婚約破棄され怒った実家からも追放されました 密かに磨いた魔法で魔女を倒して囚われの王子を助け、求婚されて国を治めます

藤森かつき

婚約破棄され怒った実家からも追放されました

 エメリーヌ・ルワールが婚約破棄を言い渡されたのは、不思議なきらめく宝珠を手に入れてすぐのことだった。

 

「エメリーヌ、お前との婚約は破棄だ。理由? お前、魔法を習ったろう?」

 

 婚約者のジャゾン・トバーグがルワール家へと訪れ、淡々と婚約破棄を告げた。

 エメリーヌは驚きに緑の瞳を見開く。

 

「わたし、魔法なんて……」

「あれほど魔法は駄目だと厳命していただろうが!」

 

 小国をべるトバーグ家との政略結婚成立を切望していた父の怒りは激烈だ。父は上級貴族であるルワール家で行使可能な権力が欲しい。

 その上、こっそり魔法を習っていたことも怒りに火を注いだようだ。トバーグ家とルワール家は、共に魔法嫌いで知られている。

 エメリーヌは問答無用で実家からも追放されることになった。

 

 親の決めた婚約相手のジャゾンは、この辺りを統治する小国の王子。冷たい男だった。愛情は持てずにいたけれど、良好な関係を保てるよう努力はしていたから、婚約破棄は心に傷を刻んだ。何より実家からの追放が辛い。母は、ずっとおろおろと心配そうな表情だ。

 

 

 エメリーヌは十六歳。短い夏が始まる暖かさを感じながら、少ない荷物を手に旅に出ることにした。

 

 元婚約者ジャゾンの言葉どおり、エメリーヌは魔法嫌いの家人の目を盗んで風魔法の習得に励んでいる。

 小さい頃から密かにずっと魔法で育てた石の種は、『鏡のカケラ』と呼ばれる宝珠として完成した。

 待ち望んでいた、その日。婚約破棄され実家からも追放だ。

 

「行かなくちゃ」

 

 エメリーヌは呟くが、行き先はわからない。けれど、追放は解放なのだと感じていた。

 森に着いたら風魔法は隠すんだよ――。

 記憶の深い深いところで誰かが囁いた。懐かしい声だ。

 

 今までの貴族令嬢の服装の中から質素なものを選んで着用し、手に入れた宝珠は身体のなかの魔法領域に隠した。

 

 魔法の杖は持たないけれど、風魔法の習得は終わっている。風の他に、火を含め何種類か使える魔法もある。「後は、実戦で鍛えなさい」と、極秘で魔法を教えてくれた師匠は言ったが、実戦が何なのかエメリーヌは分かっていなかった。

 

 大事なことなのに、記憶がない。

 記憶がないのに、次に何をすれば良いのかだけ分かる気がする。

 だから、風魔法のおもむくままに空を駆けた。

 

 エメリーヌの真っ赤な髪は、いかにも火の魔法を扱うに相応ふさわしそう。風魔法を使うのを隠すに丁度良い。軽く三つ編みにし、布紐でまとめておいた。

 

 

 

 目指すは青い湖。森の中、湖の青を映すように木々も蒼い色合いに沈む。

 幼い頃、森の湖のほとりで、鮮烈な白さの小さな鹿に逢った――。

 

 

 

 風に運ばれ、遠方の森を目指す。森の奥には、城があるはずだ。

 

『良く来てくれた』

 

 森のなかの湖にたどりつくと、白鹿の声が頭のなかに響いてきた。視線先には神々しい姿。白鹿は大きく成長し、立派な白い角が頭を飾っている。白く、幾重にも枝分かれした華やかな角だ。

 

「ええ、待たせてごめんなさい、レアンドル」

 

 エメリーヌは、記憶は封じられたまま、けれど自分の行動が正しかったことを確信した。

 白鹿の名を、思い出すことができている。

 

『準備は良いようだね、エメ。でも、間際まで全部隠すんだよ。記憶も呼び戻しちゃだめだ。最後の瞬間までは、火の魔法を使って』

 

 幼い頃の約束。懐かしさがこみ上げてくる。だけれど、今は思い出をひもといてはいけない。何も知らない状態で、魔女に対峙たいじしなくては。魔女は心を読む。

 

