第3話 遠心力
日陰に咲く花
遠心力
誠実でなければ、人を動かすことはできない。人を感動させるには、自分が心の底から感動しなければならない。自分が涙を流さなければ、人の涙を誘うことはできない。自分が信じなければ、人を信じさせることはできない。
ウィンストン・チャーチル
第三章【遠心力】
「お前等の行動は、ずっと監視されていたんだよ。ずーっとな」
「ストーカーも顔負けだな。そこまでして俺に会いたかったのか?」
街中についている防犯カメラこと監視カメラは、常に見られる状態であった。
特に杉原のような警官は、目的のためならば優秀な者を雇って常に監視出来る状態にしておく。
そして、庵道たちは何処にいるのか、何をしているのか、どういう行動に出るか、何処へ出かけるかなども分かれば、手の打ちようはいくらでもある。
「お前に聞きたい事はただ1つ。北代昭也は何処に居る?」
「・・・はあ?」
互いにしばらく口を閉じたあと、先に庵道が笑いながら話した。
「それ、いつの時代の話だ?俺の記憶じゃあ、北代昭也ってやつがいたのは今から60年前の頃だ。当時は確か25、今は85ってことだな。けど、ある時消息不明になったって話だけど、お宅ら警察に消されたって話も濃厚だよな?それなのに、俺が知ってるわけないだろ?」
「生きていない可能性が零ではないから探している。何か知っているはずだ。お前は以前に一度だけ、北代昭也という名を口にしている」
「いつ言ったかな?記憶にございません」
「ふざけるな」
「ふざけちゃいないさ。もし口にしてたとしても、噂話を楽しんでただけだろ。そいつに関して知ってることがあるとしても、あんたらの方が詳しいに決まってんだろ」
そろそろ帰りたいと言いだした庵道に、杉原は多少苛立ちを覚えた。
しかしそれを感じ取られないよう気をつけながらも、もう一度聞いた。
「北代昭也が今何処に居るか正直に話せば、すぐに解放してやっても良い」
「だから、知らないって。怖いねぇ。肉体が滅んでも名前だけは未だ生き続けてるわけだ。これ以上俺を尋問しても無駄だ。俺が知ってることは、そういう奴がいたってことだけだ」
「・・・・・・そうか」
杉原はそれ以上庵道を尋問することもなく、その部屋に庵道だけを残して出て行った。
外に待機していた百合澤が近づいてくると、煙草の臭いが気になるのか鼻を少し押さえながら言う。
「合流させろ」
「はいよ」
「おい!なんで俺まで捕まえるんだよ!!どういうことだ!騙しやがって!!!」
その頃、庵道たちと同じように捕まってしまった横崎は、1人で牢屋に閉じ込められていた。
すぐに解放されると聞いたから大人しく付いてきたというのに、こうして拘束されてしまっただけではなく、後日、もといた刑務所へと送られることを知った。
そんなの話とは違うと抗議したのだが、そもそも無事に逃がすなどという約束はしていないと言われてしまった。
「きったねぇ・・・!!これだからサツってやつは信用出来ねえんだよ!!」
幾ら文句を言ってもどうしようもなく、横崎はただただ項垂れるしか出来なかった。
誰かが助けにくるなんてこともないだろうからと、刑務所に連れて行かれるまではとにかく警察に対する文句を言い続けることにしたらしい。
杉原が出て行ったあと、庵道は椅子に座ったままぼーっとしていた。
10分も経たないうちにドアが開いたかと思うと、そこから入ってきた顔は庵道の見知ったものだった。
「順一に晋平、お前等も捕まったのか」
「ああ」
順一は座ったままの庵道に近づいてくると、順一の後ろから入ってきた晋平は、静かにドアを閉める。
庵道の前の前に立った順一は、後ろポケットから何かを取り出すと、素早くそれを庵道に向けた。
「・・・何の真似だ?」
「悪いな。これが、俺の仕事だ」
庵道に向けられたのは銃で、順一は引き金に指をかける。
「みんな、あんたの仲間なんかじゃないんだ。あんたから情報を得るために、あんたを捕まえるために、送り込まれたんだ。横崎だって、警察が買収したんだよ。どれだけ待っても北代の情報は得られなかった。だから、射殺許可が下りた。悪く思わないでくれ」
「・・・そういうことか」
「薫がショートして爆破したのは予想外だが、こちらの機密は守られた。あとは、あんたを消せば全て終わる」
