第13話 僕の彼女は強かった

 週明けの月曜日、学校では相変わらず渚との関係は秘密のままで過ごしていた。渚は休みの間に髪を切っていたので最初の頃の髪型に近かったけれど、髪型の微妙な違いや姿勢、それから少しずつクラスで大きめの声で喋るようになったこともあり、一学期の頃とは違ってさっぱりした可愛さのある美少女という認識ではないかと思う。


 僕はもう昨日のうちに堪能したので今更だったけれど、クラスでは――髪切った? ――と朝の小さな話題になるくらいには渚は目立っていた。



 ◇◇◇◇◇



 昼休み、相馬と自販機に温かい飲み物を買いに行き、教室に戻ってくる。すると、廊下を見渡していた皆川さんが居た。


「あっ、瀬川。どこ行ってたんよ! いま姉崎先輩が来て鈴代ちゃん連れてったよ!」


「いや自販機に……って、えっ!?」


「そっちの階段登ってった。鈴音ちゃんが跡を付けてる」


 僕は慌てて廊下を引き返し、階段を登ると、一階登ったところに鈴音ちゃんがいた。


「すず――」


 声を掛けようとしたところ、階段の上の方、手すりの隙間から何かが落ちてきた。

 それは途中で一度どこかにぶつかり――。


 パキャ――階下で砕けたような音がする。


「えっ!?」


 一緒についてきていた相馬と一緒になって手すりの間から階下を覗き込むと、下の階段の上に見事に割れて二つに開いたスマホが。


 パシッ――覗き込むと同時に上で大きな音がする。


「ちょっと! 何やってんのよアンタ!」


 階段を登って行ったらしい鈴音ちゃんの怒鳴り声が。

 相馬と二人で階段を駆け上がると、屋上への扉の前、床に倒れた渚とそれを庇うようにしている鈴音ちゃんが。キッと睨みつける渚は、よく見ると口元が赤く――血が出て――。


「うるせえ! コイツがオレのスマホを――」


 ――その男を殴りつけずに居られなかった。ただ、喧嘩もしたことがない僕の拳は容易に撥ねつけられてしまう。


 しかし、僕はそのまま強引にその男――姉崎の髪の毛へ掴みかかり、掴んだまま頭突きを食らわした。


「瀬川! ストップ! 先生が来る」


 僕は相馬に羽交い絞めにされ止められる。

 姉崎は鼻から血を流してふらつき、尻餅をついていた。


「渚っ! 渚は!」


 相馬の言葉に我に返った僕は、姉崎よりも大事なことを思い出す。

 相馬の腕を振りほどいて渚の傍に屈みこむ。


「渚、殴られたのか?」


「大丈夫。ちょっと口を切っただけ」


 渚は鈴音ちゃんが出したハンカチを口に当てていた。


「渚ごめん、ごめんよ……」


 大事な渚を守れなかったことが悔しかった。

 渚は目に涙を溜めていたけれど、微笑んでくれていた。

 渚の背中をさすってやると、彼女も僕の背中を擦ってくれた。


 屋上への階段には騒ぎを聞きつけた何人もの生徒が押し寄せてきていた。

 やがてやってきた数人の先生に僕たちは連れていかれた。



 ◇◇◇◇◇



 僕は、渚を守ろうとしたとは言え、暴力に訴えたことをこってりと絞られた。原因については僕からでは全くわからない。ただ、あの姉崎が執拗に渚に迫っていたこと、渚が困っていたことだけは伝えておいた。


 渚はなかなか解放してもらえなかった。昼食の途中だったこともあり、先に解放された鈴音ちゃんが弁当を届けていたけれど、結局、放課後まで彼女を待つこととなった。


 職員室前で僕は鈴音ちゃん、それから相馬と新崎さんも付き合ってくれて渚を待っていた。


 担任に続いて職員室から出てきたのは、渚と渚のお母さんだった。


「渚、大丈夫?」


 そう問いかけると、彼女は唇を噛んで涙を我慢するように頷いた。


「太一君、ありがと。渚を守ってくれたって」


 渚のお母さんはそう言ってくれるけれど、守れてなんかいない。


「僕は……守れなかったです」


「充分よ。ありがとう。――鈴音ちゃんもありがとうね」


 お礼を言われた鈴音ちゃんは、わぁと泣き出し、渚に抱きついた。


「渚、ごめんね、ごめんねえ」


 お母さんは相馬と新崎さんにもお礼を言い、鈴音ちゃんが泣き止むまで待っていた。

 姉崎のスマホを投げ捨てたのはやはり渚だった。何故そんなことをしたかまではこの場では話してくれなかったけれど、少なくとも停学になったりすることはないと、お母さんが説明してくれた。つまりはやはり姉崎に問題があったのだろう。


