日陰に咲く花

maria159357

第1話 トロイの木馬

日陰に咲く花

トロイの木馬



    登場人物




      庵道 啓志 あんどうけいじ


      藤邑 大樹 ふじむらたいき


      美波 薫 みなみかおる


      茜 順一 あかねじゅんいち


      布瀬 晋平 ふせしんぺい


      杉原 潦太 すぎはらりょうた


      百合澤 保 ゆりさわたもつ


      櫻井 夕貴 さくらいゆうき


      矢岡 悠輔 やおかゆうすけ


      横崎 基生 よこざきもとき






























 私は血と苦労、涙と汗以外に捧げるべきものを持たない。


      ウィンストン・チャーチル




































 第一章【トロイの木馬】




























 「特に故障はしていないようです。カメラの方も確認して見て大丈夫でしたので、これで失礼します」


 「ありがとうございました」


 ペコリと帽子を被ったまま頭を下げて出て行った眼鏡の男を見送った後、カメラの動きを確認してみると、確かにそこには正常に映っている画面があった。


 いきなり画面が真っ黒になってしまったため、すぐに説明書を読んで試してみたのだが直らなかった。


 そのため、業者を呼んで直してもらったのだが、やはりその方が速かった。


 「どうだ?」


 そこへ、1人の男が入ってきた。


 その男は黄土の短い髪をしているのだが、前髪はなぜか薄紫色、そして向かって左側の一部青メッシュという不思議な髪の毛をしている。


 「直ってます。これでちゃんと監視出来ます」


 「そうか」


 男の名は杉原潦太という。


 彼は警察官で、見た目は派手そうなのだがまあまあ真面目な方だが、冗談にもまあまあ乗ってくれるときがある。


 そのとき、監視カメラルームの扉が開いた。


 杉原は開いたドアの方を見ることもなくこう言った。


 「臭う」


 「これでもダメ?」


 「鼻がもげる」


 「そこまで?」


 すると、そこへもう1人の男が現れた。


 「お前も臭うぞ」


 「はあ?煙草の臭いくらいでいちいちうるせぇなぁ。だいたい、喫煙場所が遠すぎるんだよ。なんでここで働いてるのに敷地外でしか吸えねえんだよ。ありえねぇって」


 「俺が臭いに五月蠅いのは前からだ」


 そう言いながら、杉原は自分の鼻を自分の洋服で覆った。


 カメラが正常に動いていることを確認した杉原は、その場にいる男たちに何やら指示を出し、再びカメラに目を向ける。


 「矢岡、カメラが止まってた間の異常はないだろうな」


 「大丈夫。予備のカメラで見てたから」


 矢岡と呼ばれた男は、茶色の長い髪の毛を後ろで1つに縛っており、仕事中はいつも頭にバンダナを巻いている。


 邪魔ならば切ってしまえと言われたのだが、どうやら彼なりのポリシーがあるらしく、なかなか切ろうとしない。


 システム関係の仕事を任されている。


 椅子の上で胡坐をかいているのは癖のようで、杉原には何度か注意されたのだが一向に直らないため、今では言われる事はない。


 「そう言えば、あいつらは?」


 「もうすぐ帰ってくる予定だ。それより、北代昭也の方を探るぞ」








 「ただいまー」


 「俺もただいまー」


 「ダブルでおかえりー」


 ここは、街の中心にあるごく普通の家だ。


 ただ変わっていることとすれば、この家には数人の男たちが一緒に暮らしているということくらいだろうか。


 今帰ってきた2人の男は2人ともスモーカーらしく、帰ってきて早々ベランダに出て行き、煙草を吸っていた。


 一方、そんな2人を迎え入れた男は3人いた。


 まず帰ってきた2人のうち1人は、青髪で後頭部がちょっと癖っ毛の茜順一という男で、もう1人は茶色のさらっとした髪でいつもタートルネックを着ている美波薫だ。


 家で待っていた3人の方はというと、1人は青の短髪で右頬に絆創膏を貼っている、藤邑大機という男。