 白鹿は先導するように駆け出した。もう風の魔法を使ってはダメ。エメリーヌは、少しだけ足が速くなる魔法を自分にかけて白鹿を追いかける。

 城に向かうのだろう。邪悪な魔女がいる。

 

 

 

 森を抜け、広い領地を駆けた。領地で働く者たちは動きが奇妙だ。眠った状態のまま働かされている。広大な領地の者たちを、魔女はすべて操っていた。それだけでも、魔女がいかに強大な力を誇っているのか思い知らされてしまう。

 

 成長した白鹿は領地を駆け抜け、大きな城を囲む城壁の門を潜る。エメリーヌも白鹿に続いて門を潜り、城壁のなかへと飛び込んだ。

 

 嫌な感じ。死の気配が漂っている。

 城の使用人らしきが、ふらふらと寄ってきた。白鹿は立ち止まる。城の使用人たちは白鹿には構わず武器を手に、エメリーヌを侵入者と認識して排除のため迫ってくるようだった。

 

 だが、動きも、身体も、異様だ。領地で操られ眠ったまま働かされていた者たちとは明らかに違う。城壁のなかの彼らは、生きてはいなかった。

 

 死霊使い――?

 

 間違いなく死体が動いている。腐りはせず、凍らされた状態で操られていた。

 使用人たちに続き、死霊の騎士団が迫ってきている。氷の武器を手にしていた。

 

『城に働くものは全員、殺された。死してなお、魔女に使役され辱められ続けている。どうか、炎で浄化してあげて』

 

 城の大門に続く階段を半ばに上がった所で、白鹿が苦しげに告げた。

 記憶は消されていたが、必要な魔法は全部習得したはず。その確信のまま、魔法の杖はないけれど、エメリーヌは小さく呪文を唱える。

 

 呪文と共に、手に現れたのは小さな炎の巻物。

 

「みんな、自由になって! 転生の輪に乗るのよ!」

 

 エメリーヌは杖の代わりに巻物を握り、氷の剣で遅い掛かってくる死霊たちに炎の魔法を次々に浴びせた。

 死霊たちは炎に巻かれ、一瞬、元の姿を取り戻してから断末魔の悲鳴ではなく歓喜の声をあげて消滅して行く。

 凍った身体も武器も、何の痕跡も、残さなかった。

 

『城のなかは、もっと多いよ。最上階に、魔女がいる!』

 

 レアンドルは、そんな死霊たちに囲まれ育ってきたのだろうか?

 幼い頃、出逢ったレアンドルは少年だった。短い刻を共にすごし、約束を交わし、走り去る少年が白い子鹿に変わるのをエメリーヌは見た。

 

「任せて。みんな魔女の呪縛から解き放つわ」

 

 城内へと白鹿に続いて足を踏み入れ、鈍い動きで遅い掛かってくる死霊騎士たちを、エメリーヌは次々に炎に巻いた。ひとりも残さず浄化しながら、豪華で優雅な曲線を描く絨毯敷きの広い階段を上って行く。

 浄化した者のなかには、レアンドルの父母もいた。

 

 最上階――!

 

「愚かな。炎の魔法など、わらわには通じぬわ」

 

 玉座のような場所。豪華な椅子に座っていた魔女らしきが立ち上がる。

 長い黒髪に、赤い眼。邪悪な笑顔。手には立派なこごえる魔法の杖。氷と雪の魔女バルバラだ。

 バルバラ・モローム。城の全員を惨殺し、レアンドルを白鹿に変えた魔女。

 

 吹雪のような大嵐が、エメリーヌを巻き込み、バルバラの黒髪が吹雪きと共に舞い踊る。

 

 白い鹿のレアンドルは、魔女の魔法で苦悶させられながら空中に拘束された。

 エメリーヌは、迫り来る吹雪を炎の魔法で弾き消滅させる。

 炎の魔法は、魔女には利かない。それは分かっている。

 

 何も考えちゃだめ――。

 

 魔女バルバラは心を読む。

 

 バルバラの魔法で白鹿にされたレアンドルは、時々魔法が解けて人間の姿に戻るようだ。

 エメリーヌが青い湖で出逢ったとき、レアンドルは金の髪、碧い眼の少年だった。エメリーヌは近くの狩り小屋から散歩に出て、森へと迷いこんだ。惹かれるまま森へと入り、青い湖に――。

