第17話 勝てずとも負けることもない策。ここはアレしかありますまい。

 三十六計逃げるが勝ちとは言うけれども、そもそもその三十六計って知らないんだよな俺。


 そんなくだらない事が頭に浮かぶくらい追い詰められている。


 こんなのはそう、ヘルモードで3階に到達したばかりの時。フェンリルだか何だか、軽トラくらい大きい狼型モンスターに追い回された時だっただろうか。ぶつかるだけでダンジョンの外壁が崩れ落ちた時は被弾即異世界待ったなしだと思った。


 あの時は【ラビットスモーク】による煙幕がイマイチ効かなかったけど、【ラビットデコイ】で何とかヘイトを散らして、隙を見て切り掛かった。


 即死が何とか入って良かったけど、今俺の才能タレントは【サツマラビット】だ。即死効果は全て撤廃されている。


 切り替えるにも時間がかかるのがこのゲームの難しいところ。切り替えた途端にスキル使用まで数秒待たなければいけない。


「ここかなぁ!?」


 ザシュッと、再び【捨てがまり兎】が貫かれる音がした。あと二体。そろそろレモンさんの常時展開パッシブスキルが俺を割り出す頃合いだ。


「くそ、クソクソクソ。怖い。何だよ。相手は一つ年上ってだけの女の子なんだぞ!」


 ビビリだと言われたならばああそうだ、ビビリだ。マジで怖いほんと怖い。


 年齢だけ見れば俺より一つ上のお姉さんかもしれない。けれども実際はそれ以上の差があるような気がする。


 多分だけど、レモンさんはマジでバトルが好きでやってるんだと思う。


 何の武術を修めているのかは全くわからないけど、多分小さい頃からずーっとやってたんじゃないかな。フェンシングなのか何なのかは知らないけれど、段位があるなら二段とか三段とかそう言うレベルの腕前なんだと思う。


 格闘技とか武術とかは、ほとんど現代では使われないものだ。修めているだけで手がナイフと同じ扱いを受けて揉め事になった時は法的に不利になる、なんてこともある。


 強くなれるは強くなれるけど、のめり込めばのめり込むほど使えないというジレンマ。それはああ言う人たちにとって悲劇と言ってもいい。


 けど、このゲームではそれも合法的に使える。あの控え室、バトルスタジアムのロビーにいた人たちもそうだ。レモンさんは『インビシブルフロンティア』で自分を見つけたのだと思う。


 現実で戦えないから仮想世界でガチンコで戦う。


 現実で絶対に使えない、本当に人を殺傷せしめる力を存分に発揮する。


 さらにはゲームの特性を活かして、このゲームならではの動きでさらなる進化を自分に宿す。


 それは格闘家とか武術家にとって喜びに違いない。


 そんな人に勝てるわけがない。ましてやただのゲーマーが勝とうなんてとてもとても。


 相手は頭のてっぺんからつま先まで人を倒すことを考えてるような人。


 しかも相手はチャンピオンだ――。



 


 ――常に自然体でいなよ。それがパイセンのいいとこだから。 





 何故だかわからないけれど、隈ミカの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「……自然体かぁ」


 自然体。自分はどんなヤツだったか思い返してみる。


 諦めの悪いゲーマー。


 人目を窺いすぎてメカクレにした痛いヤツ。


 そして今は、ヤケクソになってるけど意外といいかもと思い始めているアイドルの側面。


 一番根っこには、シシマロへの憧れ。あんな風になれたらなという憧れが、今もうすぐそばにある。


 ここでみっともなく負けたら、シシマロはどう思うのだろうか。


 笑って許してくれるのだとは思うけど……そういう風に甘える自分が何か嫌だ。


「あと残ってるスキルは……【地雷火】か」


 切り札の【チェスト】は実は使えない。なんたってスキルエネルギーの半分を使うから。ちょうど【地雷火】が一回使えるくらいしか残っていない。さっき【捨てがまり兎】を使いすぎたからだ。


「どう考えても勝てないな。でも負けたくない」


 ……一つだけ案が思いついた。


 これ、配信者的に大丈夫だろうか。


 多分、大丈夫。


 キレイにダーティーにやるというのが俺の個性みたいなものだ。


 動画的にもウケがいいと思う……ええい、みっともなく負けるよりマシだ。


 チラリとレモンさんを見る。


 もう最後のウサギを刺していた。


 コッチを見てニィィと笑ってる。


 バレてるバレてる。


 もう選択肢はない。


 コイツをセットして、やるしかない。


「おん? 出てきたね?」


 震える足を堪えて物陰から出る。手には愛剣カルンウェナンを持って、あのポーズをした。切先を真上に伸ばして、両手を左の頭の上に伸ばすこの構え。ロビーで聞いた、ヤクマルジゲンリュー? っていうヤツ。あとで調べておこう。


