第二章「接近」1


 翌日からリュウトは宣言通りあの女に対してアクションを起こしていた。主に彼の暴走を止める為にシズクが同行しようと言っても、「ここはシズクの存在は当日まで伏せといた方がエエと思うねん。コウみたいなんが好みなんやったら、きっとシズクは見た目だけやと勝ち目ないからな」と聞く耳を持たない。

 リュウトが早いのは行動だけではない。女子相手の手の早さはシズクだって理解していたが、リュウト自身は全く興味がないであろう女が相手でも、その相手の警戒心を拭い去る術は正直見習いたい程だった。

 例の女――名前をケイトと言った――と初めて話したその翌日には、遊園地に誘ってオーケーが貰えたというのだから、彼のモテっぷりは相当なものだ。もちろん、ケイトはコウに片想いしているのだから、その口実にコウの存在があったのは当たり前だろうが。それでも男前二人に……なんてくだらない妄想をあのゴリ女は勘違いして考えて、愚かにも有頂天になっているかもしれない。腹立たしい。

「ケイトちゃん、えらいごつい身体やなって思ったら、排球部やってさ。正直、格闘技でもしてんのか思ったけど、基礎の筋トレが性に合ってるってだけらしいわ。けっこう……話してみたら案外おもろい奴やし、シズクの見る目、間違ってないかもな」

「あっそ。それより、明日の遊園地の話はどうなってるんだよ?」

 長い昼休みも終わり、午後一の授業が終わった最後の休み時間。席に着いたまま伸びをするシズクの横でリュウトが得意げにそう話しだしたものだから、シズクとしてはあまり良い気がしない。つい不機嫌そうな返答になってしまう。

 早いもので今日はもう金曜日だ。昼ご飯は相変わらずコウと三人で食べることもあったが、意識的にあの時の話はお互い話題に出すことはなかった。リュウトが少しむず痒そうな顔をしていたが、彼は彼でコウに隠れてケイトと話していることを負い目に感じているのか口を挟むことはしなかった。

 土日は学校が休みのため、四人は明日の土曜日に遊園地に向かう予定である。ちなみに部によっては休日も活動しているのだが、シズク達一年生はまだ仮入部という形なので活動を免除されている。それは有名人であるコウも、ごつい身体のケイトも同じだ。

「あー、シズクちゃん妬くなやー。あんまムスッてしてるとカワイイ顔が台無しやで? 俺がケイトちゃんと話してるんは、シズクのためやねんからな? 事前情報ってやつや。その方が当日話しやすいやろ?」

 今回ばかりはリュウトにいくら機嫌を取るように頭をガシガシと撫でられても、一向に気は晴れない。なんだかコウだけでなくリュウトすらも、あの女に取られてしまったように感じてしまって……

――何が取られた、だよ。最初から俺のものでもないくせに。自分から、何も行動出来てないくせに。

 ケイトは自分から行動したのだろう。そうでもなければコウから彼女を誘ったとは思えない。それくらいにはコウの表情は普通だったから。普通の友人と接するように、彼女にも接していたと、次の日、他の友人達に囲まれるコウを見て改めて思ったのだ。だから、彼女の片想いにシズクも間違いないと確信した。

 確信はしたが、安心は出来なかった。だって、彼女は、女性だから。異性だから。コウの、男の恋愛の対象だから。

「それは、そうだけど……さ……」

 俺が話したいのはコウだ、とも言えず、シズクは机に突っ伏した。本日何度目になることやら。理由は授業が半分、コウのことに関してが半分だ。

「そんなことより、明日は駅に九時集合な。お前今日はそのままバイト行くんやろ? 打ち合わせはもう出来んし、ぶっつけ本番やけど、いけるよな?」

「大丈夫だよ。どうせ何話すかなんて、その時にならないと思いつかないし。リュウトは今夜、予定でもあるの?」

「シズクってたまにめっちゃ肝座ってる時あるよなー。ほんまはもっと計画詰めたいんやけど、ちょっと今夜はデートやからさ」

「また軽く遊んでるのかよ……」

「アホ、男や男ー」

「なんだよ。それだったらそう言えよな。モテ男の冗談はわからねえよ」

 口をわざと尖らせると、やっぱりリュウトの優しい手がまた伸びて来た。先程よりは話題の質が少し変わったので、今度はシズクも素直にその手に身を任せることが出来る。

「そう怒んなって。とにかく、明日は駅に集合で、服装は一番キマってるやつな。コウは私服もヤバそうやから俺もそれなりにはキメてくで。シズクも頑張れ」

 あー、そんなこと考えてもなかった。そうシズクが呻こうとしたら、本日最後の授業の開始を告げるチャイムが響いた。

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