好感度見えるメガネ拾った
cheese3
第1話
「ん?なんだこれ…」
公園の草むらの中で真人はそれをみつけた。
古ぼけた形をしたメガネ。少し薄汚れてはいたが、別にレンズも割れてはいないし傷もなくまだまだ使えそうだった。
「誰がこんなもの捨てたんだろう?まだまだ使えそうなのに」
不思議に思いつつも真人はそのメガネをつけてみた。
意外にしっくりとくるし、視界が少しクリアになったような気がする。
最初見たときは子供には大きそうなサイズだと思ったが、それは気のせいだったようだ。ピッタリなサイズである。
「ボールは見つかりましたか?」
向こうから最近妹になったばかりのエマが走ってきた。日本人にはない赤い髪と、白い肌に青い瞳がとても可愛い女の子である。
どうやら自分がなかなか帰ってこないので気になって見に来たのだろう。
「…んんー?」
その時、真人のメガネに不思議なことがおこった。
走り寄ってくるエマの横にこんな文字が浮いていた。
――好感度5
「エマ……その顔の横の文字って何?」
「文字?……そんなのどこにあるんですか?」
エマはきょろきょろとあたりを見回しているが、その視線は文字を素通りして認識しているようではなかった。
(ひょっとして、見えてないのか?)
一度メガネを外してみた。
好感度の文字は消えていた。
もう一度つけてみる。
好感度という文字が見えた。
なんだこのメガネ?
意味がわからなかった。
そもそも好感度ってなんだろう?
「ほら、顔の横だよ。ここにあるんだ」
真人はエマの横にある文字に手を伸ばそうとした。だが、その手はエマに払いのけられた。
「……なんなんですか。ありもしないことを言って私をからかっているんですか?」
エマは少し怒ったように真人を睨みつける。
「え……?い、いや、そんなわけじゃないけど……」
「私はまだ、あなたを兄として認めたわけではありませんし、そうやって変な理由をつけて女性の体を触るのはやめてください」
「……ご、ごめんなさい」
「さあ、帰りましょう。もう夕暮れ時です。遅くなるとママが心配します」
そう言ってエマはスタスタと歩き出した。
(どうしよう……。泣きそう)
真人はめちゃめちゃショックを受けていた。
新しくできた妹は真人に懐いているわけではなかったが、ここにきてようやく真人は、ひょっとして自分は嫌われているのではないかということを感じていた。
「……あれ?」
その時、真人はエマの横にあった好感度の数字が5から2へと変化していることに気づいた。エマが真人にきついことを言った直後の変化に、真人は好感度の意味を漠然と理解した。
(そうか!好感度ってのは、ゲームとかであるようなパラメーターの一種で、相手がこっちのことをどれだけ好きなのかあらわす数値のことなんだ!)
だとしたら、この好感度という数値の上限がいくらかはわからないが、少なくともさっきよりはシュテルに嫌われたことは間違いないだろう。
(にしても、好感度2か……。これって多いんだろうか?それとも少ないんだろうか?)
自分なりに家族となった妹と仲良くしようと、できるだけのことはしてきたつもりだったが、最初に出会ったときから全く変わらない敵意さえ感じる態度。
学校のテストなら100点満点で、その中の2点は限りなく0点に近い数字であるが、ひょっとしたら10点満点中の2点かもしれない。
もしも前者であるなら、俺のエマからの評価は最低に近い。だがしかし、もしも後者であるなら実はこれまでの態度は単なる照れ隠しという可能性もなくもない。
確かめてみる必要がある。
「ね、ねえエマ?
エマって俺のことは好き?それとも嫌い?」
「嫌いです」
一切の気遣いが感じられないすがすがしいまでの嫌い発言。
うーん、これは後者ですね!
えっ?なんでそんなに嫌われているの?
普通にショックなんだけど。
「あなたみたいなデリカシーのない人がどうして好かれてると思っているんですか?
第一、ママとあなたのパパが結婚したことに、私は今でも反対なんですよ。
その子供のわがままを聞いて、やりたくもないボール遊びに付き合ってあげてることに感謝してほしいくらいですね」
辛辣な妹の言葉に、俺は泣いた。
「ちょっと!なんで泣いてるんですか!?」
「だ、だって!ふつうはそんなこと言われたら悲しいじゃん!俺、新しい妹ができるって聞いてたから嬉しくて、頑張って英語勉強したのに!」
「だからって泣かないでくださいよ!?私が悪いみたいじゃないですか!」
「ぐすっ……ううっ……」
「ああもう、わかりましたよ!ちょっとイライラしてたからきついこと言いましたけど、別にあなたのことはそこまで嫌いじゃないです!
……まったく。私よりも年上なのに、どうしてそんなに泣くんですか……」
エマは呆れたようにため息をついて、ハンカチを差し出してくれた。ううっ……、優しい子だなあ。
「ありがとう……エマ」
「お礼を言われる筋合いはありません。それより、早く泣き止んでください」
それからしばらくして、ようやく涙が止まったころを見計らって、エマはこんなことを言い出した。
「……前から気になっていたのですが、あなたはどうしてそんなに私に構うんですか?