 

 不意に記憶が一部、戻ったのは、バルバラがエメリーヌの記憶をひもとこうとしているからだろう。

 

 レアンドルは、なぜ白鹿にされてしまったのだろう? エメリーヌは記憶を解かれるのを拒み、意識を別の方向へとねじるように問いを巡らせた。

 

『私のものになれば、呪いは解いてあげるよ? 共に、この国を栄えさせよう』

 

 エメリーヌの問いへの応えのように、魔女バルバラの声が聞こえてきた。エメリーヌの記憶への侵入を試みているバルバラの記憶が、逆に雪崩込んできたようだ。

 

 少年のレアンドルを魔女は欲した。魔女のものになることを拒んで、少年は白鹿に変身させられた。所有物になることを、レアンドルはずっと拒み続けている。

 白鹿に変えた後、他の者は惨殺し、レアンドルだけをずっと手元に置いて魔女は口説き続けた。凄まじい執着は未だに続いている。

 

 この城にたどり着くまでに見た領地民は、魔法で生かされ酷使されていた。魔女の言う国を栄えさせる、などという言葉は、全く信用できない。

 

『さあ、愛を誓うんだ。そうすれば、もう白鹿には戻らずに済む』

 

 レアンドルが少年の姿に戻ると、猫なで声のバルバラが迫る。

 魔法が解けたときに魔女に愛を誓えば、呪いはとけて人間の姿に戻れる。

 しかしレアンドルは拒んで逃げ、湖のある森へと走り込んで行く。バルバラは追わない。刻が経てば白鹿の姿に戻り、城へと引き戻される。

 

 何年も、エメリーヌがレアンドルとの約束のために魔法の腕を磨いている間、ずっと、そんな日々が続いていたのだろう。

 

 

「レアンドルを返して」

 

 エメリーヌは、魔女バルバラを油断させるために、効かないのは承知で炎の魔法を次々にけしかける。

 

「返せだと? おかしなことを言う」

 

 怒りに長い黒髪を振り乱し、魔法の杖をエメリーヌへと向けると、氷のつぶてを大量に打ち込んできた。

 炎の盾が、すべてを溶かし蒸発させる。だが、衝撃で、踏ん張っている足は、ずるずると後退した。

 

「レアンドルは、あなたの物なんかじゃない!」

 

 エメリーヌは挑発するように叫ぶ。

 怒りに狂って魔法を使わせ消耗させる必要があった。

 魔女バルバラは、レアンドルから全てを奪った。家族も城も領地も国も。そして心すら奪おうとしている。

 

 いくら執着しても、レアンドルの心は決して魔女バルバラのものにはならない!

 

 言葉にせずとも、そんな風に脳裡で言葉を巡らせれば、心を読む魔女バルバラは怒りに我を忘れて雪と氷をまき散らす。

 

 もう少し。後、もう少し。

 

 魔女に気づかれないように、心の一部を巧みに隠しながら、目立つ表層では、どんなことをしてもレアンドルを助ける、と、炎の魔法を誇示する意志表示をした。

 

 魔女バルバラは、レアンドルへは氷の刃を当てないように注意しながら、狂ったように四方八方へと氷の剣を放つ。壁や調度に当たりそうになると、氷の剣はひるがえり、時間差で次々にエメリーヌを襲う。

 炎に巻かれるようにエメリーヌは強烈な炎を放って剣をすべて溶かした。そのどさくさに紛れ、エメリーヌ側からは炎の剣を、立て続けに魔女バルバラへと叩き込んだ。

 

 確かに、炎は効かない。すんでの所で炎の剣は、すべて床へと落ちて消えた。だが、次々に消されても、エメリーヌは炎の剣を叩きこみ続ける。

 魔女の哄笑とともに炎の剣は跡形もなく消えて行く。

 やがてそこに隙ができた。

 

『今だ、エメ!』

 

 レアンドルの言葉にエメリーヌは頷く。

 

「風よお願い!」

 

 隠していた風魔法を一気に解放した。

 風は魔女を取り巻いて動きを封じる。すかさずエメリーヌは、身体の魔法領域に隠していた煌めく石『鏡のカケラ』を風に乗せ強烈な力で魔女の胸へと打ち込んだ――。

 