「ご飯にでも行きましょうか? おばさん、ご馳走しちゃうから」


「俺は鈴代さんが大丈夫ってわかったから帰ります」――と相馬。

「私も。話せる内容ならあとで教えてね?」――新崎さんが言い、相馬と一緒に帰っていった。


「鈴音ちゃんと太一君は大丈夫よね?」


 鈴音ちゃんはコクリと頷く。


「あ、話をもうちょっと聞きたいのでご馳走になります。……あと渚とももうちょっと一緒に居たいので」


 後の言葉に渚のお母さんはニコリと微笑んだ。



 ◇◇◇◇◇



 何が食べたい? ――そう聞かれ、鈴音ちゃんと渚の意見でイタリアンのお店に入った。渚のお母さんの車に乗せて貰っての移動だったからすぐだった。


「渚、口、切れてるの大丈夫?」

「うん、押さえてたからよくなったよ」


「好きな物頼んでね。お話は後にしましょう。遅くなっても送って行ってあげるから」


 皆で取り分けられるよう、いろんな種類のピザとパスタを頼んだ。外食も渚と二人だけのことが多かったから新鮮だった。


「ん~~~、染みるぅ」

「我慢なさい。渚だって悪いんだから」


 そう言いながらもお母さんは笑っていた。

 よく分からなかったけれど、渚のお母さんが笑ってるなら大丈夫なのだろう。


「鈴音ちゃんと一緒に外でご飯、久しぶりだね」

「……渚が男とばっか居るからでしょ」


「恋人って言ってよ、もぉ」


「そんなに瀬川と居るのが楽しい?」

「うん、もう世界の色が変わっちゃった」

「あんまり外は出かけないけどね」


 未だにアウトドア的な物どころかテーマパークにさえ行っていない。


「あら、勿体ない。若いのに冒険しないと勿体ないわよ?」

「そうなんですけど渚が嫌がるので」

「もう大丈夫だよ。体力付けたし、外を出歩いても余裕出てきたもん」


「それで朝早くから走ってたのね」

「お母さん! 言わないでよ」


「小説読みながらとかやってるじゃない。腕立て伏せみたいなの」

「腕立て伏せじゃなくてプランク!」

「ああ、それで引き締まってきたんだ」


「ぁ……」


 ピザを頬張りながら――しまった――と思ったときには遅かった。鈴音ちゃんは目が座ってたし、お母さんはニコニコと例のあの微笑みを僕たちに向けてきた。


「太一くん!」

「ごめん! すみません、反省してます……」


「肌寒くなってきたし、出かける所無いなら今度おばさんが温泉連れてってあげよっか? 太一くんも鈴音ちゃんも」


「え、あたしは遠慮しときます……」

「えぇ、なんで、行こうよー」


「だって渚たちのイチャイチャ見せつけられる身にもなってよ」

「お母さんも居るのにそんなことしないよ」


「居なかったらするってことじゃない。あぁあ、いつの間に親友がこんなに擦れちゃったのかなあ」


 夏休みだろうなあ――何となく思った。


「擦れたとか言わないでよ鈴音ちゃん。一緒に行こ? ねぇ行こ?」


 渚が執拗に鈴音ちゃんの腕を揺する。


「わーかった、わかったから揺すらないで。……あれ? ほんとに渚の腕、締まってきてる。すごい。前はぷにぷにだったのに」


 腕を払いのけようとした鈴音ちゃんが、渚の腕を取って言う。そして今は二の腕を揉んでいた。仲睦まじい同じような髪型の二人を見ているとこっちも幸せな気分になれる。


「あー、僕は遠慮しときます。渚も鈴音ちゃんと一緒に楽しんできたら?」


 言うが早いか向かいの席の渚に脛を蹴られた。


「痛っ」

「太一くんは強制参加に決まってますー。拒否権はありません!」

「ふふっ、そうね。太一君には参加してもらわないと」


「お母さんも温泉で太一くんに隙を見せないでよ!? すぐそういう目で見るんだから」

「だから誤解だってそれは……」


「ま。太一君、そんな目で見てたの?」

「渚のお母さん恐いわよ。確か剣道も合気道もやってましたよね?」

「だから違うって。――渚が髪を伸ばして上げたらそんな感じかなって見てただけです」


 皆に笑われる。しかし、渚のお母さん凄いんだな。所作が綺麗なのもそのせいか。