わざわざ英語を覚えたり、こうして外に遊びに連れて行ったりして、知り合ったばかりの他人にそうまで献身的になる理由がわかりません」
エマが少しだけ態度を柔らかくさせて話しかけてきてくれた。
ふっ。これも俺が情けなくギャン泣きしたおかげだな。
……なんだか、兄としての尊厳をだいぶ失った気がする。
「どうしてって言われると、少し暗い話になるんだけど、いいかな?」
「はい。かまいません」
エマは俺の目を見てしっかりとうなずいた。
「えっとね、俺には昔生まれるはずだった妹がいたんだ。でも、その子は母さんと一緒に死んじゃった」
「それは……」
エマは予想外の話に絶句しているようだった。けれど、これから妹になる少女に構ってしまう本当の理由を知っておいてほしかった。
「本当は兄ちゃんとして妹といっぱい遊んであげたかった。けど、そんなこと無理だって諦めてたら、父さんが新しい妹ができるって言ってくるじゃん!もう俺どんな子なのかわくわくして寝られなかった!いなくなっちゃった母さんと妹の分まで、その子と遊んであげようって思ってたんだけど……ごめん、こんなこと言われてもキモイよね。そりゃあ嫌われるよね……」
自分で言ってて悲しくなってきた。また泣きそうだ。
「……そうだったんですね」
エマは少し寂しそうに笑った後、ぽつりと言った。
「あなたも……」
エマが言った言葉は、俺には小さすぎて聞こえなかった。
「えっ?今なんて言ったの?」
「なんでもありません。……先ほどは言いすぎてごめんなさい。
本当は知らない場所にきて少し不安でした。けど、あなたが外に連れて行ってくれて、……ほんのちょっとだけ嬉しかったです。
ありがとう……」
この時、俺はエマと出会ってから初めて、この子の笑顔を見ることができた。それは控えめではあったが、思い描いていた笑顔より何倍も可愛らしいものだった。
「エ、エマが笑った......!すごく可愛い!」
思わず口に出てしまった言葉に、エマは顔を真っ赤に染める。
「も、もう知りません!ほら、さっさと帰りますよ!」
照れ隠しをするように、早足で歩き出す妹の好感度が変化していた。
――好感度6
(好感度が上がってる!やっぱり、好かれるような行動をしていけば、数値は上がっていくに違いない!)
ひょっとしたら俺はとんでもないメガネを拾ってしまったのかもしれない。
(これさえあれば、いろんな女の子の好感度を見てモテモテになることだってできるんじゃないか?ほとんど他人の心をのぞき見してるようなもんじゃん。こんなんがあれば、皆に好かれるようにできて、小学生の俺にも彼女とかできちゃったりして!)
そうと決まれば善は急げだ。まずは手始めに、一番近くにいるこのエマの好感度をもっと上げてみようじゃないか。
「ね、ねえエマ?実は俺、お兄ちゃんって呼ばれるのが夢だったんだけど、今度からそう呼んでくれないかな?」
「嫌です。キモイので近づかないでください」
「えー!すんごい嫌そうな顔されたら、せっかく上がった好感度が一瞬で下がってるー!」
二人で家路を歩きながら、俺は1桁の好感度の上下なんて誤差の範囲内だということに気づくのだった。
懐かしい思い出だ。俺の原点だといってもいい。
なぜ高校生にもなってそんな昔のことを思い出しているかというと、単に現実逃避をしていたからだ。
「あああああ!!死ぬ―!!」
俺は背後から迫りくる炎から逃げるために、街中を死ぬ気で走っていた。
『マスター!エマさんがこちらに気づきました!』
「なにぃ!?」
半透明な体が特徴的なノエインという女の子の声に振り返ると、高層ビルぐらい背丈のある炎の巨人が、こちらに向かって歩いてきているではないか。巨人は行く手の建物や山を、まるで飴細工のように溶かしながら、ある一つの言葉だけをささやいていた。
――兄さん。兄さん。兄さん!!
「うおおおお!!兄さんはここにいるけど、落ち着いてくれエマ!!」
あのバカでかい火の巨人の中にエマはいる。
その証拠に、巨人の横にはメガネを通してこんな文字が浮かんでいた。
――好感度1,000,000,000,000
エマの幼いころからためにためた好感度が、今まさに火を噴いていた!
「ふっ!モテる男は辛いな!」
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!マスターのバカー!』
俺とエマ以外溶けて誰もいなくなった世界で、ノエインの叫びが真っ赤に燃える空に響いた。
――愛してます、兄さん。
血のように赤く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛よりも甘い、この世で他の誰よりも俺への好感度が高い妹との壮絶な鬼ごっこが幕を開けた。
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