 1人は黒髪で難しい顔をしている布瀬晋平、そして最後の1人は黒髪で目が少し隠れてしまっている庵道啓志だ。


 ベランダで煙草を吸っている2人は、肩身の狭い思いをしていると言いつつも、煙草を止める心算はさらさらないらしい。


 「薫、今日はあんまり香らないな」


 「え?ああ、本当だ」


 順一に言われ、薫は自分の身体をクンクンと嗅いでみると、いつもは洋服から香っているラベンダーがあまり香らなかった。


 洗剤が少なかったのかもしれないと、薫は再び煙草を吸う。


 「ま、別に俺はどっちでもいいけど」


 「そりゃそうだ」


 何本か吸ったあと、順一と薫は部屋の中に戻って行った。


 「戻ってそうそう悪いけど、順一と薫、また出かけてくれ」


 「わかった。あれ?啓志も出かけるの?」


 「ああ、ちょっとな。2、3時間で戻れるとは思う」








 「杉原、戻ったぞ」


 カメラの画面から何かの資料に視線を変えていた杉原のもとに、2人の男がやってきた。


 1人は緑の髪に首にホクロがある百合澤保、そしてもう1人は黄土色の髪に短く後ろで1つに縛っている、そしてなぜか一部だけ濃い黄土色の部分がある櫻井夕貴だ。


 百合澤は先程のことがあるからか、杉原にあまり近づかないでおこうと距離を取るも、この部屋に入った時点で杉原は百合澤を睨みながら鼻をつまんでいた。


 傲慢で自信家な百合澤だが、杉原に頭が上がらないのは、杉原の方が役職が上だからだろう。


 こうしてタメ口が出来るのは、杉原と同期であって、杉原がタメ口でも構わないと言ってくれたお陰でもあるのだが、やはり睨みは怖い。


 櫻井は冷静なのだが心配症で、時々ぶつぶつと独り言を言ったり、人間不信になったと勝手に落ち込んでいることがある。


 「それで用件は?」


 櫻井の後ろに隠れてしまっている百合澤の代わりに櫻井が尋ねると、杉原は櫻井に持っていた資料を手渡した。


 その資料を見てみると、そこに書かれている名前を見て瞬時に杉原を見る。


 「では、いよいよですか」


 「ああ。そろそろ頃合いだろうと思ってな。早目に手を打っておかないと、ああいった危険因子は残しておくだけで心臓に悪い」


 「分かりました。百合澤と向かいます」








 ピンポーン・・・


 「はーい?」


 チャイムが鳴り、大樹は腰をあげた。


 庵道も薫も順一も出かけてしまっているため、晋平と2人でいる。


 珍しくチャイムが鳴り、誰だろうとスコープを確認してみると、見知らぬ男が2人立っていたため警戒しながらもドアを開けた。


 がちゃり、とゆっくり開けたのだが、外にいる男がドアを掴んで勢いよく開けたため、そのまま家の中へと入りこまれてしまった。


 「おい!なんだよ!」


 勝手にズカズカと入られ、大樹はなんとか止めようとしたのだが、出来なかった。


 その時、トイレに行っていた晋平が出てきて、その状況に目を丸くしていた。


 「おいおい、なんだこいつら」


 「俺が知るかよ!」


 男たちは部屋の中をキョロキョロと見回したあと、大樹と晋平にこう言った。


 「庵道啓志は何処に居る」


 「は?啓志?あいつなら今でかけてるぜ。つか、なんなんだよお前等!!勝手に入ってくるんじゃねえよ!!」


 一歩前に出たとき、大樹は緑髪の男に殴られてしまった。


 「百合澤、手が早い」


 「仕方ねぇだろ。うるせぇんだから」


 「この野郎・・・!!」


 大樹は百合澤と呼ばれた男に向かって殴りかかったのだが、百合澤が避けてしまったため、その後ろにいた別の男を殴ってしまった。


 ぐえ、とかいう小さい呻き声のようなものが聞こえたような気がしたが、聞こえなかったことにしよう。


 それから殴り合いが始まったのだが、互いに多少の負傷をしたため、男達は大人しく家から出て行った。


 「なんだその怪我は」


 ボロボロになって帰ってきた百合澤と櫻井の姿に、杉原は目を細めてため息を吐いた。


 簡単な流れを聞いたあとは、もっと深くため息を吐いていた。


 「それより、ココ、大丈夫か?」


 そう言いながら杉原は何処かを見て、首筋から鎖骨あたりを摩っていた。


 百合澤と櫻井には医務室に行って来いとだけ伝えると、杉原は何処かへと電話をかけ始めた。