「レアンドルを自由にして!」

 

 魔女バルバラの胸で弾ける宝珠へと祈りを込める。

 魔法で育てた『鏡のカケラ』。記憶がないまま、ずっと大事に育てた。魔女に察知されないように。

 

 少しずつ、記憶が戻ってくる。

 

「魔女バルバラは、風の魔法は防げないから、是非覚えて。でも、隠すんだよ」

 

 あの遠い日。少年の姿のレアンドルは、微かな風の魔法で、ふたりを包み込んで魔女から隠しながらエメリーヌに告げた。

 氷の魔女は、雪と氷に閉ざされる国では無敵だ。炎すら凍らせる。雪の女王だ。

 

「わかったわ」

「風の魔法を使って魔女の動きを封じ、魔法で育てた鏡の宝珠を胸に打ち込んで」

 

 レアンドルはそう囁いて、石の種を手渡してくれた。

 

「きっと、助けにくる! 待ってて」

 

 だが、時間は掛かってしまった。

 記憶は消されていたが、エメリーヌは言い付けを守って石の種を魔法で育て、魔法など下賤げせんの者が扱うものだと毛嫌いする家人の目を盗んで魔法を習いに行った。

 

 内緒で魔法の腕を磨いた。なぜ、こんなに必死なのか自分でも分からないまま。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

 魔女バルバラの断末魔めく悲鳴が聞こえている。

 

 キラキラ煌めく『鏡のカケラ』は、魔女の胸に衝撃を与えるとバラバラに弾けた。極小の煌めくカケラとなり、大量に宙に散る。鏡のカケラは魔女を取り巻きビッシリと全身に貼り付き突き刺さる。魔女バルバラは、藻掻もがき、風魔法に巻かれて何の魔法も発することができないまま縮小されて行く。やがて、小さな壺のような形の物体となり、フタが閉まった。

 

 魔女バルバラは、小さなツボに完全に封印された――。

 

 

 途端に、ザッっ、と、魔女の仕掛けていた魔法が、すべて氷解して行く。領地と城はレアンドルのものに戻る。レアンドルは雄々しい白鹿から元の姿に戻った。

 少年は、金髪碧眼の麗しい青年へと成長している。

 

「ありがとう、エメ!」

 

 レアンドルは宙から、ひらりとエメリーヌの間近に飛び下り、手を取ると弾んだ声を立てた。

 

「記憶が消されていたのに、ちゃんと僕の言葉どおり頑張ってくれてありがとう」

「……白い鹿が走って行くのをみたわ。夢でも、いつも見てた。ずいぶんと月日が掛かってしまって、ごめんなさい」

 

 エメリーヌは手を取られたまま、すっかり成長して背も高くなったレアンドルを見上げる。綺麗な顔、やさしい笑顔。安堵に、ふわっ、と、意識が遠退くのを感じた。

 

 

 

 魔女の魔法がとけると、この城は、王城。サジェル王国の首都だと明らかになった。

 レアンドル・サジェルは、亡くなった王の息子で、国の王子。たったひとりの継承者だ。

 

「バルバラは、国を乗っ取っていたの?」

 

 豪華な寝台で目覚めたエメリーヌは、心配そうに顔を覗き込んでいるレアンドルへと訊いた。

 元婚約者の実家は、トバーグ小国を名乗っていたが、魔女バルバラの撒いた偽りだ。

 首都を丸ごと封印し、周囲のサジェル王国の領地だったところを魔女の心に共鳴したトバーグ家に支配させていただけだ。

 

 その化けの皮も剥げ、トバーグ家は、ただの一貴族だと分かった。

 

「そう。国王以下、城の者は、僕以外全員惨殺されたよ」

 

 僕は、鹿に変えられた。ずっと城の図書室に籠もって過ごした。白鹿の姿だったけれど、巻物は読むことができた。鹿の手で巻物に触れると内容を読み取ることができたんだ。

 魔法が時々解けて人間の姿に戻ると、城から城壁から外に出られた。

 僕は、森の中の湖に行き、図書室で覚えた魔法で、ずっと救援の波動を送っていたよ。

 

