第18話 歩夢ルート
「分かりました。それでは店番をお願いしても良いですか?」
「は、はい……引き受けました。ふぅ……」
彼女は僕の返答にどこか安堵の表情を見せながらそう言った。
どうやら僕がいたことで緊張させてしまっていたらしい。
「ありがとうございます。それでは、値段はチケット2枚分ですのでよろしくお願いします」
「わ、分かりました……ありがとうございます」
お辞儀する彼女に見送られ、僕は教室を後にした。
*
[廊下]
「さて、どこへ行こうかな」
僕は文化祭パンフレットを開く。
パンフレットは明日の一般来客向けに作られていて、校内マップと出し物の位置が分かりやすく示されていた。
「そうだ、西園寺さんにでも会いに行こうかな。多分僕らのクラスにいるだろうし」
2年B組に所属している僕だけど、文化祭ではオカルト部として参加することになっていたためクラスの手伝いをしていない。
このままクラスに一才関与せずに文化祭を終えるのは申し訳がないだろう。
行き先は決まった。
特別棟を後にして、僕は自分たちのクラスへと向かった。
*
[教室]
2年B組の教室に到着。お祭りであるにもかかわらず、僕らの教室は随分とガラガラだった。
「あっ、落河じゃん!」
教室に足を踏み入れると、学級代表が真っ先に僕に気がついた。
「来てくれたんだな! ありがとう!」
「もちろんだよ。僕もこのクラスだからね。準備手伝えなくてごめんね」
「いいっていいって! そっちも忙しかったんだろ?」
「ま、まあ。色々あったよ」
「じゃあいいんだよ。それより落河も参加してくれよ!学年で1番になるとボーナス出るみたいだからさ!」
「へぇ、そうだったんだ。じゃあ、1人分もらってもいい?」
「毎度あり! チケット2枚な!」
そういうと代表が受付へと戻っていった。
僕らのクラスの出し物はスタンプラリー。
とは言ってもただのスタンプラリーではなく、謎を解きながらスタンプを回収するので、謎解きゲームというのが正しいかもしれない。
ちなみに、二高の文化祭では現金のやり取りは行わず、全てチケットで行うことになっている。
20枚つづりのチケットを1000円で購入できるので、チケットは1枚50円に相当する。
「これが台紙な。じゃあ行ってらっしゃい」
「うん。楽しませてもらうね」
学級代表から台紙をもらう。スタンプカードのデザインもちゃんとクラスの方で作ったらしい。ちゃんとしている。
教室に西園寺さんはいなかったけど、多分彼女もB組のスタンプラリーに挑戦しているはずだ。
順調に進めば今からでも西園寺さんに追いつくかもしれない。
台紙を手に、僕は冒険の旅へと出るのだった。
*
「さて、最初はどこにいけばいいんだろう」
台紙を確認してみる。
表面には白い丸が5つ。ここにスタンプを押していくようだ。
そして裏面には最初の謎が書かれていた。
「ええっと、なになに……」
【左・左・下・右・右・左・右】
「左……下……右……なるほどね」
これはつまり、次の目的地への行き方を示しているんだろう。
下、というのは多分階段を使って一階降りるということだ。
「スタート地点はB組だと思うから、早速出発してみよう」
僕は指示通りに歩き始める。
まずは左を向いて直進。突き当たりを左に曲がったところで、階段が視界に入る。
道はまだ続いているけど、ここから先に階段はないし、ここで降るんだろう。
少し不親切な指示に感じたけど、階段を使うとわかっていればこれくらい問題ない。
そしてその後も指示に従って進んでいくと……
*
[図書室]
──本校舎、2階
「到着。1個目のチェックポイントは図書室か」
普段あまり使うことのない図書室。
部誌の原稿に集中するために一度ひなと来たくらいで、1人で入るのは初めてだ。
見ると図書室の中にはそこそこの人数生徒がいた。今日は学生のみの文化祭。
あまり文化祭に乗り気じゃない生徒たちはこういう休めるスペースで暇を潰しているみたいだ。
それはさておき、ぐるりと室内を見渡してみると、受付に何やら張り紙がされているのを発見する。
「あそこか」
張り紙にはご丁寧に『第1の謎解きおめでとう!』と書かれている。そして近くにA4用紙サイズの箱があった。先生が良く使っているあれ──デスクトレーというやつ。
箱を開けると中にはハンコと次の謎が書かれた紙が入っていた。ハンコには『持ち出し厳禁』とシールが貼られている。
「これで一つ目クリア……ってこれ図書室の先生のハンコじゃないか?」
押したハンコを見てみると『峯田』の文字。日付も一緒に捺印されている。
図書室の先生の名前は覚えていないけど、クラスにこの苗字の人はいないので図書室の先生の私物の可能性がある。
というか日付がついてるハンコって先生くらいしか持ってないし、ほぼ私物と見て間違いないか。
随分と体を張った協力をしてくれているようだ。持ち出し厳禁と書かれるのも頷ける。
さて、思いの外案外さっくりと終わってしまった。
まあ1個目の謎だから、チュートリアルのようなものなのだろう。
ハンコを箱に戻し、僕は中にあった次の謎に目を移した。
*
「次の謎は……『購買のパンを買い占めすべて食べよ。さすれば道は開かれる』」
「……なんだこれは」
なんだかよくわからないけど、購買のパンを買い占めて食べないといけないらしい。んな無茶な。
ということはこれは普通にナゾナゾということになる。
「買い占めて全て食べる……買い占めるだけじゃないんだ」
あえて『すべて食べる』と書かれているのだから、この食べるというのは重要なことなんだろう。
すべて食べると何が起きる……?