「御苦労なこったな。俺はまんまと騙されてたってわけか。随分と長い間、俺の世話をしてくれたもんだ」
「残念だ」
ゆっくりと引き金を引いた銃口から出たそれは、庵道の身体へと向かって行った。
庵道の身体からは赤い液体が流れ出てきて、椅子に座っていた庵道の身体はズルズルと舌に落ちて行く。
順一が近づいて銃口でツンツンと数回つついたあと、晋平と共に遺体安置所へと運んだ。
床に血が滴り落ちないよう、撃った箇所にタオルなどを何枚も重ね、床が汚れないようにした。
掃除をすれば良いだけの話なのだが、杉原はこういった臭いも気にするため、出来るだけ窓を開けて空気を入れ替えながら行う。
無事に庵道を遺体安置所に運び終えると、このことを報せるために杉原に報告をしに向かった。
「処分したのか」
「はい。あの男、本当に北代のことを知らなかったのでしょうか」
「どうでもいい。危険な奴は消せばいいだけの話だ。それに、北代は死んでるはずだ。生きているはずがない。あいつの死亡は俺も確認したんだ」
「でしたら、なぜあの男を?」
「少し引っかかっただけだ。茜と布瀬、研究所へ行って様子を見てこい」
「わかりました」
杉原に言われた通り、順一と晋平は研究所に来ていた。
「これがここ一週間の結果資料です。特に異常もありませんが、進展もありません」
「引き続きよろしく頼むよ」
一体ここで何が行われているのかは、ずっと庵道の監視をしていた順一たちは詳しく走らない。
というよりも、杉原が秘密主義であまり詳しいことを話さないため、百合澤たちでさえよく知らないらしい。
だが、百合澤たちが言うのには、杉原の機嫌を損ねる可能性もあるため、研究員から資料を渡されたとしても読まずに杉原に渡すよう言われた。
「これを渡せばいいだけか」
「俺が持つよ」
晋平から資料を受け取ると、順一はさっさと杉原のもとへ戻ろうと言う。
「あ、晋平そう言えば」
それから少しして、晋平だけが戻ってきた。
「茜はどうした」
「なんでも、腹壊したとかでトイレに籠ってますよ。これ、結果ですって」
杉原に資料を渡すと、杉原は早速その中身を確認し始める。
その時、杉原は少し眉間にシワを寄せて、晋平の方を見た。
「布瀬、お前煙草でも吸う様になったのか?」
「いえ、何でです?」
「臭う」
「順一と一緒にいたので、臭いが移ったんでしょう。あいつ、結構なヘビースモーカーですから」
「そうか」
その場にはシステムを管理している矢岡もいて、晋平は物珍しそうにその部屋を物色していた。
部屋のほとんどは監視カメラで受け尽くされているのだが、扉の近くには消化器や警報器、保管されている鍵、それから床には隠し通路を隠してある扉がある。
矢岡が座っているデスクにも色々物が散乱しているが、中でも多いのは御菓子類だろうか。
塩気のあるものと甘い物と、交互に食べ続けられるようにしてあるのだろうが、あまりにも量が多いため、これが主食なのかもしれない。
だが、矢岡の引き出しを覗いてみると、そこにはおにぎりや冷凍パスタなどもあった。
よく見てみると、そこで食事ができるようにと、ポットや電子レンジ、オーブンまでもが完備されていた。
杉原がよく許したものだと思っていると、許したわけではなく、ある日全てがそこに置いてあったため、何も言えなかったそうだ。
晋平はドア付近をウロウロとしていると、それに気付いた矢岡に注意される。
「あんまりいじるなよ。それから俺の飯には手を出すな」
「わかってるよ」
これだけ管理ルームを私物化出来るのもすごいと思っていると、ある程度資料を読み終えた杉原がちらっと壁にかけてある時計を見る。
「布瀬、櫻井」
「はい?」
「茜を呼んで来い。さっさと戻って仕事に戻るよう伝えろ」
「わかりました」
杉原に言われ、布瀬は櫻井と共に、茜を探しに向かった。
「確かここのトイレ」
順一が入ったはずのトイレに入って探してみるが、順一はいなかった。
「そっちいるか、櫻井?」
「いないよ。そっちは?」
「こっちにもいないな。何処に行ったんだろうな?もうちょっと探してみるか。もしかしたら、別にトイレにかけこんでる可能性もあるしな」
「入れ違いになったとかじゃない?」
途中、すれちがった男とぶつかってしまったが、順一ではなかった。
そしてしばらく探した頃、布瀬が何かを見つけたようだ。
「櫻井、これ」
「なんだ?」