 ◇◇◇◇◇



 食事も終わり、渚の家に寄った僕と鈴音ちゃんは学校での話を聞くことになった。

 渚のお母さんは皆にお茶を淹れてくれると、渚の横に座った。


「あの男、渚にスマホをチラっと見せてたわよね? それで一緒に来いって。来ないと困ったことになるって」


「……私の恥ずかしい写真をバラまくって言ってきたの」


「えっ」

「でも、どこでそんな写真撮られたのよ? トイレとか?」


 しばらく渚は何も言わなかった。


「……文化祭の演劇の後で太一くんを探しに行った時、幕の下りた舞台でその……」

「ああ……」

 

「えっ、何? エッチしてたの!?」


「してない!」

「してないって!」


「キスしてたとこ盗撮されてたみたいなの」

「なあんだ」

「なあんだ……って」


「別に普通でしょ? 運動部でも恋人とか居る人、こっそりしてるわよ。さすがにエッチまではしてないけど」


「でも……私には凄く嫌だったの……」


 確かあの時は渚の体をまさぐっていたかもしれない……。


「それでどうしたの?」


「それで、みちかちゃんにバラすって言って体の関係を要求してきたの。それでカッとなって――」

「「ハァ!?」」


「あの野郎、もっと殴っておけばよかった」

「スマホじゃなくてあの男を階段から落とせばよかったのよ」


「太一くんとの写真としか聞いてなかったけど、そういう写真だったのね」


「――気が付いたときには見せつけてきたスマホを奪って階段の下に捨ててたの……」


「それで殴られたのか。よくやったよ渚」

「うん、えらい。えらいよ渚」


「結果的に皆が来てくれてたから良かったかもしれないけど、あんまり衝動的なことはしないで。心配だから」


「……はい、ごめんなさい」


「それで、学校の方は納得したんですか?」


「ええ。この間うちに来てたオジサン居たでしょ? あの人、法律に詳しいから電話したら、警察に届け出なさいって言われたの。それで先生たちと話をしてたら、渚の方は特に処分は無いからって」


「警察には行かないんですか?」


「渚にも負担になるからね。けど、相手が反省してないようならすぐにでも行くわ」



 ただ、残念ながら渚のお母さんのこの言葉は翌日には実行されることとなった。学校での話し合いの場で姉崎の親は示談を望んで謝ってきたのはいいのだが、当の姉崎本人が全く反省しておらず、しかも姉崎が手あたり次第に女子に手を出してたという話を聞いていた渚のお母さんは、その場で警察に電話したらしい。さすが渚のお母さんだけのことはあると思った。



 結局のところ、渚がひとりで頑張り続けた結果が今回の騒動だった。部長さんが守ってくれてたとは言え、演劇部の様子からすると姉崎は何度も渚にアプローチを掛けていたのだろう。僕はもっと彼女を守ってあげないといけない――それは間違っていない。ただ――。


 僕の彼女は押しに弱い――なんてのは間違っていた。

 僕の彼女はとても強かったのだ。







--

 こちらで第二章完となります。応援ありがとうございました!


 一話毎にひと安心できるところまでは書いてますし、大筋もなく、割とおいしい所だけ摘まみ食い的な日常系な部分もあって、話は全部回収しないで章の終わりも尻切れです。なお、まだ来年の夏休みくらいまでのネタはあるので、ご感想とかいただけると調子に乗って頑張ります!


 近況ノートにも書きましたけど、渚ってめっちゃアリアなんですよね。なので、スマホ放り捨てる所まではぜひ書きたいと思っていました。アリアは寝取られモノに対するアンチテーゼ的な存在で、その現代版が渚です。フラグをへし折っていく、つよつよで安心な彼女です。


 あと姉崎はもう出てきません!

 間男キャラは一行で処分するのが恒例なので。

 そして間男キャラは基本的にテンプレです。


 それでは続けて一章・二章のエピローグと幕間を投稿いたしますので、お楽しみいただければ幸いです!


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