例えば『す』と『べ』と『て』を文章中から削除するとか?にしては文章中に『す』も『べ』も『て』もない。
購買のメニューから『す』『べ』『て』を削除するとか?まあそれは違うだろう。
僕は先週までずっと購買に通い詰めだったから知っているけど、購買のメニューにそれらしいものはない。
そもそも、明日は外部の人を招いて文化祭を行うのだ。こんなローカル知識を問うような問題は作らないはずだ。
「となると、そこまで難しい話じゃないのかもしれない。単純に、パンを食べすぎたらお腹パンパンで保健室に……とかかな」
「明日は小学生も参加することを加味するとこれが正解かもしれないな。あんまり自信はないけど……」
違かったら購買に行けばいい。幸い保健室と購買はすぐ近くだ。
そうして僕は保健室へと向かった。
*
[保健室]
──本校舎、1階
消毒液の独特な匂い。
保健室に入ると、中には西園寺さんがいた。
⭐︎西園寺さん
西園寺さんは僕をみると驚いた表情で口を開いた。
「あら寛さん。どうしてここに? お仕事はどうしましたの?」
「文芸部の子が店番を代わってくれたんだ。だから今は文化祭を回ってる」
「そういうことでしたの。それなら安心ですわね」
「うん。流石に無断で店番を投げ出したりはしないよ。西園寺さんはB組の出し物をやっているってことで合ってる?」
「なぜそれを……もしや寛さんもですの?」
「そういうこと。多分西園寺さんうちのクラスの出し物やっているだろうなって思って、僕もやればいずれ追いつけるかなって。一緒に文化祭回りたいし」
「なんだかその言い方だと私が謎解きが苦手のように聞こえますわね」
「あわわ……そんなつもりじゃ」
「冗談ですわ。とにかく、寛さんが一緒に文化祭を回りたいとおっしゃってくれて私嬉しいですわ」
「ではここからは力を合わせて謎を解くとしましょう」
西園寺さんは朗らかな笑顔を浮かべる。
何はともあれ、西園寺さんと合流できた。
1人で回るのもいいけど、文化祭はやっぱり友人と回ってこそだろう。
こうして僕らは2人がかりで自クラスの謎に挑むのだった。
*
「さて、スタンプはどこにあるかな」
「あそこですわよ」
西園寺さんは先生用の机の上を指差す。
図書室にあったのと同じ箱が置いてあった。後ついでにB組の謎解きの宣伝の張り紙も。
「本当だ。ありがとう」
「よし。スタンプ完了……ってまた日付付きのやつだ」
「西園寺さん、保健室の先生って山岡先生であってる?」
「ええ、山岡先生ですわよ」
「やっぱりそうなんだ。じゃあこれも先生のハンコなのか……」
クラスの明日が本格的に心配になってきた。
売り上げ勝負以前に開催中止みたいにならないことを祈る限りだ。
「スタンプも押しましたし、退室しますわよ。先輩も寝ていますし」
「え、そうなの?」
「徹夜影響で保健室に行くと言っていたではありませんか。窓際のベッドで寝ていますわよ」
「そうだったね……じゃあ静かに出ていかないとだ」
*
「そういえば、西園寺さんは保健室までどうやって来たの?」
「ん? もちろん徒歩ですわよ?」
「それは知っているよ!?」
「何をおっしゃっているのですか。校内を自転車で爆走する方だっているかもしれないでしょうに!」
「そんな西園寺さん嫌すぎる!」
自転車で校内に侵入するお嬢様を想像して僕は思わずクスッとしてしまう。
世紀末な世界観に箱入りお嬢様はに使わないのだ。
「冗談はさておき、順当に謎を解いて保健室にたどり着いた、それだけですわよ。寛さんも購買でパンを買い占めたでしょう?」
「買い占めてないよ。ということはやっぱり僕の方は間違いだったんだ……」
自分でも食べ過ぎ→保健室の解答はしっくり来ていなかった。やっぱり別の解答が用意されていたか。
「別の解答があったのですの!?」
「一応……ほらパンを食べすぎたら腹痛か何かで保健室行くかなって。本当にこじつけみたいな推理だから別解ですらないかもしれないけど」
「そ、そんな……私の苦労は一体……勇気が出ずに10分ほど躊躇をしたというのに……」
「あはは、結構な足止めくらっちゃったね」
「何を笑っていますの! 私にとっては一大事でしたのよ!? 最悪部費に手をつけようと思ったくらい……」
「それは本当に大事になっちゃう!!」
「ま、まあ……それで僕と合流できたからよかったってことにしようよ」
「はぁ……仕方ありませんわね。仕方ありませんので寛さんもパンを買い占めて来てください」
「うん。そうだね。せっかくだし僕も正式解答やってくるよ」
西園寺さんはため息をついてその場に座り込んだ。
彼女はああ見えて結構人見知りなところがある。
クラスに僕以外の友人がいないと言っていたし、こういうのは苦手なんだろう。
多分、オカルト部の廃部阻止という動機がなかったら僕に話しかけたりもしなかったかもしれない。
足早に購買に向かう。購買にはいつものおばちゃんが立っていた。
受付にはパンが置かれているし、文化祭の日だというのに普通に営業中らしい。確かにこれは躊躇してしまうかもしれない。
「あのー」
「いらっしゃい何が買いたいんだい?」
「すみません、購買のパンを買い占めさせてください」
「……あちらへどうぞ」
購買のおばちゃんは声のトーンを落とし、どこか悪そうな笑顔を浮かべ保健室の方を指差した。すごくノリノリだった。
……なんか裏カジノとかの違法賭博に案内されている気分だ。
先生だけでは飽き足らず、購買のおばちゃんにまで協力をお願いしているだなんて、ウチのクラスの出し物はかなり手が込んでいるな。
正式解答が済んだところで、西園寺さんの元へ戻る。
「お帰りなさいですわ」
「ただいま。なんかワクワクするね。こういう合言葉で答えを提示されるのって」
「そうですわね。世界観に引き込まれるというか、俄然やる気が出て来ますわね」
西園寺さんは楽しそうに微笑んだ。
「さて、次の目的地へ向かいましょうか」
「そうだね。次の謎は……」
先ほど保健室で見た張り紙の写真を開く。
僕らは囲むようにそれを確認した。
「今度の謎は……『1番古くて、1番新しい場所へ行け』だって」
「1番古くて……1番新しい……ですわね」
「一体どういうことなんだろう」
「例えば、古いけど一周回って新しいというようなこともありますわよね」
「ああ、そういうのは確かにあるね。例えば……フィルムカメラとか」
「あら、そうでしたの?」
「うん。なんか古い雰囲気が逆にイカしているだとか、枚数制限がある方が逆に思い出が強く印象に残るとか」
「あと画質が悪いから肌荒れが隠せるとかで少し前に再ブームするみたいなことが起きてたよ」
「最後の理由はあまり聞きたくありませんでしたわね」
「あはは……女の子たちは大変だね」
今の高性能カメラだと毛穴すら簡単に写ってしまうと聞く。あまりに進歩しすぎた科学技術は逆に人を苦しめてしまうみたいだ。
ところでカメラってどうしてこんなに進歩してしまったんだろうか。
スマホで検索をかけてみると、どうやらスマホは「レンズ」の他に「鏡」というパーツからできているらしい。詳しくは分からないけどこのパーツたちになんかしら技術革新があったのだろう。
「どうかいたしました?」
「ごめん別のこと検索してた。謎解きの話だったね」
「そうですわよ。このままでは私たち、道半ばでギブアップしてしまいますわ」
「それは良くないね。せっかくクラスの子たちが考えてくれたんだから、僕らも真剣に挑まないとだし」
僕は大きく深呼吸する。変なこと考えてないで本腰を入れて謎解きだ。
僕はまだまだだこの学校のことに詳しくない。ここは西園寺さんに聞いてみるのが1番良さそうだ。
◯この学校で1番古い建物は?