順一を探しに行ってから30分以上経ってようやく戻ってきたのは、順一だけだった。
「布瀬と櫻井を探しに行かせたんだが、どうしたんだ?」
「ああ、会いましたよ。何やら綺麗な女の人を見つけたみたいで、夜まで戻らないと言っていましたよ」
「まったく。あいつら仕事を何だと思ってるんだ」
「まあまあ。息抜きは大事ってことで。それより、今後はどうします?これで、北代に関する人物は消えたってことですよね?見つけ出す方法でもあるんですか?」
「生きていたとしても死んでいたとしても、最早北代にはなんの力もない。だが、公にされるのは困る。北代の死亡届が出ていないかを確認する」
「わかりました」
それから夜になると、櫻井と布瀬は戻ってきた。
杉原に大分説教をされたようだが、説教に疲れてしまったのか、すぐに解放されたようだ。
矢岡は監視カメラを見ながらも北代のことを調べていて、杉原は矢岡に何か進展はあったかと聞いてみたが、一切なにも分からないままだった。
どこの市役所にも未だ死亡届は出ていないようで、しかし住所不定で、本名で生活しているかも分からない。
顔も分からない人物を探すということはとても難しいが、北代昭也が確実に生きていた時代のカメラでもあれば顔を分析して指名手配でもなんでも出来るのだが、当時はそこまでカメラは普及されていなかったことと、就職するときの履歴書なども処分されてしまったらしく、何も残っていなかった。
「もう放っておいても大丈夫なんじゃないか?そもそも、北代なんて男、いなかったのかもしれないし。俺達が作りだした幻影ってことも」
「確かなことは、幻影じゃないことだ。とにかく、矢岡は見つけ出すんだ。北代と骨格や顔が似ている人物を全員ピックアップしておいてくれ」
「はいはい」
「それから、これも調べておいてくれ」
「俺にばっかり仕事回すね。何これ。もしかして、DNAでも調べろって?」
「そうだ」
「これ、誰の?沢山あるけど」
「庵道啓志のだ。あいつが北代でないことを証明するか、もしくは、北代の血を引く人間であることを証明するか。それは調べてみないと分からない」
「そうだろうけど、少し時間はかかるよ?てか、北代のDNAはあるわけ?」
「研究所のサンプルだ。研究員は全員サンプル用に自分の血を用意していた。その残りだ」
「・・・手際が良いこと。はいはいわかったよ。俺に任せておいて。期待通りの仕事はするけど、期待通りの結果が出るとは限らないよ?それはいいね?」
「わかってる。別に結果に期待はしていないしな」
部屋を出て行った杉原の元に結果が届くのは、翌日の夜のことだった。
期待していないといった杉原の言葉の通り、庵道啓志と北代昭也の間には何の繋がりもなく、赤の他人であることが証明されたわけだ。
その結果を杉原は予想していたはずなのに苛立ったようで、ぐしゃっと握りつぶしてすぐにゴミ箱に捨てた。
「全員を呼べ」
「わかった」
すぐに百合澤、櫻井、布瀬、そして茜を呼ぶと、杉原はさきほどの結果のことを踏まえて北代の進展の無さを話した。
「もう死んでんじゃねえの?」
そう言いたくもなる百合澤の気持ちも分かるが、それでも確実に死んでいることが確認できるまで調べ続けるとのことだった。
まるで悪魔の証明のようだ。
いないということを証明することは、いるということを証明するよりも困難であるというのに。
それでもこだわって探し続けるのは、理由があるからだ。
「それから、明日、横崎を刑務所に送ることになった。時間とルートの確認をしておくように」
「一緒に付いて行くのは?」
「百合澤と茜で充分だろう。櫻井には他の仕事を頼みたい。矢岡は引き続き頼む」
「分かった」
横崎を刑務所に送る極秘の時間とルートが記された紙を百合澤に渡すと、それを横から順一も覗いた。
百合澤と順一はルートの途中でトラブルが起こらないようにと、万全の準備を整えることにした。
車に何か仕込まれていないかの確認は順一が行い、ルート上の建物や橋、ありとあらゆるものの確認は百合澤が行った。
特に異常がないことを確認し終えると、翌日に向けて早めに寝ることにした。
その頃横崎は、明日のことを考えてまともに寝られないでいる様子だった。
「くそったれ」
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