 レアンドルは静かに呟き、上体を起こしたエメリーヌの手を取りながら更に言葉を続ける。

 

「祖母が――祖母は魔女なのだけどね、気づいてくれた。それで、何人も女の子を森に入れてくれたんだ」

 

 エメリーヌは、レアンドルの祖母の魔法に導かれて、あの日、湖に行ったのだと分かった。

 

「どうしてわたしを選んでくれたの?」

 

 何人も、レアンドルに逢っている女の子がいたのに、なぜわたしだったのか? エメリーヌは不思議に思う。

 

「エメだけが、僕を助けると、魔女を倒すと言ってくれた」

「助けたかったの。何をしてでも必ず」

 

 熱い思いが甦ってきていた。幼い日の約束を思い出すことができ、心が潤っている。

 

「エメ、僕と結婚してくれるかな?」

 

 国を立て直すのを手伝ってほしいんだ、と、レアンドルはエメリーヌの手を取ったまま告げた。

 

「はい。わたしでいいなら、すごく嬉しい」

 

 綺麗な碧眼を見詰め返しながら、エメリーヌは弾む心で応えた。レアンドルの力になりたかったし、レアンドルの国を立て直すためになら何だってする。磨いてきた魔法が、きっと役立つ。

 

「これは、エメのものだよ。エメが使うのが良い」

 

 レアンドルは、そう囁くと、魔女バルバラが持っていた凍える魔法の杖を手渡してくる。

 

「まあ! 火と風のほかに、氷と雪の魔法も使っていいの?」

 

 手にした途端、凍えるはずの氷と雪の杖はエメリーヌの心に触れ、きらびやかで優しい力を新たに備えた。

 

 強力な力が伝わってくる。立派な杖には、膨大な魔力と魔法がこめられていた。魔女バルバラは、この杖を手にいれたことで強大な力を得たようだ。

 魔女バルバラが使っていた全ての魔法が使える。いいのだろうか?

 

「エメの魔法の師匠は、僕の祖母なんだ。君が使えば、きっと祖母も歓ぶよ」

 

 殺された母も、僕も、少しだけ魔法を使えたけれど、魔女バルバラの圧倒的な悪意の前では、全く役に立たなかった、と、苦しそうにレアンドルは呟いた。

 

「魔女のキリルナさま、レアンドルのおばあさまだったのね!」

 

 記憶曖昧なエメリーヌを親身になって的確に導いてくれた師匠は、魔法で連絡を受けとったレアンドルの祖母だったとわかり、色々と謎が解けた思いだ。

 師匠はレアンドルから渡された石の種の育てかたも、懇切丁寧に教えてくれた。

 

 

 

 魔女バルバラの支配が解け、強力な魔法の力はエメリーヌが所持することとなった。

 

 しかし魔女バルバラを封じた壺からは、魔力がじわじわとあふれ出している。魔女バルバラは封じられてなお、復活のために魔力をにじませ、どこかに溜めこみ、封印を壊す画策をしているようだ。

 エメリーヌは、壺から滲み出す魔力を魔法の杖で吸い上げ続け、復活を阻むことにした。

 

 レアンドルは、取り急ぎ王代行となった。いずれサジェル国の王となる。エメリーヌは、その婚約者だ。

 

 レアンドルの祖母である、偉大なる魔女キリルナ・グイルは、新たに王となる孫のために、城へと多数の人材を送り込んでくれた。

 キリルナの人脈は確かなもので、信頼できる者たちが集まってきている。

 

 魔女の支配が解け、眠ったまま働かされていた者たちは、深い深い眠りに落ちていた。エメリーヌは風魔法を放って操られ続けていたせいで負った疲労を癒す。数日後には、皆元気に意識を取り戻した。

 

 

 

 王城が甦り、その支配力が領地全体に行き渡った。

 トバーグ小国を名乗っていたトバーグ家の当主と元婚約者ジャゾン、エメリーヌの父であるルワール家の当主、レアンドルの祖母キリルナ・グイルが呼びつけられ、揃って王城へと馳せ参じている。

 

「トバーグ家とルワール家の領地は取り上げるよ。グイル家が統治して」

 