◯この学校で1番新しい建物は?
*
◯この学校で1番古い建物は?
「西園寺さん、この学校で1番古い建物って何か分かる?」
「1番古い、ですか。どうでしょう……1番と言われるとそれは特定するのは無理があるのではなくて?」
「どういうこと?」
「そのままの意味ですわよ。二高が建てられたのは大昔ですわ。文化祭が今年で85回目ということですから、少なくとも85年以上前ですわよね」
「だとすると、当時どのような順番で学校の設備が建てられたのかは分かりかねますわ。校長先生でも知らないのではなくて?」
「ただ、最低限学校の運営に必要な施設はあったでしょうけども。例えば、理科室、音楽室などの特別教室と、普通の教室などですわね」
「あはは……流石に青空教室とはいかないもんね」
古い建物については西園寺さんは知らないみたいだ。ただ、彼女の言う通り必要最低限の施設はあって然るべきなんだろう。
◯この学校で1番新しい建物は?
「西園寺さん、この学校で1番新しい建物って何か分かる?」
「それは簡単ですわ。建物自体でいうならば部室棟ですわね。確か10年ほど前に建てられたと聞きましたわ」
「そうだったんだ。部室棟が綺麗だったのはそういうことだったんだ」
特に、赤点回避のための合宿で使った最上階の大教室はかなり綺麗だった。放課後課外くらいでしか使ってないというのもあるけど、それにしてもだ。
「ええ、おかげ様でオカルト部は非常に快適な日々を送っていますわね」
「あはは……建てたときにはウチの部みたいな使われ方をするとは思いもよらなかっただろうね」
*
「うん。大体分かってきたかもしれない」
「私はまださっぱりです。本当にわかりましたの?」
「そうだね。西園寺さんのヒントのおかげだよ」
「私のヒント……?」
「ほら、西園寺さんさっき言ったでしょ?『最低限学校の運営に必要な施設はあった』って」
「言いましたわね。さらに言えば、特別教室と普通の教室とも言いましたわ」
「つまり、こういうことなんだよ。学校が出来た時から『特別棟』と『本校舎』はあった──これが1番古くての意味」
「な、なるほど……」
「だから、この問題は『特別棟』と『本校舎』から『1番新しく作られた教室』を探す謎々だったんだ」
「わかりましたわ……! それなら私も答えられます」
西園寺さんはぱぁと表情を明るくする。彼女も分かったみたいだ。
「そう。これから僕らが行くべき教室は──」
◯校長室
◯コンピューター室
◯音楽室
*
◯校長室◯音楽室
「校長室(音楽室)だ」
「…………」
「ん、どうしたの西園寺さん」
「はぁ……寛さん、私をみくびらないでくださいませ。変にひっかけをしなくてもいいですわよ」
「あはは……ごめんごめん。ちょっと驚かせたくなっちゃって」
「全く、しっかり決めて欲しいですわ」
*
◯コンピューター室
「コンピューター室だ」
「ええ、そうですわね。1番古い建物である特別棟……その中で1番新しい教室はまさしく『コンピューター室』です」
「いつからかは知らないけど、少なくとも理科室や音楽室、それに美術室よりは新しいのは間違いないよね」
今になって思えば、1番古いというのが特別棟を指しているというのはすごく納得がいく。
何せ、校舎にツタが絡みついているような建物だ。何故ならこの学校で1番古い建物が特別棟であることは容易に分かる。転校初日の印象を忘れかけていた。
古い建物が特定できれば自ずと次は新しい教室を探す。そしてその答えがコンピューター室だと気づくのにそこまで時間はかからないだろう。これなら明日の小学生たちでも解ける簡単な謎々だ。
「ですわね。無事に謎が解けて、私スッキリしましたわ」
「僕もスッキリしてる。それじゃあ早速出発しよう」
「ですわ」
*
[校庭]
<にぎやかな声>
コンピューター室のある特別棟へ向かう僕たち。本校舎から校庭を通る必要がある。
校庭は飲食クラスの出し物や、外ステージでかなりの盛り上がりを見せていた。
「外は盛り上がっていますわね」
「そうだね。ちょうど外はステージイベントもやっているしある意味文化祭の1番の目玉かもしれない」
「そういえば、私は外ステージ見たことありませんわね」
「そうなんだ。去年は忙しかったの?」
「……どうでしょうか。あまり記憶がないですわね」
「ただ、少し不愉快だった覚えがありますわね。外ステージが」
「えええ……ま、まあ、西園寺さんはあまり大勢の人とワイワイやるタイプじゃなさそうだから、そういう気持ちになるのも少しわかるかもしれない」
「人のことを根暗お嬢様というのはやめなさい!」
「ご、ごめん……」
「ああ……少し思い出して来ましたわ。去年男女装コンテストがあって、それに出さされそうになったのでした」
西園寺さんは苦虫を噛むように顔をしかめた。
「ああ、そういうことね。それなら確かに外ステージが嫌いになっても仕方ないかも」
「そうでしょう? 全く、失礼してしまいますわよね」
男女装コンテストは何故か文化祭の恒例行事になっている。なぜ恒例なのかと言われれば、多分女子からの需要が高いからだろう。
宝塚は言うまでもなく、最近では女装した美男子の演劇が人気だとも聞くし、そういったコンテンツを楽しむ下地が彼女たちにはあるのだ。