 これはもちろんハッタリだ。俺は今あの超火力スキル【チェスト】が使えない。でも、使えるフリをして相手をこちらの舞台に立たせることはできるはず。


 ほら。


 レモンさんの顔がものっすごい笑顔になってる。オモチャを貰ったような子供のような。そしてどこかSっ気のあるいけない顔。18禁待ったなしだ。


「おっほ! やる気になったんだ。お姉ちゃん嬉しいなぁ」


 さっきから会場がドンドン熱気を帯びている。レゲエ支配人も絶好調で盛り上げてる。そりゃそうだ。隠れるのを止めて真正面から立ち向かおうとしてるんだから。


「えへ、えへへへへ。黒うさくぅん。たまんない。たまんないねえ――いくよ」


 レモンさんがググッと前屈みになって、そしてギュン! と飛んできた。あの【ビーダッシュ】っていうスキルだ。


 迎え撃つ。


 簡単だ。


 相手が飛び込んでくるんだから。


 怖ッ!


 速ッ!


 こ、ここだッ!


 怖い!!


 シシマロ!


 ええいもう!


「あああああああチェストオオオオオ……………………がっ!」


 振り上げた剣を思いっきり叩きつけようとする前に。


 ザクリ、と。


 飛び込んできたレモンさんの剣が俺の胸を貫いた。


「んはぁ。ワタシの勝ちィ」


 体力がギュンギュン減っていく。


 しかし必殺技ではないから通常攻撃のダメージの範囲内……ではあるんだけど、スピードが乗っているからちょっとだけダメージ量が大きい。


 あともう少しでノックアウト。


 ビンタでもされたら体力がゼロになるギリギリ。


 でも生きてる。


 これも想定の範囲内。


 なら、コイツができる。


「んお?」


 俺は剣を落として膝をついて、レモンさんを引き寄せて抱きつく。


 背中に手を回し、甘えるように胸に顔を埋めてキュッとした。


「おぉ、可愛いとこあんじゃん。よぉしよし。怖かったのかもねえ。そうだねえ。ワタシはここのみんなから怖がられてるから――」









 埋めた顔を上げて、白い歯を剥き出しにして思いっきり笑ってやった。


 会場がどよめいていたのがわかる。


 レモンさんの顔が引き攣っていた。


「なっ――」

「俺のスキルをもう一つ教えてあげます。【地雷火】っていいまして。まあ簡単に言うと地雷です」

「地雷!?」

「!!」


 レモンさんが身をよじったがもう遅い。ギュッと抱きしめているからね。


 彼女が焦っている理由はわかる。設置型の攻撃スキルは当てるのが難しいからこそ、攻撃力がかなり高く設定されている。


 見るに、レモンさんのダメージもなかなか大きい。攻撃と素早さに極振りしてるからだろう。【捨てがまり兎】の攻撃に被弾しただけで体力ゲージが緑から黄色になるまで減っていた。


「ヘルモードでは勝てない相手がいっぱいいたんです。でもね、俺が生き残ったのは諦めが悪いから。死んでも倒してやるってしつこさがあったから」

「ひっ! 何だその笑顔! モンスターみたいだぞ!」

「勝てないと解ったら地雷で自爆して相手を巻き込んで、もっかい潜ってドロップ品を回収してましたよ。そうやって地道にモンスターを倒しては潜るを繰り返していたんです」

「くそ、は、放せ!」


 放すわけないやろがい!


 しかし力だけだと振り切られてしまうかも。


 ここは、遺憾ながら、誠に遺憾ながら。


 茜さんの言う俺の強みというのを使ってみる。


 抱きつきながらズルズルと立ち上がり、耳元でなるべく優しく吐息をかけるように――

 

「いかないでぇ……お姉ちゃあん……」

「はぅぅ」

 

 カクンと、一瞬だけレモンさんの膝から力が抜けた。

 

「はっ! や、やめろぉ! ワタシの性癖までぶっ壊れるだろ! まにわんなら気絶すっぞ今の!」

「ひひひ、いひ。戦いは詭道ってね。それ!」

「やめ――」


 そこからは緊張の糸がプツーンと切れたのでよく覚えていない。


「ほんぎゃああああ!」

「ぎえええええええ!」


 俺が踏んでいた【地雷火】から足を離した瞬間、突き上げるような衝撃。


 あとでアーカイブ動画を見て笑ってしまった。


 俺もレモンさんも弧を描いて吹っ飛ぶと、砂地に頭から突き刺さり、両足をおっ広げてダブルKOになっていた。


―――――――――兎―――――――――

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