第二章「接近」2
昨夜は危うく徹夜になるところだった。
休み時間にリュウトに指摘された服装という問題が、シズクに重くのしかかっていたのだ。
これまでそれなりに告白されたことのあるシズクだが、それ故に狙いすましたかのような『カワイイ』系の服しか持っていない。男にしては華奢な身体を最大限に活かせる自分の武器だ。自慢のその武器達なのだが、それがまさか男相手に使用することになるなんて思ってもみなかった。
――コウはこういう恰好の同性って、どうなんだろ。嫌、だったりするかな。
今までの服装はカワイイと『女性』に言われるための武装だった。しかし今、シズクが狙っている相手は同性の男だ。同性から見て自分の私服は、いったいどう映るのだろうか。
学生服とは違い、個性の出る私服は、下手をしたらそれだけで悪い印象を与えかねない。
休日に昼飯を食べにリュウトと出掛けたこともあったが、彼はそれなりにオシャレで自分の拘りのようなものを持っている人間なので、シズクの服を見ても『カワイイ恰好やん。さ、行こか』といつも通りの反応だったから油断していた。
駅に向かう道を歩きながら、シズクは立ち並ぶ店のガラスに映る自分の服装をそれとなくチェック。パステルカラーを取り入れた少し大きめのトップスに、シンプルなボトムを合わせた。やや明るいゆるふわに仕上げた金髪に合わせてのコーディネートで、短い髪を活かすことによっていつもよりは『カワイイ』要素は減らしている。昔から童顔だとか大きな目だとか言われ続けているので、きっと今でも充分、男臭さはないだろうけど。
ドキドキと煩い心臓と、それに呼応するように飛び上がってしまいそうな両足を抑えて駅へと続く曲がり角を曲がった。
駅の前では既にリュウトとコウが待っていた。
リュウトの服装は普段通りで予想通り。細身な身体を活かしたシンプルな黒のシャツに、白のボトムを合わせている。高級そうな靴と相まって、いつも通りの『キケンな男』コーデが完成していた。胸元と手首にシルバーのアクセサリーをつけていて、これ程似合う人間をシズクはこれまでの人生では見たことが無かった。
そんな怪しいイケイケ男とは対照的に、コウの私服はやっぱりシズクの好みであった。
服装に関してはそれ程拘りはないのだろう。無個性というかオーソドックスというか、とにかく無地の青いシャツに黒のボトム姿の彼は、服装自体はどこにでもいそうな普通の見た目だ。
しかし、しっかりと鍛え上げられたコウの身体は、服の下からでもその存在は窺い知れる。おまけにコウは身体だけでなく顔も良い。健康的な黒の短髪をかき上げてまだ来ていないメンバーの姿を探す彼の視線に捕まったら、シズクは合流を待たずに蕩けてしまうかもしれない。それ程までに、彼の姿を拝めただけでもう幸せの絶頂だ。
そう、絶頂、かもしれないのだ。今日は。この時こそが最高で、これからは下がっていくかもしれない。
シズクが二人に合流しようと角から出ようとしたその瞬間、二人を挟んで反対側の角から、大柄な影が飛び出して来た。
「っ!!」
思わず声を上げそうになって、シズクは慌てて口に手を添えて息ごと飲み込んだ。
角から出て来たのは待ち合わせの相手だった。本日は四人で遊園地に向かう計画なので、飛び出してきたのは残る一人であるケイトで間違いない。
しかし、彼女は予想外の恰好だった。正確には、予想外の私服だった。
――か……ぼ、暴力的だろ、あの『カワイイ』は……
なんと形容すれば良いのか……シズクは飲み込んだ声と共に意識までどこかに飲み込んでしまったような眩暈を覚えて、角から出るタイミングを逃す。まずは深呼吸をして落ち着くことが最優先だと判断した。
大柄な体格のケイトは、なんとも愛らしい水色のワンピースを着込んでいた。そう、ワンピースは愛らしいのだ。クラスメートの女子達にも人気な店の今年の新作春色ワンピ、だったか。とにかく教室で女子達がそう話していたのを聞いたし、なんだったら「シズクくんだったらこれくらい似合いそうだよね」と言われて無理矢理会話に入らされた。