もちろん、西園寺さんみたいにそれが苦手という子もいるけど。
プンプン気味の西園寺さんを宥めながら、僕らは次の目的地へと向かうのだった。
*
[コンピューター室]
──特別棟、3階
「到着ですわね」
「うん。さて、正解しているかな」
コンピューター室は授業でも使っているし、部誌の印刷でも利用したからどこに何があるかはあらかた把握している。
ぐるりとコンピューター室を見回してみると、前面の黒板にチョークででかでかと『おめでとう』書かれていた。
「どうやら正解だったみたいだね」
「そのようですわね。安心しましたわ」
「ね、もし外れてたら特別棟の教室全部回る羽目になってたよ」
「ふふっ、そういう力技は私好みですわ」
「パワー系お嬢様だ」
「だまらっしゃい」
脇腹をコツンと突かれた。ちょっと痛い。
「さてと、それじゃあスタンプを押そうか」
「ええ、寛さんからお先にどうぞ」
「それじゃあ遠慮なく」
西園寺さんに促されるまま3つ目のスタンプを押す。
3つ目もやはり先生所持のハンコだった。名前は三浦と書かれている。僕らのクラスの情報の先生だ。
2人ともハンコを押し終わったところで、僕は先生用の長机の上の箱に手をかける。
「次の謎は何かな」
「簡単なものだといいですわ」
「あはは……謎解きなんだから、簡単なのは逆に嬉しくないんじゃないかな?」
「それもそうですわね」
「…………」
「どうかいたしましたの?」
「ええっと……簡単……というか……」
僕は苦笑いを浮かべて、箱の中に入っていた次の指示を西園寺さんに見せた。
「『理科室へ行け』だってさ」
「あらまあ、謎々すら無くなってしまったではありませんの。ネタ切れでしょうか?」
「どうだろう。とにかく理科室に行ってみよう」
[理科室]
──特別棟、1階
「到着ですわ」
「ここが理科室か……初めて入ったよ」
「あら、そうでしたの……? そういえば寛さんが転校してから実験の授業はありませんでしたね」
「そういうこと。実験結構好きだから早くやりたいな」
ちなみに、前の学校で使った実験器具の中で1番のお気に入りはリービッヒ冷却器。形が好きだった。
「ふふっ、私も今では理科が得意科目になりかけていますから、きたる実験にモチベーションが高まっていますわ」
「あはは……一緒の班になったらよろしくね」
「こちらこそですわ」
「それはさておき、指示通り理科室に来てみましたが……」
「えーっと……あっ、あそこをみてよ」
理科室の真ん中らへん──黒い机の上に黒色の箱が置いてあった。
これまでの箱は先生たちが良く使っているプリントなどを運ぶときに使うデスクトレーだったけど、今回のは違う。
それは少し大きめの簡易的な金庫だった。
「紙が置いてありますわ。『スタンプは俺が隠した!次に進みたければ、この金庫を開けてみせよ!──怪盗Q』だそうです」
「謎の新キャラ登場!? 世界観がわからない!」
理科室に呼び出したというのに、怪盗が飛び出してきた。
もう少しそこは科学者とかの設定にしておけばよかったのにとか思ったりもしたけど、スタンプを隠すということみたいなので実際のところ怪盗の方が妥当なのかもしれない。
なら目的地を美術室とかにしたほうが整合性が取れている様な気がするけど、コンピューター室と美術室が同じ階で近いからとか色々大人な事情があったんだろう。
「何はともあれ、どうやらスタンプはこの箱の中にあるようですわ」
「みたいだね。……鍵がかかってる。この鍵を開けるのが4つ目の謎ってことか」
ガチャガチャと金庫が開かないかと試してみるが、びくともしない。
金庫の前面には0から9までの数字が書かれたパネルがついており、暗証番号がわからないと開かないタイプのものだった。
「西園寺さん、暗証番号に心当たりはある?」
「…………誕生日とかでしょうか」
「それ1番パスワードにしちゃいけないやつ! それに誰の誕生日を設定するつもりなのさ」
「クラス代表のはどうでしょう? 私たちのクラスを代表しているのは彼ですし」
「割と現実的な答えが返ってきてしまった……じゃなくて、仮にクラス代表のだとしてもそれを知る術がなさすぎるよ」
「それもそうですわね。私、クラス代表と事務的会話以外したことありませんもの。他のクラスメートに関してもですが」
「今そんな悲しいことを言わなくていいから……」
転校生という目新しさを失いクラスで微妙な立ち位置になりつつある僕(西園寺さん曰く)は肩を落とす。
「とにかく、クラスメートの誕生日の線は消そう。明日は一般の人も来るんだし、そんな内輪ネタを使うとも思えない」
「分かりませんわよ。2年B組はとても閉鎖的で排他的なクラスですわ」
「西園寺さんクラスに何か恨みでもあるの!?」
クラスの名誉のためにも僕はここで開放的で社交的なクラスだと声高に弁明しておく。
「ふふっ、冗談ですわ。誕生日の線は消しましょう。ヒントからも誕生日ではなさそうな気がしましたし」
「え、ヒントなんてあったの?」
「ありましたわよ。裏側に書いてありますわ」
「それを早く言ってよ……」
西園寺さんからラミレートされた紙を受け取る。
表面には怪盗Qとやらの予告状となっており、裏面にはヒントが書かれていた。
ヒント①ヒントは既に持っている!
ヒント②スタート地点はこの俺だ!