 「ええ、これから伺いたいんですが。はい、よろしくおねがいします」


 電話を切ると、まだそこで愚痴愚痴と文句を言っている百合澤のケツを蹴飛ばした。








 その頃、家に戻った庵道たちは、なぜか怪我をしている大樹と晋平を見て少しだけ目を丸くはしたものの、特に心配する様子もなく、かといって治療することもなかった。


 大樹たちが自分で湿布を貼ったりしていたからだろうが、それよりもお腹が空いたとご飯を食べ始めてしまった。


 ある程度ご飯を食べ終えると、ようやく薫が口を開いた。


 「ここ、出た方がいいんじゃないか?居場所がばれたんだろ?」


 「なんでバレるかな」


 「出るっていっても、どこか良い場所あるかよ?」


 「場所ならなんとか見つけるよ」


 そもそも、なぜ庵道たちが狙われているかというと、というよりも庵道が狙われている理由は、ある人物のことを知っていると言われているからだ。


 庵道曰く、本人のことなんて知らないし、会ったこともないそうだ。


 ともかく、こうして平和な日常が壊されてしまうので、庵道たちはまた別の拠点を見つけることにした。


 物件は裏ルートでなんとか見つけ、今いる家を売り払って貯めた金で新しい家を借りることになった。


 「荷物はどこまで持っていく?冷蔵庫は?ベッドは?」


 「持っていくに決まってんだろ。お前、よく考えてみろよ。引っ越して当日に飯がない、寝るところが無いなんて、これほどの苦痛があるか?生きて行く価値があるか?」


 「・・・啓志の基準が分からないけど、わかった。これらは持っていくんだね」


 「ああ、それから俺は疲れてるから、ちょっと昼寝する」


 「自由人か」


 結局、庵道は寝ていてあまり役には立たなかったのだが、あの男たちにまた押しいられないようにと、その日のうちに引っ越しを完了させた。


 「部屋割どうする?」


 「・・・とにかく、啓志は床で寝かせよう」


 「「「「賛成」」」」


 まだ寝る時間ではないのに、今日は色々と疲れてしまったのか、他のメンバーもそれぞれのベッドに横になってそのまま寝てしまった。








 「俺に何の用だ?」


 杉原が向かった先は、刑務所だった。


 そこに収監されている1人の男と面会をすると、杉原は口角をあげて話す。


 「横崎基生、お前、北代昭也と一緒に仕事をしたことがあるそうだな」


 横崎基生という男は、両耳にピアスをつけており、綺麗にオールバックされているのはネイビーの髪色だ。


 「北代?ああ、あったな」


 「詐欺師のお前が手を組むなんて珍しいよな。顔も知ってるんだろ?」


 「顔?知らねえよ。会ったことはねえからな」


 「なに?」


 横崎はケラケラと笑って、身体を横に向けながら足を組んで顎をかいた。


 「あいつとのやりとりはいつも電話か、もしくはどっかに隠したメモ書きだ。声だって別に特徴あるもんじゃねえし、わからねぇな」


 「だが、間接的にでも接触してるわけだ。これで、協力してくれないか」


 そう言うと、杉原は横崎と自分の間にある程度厚みのある札束を置いた。


 それはあまりにも大金で、思ったとおり、横崎は横に向けていた身体をこちらに向けてニヤリと笑った。


 「おいおい、警察が犯罪者に金まで払って協力要請とはな。準備もばっちりってか。さすがの読みだな」


 「お前は、金さえ払えばなんでもやる詐欺師だろ?悪い話じゃないはずだ」


 「そうだな。まあいい。で、俺は何をすればいいんだ?」


 「明日釈放させる。話はその後だ」


 「悪いサツだな。あんた、名前は?」


 「・・・杉原、潦太だ」








 百合澤たちのもとへ戻った杉原は、横崎を使って北代のことを探ることを話した。


 横崎はどこまで信用できるかは分からないが、金で釣っておけば大丈夫だろうと言う結論に至った。


 「居場所の特定は?」


 「大丈夫。追跡してるから」


 「明日あいつを送り込む。何かあれば、あいつごと消せばいい」


 「怖いねぇ」


 



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