第三章「それぞれの勘違い」2


 勢いに任せて飛び出したは良いものの、シズクには全くコウの行き先がわかっていなかった。そもそも初めて来た遊園地のどこにコウがいるかなんて、検討のつけようがない。

 もしかしたらもう、園内から出て帰ってしまっているかもしれない。そんなことになればもう、シズクにはどうしようもない。しかし、シズクには一つだけ心当たりがあった。

『シズクもここは初めて? 俺も行くような機会がなかったから、今日来れて良かったよ。前からここのジェットコースターは気になってたんだ』

 園内に入ってすぐ、コウはシズクにそう言っていた。その時の笑顔の、なんとも眩しかったことか。

――ジェットコースターって、あれだよな……

 この遊園地最大規模のアトラクションであるそのジェットコースターは、もちろん人気も一番だ。広告にもしっかり掲載されているし、アトラクション名自体もそれなりに有名らしい。

 コウが、こんな状態で向かうとは思えないが、それでもここぐらいしか心当たりがないシズクは、あの広場を越えたところにあるジェットコースターの乗り場へと向かった。

 案の定、乗り場には順番待ちの列が並んでいる。ざっと見る限り、乗り場の外に並ぶ人の列にコウの姿は見当たらない。このジェットコースターの乗り場は外から屋内にも続いているので、内部の列にコウがいたら見つけることは出来ないが、この短時間でそこまで列が進んだとは考えにくい。

――違ったのか……なら、どこに?

 その時、シズクの目に『恋人の聖地』という看板が映った。

――恋人の為の場所? もしかして、そこにコウが?

 藁にも縋る思いで、その看板が示す方向に向けて駆け出した。その名称と矢印しか書かれていない木製の看板なので、果たしてそこがどんな場所――もしかしたらただのアトラクションかもしれないし、何かの店なのかもしれない――で、そしてここからどれくらいの距離があるのかもわからない。

 運動がもともと得意ではないシズクは、既に息が上がってしまっている。もう走りたくないのが本音だが、コウの為にももうひと踏ん張りだと己を鼓舞する。

 この遊園地の地面は、カラフルに塗られた整備された道路だ。しかし、この『恋人の聖地』へと向かう一本道――園内にある緑地スペースから続く一本道になっている――は、木が敷かれただけの簡素なものだ。

 これを“自然派”だとか“暖かみがある”と形容する者は多いのだろうが、今のシズクにとっては走りにくいし面倒なだけだった。こういうところは自分の数少ない“男っぽい”ところ、かもしれない。

「……なんで俺を、今日誘ったんだよ……」

 風に乗ってコウの声が、微かに聞こえた。まだ視界は鬱蒼とした木々に塞がれているが、足元の道は少し先で右に折れていた。その先にどうやらコウと――リュウトもいるらしい。だって、コウが話す相手なんて、今日この遊園地ではリュウト以外にいないのだから。

「俺ってさ……捻くれてる思う? どう? 人気者で真面目で正直者なコウから見たら、俺ってどんな男に見えるん?」

 普段、シズクには決して聞かせたことのないリュウトの声だった。低く冷たく、しかしその声音にこそ、彼の一番の魅力が滲んでいて。

 木々に紛れるようにして曲がり角に身を隠す。後ろから人が来たら不審者としか思えないが、幸いここに来るまでの道のりで人とすれ違うことすらなかったので、あまり人気のあるスポットではないのかもしれない。

 角から少しだけ顔を出して、二人の様子を確認する。

 木々の陰から覗いたその場所は、開けた庭のようなスペースになっていた。力強い緑と青空のコントラストが美しく、まるで絵本の中のような印象を受ける。白いガーデンチェアが並んでいて、等間隔でカップルが座って幸せな時を楽しむことが出来るようになっているようだ。

「……俺は、シズクのことが大好きだ。だからシズクの大事な友達のリュウトのことも、俺は大切にしたいと思ってる。だから――」

「――そんな建前なんて、どうでもエエねん。お前の本心、俺に見せてや」

 ガーデンチェアの奥にある巨大な教会の鐘のようなものの下で、コウとリュウトが向かい合っていた。こんなロマンチックな景色の中でもその姿が浮くことがないのは、二人がそれだけ整った顔立ちをしているということだ。それぞれに方向性は違うが、男性としての魅力に満ちているこの二人の男には、どんな綺麗な景色も太刀打ち出来ないだろう。

 いつものように魅力的な二人だ。だが、コウのその顔にはいつもの笑顔が浮かんでいないし、リュウトの顔にもいつもの嘲笑は浮かんでいない。今、リュウトに浮かんでいるのは……

――あいつ、なんであんなに嬉しそうなんだよ。

 リュウトは、シズクが思わず妬いてしまいそうになる程の、甘い笑みをコウに浮かべていた。コウよりは長い付き合いのシズクでも、その笑みは見たことがない。他のどんな男にも、ましてや女にも見せたことのない笑みは、男の色気に満ちていて。

「なあ、お前の“ワルイトコ”俺だけに見せてや。そしたら俺も、見せたるからさ……」

 そう言ってリュウトがコウに歩み寄り、その首に腕を絡めて抱き着いた。黒のシャツから色気のある褐色の手首が覗いて、思わずシズクは生唾を飲み込む。女好きだとばかり思っていた親友が、まさかこんなにも手慣れた様子で男を誘うとは……

 細く長い指先で耳元をなぞり、リュウトはコウの返事を待っているようだった。対してコウは、赤面することもなくただ真っ直ぐにリュウトを見ている。

「……お前、男に慣れてるだろ? 俺のことホモ野郎って叫びながら追い掛けて来たくせに……」

「だってコウ、そうでも言わな止まってくれへんかったやろ? 俺は運動部ちゃうから持久力ないんやって。つーか、本心言えとは言ったけど、いきなりお前呼びなん傷付くー」

「それはお前だってそうだろ。離れてくれ。もしもシズクにこんなところを見られたら、お前だって困るだろ?」

「えー、俺は困らんけどー? だって俺が好きなんは、シズクやなくてコウやもん」

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