「『ヒントは既に持っている』……西園寺さんまた何か隠し持ってたりしない?」
「そんなものありませんわ。寛さんは私のことを疑いすぎですわよ」
「自分の言動を省みてよ、言動を」
「ふふっ、からかいすぎもよくありませんわね」
「ただ私、ヒント①の意味は分かりましたわ。私も段々と謎解きに慣れてきましたの」
「本当に!? すごいよ西園寺さん」
「それほどでもありますわ。既に持っているもの、いえ渡されたものと言った方が良いでしょうか。それは一つしかありませんわ」
西園寺さんは得意げに鼻を鳴らす。
「渡されたもの……」
「あっ、そういうことか」
「分かったようですわね」
「うん。僕らが渡されたもの……ヒントはこのスタンプカードそのものだ」
「おそらく、そうだと思いますわ。心当たりがこれしかありませんもの」
スタンプカードを確認する。
カードには表面に3つのスタンプ、そして裏面には1つ目の謎を解いた際のヒントが書かれていた。
「でもどれがヒントなんだろうね」
「そうですわね……例えばこれはどうでしょうか」
「どれ?」
「スタンプの名前と日付ですわ」
西園寺さんは指差す。
スタンプカードに押されたスタンプは次の通り。
図書室の峯田先生:10/27、保健室の山岡先生:4/7、コンピューター室の三浦先生:9/28
確かにこれらのスタンプには何か意図がありそうだ。
先生の名前はその教室を担当している先生のものであることはいいにしても、日付がバラバラすぎる。
「何かの日付がパスワードになっている……ってこと?」
「その可能性もあるかもしれないですわね。ここは理科室ですから、それにゆかりのある数字かもしれませんわね」
「適当にいくつか入力してみましょうか」
西園寺さんはそうして金庫のパネルに指を滑らす。
「とりあえず体積の定数ですわ……224と……」
「……ダメですわね」
「それじゃあ僕はアボガドロ定数で……6021023……」
「……ダメだね」
「他に定数はありませんの! 私これ以上は知りませんわ」
「うーん、他に理科で習った数値で言うと……標準大気圧とか?重力加速度は9.8までしか覚えてないし……」
とりあえず大気圧の1013を入力してみるが、結果は失敗。
「ここまで来ると理科の定数系の数値じゃないとみるのが妥当じゃないかな。そもそも、高校の学習内容が入ってくると明日参加するちびっこたちが太刀打ちできなくなるよ」
「そ、そうでしたわ……! 私、頭が硬くなっていました」
「そういえば、ヒントはもう一つあったよね。なんだっけ」
「『ヒント②スタート地点はこの俺だ!』ですわね」
「スタート地点はこの俺だ……」
ヒントの内容を考えてみる。正直2つ目のヒントは漠然としすぎて1つ目よりわからない。
「意味がわからない……そもそもパスワードのスタート地点ってなんなんだ……」
「それは9ではありませんこと? ベタですが」
西園寺さんは首を傾げながらそういう。
「え、どう言うこと……?」
「怪盗Qからの挑戦状なのですから、9が始まりなのでは?と言うことですわ」
「あっ、その設定のこと完全に忘れてたよ」
『スタンプは俺が隠した!次に進みたければ、この金庫を開けてみせよ!──怪盗Q』
そういえばスタンプを隠したのは『怪盗Q』なる人物だった。
スタート地点とやらが分かったとして、だからなんだと言うのだろうか。
「9がスタート地点……スタート地点……」
まずいこのままでは9から総当たりで数字を入力していくことになってしまう。失敗の回数制限なんてあったらどうしよう。
僕が考えていると、隣でガチャリと音が鳴った。
「……空きましたわ!」
「えっ、いつの間に!?」
西園寺さんは鍵の開いた金庫を前に、自慢げに腕組みをしていた。
「す、すごいよ西園寺さん! 答えはなんだったの!?」
「答えは8745656でしたわ」
「え、何その数字は……」
全く馴染みのない数字に僕は困惑する。
「ふふふっ……今回は私の勝利のようですわね」
「解説してあげますわ。ヒントはこれだったのです」
「これは……スタンプカードの裏面?」
西園寺さんは自慢げに裏面を見せつける。
そこには1つ目の謎で使った【左・左・下・右・右・左・右】という経路が書かれていた。
「あっ」
「分かりましたわね。これがヒントだったのですわ」
「これは盲点だった……既に使ったヒントだから脳内でその線を消していたよ……」
【左・左・下・右・右・左・右】という経路──これが表していたのは2年B組から図書室への経路、そしてパスワードの2つだったのだ。
「ヒント②からスタート地点が9」
「そして、そこから左へ進むと8、その左は7」
「そこからは下・右・右・左・右と進んでいけば……」
「8745656という数字に辿り着くということですわ!」
「なるほどそういうことだったんだね」
僕は首を縦に振り感心した。
一度使ったヒントはもう破棄されるものだと、僕は頭のどこかでそう思っていた。
そこが今回の謎が解けるかどうかの分かれ目だったのかもしれない。
西園寺さんが柔軟な発想ができて助かった。
「とにかくこれで四つめの謎も解明ですわ。スタンプを押しますわよ」
「そうだね」
スタンプを西園寺さんから受け取り、スタンプカードへ押す。
理科室のスタンプは中村先生のもので、日付は10/23となっていた。
「あれ?山口先生じゃないんだ。これまでの傾向的に山口先生だと思ってた」
山口先生とは僕らのクラスの担任であり、化学の先生。そして、七不思議調査では幽霊に襲われて1日病欠してしまった被害者でもある。ごめんなさい先生。
「そうですわね。しかしながら、私の記憶が正しければ中村先生も化学の先生だったはずですわ。担当は確か3年生だったはずです。東風谷先輩なら知っているかもしれませんね」
「そうだったんだ。もしかすると理科室の管理は山口先生じゃなくてその中村先生という人なのかもしれないね」
クラスに担任、副担任があるように、特別教室の管理にも代表、副代表のようなものがあるのかもしれない。
あまり考えたことはなかったけど、責任の所在が複数あるというのは混乱をきたしそうだし、その可能性は十分あり得る。