フリフリと愛らしく揺れる生地の下から鍛えられた太ももが露出する。男子顔負けの鍛え上げられたその太ももは、シズクの胴より太いかもしれない。
――よくサイズあったな……まぁ、大きなサイズも需要自体はあるから、それ着たら良いのか。胴回り、ベルトで締めてるよね、やっぱり。
ケイトの体格は女子としては大きい。だがそれはアスリートとして身体を鍛えているからだ。単なる肥満とは異なるので、四肢は筋肉で膨らんでいるが、その腹は細い。触ったらきっとガッチガチに硬いことだろう。シズクにそんな趣味はないし、興味もないのだが。
彼女の足元で童話のお姫様のような靴がキラリと朝日を反射した。少し高めのヒールに彼女なりの本気を感じて、シズクはハッとして拳を握り込んだ。
――何、相手の恰好で笑ってるんだよ。あの女はあの女なりに、一生懸命コウに気に入られようとしてるんだ……
「くそ……」
このままじゃ、負けるかもしれない。心に浮かんでしまった弱気な言葉を小さな悪態に流し込み、シズクは意を決して角から駆け出す。
「遅くなってごめん!」
負けたくない一心でわざと大きな声を出して、大袈裟なくらいに片手を振った。
そんなシズクを見て、コウは笑顔で手を振り返してくれて、その隣に陣取ったケイトがすっと目を逸らした。二人から少し離れて――コウは角から登場したケイトに駆け寄っていたようだ――リュウトが小さく溜め息をつく仕草をしている。周りにはバレていない完璧な角度は、シズクに対しての返答と捉える。
「シズク! 全然待ってないよ。私服のシズクも、カワイイね」
隣のケイトの表情が気になるが、そう言って笑うコウのことしか目に入らない。そんな笑顔で、俺を見ないで。なんだか間違って、勘違いをしてしまいそうになるから。
「コウ、あんまこいつ甘やかさんといてや。時間厳守やで、時間厳守ー」
「リュウトくんは、真面目……じゃないよな? クラスの女子達の評判を聞いてる限りでは、とても真面目な男性には思えなかったが?」
普段通りふざけたリュウトに、普段とは違って凛とした声がその空気を制した。シズクが思っていたよりもよっぽどしっかりした口調と声――女子にしては低音ボイスだが、それは見た目から想像していた通りだった――で、ケイトがリュウトを軽く注意したのだ。口調は教員や委員長といったところか。お堅い武闘派……うん、今着ているワンピースなんかよりよっぽどしっくりくる。
「……うへー、男性とか言われてもたー。コンナノハジメテー」
口の上手いリュウトが珍しく返しに困ったようだ。そんな状態でも最後までふざけた態度を崩さなかった彼だが、しかしその口元にはおかしな笑みのようなものが一瞬浮かんだ。見間違いかと思わせるように、その笑みは一瞬で消えて、いつもの余裕のある笑みが戻って来る。
「その言葉は、女性が男性に言って初めて効果のある言葉だぞ。男性の君が取るんじゃない」
「えー? ケイトちゃんは俺のハジメテ貰ったら嬉しくないー?」
「ふ、ふざけるな! そのようなことは、け、決して気軽に口に出して良いものじゃっ――」
「――うっわ、顔真っ赤やん。おもろー。ささ、ふざけてんとさっさと遊園地向かおか。はよしな日ぃ暮れてまうで」
「こ、こら! リュウトくん! 君はいつもそうやって……」
さっさと歩き始めたリュウトを追って騒ぎ立てるケイトの後ろ姿を見て、コウは唖然とした様子でシズクに言った。
「俺……ケイトちゃんがあんなに感情出してるところ、初めて見たよ。凄いんだね、リュウトって……」
「うん……俺も……あんなリュウト初めて見たかも……」
あんなに嬉々とした表情のリュウトを、シズクは今まで見たことがなかった。
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