 レアンドルは朗々と響く声で告げた。

 小国となって、トバーグ家が王を名乗ったのは、魔女バルバラが設定したものだ。

 小さな、悪意の魔法は、あちこちに拡がって、魔法を忌避させた。

 魔法嫌いが多いのは、魔女バルバラの仕業だったようだ。

 

「そんな! なぜです? 娘はレアンドル様と婚約したのでしょう?」

 

 エメリーヌの父は、納得がいかない様子で食い下がった。

 

「エメは、ルワール家を追放されたんだよね? ルワール家を優遇する理由はないよ? トバーグ家もルワール家も、良い統治をしなかった。領地を任せるわけにはいかないね」

 

 レアンドルは言い放つ。

 トバーグ家は、税率を上げ悪政を敷いた。魔女バルバラの影響下とはいえ魔法弾圧も酷かった。

 

 エメリーヌの父は、権力を行使したい欲望がある。実の娘が王の后となったら絶対政治利用しようとする。エメリーヌは、それを阻止してほしいとレアンドルに頼んでいた。

 両家とも下級貴族の地位に落ち、魔女グイルの配下だ。

 

「お任せください、レアンドルさま」

 

 レアンドルの祖母であり、エメリーヌの師匠である魔女キリルナ・グイルは、丁寧な礼をすると早速さっそく魔法を閃かせた。祖母とはいいながら、キリルナは若々しく頼れる優しい魔女だ。

 トバーグ家の城は、元よりサジェル国の離宮だった。

 

 離宮を占拠していたトバーグ家の私財は、一切合切、小さな領地の屋敷へと移動させたようだ。離宮は魔女キリルナの城となる。

 父に同行した元婚約者のジャゾンは、言葉もなく項垂れ、しかしずっと悔しそうな表情だった。

 ルワール家の領地は狭くなったが、屋敷はそのままだ。

 

「魔法を使う者は、大事にしなくちゃだめよ」

 

 エメリーヌは、にっこりと笑みをむけて魔法嫌いのトバーグ家のふたりと、父へ言葉をかけた。

 

 

 

 サジェル国の領地は、夏から秋にかけてエメリーヌの風魔法で常に良い温度に保った。サジェル国は、長く厳しく辛い、雪と氷に閉ざされた季節が続く土地柄だ。秋の収穫が終われば、即座に冬支度となる。

 

 だが、今年からは、冬を少し暖かく、そして楽しく快適に過ごすことが可能だ。エメリーヌは、封じた魔女バルバラから洩れ続ける魔力を集めたものを盛大に使うことにした。

 

「大きく屋根を掛けるわね」

 

 エメリーヌが囁くと、凍える氷と雪の杖は、領地を巨大な氷の屋根で球形に覆った。どこまでもどこまでも続く透明な氷の屋根には、やがて厚く雪が積もるが、丈夫な魔法の氷は壊れることはない。

 雪の家のなかのように仄かに暖かく、何より雪かきも雪下ろしも不要だ。

 

「ああ、これは良いね」

 

 レアンドルはエメリーヌの魔法を、嬉しそうに眺めている。

 

 都の中心地では地下通路や地下街が裕福なもののために存在していたが、それも要らなくなった。領地に隣接した幾つかの街も、別個の氷の屋根で覆い、街と都は雪の通路で結んだ。

 エメリーヌの優しい魔法は、雪解けが終わるまでずっと続く。

 

 雪に空を覆われることになるが、都も街も昼間は明るい光で満たした。

 

 買い物や人々の交流が冬でも可能になって領地民は快適そうだ。寒くても皆、楽しく暮らしている。

 望めば通路から外にでて、雪遊びをすることも可能だ。

 

 封じた魔女の魔力をエメリーヌは国のためにどんどん使った。封じた魔女の力は、凄まじい勢いで湧いてでて氷と雪の杖に溜まってくる。勝手に湧いてくる魔力は使い切り、万が一にも魔女バルバラが復活できないように工夫した。

 

 春が来たら、レアンドルは国王に即位し、エメリーヌは后となる。

 

 凍った森と湖も美しい景色だ。

 もう白鹿は現れない。

 

 

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婚約破棄され怒った実家からも追放されました 密かに磨いた魔法で魔女を倒して囚われの王子を助け、求婚されて国を治めます 藤森かつき @KatsukiFujimori

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