二人は僕よりもその後ろに居る部長さんに驚いて立ち上がった。
「部長、その恰好なんですか!?」――と皆川。
「部長さん、その髪……」――渚は自分そっくりの彼女の髪型に驚く。
「渚のコート、勝手に持って行ってたよ。あと髪も切ったんだって。僕を騙すためにわざわざ。どうせ浮気でも捏造しようとしたんでしょ?」
「それで電話のあと急に居なくなったんだ」
「それでずっと舞台のウィッグを付けてたんですか……呆れた」
「別にそのために切ったわけじゃないわ。短い方が舞台でウィッグ付けやすいし」
「卒業したら劇団に専念するんでしたっけ?」
「ええ、椎名ミチのように高校捨てるほど無謀ではないけどね」
「――歩き方も喋り方もかなり自信があったんだけどなあ」
「いつも鈴代ちゃんを舐めるように見てたしね……」
「ねえ、太一くん? さっきみたいに抱いて?」
部長さんがまた渚に成りきり僕の首に腕を回してこようとするが、その手を払う。
本当に渚が二人になったみたいで頭が混乱する。
「抱いてませんよ、いいかげんなこと言わないでください」
「まさか即バレするとは思わなかったわ」
「えっ、部長、これ即バレしたの?」
「変態さんの嗅覚で一発だったわ」
「うわー。――て、ちょっと鈴代ちゃん、なにその
「でもそっくりでしょ? 双子みたいに見えない?」
そう言って部長さんは渚の横に立ち顔を寄せてくる。
「その顔、化粧だけでそんなになるんですか?」――気になったので聞いてみた。
「化粧と表情の作り方ね。あと目じりはテープで」
「テープ!?」
「ほら、ここんとこ。頭が地毛だからガチのじゃなくて防水テープでちょっとだけだけど」
と、サイドの髪を避けると、まるで見えないがテープで引っ張っているようなのはわかった。
「胸もバストのサイズに合わせて重くしてあるのよ」
「渚に聞いたんですか!?」
「言ってないよ!?」
「そんなの見る人が見たら大体わかるわよ。鈴代さんのサイズは――」
「わー! わー! ダメ! 言ったら絶交です!」
「言うわけ無いでしょう? それよりどう? かわいい?」
「……正直、気持ち悪いです。自分が二人になったみたいで……」
その言葉を聞いたときの部長さんの顔と言ったらなかった。
口を半開きにしてハッと息を吸い込み、目を見開いて固まっていた。
皆川さんは面白がって写真を撮っていた……。
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フェチ回に繋がる回でした。
実のところ、当初はこのネタで長めの話を作る予定だったのですが、渚も太一も強くなり過ぎて演劇部部長程度では大きな問題まで発展することができなくなってしまったんですよね。
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