そんなことを考えていると西園寺さんはくるりと身を翻し、出口へと歩き出した。
「では次の教室に向かいましょうか」
「あれ、次の目的地ってもう公開されてた?」
「金庫の中に指示が入っていましたわよ。最後の目的地は『2年B組』の教室ですわ」
「……本当だ。ということはつまり」
「これにて謎解きはクリアですわね」
「やったね」
「ええ。こんなに早く終わったのも、寛さんのおかげですわ」
西園寺さんは振り返り、僕へと微笑みかけた。
くるりと回ったことで、長いスカートがブワッと広がる。
まるで映画のワンシーンのような光景に思わず見惚れてしまった。
「どうかしましたの?」
「いや、なんでもないよ」
「変な寛さんですわね。私に見惚れてないで行きますわよ」
「……そうだね」
しっかりバレていた。
なんとも顔が熱くなるのを感じながら、僕らは謎解きのスタート地点へと向かうのだった。
*
[教室(2年B組)]
教室に戻ると、学級代表が僕らに気がつく。
「おっ、落河と西園寺さんじゃん!早かったな。簡単だったか?」
「ううん。ちょうどいい難易度だったと思うよ」
「そうですわね」
「それはよかった! それじゃあ最後のスタンプを押してきてくれ! 押したらスタンプカードを持って来てくれよな。景品と交換するからさ」
「分かった。それじゃあ西園寺さん行こっか」
「ええ」
教室をぐるりと見回してみると、背面黒板に『最後のスタンプ!』と白のチョークで大々的に書かれていることに気がつく。
文字が立体的だったり、花の絵も描かれていたりと、いわゆる黒板アートとなった黒板が僕らの最後を祝福してくれていた。
その黒板の下にはこれまでとは異なりスタンプ剥き出しの状態で置かれていた。
……しかも3つも。
「あれっ……?」
「どうかいたしましたの?」
「見てよ西園寺さん。スタンプが3つもある」
「あら、本当ですわね。混雑回避のためでしょうか」
「うーん、どうだろう。これも謎解きのひとつのような気もしているんだよね……」
混雑回避というのは確かに理由としてはありそうだ。
ただ、謎解きゲームで渋滞が起きてしまう部分というのは難しい謎のところでではないだろうか。解いてきた中でいうなら、理科室のパスワード。多分あれが1番難しい謎だ。
もし、混雑するとするならば理科室であって、ゴール地点の教室ではないような気もする。
「寛さんの言うとおりかもしれませんわ。見てくださいませ。スタンプはそれぞれ違うものみたいですわ」
「えっ、本当に?」
西園寺さんの指す方へと視線を移す。
スタンプの前にはそれぞれ試し押しのための紙が置かれており、それぞれどのような内容が捺印されるのかがわかるようになっていた。
「山口先生:8月8日、山本先生:5月5日、長瀬先生:9月19日……それぞれ名前も日付も違うね」
「多分、この3つのうち1つだけが正解とかなのかもしれないね」
「そうですわね」
西園寺さんは僕の前を横切り、すっとスタンプを手に取った。
「でしたら答えは簡単ですわね。寛さん、お先に失礼しますわ」
「えっ、西園寺さんもう解けたの?」
「当然ですわ。答えは山口先生のスタンプですわよ。これまでのスタンプの持ち主は全てその教室の先生だったではありませんか」
「あっ、そういえば……」
西園寺さんはそう残して受付へと向かった。
「西園寺さん、お疲れ様! 最後のスタンプは……山口先生! それじゃあAの箱から好きなお菓子を持って行って!」
「分かりましたわ」
*
「無事にクリアですわね。お菓子も獲得ですわ」
「本当にクリアしてるし……何をもらったの?」
「ポップコーンですわ」
「へぇ、そう言うのがもらえるんだ。いいね」
ポップコーンの小袋は大体50円くらいする。2年B組の謎解きゲームは参加費がチケット2枚──つまり100円だ。
景品で半額のお菓子を出すと言うのは中々太っ腹だ。
多分、西園寺さんがもらったポップコーンは良い景品なんだと思う。Aの箱とか言っていたし、Bの箱には10円のお菓子ばかりという仕組みになっていそうだ。
「それじゃあ僕はこの長瀬先生のスタンプを押そうかな」
「あら、良いですの? 多分、山口先生のスタンプが正解ですわよ」
「うん。僕もそう思う。でもほら、他のスタンプだと不正解ってことがはっきりした方がスッキリするでしょ?」
「それに、クラス貢献を考えたらここはわざと外すのが正解だったりするしさ」
「はぁ……寛さんはそういうところがありますわね。自己犠牲的な、自分のことなんてどうでもいいと思っているのではなくて?」
「西園寺さんは色々と鋭いね。ピアノの件もそうだったし」
「言ったでしょう。私、寛さんのこと結構見ていますのよ?」
「ではその気持ちは尊重しましょう。それで、スタンプの交換には行きませんの?」
「まだ行かなくていいかな。ほら、間違えるのは確定として、謎解き自体はしたいじゃないか。せっかくクラスメイトが考えてくれたわけだし」
「ふふっ、寛さんらしいですわ。それでは私も最後まで付き合いましょう」
こうして僕らの最後の謎解きが始まった。
*
「さて、なぜ最後の答えが『山口先生のスタンプ』になるのか考えようか」
「とはいっても、全くのノーヒントというのは無理がありますわ。まずはヒントを探しましょう」
「そうだね。とりあえず教室の中を見てみようか」
「了解ですわ。それでは私はこちら側を……」
「見つけましたわ」
「はやっ!? よく見つけたね」
あまりに早い発見に僕は思わず声を出す。
ヒントは黒板アートに紛れ込んでいたようだ。
②正いスタンプは記念日
「とりあえず、日付が答えに関係していることはこれでハッキリしたね」
「そのようですわね。それにしても2つ目のヒントを先に見つけてしまいましたわね」
「そうだね。でも仕方ない。とりあえず記念日ってヒントだけでまずは考えてみることにしよう」
僕はスマホで日付を調べてみる。8月8日はちょうちょの日、5月5日はこどもの日、9月19日は育休の日だと出てきた。
「うーん、育休の日は普通に違う気がするけど、どうしてちょうちょの日が答えになるんだ……?」
「蝶々……虫……無視……? やはり2年B組は閉鎖的で排他的な……」
「ちょっと! 本当に西園寺さんこのクラスに何か恨みでもあるの!?」
「ふふっ、冗談ですわ。とにかく、このままでは進みませんから、私は1つ目のヒントを探してまいりますわ。寛さんはじっくり考えてみてくださいませ」
「よ、よろしくお願いします」
そうして西園寺さんは教室徘徊への旅に出た。
「さて、考えてみるか」
答えはちょうちょの日であることはわかっている。
答えが出ていればそこから逆算すればいい。数学と同じだ。
例えば、これまでのスタンプの日付に点を打って全て繋げると蝶が現れるとかはどうだろうか。
いやそれはちがうか。どのカレンダーを使えばいいかがわからない。
教室内に年間カレンダーがあれば話は別だけど、残念ながらそれもない。
それに、繋いだとして峯田先生の10月27日と中村先生の10月23日があまりに近すぎる。繋いだところで蝶々になるようには思えない。
しかしながらこの点を打って結ぶという行為は割と正解に近い気もする。
日付がダメなのであれば、場所はどうだろう。
スタンプを押した場所は本校舎2階図書室、本校舎1階保健室、特別棟3階コンピューター室、特別棟1階理科室。
今に思えば全て施設も階数もバラけている。これはかなり怪しい気がする。
そこから先は早かった。思考すること数秒──僕は答えへと辿り着く。
場所を打点するには地図がいる。そしてカレンダーのように人によって異なるものを使うという心配もない、誰もが持っている地図が──この文化祭にはあるのだ。
「ただいまですわ。一つ目のヒントを見つけて来ましたわ。まさか最初の遊び方説明の看板に書かれていたとは思いませんでした」
「西園寺さんお疲れ様」
「それでは発表しますわ。最後のヒントは」
「『これまでの道のりを地図に記せ』とかかな」
「あら、惜しいですわ。『旅の軌跡を地図に描け』ですわよ」
「おお、随分とおしゃれな言い回しだったんだ」
「ということはつまり、解けたのですわね」
「そういうこと」
「ほらみて」
僕は文化祭のパンフレットを取り出す。
「パンフレットには校内案内図がかかれているでしょ?これがヒントでいう地図」
「そんなものが描いてあったのですわね。読まずに捨ててしまいました。文化祭を回るつもりがあまりありませんでしたので」
「えええ……」
「とにかく、この地図なら文化祭に参加する人なら誰しもが持っている。基本的に。捨てたりしない限り」
「そうですわね」
「そして、この地図にこれまで訪れた教室を打点する」
「図書室、保健室、コンピューター室、理科室……そして2Bの教室ですわね」
「その通り。そして、順番に線を引いていくと」
「あらまあ! 少々不恰好ですが蝶に見えますわ!」
「ということ。思った通りうまくいってよかったよ」
点を結んで出来た図形は紛れもなく蝶々のような何かだった。
この図形からちょうちょの日を特定して、8月8日のスタンプを押す、というのが正式解答ということだろう。
遠くで目があった学級代表にパンフレットを見せると、彼は嬉しそうに笑った。どうやら正解らしい。
「さて、これにて謎解きも終わりだね」
「そうですわね。完全攻略ですわ」
「コホン。最後の謎は寛さんが1人で解いてしまいましたが、勝負は私の勝ちでしたわね」
「いつの間にか勝負になってた!? でも勝ち負けでいうなら僕が勝ってたりしない? ほら、最後の謎が解けたのは僕なんだし」
「何をおっしゃっておりますの。私の方が先にゴールしたのですから私の勝ちですわ」
「早いものがちだと……!」
「それに、最後の問題に関しても『山口先生がこのクラスの担任だから』という解答自体誤りではないのではなくて?」
「ぐっ……それを言われると……」
確かに僕は最後地図から答えを導く方法で謎を解くことができたけど、あくまでそれは解の1つ。西園寺さんが数十秒で見つけた解答も正解といえば正解なのだ。
「……今回は僕の負けみたいだね。完敗だよ」
「ふふっ、よろしいですわ」
「罰として本日は私のことを歩夢先生と呼ぶことを義務付けます」
「なんか地味に恥ずかしい罰ゲーム! 西園寺先生じゃだめ?」
「あゆむん級友先生の方がよろしくて?」
「お望みのままに、歩夢先生」
「ふふっ、それでよろしいですわ」
「文化祭……参加をしてみれば楽しいイベントでしたわね」
「ちょっと、まだ文化祭は始まったばかりだよ」
「いいえ、私の文化祭はここで終わりですわ。疲れてしまいました」
「残りの時間はどこかでひっそりと過ごしますわ」
「そうなの? じゃあ僕も西園寺さんについていこうかな」
「歩夢先生とお呼びなさい」
「歩夢先生についていこうかな」
「よろしい。ではいきましょうか」
「……そうだ寛さん」
「どうかした?」
「また来年の文化祭も一緒に回ってくださるかしら? 寛さんがいれば、私も少しは文化祭を楽しめそうですから」
「……それはよかったよ。こちらこそよろしくね、西園寺さん」
「ふふっ、ぶっ飛ばしますわよ」
そうして西園寺さんは歩き出す。
行き先はわからない。
ただ、彼女が道標になってくれる。
僕はそれについていくだけだ。
*
「それで西園寺さん、どこに向かっているの?」
「特に決めていませんわ。オカルト部の持ち場にでも戻りましょうか」
「うーん、それはやめておいた方がいいかもしれないよ」
「どうしてですの?」
「シフトを変わってくれた文芸部の人がすごく人見知りっぽくて、僕ら2人で戻ったりしたらすごく気まずくなりそうだからさ」
「そういうことでしたの。でしたら遠慮しておいた方が良さそうですわね」
「でしたら寛さん、音楽室にでも行きましょうか」
音楽室という言葉に、僕はビクリとする。
そういえば僕は西園寺さんに課題を出されているのだった。
「あれから練習はいたしまして?」
「してないよ。そんな暇もなかったしさ」
「それもそうですわね。ここ一週間は部誌作成でてんやわんやでしたもの」
「そういうこと」
音楽室へと歩き出した。
*
[音楽室]
音楽室は無人の状態だった。文化祭に参加する気がない人たちは空き教室や図書室で暇を潰しているわけだけど、音楽室で暇を潰す人はいなかったようだ。
案外穴場スポットなのかもしれない。
「空いていてラッキーでしたわね。それでは練習いたしましょうか」
「うん。よろしくお願いします歩夢先生」
そうして僕らの秘密の特訓が始まった。
*
「お疲れ様でした。少しはピアノに慣れてきましたわね」
「あはは……そうだといいね」
「やはり寛さんは飲み込みが早いですわね。全く、そんなことだから無気力になってしまうのですわよ」
「褒められてるの貶されてるの!?」
「羨ましくも思っていますわ」
西園寺さんはクスクスと笑う。
「この調子だと本当に数ヶ月でマスターしてしまうかもしれませんわね……課題設定をあやまりましたわ」
「まあ、まあ。今日はそんなに難しいことしてなかったでしょ?両手で弾くようになってからが本番だよ」
「それは一理ありますわね。地獄の特訓はこれからですわ」
「お、お手柔らかに……」
ひと通り練習が終わったところで休憩。水で喉を潤した。
「そういえば西園寺さんに聞きたいことがあるんだった」
「なんですの」
「西園寺さん、もしかして僕の幼馴染だったりする?」
長らく疑問……いや確信に近い考えを打ち明けた。
西園寺さんは首を傾げた。とぼけるつもりか。
「僕は小4までは白結に住んでて、その時によく放課後一緒に遊んでいた子がいたんだ。学校は違かったけど、幼馴染と呼んでいい間柄だったように思う」
「そうでしたの」
「西園寺さんには話してなかったけど、二高に転校してきたとき、西園寺さんから懐かしい匂いがしたんだ。甘い椿の匂い。あれはまさしく、その子の匂いだった」
「…………」
「他にも、僕の家にあった女児向けの水泳バッグ──文字が掠れて読めなかったけど「ゆ」の一文字だけは読めた。総合的に考えて、やっぱり西園寺さんが僕の幼馴染なんじゃないかと思うんだ」
そこまで言い切って、僕は西園寺さんの顔色を伺う。
眉間に皺を寄せて、何やら神妙な様子だった。
「寛さん」
「……ごくり」
「残念ながらその幼馴染は私ではありませんわ」
「……えっ? じゃあ僕の感じた既視感は一体」
「気のせいですわね。それか、単なる偶然だと思いますわ」
「そんな馬鹿な!本当に西園寺さんじゃないの!?」
「本当ですわ。私、幼馴染などこれまでいた記憶がありません。そもそも小学校はほとんど通ってなくて友人はいませんでしたもの」
「えっ……それは流石に嘘じゃ……」
「失礼ですわね!不登校など架空の存在と言いたいのですの!?」
「し、失礼しました……」
そんな……僕の幼馴染は西園寺さんじゃなかったのか……!?
というか不登校だなんて初めて聞いたんだけど!?
西園寺さん……高校でも友達少ないし、対人関係苦手なのかもしれない。
「とにかく、私は寛さんのいう幼馴染ではありませんわよ。嘘だと思うならその幼馴染とのエピソードでも語ってみてはいかがかしら?そのことごとくを私は『記憶にございません』と返して差し上げますわよ」
「不祥事した政治家みたいになってる!」
西園寺さんは微笑む。うーむ、どうやら彼女は本当のことを話しているようだ。
「うーん、絶対西園寺さんだと思ってたんだけどなぁ……そうなると幼馴染探しは振り出しか……」
「そうですわね。そんなに幼馴染に会いたいのでしたら、近隣の高校生に総当たりで聞いてみてはいかがかしら?この地域の学生たちは成績が悪ければ二高、良ければ一高に進学しますわ。そこまで人数はありませんし現実的なプランだと思いますわよ」
「すごいパワープレイだ」
だがしかし、西園寺さんの提案はかなり有効だと感じた。
「とはいえ、一応候補は絞っておくのがいいとは思いますわね。例えば、寛さんの幼馴染は女子でしたの?」
「あ、うん。そうだね。女の子だった記憶があるよ」
「では女の子っぽい『ゆ』を含んだ名前を列挙していきましょう。ゆあ、ゆい、ゆう、ゆえ、ゆか、ゆき、ゆさ……」
これまたパワープレイで西園寺さんは名前を挙げていく。
僕とかは下手に効率を考えてやり方を吟味したりすることも多いけど、実際のところ西園寺さんみたいに思い立ったら即行動みたいな方が結果として早く終わったりすることも多いのだ。
しばらく名前を聞いていると……
「そうだね……色々と思うところはあったけど、一番しっくり来たのは『ゆい』かな」
「かなり最初の方ではありませんの!私の苦労は一体……」
「あはは……ごめんね。次々言っていくものだから止めるに止められなくて……」
「全くもう、失礼してしまいますわね」
「何はともあれ、寛さんのそのイマジナリー幼馴染の名前が絞れましたわ。あとは総当たりするだけですわね」
「僕を妄想癖のある変な人呼ばわりするのはやめるんだ!」
「あら、違いましたの?」
「例の幼馴染が嘘だと、僕は校内で存在しない名前を聞いて回る不審者になっちゃうよ!」
「それは随分怪異のようでいいではありませんの。オカルト部らしいですわ」
「オカルト部だからって七不思議なんかになりたくない!!!!」
僕の叫びが音楽室に響く。
こうして僕の幼馴染探しは「ゆい」という名前だけを残して再始動する。
漢字で書くなら「結衣」あたりが一般的だろうか。
もしかすると見つからないかもしれないし……そもそも見つけたくもないかもしれない。
西園寺さんとのピアノの件だってそうだ。
ゴールに辿り着けるか怪しいぐらいが僕には丁度いい。
きっとこの満足しない日々が、僕を満足させるのだ。
「ピアノも引き飽きましたし、ブースに戻りましょうか。私、そろそろシフト時間ですわ」
「そうだね。僕もお供するよ」
「面倒なだけですし、ついてこなくても結構ですわよ」
「僕も暇だし、話し相手がいなくなるのは寂しいんだよ」
「そうでしたか」
西園寺さんは僕の手を握る。
柔らかく細い指に、何気ない笑顔に、僕は少しドキッとする。
「ふふっ、寛さんがお友達になってくれて本当によかったですわ」
もしかすると近い将来、僕は西園寺さんのいう通りになってしまうかもしれない。
芽生えた気持ちを一度押し留めて、僕は彼女の手を握り返すのだった。
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